更新 2024-2-23
ダニエル電池(Daniell cell)
パソコン、スマートフォン、車、乾電池...電池の使用される分野を挙げればキリがありません.会社・学校はおろかキャンプや山登りに行った際も電池のお世話になり、日常生活で見かけない日は無いと言っても過言ではないでしょう.電池のない現代文明など想像もつきません.
最もよく見かける電池といえばリチウムイオン電池かアルカリ電池であり、いずれも携帯性、保存性、安全性に優れます.電池がここまで進化するにはいくつもの段階を経る必要がありました.
2000年以上前にバグダッド電池なるものが使用されていたという説もありますが、一般的に初めての電池とされるのは18世紀後半に発明されたボルタ電池(ガルバーニ電池)です.
しかし、電池の起電力がすぐに低下するという問題があり、うまい応用先が見つかりませんでした.ボルタ電池の欠点を補うような形で生まれたのがダニエル電池です.今回は、初めての実用的な電池となるダニエル電池について見ていきます.
ダニエル電池のはじまり
ダニエル電池の発明者 John Frederic Daniell は英国の化学者で、キングス・カレッジ・ロンドンの最初の化学教授です.1836年に、後に彼の名を冠することになる新しい電池を発明しました.
ダニエル電池はボルタ電池に比べて出力が大きく、当時大きな反響を呼びました.ダニエル電池はダニエルの死後も改良が重ねられ、電気通信やモーターの電源として使用されました.
ダニエル以前の代表的な電池であるボルタ電池の問題点は、正極で水素ガスが発生することです.エネルギー資源である水素を放出するのはもったいないですし、出力低下の原因にもなります.気体が発生することで発電中に体積が著しく大きくなり、密閉条件では使用できません.また、が硫酸水溶液に浸っているため、腐食が進みやすいという問題もあります.
一方、ダニエルの発明した新しい電池は水素が発生しないため、上記の問題点を大部分解決しました.いかなる方法を用いたのでしょうか.
天下り的に見ていってもつまらないので、どのように電池を組み上げるかイチから考えていきましょう.
ダニエル電池の仕組みを考えよう
電池反応は、2種類の電極でそれぞれ酸化反応・還元反応が起こることによって進行します.
電極に金属単体を用いるとすれば、まずは金属のイオン化傾向を見てどの金属が酸化(還元)されるかを考えます.もっと一般的には、標準電極電位を考える必要があります.
電子は負の電荷を持つので、マイナスの電極からプラスの電極に向かって移動します.電極電位の値を調べて、負の値を持つ金属と正の値を持つ金属を選んでくっつければ電池になるはずです.
ボルタ電池に倣い、電極金属として亜鉛()と銅()を選びます.標準電極電位はそれぞれ–0.76 Vと+0.34 Vで、 は酸化されやすく は還元されやすいです.
よって、からに電子が流れることが予想できます.
2つの金属を用意して接触させました.これで標準電極電位に従って電流が流れるはず!
しかし、何も起こりません.なぜでしょうか.
思い出してほしいのは、標準電極電位は亜鉛イオン()と銅イオン()に対して定義されたものであるということです.
は電子を手放したいのでが生成するかもしれませんが、はイオンではないので電子をこれ以上必要ありません.このままでは還元される化学種がないので何も起こりません.
うっかりしていました.還元されるものを用意すれば良いんですね.
を、還元されやすいイオンが溶けた液体に浸しましょう.ここで、水素イオンを含んだ溶液を使用すると、水素イオンが還元されて水素が発生してしまいます.
そうならないよう、を含んだ溶液を用意しましょう.たっぷりと を含む硫酸銅()水溶液に電極を浸してみました.
これでもダメでした.なぜだ!
標準電極電位にしたがってと電子が生成し、電子は電極に移動してと反応します.
しかし、が電極表面に溜まって電極が正に帯電する一方、電極の方では正のが電子と反応して失くなるため負に帯電します.
こうなってしまうと、電子は正に帯電した電極に引き寄せられるため、結局元通りです.
もしかすると一瞬だけ電子が流れるかもしれませんが、すぐに元に戻ります.
電極を帯電させないように、水溶液に浸してみました.余計な化学種が入り込まないように、硫酸亜鉛()水溶液を用いています.
イオンが水溶液に溶けて、電極の帯電が抑えられると思いましたが、電極側全体が正に帯電しているのには変わりありません.また、電極側の問題は一切解決していません.
現在の問題点は、電極が帯電してしまって電子がからに動いてくれないことです.では、電極と電極を電線でつなげてしまいましょうか?
しかし、それでは電極から出た電子がどちらのルートを通って電極にたどりつけばいいか分かりません.ショート(短絡)してしまっています.
では、電子が流れない水溶液で2つの電極をつなげば良いでしょうか.まあ、電気が流れなくはない状態になりました.
反応の進行に従い、は電極側に少しずつ移動し、同時に が電極の方に少しずつ移動します.
これで回路が完成し、が尽きるまで反応が進行するように思います.しかし、溶液中にが存在することを忘れてはいけません.
溶液が混ざっていると、も電極付近までたどり着くことができます.こうなるとと同時に生成した電子はわざわざ電極までいかなくても手近にあると反応すればよいことになります.
そのため、反応はすぐに止まってしまいます.
どうすれば良いのでしょうか.必要なことは、「帯電を打ち消す事が可能な程度にイオンを移動させる」ことと「イオンが十分に混ざらないようにする」ことを満たすことです.
そこで、素焼き板、塩橋、半透膜など手段は何でもいいのですが、「イオンだけを移動させることのできる膜」を利用します.
かくして必要な条件をすべて満たし、現代の電池の原型であるダニエル電池が完成します.ボルタ電池と比べると圧倒的に出力、保存性、安全性に優れます.
しかし、半透膜があるとはいえ、イオンが混じり合っていることには変わりないため、時間経過に従ってとが混ざり合い、電極で生成した電子がと反応して自己放電を起こしてしまいます.
また、が水溶液と接触しているため、ゆっくりとはいえ腐食が進んで電池が劣化してしまう問題があります.
このような問題点のため、後世のダニエル電池はマンガン乾電池や鉛蓄電池のように幅広い分野で使われませんでした.
とはいえ、ボルタ電池の問題点はほとんど全て解決されており、電池の実用化を推し進める上でのマイルストーンであったことは間違いありません.
ダニエル電池の問題点を解消するための技術発達が、後のルクランシェ電池やアルカリ電池の発明につながっていきます.
ダニエル電池の反応のまとめ
が負極(電位が低い)、が正極(電位が高い).
電極がアノード(酸化反応)で、電極がカソード(還元反応).
負極活物質(酸化されるもの)は、正極活物質(還元されるもの)は .
起電力はおよそ1.1 Vです.
ダニエル電池は充電できないのか.
ここで記事を終わらせてもいいのですが、筆者が高校生の頃から感じていた疑問を書いておきます.
高校の化学では一次電池としてダニエル電池を習った後、鉛蓄電池やリチウムイオン電池などの二次電池の説明が始まります.
そうして「色々な電池があるんだなあ」と思うわけですが、そもそもなんで充電できない電池が有るのかと疑問に思うわけです.
ボルタ電池が充電できない理由は明白です.水素が発生してセルから出ていってしまうため、一目で不可逆反応であると分かります.
ではダニエル電池は?見た感じ気体は発生していないし、同じように充電できるのではないでしょうか.
電池の充電では外部電圧をかけることで電気分解を起こし、電池を放電前の初期状態に戻します.ダニエル電池では、の還元との酸化が起これば元の状態に戻ります.
十分な電圧をかければこれらの反応は問題なく起こります.
しかし、電荷の流れを考えれば分かりますが、充電反応ではが半透膜を通って電極の方に移動してしまいます.
この時、よりもが優先的に還元されてしまい、電極表面にが析出してしまいます.
これは元の状態に戻ったとは言い難く、充放電を繰り返すことはできません.充電可能な電池を作成するには別の工夫が必要なわけです.
例えば、は通さないが は通すような半透膜を用いれば、ダニエル電池でも充電が可能になります.そのような膜があるかは知りませんが.
参考文献
化学と教育 1997 年 45 巻 6 号 p. 332-335