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硬磁性と軟磁性:硬派な磁石と軟派な磁石

更新 2024-2-23

硬磁性と軟磁性(Hard and Soft Magnets)

磁石に吸い付く性質を持つ物質を強磁性体と呼びます.

洗濯機の中、パソコンの中、スマホの中など、日常生活の至る所で強磁性体が見つかります.鉄もハードディスクもネオジム磁石もみな強磁性体です.

一口に強磁性体と言っても、材料によって性質は大きく異なります.例えば、ネオジム磁石同士は磁力によって引っ付きますが、鉄は鉄を引き寄せません.しかし、鉄を磁石に吸い付かせたあとであれば、鉄も別の鉄を引き寄せます.同じ強磁性体なのに、このような違いは何によって生じるのでしょうか.

強磁性体には大きく二種類あり、硬磁性体および軟磁性体と呼ばれます.「硬い」「軟らかい」と名につくわけですが、強磁性体にとって硬さとは何でしょうか.

まずは強磁性体の定義に立ち返り、その後「硬さ」を定義していきましょう.

強磁性体とヒステリシス曲線(ヒステリシスループ

強磁性体の大きな特徴は、外部磁場を取り去っても磁化(M)が残ることです.磁化が大きいことは必ずしも強磁性体の必要条件ではありません.強磁性体の性質は、ヒステリシス曲線によって特徴づけられます.

ヒステリシス曲線は、磁場をかけたときに強磁性体の磁化がどのような値を示すかを示した曲線です.

横軸に磁場(H)、縦軸に磁束密度(B)あるいは磁化(M)を用います.今回の例では磁束密度を用います.材料研究では磁化、実用化を指向した材料では磁束密度を用いることが多いように思います.

外部磁場がない状態では、物質の磁束密度はゼロです.磁場を上げていくと磁束密度も合わせて上昇します.この際の磁場に対する磁束密度の傾きを透磁率(μ)と呼び、強磁性体の「磁化のしやすさ(しにくさ)」を特徴づけます.

ある程度の磁場をかけるとそれ以上磁化が上昇しなくなります.このときの磁束密度の値を飽和磁束密度(Bsと呼びます.

ここから磁場を小さくしていくと磁束密度も合わせて小さくなって行きますが、強磁性体では磁場をゼロにしても磁束密度が残ります.これを残留磁束密度(Br)と呼びます.永久磁石は残留磁束密度の大きい物質を用いているので、ゼロ磁場でも磁力を持ちます.

さらに逆向きに磁場をかけていくと、磁束密度が下がっていき最終的にゼロになります.磁束密度をゼロにするために必要な磁場の値を保磁力(Hcと呼びます.

さらに磁場を逆向きに印加していくと、行きと同様に磁化が飽和します.その後、磁場を正方向に印加するとループが繋がり、図のようなヒステリシス曲線を描きます.

ヒステリシス曲線を見れば、強磁性体の磁気特性がよく分かります.

軟磁性体(Soft Magnets)

軟磁性体は、その名の通り磁場に対して敏感に磁束密度が変わる物質です.飽和磁束密度と透磁率が高く、保磁力と残留磁束密度が低いことが求められます.

透磁率が高いことで磁場に俊敏に応答し、高い飽和密度を小さい磁場で出力します.磁場を切った際には速やかに「ただの金属」に戻ることが要求され、保磁力と残留磁束密度は可能な限り抑えられます.

軟磁性材料はモータやトランス、電源、磁気ヘッドなど、高速で磁化を反転する必要のあるデバイスに用いられます.

パワーエレクトロニクス分野の進展に伴い、より高周波数で作動するような軟磁性材料が求められています.高周波ではファラデーの電磁誘導の法則に基づく渦電流損失の影響が強くなることから、渦電流の発生を抑えるために電気抵抗の高い材料も求められます.

身近な材料では鉄が圧倒的に飽和磁束密度が高いので、鉄を中心とした材料が使用されます.

\rm{Fe-Si}(電磁鋼板)、\rm{Fe-Al}\rm{Fe-Al-Si}などの合金は価格が安く、産業用に広く利用されています.\rm{Fe-Ni}(パーマロイ)や\rm{Fe-Co}(パーメンジュール)は特に透磁率が高い材料ですが、高価な元素を含みます.\rm{Fe-Si-B}などのアモルファス材料は電気抵抗率が高いことから、高周波域での使用に向いています.

また、強磁性体の保磁力は粉体の粒径と相関があり、粒径がナノスケールまで小さくなると保磁力も低下することが知られていることから、ナノ粒子も注目されています.

近年では高周波デバイスの使用域はMHzやGHz領域にまで及びますが、そのような高周波では渦電流損室が著しく、鉄を中心とした金属材料は使用できません.

代わって絶縁体酸化物のフェライト材料が使用されますが、フェライトは磁化が低く高エネルギー密度化に対応できません.

金属材料の高い磁束密度とフェライトの高い絶縁性を両立するため、金属系軟磁性粉末表面を絶縁層で被覆した粉末を成型した圧粉磁心の開発が進められています.

硬磁性体(Hard Magnets)

硬磁性体は、軟磁性体とは逆に磁場に対して「硬い」振る舞いをする物質です.飽和磁束密度、保磁力、残留磁束密度が全て高いことが求められます.

保磁力が高いので、ちょっとした磁場では特性が変わりません.加えて残留磁束密度が高いので、ゼロ磁場でも高い磁化を持ちます.特に磁束密度と保磁力の積をエネルギー積(BHmaxと呼び、硬磁性体の性能を示す値です.

硬磁性材料の特性を生かした材料が永久磁石です.日常でお目にかかる強磁性体は永久磁石が最も多いでしょう.冷蔵庫のマグネットから電磁石、モーターなどを含むほとんどの電化製品に使用されています.

軟磁性材料と同様に、圧倒的に飽和磁束密度が大きい鉄を中心として材料開発が行われました.

KS鋼やMK磁石、NKS磁石は戦前の日本で開発された、当時最強のエネルギー積を誇った磁石です.フェライト磁石は飽和磁束密度こそ低いものの安価であることから現在でも人気の磁石です.\rm{SmCo_5}\rm{Sm_2Co_{17}}系磁石(サマコバ磁石)は高価なものの耐熱性に優れることから、温度変化のあるデバイスで使用されます.

そして、ネオジム磁石は日本で生まれた現在世界最強の磁石です.ネオジム磁石はエネルギー積こそ圧倒的なものの、耐熱性を補うためにDyが添加されます.このDyが高価かつ希少であるために資源問題を内包しており、ネオジム磁石に変わる新しい磁石材料の探索が進められています.

まとめ

強磁性体といえば永久磁石ですが、強磁性体の用途は他にもたくさんあります.軟磁性体と強磁性体は求められる特性が対極にありますが、その間の特性を持つ材料にも需要があります.

磁気記録材料は、強磁性体の磁化の向きを0と1の2進数に対応させることで情報を記録する材料です.磁気記録材料には、少しの磁場では磁化が反転しないけども適度な外部磁場で磁化反転を起こせるような「ほどほどの」保磁力が求められます.そのうえで、信号を読み取るために十分な残留磁化も必要になります.このような特性は、軟磁性体と強磁性体の中間的な性質と言えます.

以上のように、強磁性体と一口に言っても求められる性質は様々です.人類はどのような性質の強磁性体であっても残さず特性を利用している、と言っても良いかもしれません.

参考文献

Materia Japan 2017 Volume 56 Issue 3 Pages 186-189

化学と教育 2007 年 55 巻 9 号 p. 430-433

鋳造工学 1996 年 68 巻 3 号 p. 265-274

磁性材料・磁気工学入門 5.軟磁性材料

3分でわかる技術の超キホン 磁性材料と磁気特性の必須基礎知識を解説