はじめよう固体の科学

電池、磁石、半導体など固体にまつわる話をします

MENU

Prof. R J Cavaの経歴を振り返る(3)

更新 2024-3-3

Prof. R J Cava

物性物理・物質科学・固体化学分野で知らない人のいない超有名人Robert Joseph Cava先生.プリンストン大学の教授職を務めています.先生の受け持つクラスはかなり評判のようで、学生との微笑ましいエピソードが公式サイトに記載されています.

物性物理に関する多様なトピックを扱い、数々の研究をNature誌とScience誌に掲載してきました.しかし、最初から超伝導やトポロジカル材料の研究を行っていたわけではないようです.どのような研究を行って今に至るのか、一流の研究者の原点を知ることで一流になるためのヒントが見えてくるかもしれません.

前回は、学生時代からベル研究所時代の後半を振り返りました.銅酸化物高温超伝導体の発見を契機に大ブレイクを果たし、物性物理のスターダムに駆け上がったCava先生.しかし、銅酸化物に執着するわけではなく、周辺の物質にも目を向けて着々と新材料を開発しています.

ついにベル研究所からプリンストン大学へ移り、現在に至るまで存続する研究室の基礎が築かれました.新しい研究室ではどのような研究を展開するのでしょうか.

プリンストン大学へ

1996年にプリンストン大学へ移り、独立した研究室を立ち上げました.1990年代前半は大きく銅酸化物、BKBO、\rm{Ni}系炭ホウ化物を研究対象にしていましたが、新しい環境ではまた新しい物質群が顔を出します.

まずは、原点に戻ってセラミックスを扱うようになったように見えます.誘電体の研究を展開しながら、やはり磁性体や超伝導体の開発も行っています.熱電材料を扱った研究もちらほら見られます.

Dielectric properties of Ta2O5–ZrO2 polycrystalline ceramics
RJ Cava, JJ Krajewski
Journal of applied physics, 1998, 83.3: 1613-1616.

Compounds with the YbFe2O4Structure Type: Frustrated Magnetism and Spin-Glass Behavior
RJ Cava, AP Ramirez, Q Huang, JJ Krajewski
Journal of Solid State Chemistry, 1998, 140.2: 337-344.

Synthesis and properties of the structurally one-dimensional cobalt oxide Ba1−xSrxCoO3 (0≤ x≤ 0.5)
K Yamaura, HW Zandbergen, K Abe, RJ Cava
Journal of Solid State Chemistry, 1999, 146.1: 96-102.

一方、パイロクロア型酸化物に注目し、磁気フラストレーションを活かした物質開発に取り組みだしたのもこの時期です.水分子の結晶構造とのアナロジーから名付けられたスピンアイス関連の論文にも名を連ねています.

Zero-point entropy in ‘spin ice’
AP Ramirez, A Hayashi, RJ Cava, R Siddharthan, BS Shastry
Nature, 1999, 399.6734: 333-335.

Ising pyrochlore magnets: Low-temperature properties, “ice rules,” and beyond
R Siddharthan, BS Shastry, AP Ramirez, A Hayashi, RJ Cava, S Rosenkranz
Physical review letters, 1999, 83.9: 1854.

2001年、新しい超伝導の波

2001年、日本の秋光研究室から\rm{MgB_2}の超伝導の報告がありました.転移温度39Kは銅酸化物以外の物質の中で最も高い値であり、世界的な注目を集めました.銅酸化物の発見から15年経ち、新しい超伝導体に飢えていた世界中の研究者が飛びつきました.

Cava先生も例外ではありません.素早く対応し、あっという間に複数報をNatureおよびScience誌に掲載しています.

Loss of superconductivity with the addition of Al to MgB2 and a structural transition in Mg1-xAlxB2
JS Slusky, N Rogado, KA Regan, MA Hayward, P Khalifah, T He, K Inumaru, SM Loureiro, MK Haas, HW Zandbergen, RJ Cava
Nature, 2001, 410.6826: 343-345.

Pressure dependence of the superconducting transition temperature of magnesium diboride
M Monteverde, M Nunez-Regueiro, N Rogado, KA Regan, MA Hayward, T He, SM Loureiro, RJ Cava
Science, 2001, 292.5514: 75-77.

High critical current density and enhanced irreversibility field in superconducting MgB2 thin films
CB Eom, MK Lee, JH Choi, LJ Belenky, X Song, LD Cooley, MT Naus, S Patnaik, J Jiang, M Rikel, A Polyanskii, A Gurevich, XY Cai, SD Bu, SE Babcock, EE Hellstrom, DC Larbalestier, N Rogado, KA Regan, MA Hayward, T He, JS Slusky, K Inumaru, MK Haas, RJ Cava
Nature, 2001, 411.6837: 558-560.

そして、またしても関連する系で新型の超伝導体を発見してしまいます.この辺りのセンスはどこから来るのでしょうか.

Superconductivity in the non-oxide perovskite MgCNi3
T He, Q Huang, AP Ramirez, Y Wang, KA Regan, N Rogado, MA Hayward, MK Haas, JS Slusky, K Inumara, HW Zandbergen, NP Ong, RJ Cava
Nature, 2001, 411.6833: 54-56.

その後も、物性物理の大発見をもたらした物質を研究対象に取り入れることがたびたびあります.例えば、コバルト酸化物における巨大な熱起電力や超伝導を受けての研究です.欠かさずNatureに論文を送り込むのは何の才能なのでしょうか.

Spin entropy as the likely source of enhanced thermopower in NaxCo2O4
Y Wang, NS Rogado, RJ Cava, NP Ong
Nature, 2003, 423.6938: 425-428.

Superconductivity phase diagram of NaxCoO2· 1.3 H2O
RE Schaak, T Klimczuk, ML Foo, RJ Cava
Nature, 2003, 424.6948: 527-529.

2000年代中盤は、前述のコバルト酸化物に加えてクロムスピネルの研究が目に付きます.もちろん、他の酸化物材料や新材料に関する研究も継続して行っています.遷移金属ジカルコゲナイド(TMD)の研究もこの頃に始まったようです.

Dissipationless Anomalous Hall Current in the Ferromagnetic Spinel CuCr2Se4-xBrx
Wei-Li Lee, Satoshi Watauchi, VL Miller, RJ Cava, NP Ong
Science, 2004, 303.5664: 1647-1649.

Superconductivity in CuxTiSe2
E Morosan, HW Zandbergen, BS Dennis, JWG Bos, Y Onose, T Klimczuk, AP Ramirez, NP Ong, RJ Cava
Nature Physics, 2006, 2.8: 544-550.

鉄系超伝導体とCava研とトポロジカル

2008年の物性物理のニュースといえば、一つは鉄系超伝導体の発見が挙げられます.日本の細野グループでの発見から始まり、またしても世界的な超伝導ブームが巻き起こります.今までは新しい超伝導体の潮流に必ず乗っていたCava先生ですが、この時は目立ったアクションを起こしていません.

研究の興味が変わったか、あるいは研究の熱が冷めてしまったかと思えばそんなことはありません.Cava先生の興味は同時期に見つかった新しい物質群であるトポロジカル材料に向いていました.物理学者のNai Phuan Ong先生やM. Zahid Hasan先生との共同研究を展開していたことも関係していそうです.

A topological Dirac insulator in a quantum spin Hall phase
D Hsieh, D Qian, L Wray, Y Xia, YS Hor, RJ Cava, MZ Hasan
Nature, 2008, 452.7190: 970-974.

Phase transitions of Dirac electrons in bismuth
L Li, Joseph G Checkelsky, YS Hor, C Uher, AF Hebard, RJ Cava, NP Ong
Science, 2008, 321.5888: 547-550.

Observation of unconventional quantum spin textures in topological insulators
D Hsieh, Y Xia, L Wray, D Qian, A Pal, JH Dil, J Osterwalder, F Meier, G Bihlmayer, CL Kane, YS Hor, RJ Cava, M Zahid Hasan
Science, 2009, 323.5916: 919-922.

Observation of a large-gap topological-insulator class with a single Dirac cone on the surface
Y Xia, D Qian, D Hsieh, L Wray, A Pal, H Lin, A Bansil, DHYS Grauer, Y San Hor, RJ Cava, MZ Hasan
Nature physics, 2009, 5.6: 398-402.

A tunable topological insulator in the spin helical Dirac transport regime
D Hsieh, Y Xia, D Qian, L Wray, F Meier, J Osterwalder, L Patthey, JG Checkelsky, NP Ong, AV Fedorov, H Lin, A Bansil, D Grauer, YS Hor, RJ Cava, MZ Hasan
Nature, 2009, 460.7259: 1101-1105.

\rm{(Bi,Sb)}\rm{Bi_2Te_3}などのトポロジカル絶縁体の研究に爪痕を残すと、次いでトポロジカル半金属材料でも大きな成果を上げます.(だんだん著者数が多くなってきたな…)

Experimental realization of a three-dimensional Dirac semimetal
S Borisenko, Q Gibson, D Evtushinsky, V Zabolotnyy, B Büchner, RJ Cava
Physical review letters, 2014, 113.2: 027603.

Observation of Fermi arc surface states in a topological metal
S-Y Xu, C Liu, SK Kushwaha, RJ Cava, MZ Hasan et al.
Science, 2015, 347.6219: 294-298.

Ultrahigh mobility and giant magnetoresistance in the Dirac semimetal Cd3As2
T Liang, Q Gibson, MN Ali, M Liu, RJ Cava, NP Ong
Nature materials, 2015, 14.3: 280-284.

Evidence for the chiral anomaly in the Dirac semimetal Na3Bi
J Xiong, SK Kushwaha, T Liang, JW Krizan, M Hirschberger, W Wang, RJ Cava, NP Ong
Science, 2015, 350.6259: 413-416.

また、この渦中で報告されたWTe2における超巨大磁気抵抗に関する研究も有名です.

Large, non-saturating magnetoresistance in WTe2
MN Ali, J Xiong, S Flynn, J Tao, QD Gibson, LM Schoop, T Liang, N Haldolaarachchige, M Hirschberger, NP Ong, RJ Cava
Nature, 2014, 514.7521: 205-208.

現在のCava研

超伝導、誘電体、熱電材料、磁性体、トポロジカル材料などの多種多様な材料の研究を積み重ね、現在ではこれらのテーマが並立して行われています.二次元磁性体やハイエントロピー合金など、ここ数年の間に新しく立ち上がった研究テーマも多く見られます.

世界中から多様なバックグラウンドを持つ研究者・学生が門を叩き、多くの門下生を輩出しています.彼ら彼女らは世界中で活躍し、次世代のリーダーとなるであろう研究者も大勢います.

既に70歳を超える年齢となりましたが、未だに山のように研究論文が発表されています.物性物理・材料科学に残した足跡はあまりにも大きく、当然ながら世界的な名だたる賞を多く受賞しています.

まとめ

ここまでの内容を通じて、一体何回Nature、Science論文が出てきたでしょう.もちろんここで述べた研究が全てではなく、引用数4桁の論文を含めて紹介できなかったものがいくつもあります.最初は引用数500超のものは全て紹介しようかと思っていましたが、とてもできないほど膨大でした.また、現在でも活躍している日本人研究者の名前が共著にいくつも見つかり、国際的な交流が活発であった様子も伺えます.

さて、ここまでCava先生の研究を原点から振り返りました.イオン伝導体から始まり、超伝導、磁性体、トポロジカル材料と研究対象が拡大していくのは圧巻です.では、どのように研究対象を拡大していったのでしょうか.

物性物理の歴史には不連続な発展が何度かあります.銅酸化物や鉄系の超伝導体、グラフェン、ネオジム磁石などの発見がそれにあたります.これらの発見は凡人には成し遂げられなかったと思いますが、天才だからといって発見できるものでもありません.特異点であり、天才が知恵を振り絞ったとしてもたどり着かなかったであろうものです.

Cava先生の研究は、必ずしも特異点のような発見をしているわけではありません.銅酸化物高温超伝導体やトポロジカル絶縁体の発見者として名指しされるわけではありません.しかし、新しいテーマに移行した際は必ず分厚い爪痕を残します.そして、時が来たら固執せずにどこかでテーマを切り替えます.分野も、なんでもかんでも手を出すわけではなく、固体化学というバックグラウンドを活かしてその都度新しい物性に挑戦していきます.

フットワークを軽くし、新しい物理と化学に目をつけて研究を着実に展開し、無茶はせず頃合いを見て別のテーマに向かうこと.例えば、BKBOや\rm{LnNi_2B_2C}の研究を現在では一切行っていません.過去の栄光に固執して時宜を逃す人は多いですが、そうならないように視野を広く持っているように感じられます.
(もちろん、同じ研究を継続することが悪いことであるとも限りません.青色発光ダイオードなどは長年の研究の継続によって生まれました.)

新しいテーマに飛びついたからといって成果が出るとは限りません.それなのにどのテーマに挑んでもNatureが視野に入っていることを見るに、着眼点が非常に良いんでしょうね.こればっかりはマネできません.

ここまで書いてみましたが、有機化学論文研究所の諸藤先生によるDavid W. C. MacMillan先生の紹介記事を思い出しました.あちらも、今までのバックグラウンドに何かを加えて大きな成果を出し、深追いはせずに次の研究へ移行しています.

一流と呼ばれる研究者には共通項があるということでしょうか.それを身につければ、何度人生を繰り返しても、他の分野に移っても研究者として大成できるのかもしれません.

参考文献

本文中に記載

[1] Nagamatsu, Jun, et al. "Superconductivity at 39 K in magnesium diboride." Nature 410.6824 (2001): 63-64.

Robert Cava - Wikipedia

Professor Robert J. Cava | Cava Lab

R.J. Cava