元素は実験室だけでなく、社会や産業の現場で日々使われています.本記事ではネオンの基礎的な性質から、製造・輸送、用途、そして市場の動向までを一望します.研究室時代に実際に元素を扱った際の感想つき.

原子番号10番、ネオン(Ne, Neon)
ネオン(Ne、原子番号10)は18族の貴ガスに属する無色・無臭・極めて化学的に不活性な元素です.常温常圧では単原子分子として存在し、最外殻が完全に閉じた安定な閉殻構造をとります.
ネオンは地球大気中には約18 ppmしか含まれず、地球上では決して豊富な元素ではありません.一方で宇宙全体では比較的豊富で、恒星内部の核反応とも関係する元素として知られています.ネオンの一般向けイメージはネオンサインですが、現在の産業的重要性はむしろ半導体用エキシマレーザーにあります.Lindeはネオンの主用途をチップ製造のレーザー式リソグラフィだと説明しており、ASML 傘下のCymerも、ArF/KrFエキシマレーザーがフォトリソグラフィ光源の中核であると示しています.[1]
2022年時点ではウクライナの主要2社が世界の半導体グレード・ネオンの約半分を担っていたものの、現在は中国、米国、欧州、日本などで供給源の分散と増産が進み、ウクライナ一極依存の構図は弱まっています.
なぜネオンは反応しにくいのか
ネオンがきわめて反応しにくい理由は、電子配置が完全閉殻だからです.2s、2p軌道がちょうど埋まっており、電子を新たに受け取ることができません.第一イオン化エネルギーは21.56454 eVと非常に高く、電子を奪うにも大きなエネルギーが必要です.
このため、ネオンは通常条件ではほぼ化合物を作らない元素として扱われます.実用・工業の文脈でも、ネオンは何かの原料として化学変換されるというより、不活性・放電特性・低温特性そのものを利用される元素です.
主な製法
ネオンは、フッ素や塩素のように鉱石から化学反応で得る元素ではなく、空気の深冷分離(air separation)によって得られます.空気を圧縮・冷却して液化し、沸点差を利用した分留で酸素・窒素・アルゴンなどを分ける過程の中で、ヘリウムとネオンを含む貴ガス濃縮流が得られます.
工業的には、まず大型ASU(空気分離装置)で粗ネオン濃縮流を取り出し、その後に精製・吸着・低温分離などで高純度ネオンへ仕上げます.半導体やレーザー用途では超高純度が求められるため、単に空気から分けるだけでは足りず、不純物管理、精密分析、再精製が重要になります.[2]
ネオン供給は、かつて鉄鋼由来の副生ガス精製への依存が高く、地政学リスクの影響を受けやすいことが露呈しました.Reuters は、2022年のロシアによるウクライナ侵攻時、ウクライナの主要事業者停止により世界供給の大きな部分が止まり、半導体用ネオンの逼迫懸念が高まったと報じています.以後、各国で供給源の分散、国内精製能力の増設、リサイクルが進んでいます.[3]
輸送・貯蔵
ネオンは常温では不活性・不燃性であり、化学毒性も低いです.しかし、工業的には高圧ガスとして扱われるため、輸送・保管はボンベ、長尺容器、液化容器など適切なガス容器・法規に従って行う必要があります.不活性であること自体は扱いやすいということですが、密閉空間で大量放出されると酸素欠乏の危険があるため、他の不活性ガス同様に換気・漏えい管理が重要です.
液体ネオンとして扱う場合は、極低温であることが最大の注意点です.ネオンの沸点は約27 Kで、液体窒素よりはるかに低温、液体ヘリウムよりは高温です.
利用
半導体・ディスプレイ製造
現在のネオンの最重要用途は、DUVリソグラフィに使うエキシマレーザーです.Linde は、ネオンの主用途がチップ製造のレーザーベースのリソグラフィであると明記しています.Cymer の説明でも、ArF/KrFエキシマレーザーはフォトリソグラフィ光源そのものであり、193 nm クラスの露光を支える基盤技術です.ネオンはこのレーザー混合ガス中でバッファガスとして働き、放電安定化と効率向上に寄与します.[4]
EUV露光が進んだ現在でも、DUVは依然として大量に使われているため、ネオン需要はなくなりません.先端ノードだけでなく成熟プロセスや多層工程でもDUVは広く使用されています
ネオンサイン・放電管
一般に最も有名なのは、街中で輝くネオンサインです.低圧ネオンを封入した放電管では、放電により特徴的な赤橙色光を発します.今日ではLED表示に置き換えられた部分も大きいですが、意匠性やレトロ性の高い表示用途ではなお印象的です.
レーザー
ネオンはHe-Neレーザーの構成ガスとして重要です.また、He-Ne、エキシマ、銅蒸気レーザーなどで、活性媒体またはバッファガスとして用いられます.
低温冷媒
液体ネオンは量的には大きな市場ではないものの、重要な極低温冷媒です.液体ネオンは単位体積あたりで液体ヘリウムの40倍超の冷凍能力を持ちます.ヘリウムほどの超低温は不要だが、液体窒素では足りない温度域を狙う場面で重要です.
その他
高電圧インジケーター、避雷器、スイッチング素子、特殊ガスクロマトグラフィー、呼吸ガス混合などでも使われます.
関連企業
上流:空気分離・貴ガス回収
ネオンの商業供給は、まず大型空気分離設備を持つ産業ガス会社が握ります.代表的なのはLinde、Air Liquide、Air Products、日本酸素ホールディングス(大陽日酸) です.これらは酸素・窒素・アルゴンだけでなく、貴ガスの分離・精製・高純度供給まで担います.
電子材料・半導体向け供給
半導体分野では、純ネオンだけでなくエキシマレーザー用混合ガス、精製、再生、供給設備が重要です.Air Products は高純度ネオンとネオン/フッ素混合ガスを半導体製造向けに展開し、Linde も電子材料用途で貴ガスと回収サービスを展開しています.大陽日酸も半導体ガス供給体制を強めています.
装置・需要側
需要側の象徴は ASML/Cymer です.Cymer のエキシマレーザーはフォトリソグラフィ用光源の中核であり、ここで使われるネオンが半導体サプライチェーン全体へ波及します.
固体科学的イメージ
とにかく反応しないし、固体科学で出くわすイメージがありません.とはいえ、特殊な条件では全く化合物ができないというわけでもないようです.[5]
実際に扱ってみた感想
合成に使用することはありませんでした.不活性なガス枠としては別の気体を用いることが多いです.
参考文献
[1] Get the mix right - with neon mixtures from Linde | Linde
[2] https://www.airproducts.com/gases/neon
[3] Exclusive: Russia's attack on Ukraine halts half of world's neon output for chips
[4] Get the mix right - with neon mixtures from Linde | Linde / Cymer | ASML - Supplying the semiconductor industry
[5] R"Silicon compounds of neon and argon." Angewandte Chemie International Edition 48.46 (2009): 8788-8790. / "Stable compounds of helium and neon: He@ C60 and Ne@ C60." Science 259.5100 (1993): 1428-1430.