元素は実験室だけでなく、社会や産業の現場で日々使われています.本記事では炭素の基礎的な性質から、製造・輸送、用途、そして市場の動向までを一望します.研究室時代に実際に元素を扱った際の感想つき.

原子番号6番、炭素(C、Carbon)
炭素(C、原子番号6)は、ダイヤモンド・黒鉛・フラーレン・グラフェンなど、きわめて多様な同素体を持つ特異な元素です.
地球上の有機物の骨格をなす一方で、産業界では「カーボンブラック」「活性炭」「黒鉛」「炭素繊維」「工業用ダイヤモンド」といった形態で利用されています.分野ごとにまったく異なる市場を形成しており、タイヤから半導体、航空宇宙まで裾野が広がっています.
炭素資源のうち、天然黒鉛は中国が圧倒的で、2024年時点で世界生産の約78%を占めます.モザンビーク、マダガスカル、カナダなども続きますが、供給集中が大きな特徴です.工業用ダイヤモンドは天然資源に加え、合成(HPHTやCVD)が主力になっており、工具や熱拡散用途に使われます.カーボンブラックは石油系原料を用いた化学工業で大規模に生産され、世界需要の約7割がタイヤ用途に消費されています.
主な製法
炭素材料はその形態ごとに製法が大きく異なります.
カーボンブラック:重質芳香族油を不完全燃焼させる「オイル・ファーネス法」が主流で、工業生産の約9割を占めます.粒子径や凝集構造を制御することで、タイヤ用、導電性樹脂用、インク用などグレードが分かれます.
活性炭:ココナッツ殻、木材、石炭などを原料に、蒸気やCO₂による物理活性化、あるいはKOHやリン酸による化学活性化で微細多孔を形成します.
黒鉛:天然黒鉛は鉱石を浮遊選鉱・精製して得ます.人造黒鉛(合成黒鉛)は石油コークスやピッチを焼成・黒鉛化(2800–3000℃)して製造され、リチウムイオン電池負極や黒鉛電極に用いられます.
炭素繊維:アクリロニトリル系(PAN系)またはピッチ系の前駆体を延伸→安定化→炭化(1000–1500℃)→黒鉛化(2000–3000℃)して高比強度・比弾性の繊維を得ます.
工業用ダイヤモンド:高温高圧(HPHT)法または化学気相成長(CVD)法で合成され、工具や電子基板の放熱部材に使われます.
輸送・貯蔵
炭素材料の多くは安定ですが、形態によって注意点が異なります。
カーボンブラック:非危険物に分類されることが多いものの、可燃性粉じんとして取り扱いが必要です.輸送・倉庫では粉じん堆積防止や静電気対策が求められます.
活性炭:一部がUN1362(自熱性物質)に分類され、特に有機物を吸着した活性炭は自己発熱・発火のリスクがあります.
黒鉛粉末:多くは非危険物ですが、可燃性粉じんとして防爆換気・アースが必須.高濃度粉じんは電気機器短絡のリスクがあるため注意が必要です.
炭素繊維粉塵:導電性が高いため、飛散すると電子機器の短絡原因になります.加工・廃棄時にはHEPAフィルター回収や機器の絶縁養生が必要です.
利用
炭素の用途は膨大ですが、主要分野は次の通りです。
タイヤ・ゴム:カーボンブラックが補強材・耐摩耗・紫外線保護を担い、全世界需要の約70%がタイヤに向けられています.
電池(負極材):リチウムイオン電池の負極には黒鉛が不可欠で、自動車電動化に伴い需要急増中です.アノード製造は中国に97%以上が集中しています.
製鋼:電炉製鋼に用いる黒鉛電極は必須で、電炉は高炉に比べCO₂排出を約75%削減可能。脱炭素社会に直結する用途です.
水処理・空気浄化:活性炭が有機物やPFAS、VOCを吸着し、上水処理、溶媒回収、排気ガス浄化に使われます.
航空宇宙・自動車:炭素繊維強化プラスチック(CFRP)は軽量・高強度・高剛性で、航空機、自動車、風力発電ブレード、高圧水素タンクなどに不可欠です.
工具・光学:工業用ダイヤモンドは切削・研磨工具や熱拡散材、赤外ウィンドウなどの高機能用途に利用されます.
関連企業
ホウ素のサプライチェーンは「鉱山→精製→化学品・機能材料→最終製品」という流れで、世界的には鉱山を押さえる企業と精製・高付加価値化を行う化学メーカーに役割が分かれています.
カーボンブラック:Birla Carbon、Cabot、Orionが世界大手.日本では東海カーボン、三菱ケミカルが参入.
活性炭:クラレ(Calgon Carbonを買収)、Jacobi Carbonsがグローバル供給網を持つ.
黒鉛・黒鉛電極:Resonac(旧昭和電工)、Tokai Carbon、GrafTech、Fangdaなど.
電池負極材:中国の杉杉股份(Shanshan)、BTRが上位を占める.
炭素繊維:東レ、帝人、三菱ケミカルが日系3強.航空宇宙・自動車の軽量化需要に応える.
工業用ダイヤモンド:Element Six(De Beersグループ)が代表的企業.
炭素繊維は「鉄より強く、アルミより軽い」と称されます.その源は、グラファイトに近いsp²結合の六角網目構造にあります.炭素–炭素結合は非常に強固で、繊維軸方向に配向すると引張強度は数GPaに達します.
製造過程では、分子鎖を延伸してから炭化・黒鉛化することで黒鉛微結晶が繊維方向に整列し、高い弾性率と強度が得られます.特にピッチ系繊維では弾性率が900 GPaを超えるものもありますが、その代わり脆くなる傾向があります.
一方で、強度を制限するのは微細欠陥です。空孔や結晶配向の乱れが応力集中を生み、破断の起点となります.理論値(グラフェンで100 GPa以上)と比べて実測強度が5–7 GPa程度にとどまるのはこのためです.
また炭素繊維は引張には強いものの、圧縮やせん断には弱いという性質も持ちます.そのためCFRP設計では、繊維方向を多層的に積層して弱点を補う工夫が不可欠です.
固体科学的イメージ
単体は非常に多くの同素体がある関係で、様々な分野で使用されます.黒鉛、ダイヤモンド、カーボンナノチューブ、グラフェンなど、わざわざ上げるまでもないでしょう.
その他、最近は有機無機ハイブリッドの流行の関係で、無機固体ネットワークの中に有機分子が入り込んだような物質がたくさん報告されています.
実際に扱ってみた感想
みんなおなじみのカーボン.導電性かつ軽いので装置の中で活躍する機会は多いです.脆いのが玉にキズ.実験に用いたのは黒色の粉末です.炭化物を合成しようとしたことはあまりなかったかも.
参考文献
U.S. Geological Survey (USGS)
テキストの一部にChat GPT-5を使用