更新 2024-3-3
高温超伝導(High temperature superconductor, HTSC)
電気抵抗は物質を特徴づけるパラメータであり、電子の流れにくさを意味します.電子の流れにくい物質を絶縁体と呼び、比較的電子の流れやすい物質を金属と呼びます.電子を運ぶ際、電気抵抗は小さければ小さいだけ好ましく、余計な抵抗はエネルギーロスの原因となります.
1911年に発見された超伝導は、電気抵抗が厳密にゼロとなる現象です.電気抵抗がないので送電の際のエネルギーロスが無くなり、産業革命に匹敵するインパクトをもたらすと期待されていました.
ところが現在、超伝導は工業的に幅広く応用されているものの、人類史を根本から覆すまでには至っていません.その原因は、超伝導が起こる温度があまりに低いことです.超伝導体には全て転移温度()があり、この点以上の温度では単なる金属(あるいは絶縁体)に戻ってしまいます.
最初に発見された超伝導体である水銀()のは4.2 K(–269 ℃)であり、このような低温を実現するにはヘリウムなどの高価な冷媒が必要となります.小型のデバイスであるならばともかく、電線として全国に張り巡らせることを考えれば、冷媒が必要なことは致命的です.超伝導電線の普及のためには、常温で超伝導を示すような物質が望まれています.
しかしながら、超伝導体のを上昇させるのは非常に困難な課題であり、超伝導の発見から60年が経過してもなおは20 K程度が関の山でした.ところが1986年、新たに銅の酸化物が30 Kで超伝導となることが発見され、そこからたった1年の間には100 Kを超える値にまで達しました.
その後、超伝導体の開発手法の普及とともに材料探索が加速し、2006年には鉄系超伝導体が発見されました.鉄のような磁性元素は超伝導体にならないという言説を吹き飛ばし、は60 Kに迫りました.
最近では、水素を含んだ化合物を超高圧で圧縮する手法により、200 Kオーダーで超伝導を示す物質が発見されています.の記録は塗り替えられ、ついに常温でも超伝導が成し遂げられました.日常生活ではまず実現不可能な高圧条件でしか超伝導とならないため実用化には課題は山積みですが、常温超伝導が決して絵空事ではなく現実に起きうる現象であることが確認された事実は、物性科学のマスターピースと呼ぶにふさわしい偉業です.*1
現在、高温超伝導体とは、液体窒素の沸点である77 Kを超えるを持つような超伝導体であるとされます.日常生活からすれば非常に低温ですが、超伝導コミュニティにとってはとんでもない高温です.窒素は地球上いたるところにあるため安価で、それゆえ冷媒として非常に便利です.液体窒素の温度を超えることが低温デバイスの一つの基準であり、銅酸化物は長い間、唯一の高温超伝導体でした.鉄系超伝導体がこの基準に迫り、水素化物が記録を塗り替えました.[1]
超伝導の発見から100年以上が経過しましたが、高温超伝導に数えられるのはたったこれだけの物質しかありません.しかも、これらの物質の超伝導のメカニズムはまだ完全には理解されていません.それほど、超伝導体のを引き上げることは困難な課題なのです.
今回は、超伝導体の歴史を紐解き、高温超伝導・常温超伝導がいかにして成し遂げられたのかについて見ていきます.
超伝導体の開発の歴史
単体超伝導体から化合物超伝導体へ
水銀の超伝導が確認されたあと、しばらくは単体元素での超伝導特性が確かめられました.単体の金属で高いを示すものとして( = 7.2 K)と( = 9.2 K)が挙げられます.化合物でも超伝導が見られることが期待されますが、化合物超伝導体の研究が盛んになったのはアメリカの物理学者Bernd T. Matthiasの時代です.
Matthiasはホウ化物、窒化物、金属間化合物の超伝導体の大規模な材料探索を行い、数多くの超伝導体を発見しました.George F. HardyらによるA15合金の超伝導もブレークスルーとなり、長らく最高のを示すことになる( = 23.2 K)や( = 18.3 K)の発見につながりました.
しかし、それ以来超伝導の上昇に翳りが見え始めました.最高の転移温度が20 K程度の状態が50年近く続きます.それまでの超伝導体は全て金属および合金材料でした.この記録を覆す材料が、通常は電気を流さないセラミックスであるなんて誰が予想したでしょうか.
銅酸化物の発見
1986年に出版され、歴史に名を残した論文のタイトルは「Possible high Tc superconductivity in the Ba− La− Cu− O system」です.ずいぶんと控えめな書き方ではないでしょうか.材料の組成も分かっていないことから、筆者たちも確信が持てていなかったのでしょう.
確かに30 K級の超伝導体が存在し、それがペロブスカイト関連構造を持つセラミックスであることは東京大学のグループによって確認されました.同時に高温超伝導フィーバーが巻き起こり、理論家までるつぼを買って合成に漕ぎ出す異常事態に発展しました.
は瞬く間に向上し、人類の歴史上はじめてが液体窒素温度を超えた系、100 Kの大台を超えた系などが1年足らずの間に発見されました.最終的に、系でが135 Kの最高記録に達します.最初の報告から1年後の1987年に銅酸化物高温超伝導体の発見者にノーベル物理学賞が贈られたことからも、当時のスピード感が伝わってきます.当時の様子は、以下の文献で詳しく体験談として語られています.
ポスト銅酸化物を目指して
銅酸化物フィーバーの傍ら、それ以外の物質系でも超伝導探索がされました.液体窒素温度は高い壁としてのしかかりますが、銅酸化物の研究による物質探索・評価手法が発展によって、新しい超伝導体の開発は加速していきました.ビスマス酸化物( = 30 K)、系炭素ホウ素化合物(最高 = 23 K)、フラーレンの結晶( = 35 K)の発見はその顕著な例です.[2]
中でも有名なのは、2001年のにおける超伝導(Tc = 39 K)の発見です.銅酸化物以外の系で最も高いであるだけでなく、市販されていた材料であったことも話題になりました.銅酸化物の発見から15年が経過し、閉塞感が漂って来た中での新しい物質系の発見は業界に活気をもたらしました.[3]
そして、2006年には鉄系超伝導体が発見されます.超伝導に磁場をかけると壊れるように、超伝導と磁性は相性が悪いとされていました.そんな中、磁性の象徴である鉄からなる化合物で高いの超伝導が発見されたことは業界を震撼させました.
の4 Kを皮切りに、で26 Kに達し、高圧下では43 Kにまで至りました.材料組成の最適化により、は56 Kに達しました.基盤にを堆積した薄膜は65 Kの超伝導とされます.液体窒素温度には達していないものの、鉄系超伝導体は第二の高温超伝導体と呼ばれます.[4]
その後、を上げるという意味では、あまり進展はありませんでした.その代わり、理論・実験手法は発達し、高温超伝導の起源についての理解が進みました.銅酸化物も鉄系超伝導体も、その超伝導メカニズムは従来の金属材料とは異なるとされ、現在でも議論が続いています.また、非従来型の奇妙な超伝導体が他にも発見されており、例として、などの系物質が注目されました.[5]
計算科学の発達と水素化物超伝導体
ここまでの流れを見て分かるように、新しい超伝導体の発見は常に驚きを持って迎えられました.裏を返せば、誰もそのような超伝導体の存在を予測できなかったのです.超伝導体に関する理論はBCS理論の提唱以降、刻々と発達していますが、全く新しい超伝導体の予測となると未だ困難な課題です.
しかしながら昨今、理論的に高いが予測され、実験的に実証された研究が多くなってきました.古典的なBCS理論によれば、高いを示す物質は軽く、原子と原子の間のばね定数が大きい物質であるとされています.最も軽い元素である水素は適任ですが、超高圧環境においても水素の固体化・金属化は未だ実現していません.
では、水素が化合物を形成できるように少量の金属を加えてみればどうでしょうか.恐らくこのような発想のもとで生まれた水素化物は、大量の水素と少量の金属からなるカゴ状の化合物です.超高圧の環境でしか安定化しませんが、従来のBCS理論に基づき、室温を超えるが予測されるようになります.
2015年、硫化水素を超高圧で圧縮した材料が、200 Kという前人未到のを記録し、世界中に衝撃を与えました(理論的に予測されていても、結局世界は驚愕するんですね).続いて、が同様に超高圧下でTc =260 Kに達し、常温超伝導まであと一歩のところに迫りました.[6]
来る2020年、の三元系化合物が288 K (15℃)で超伝導を示すことが報告され、晴れて常温超伝導が成し遂げられました.歴史を塗り替える偉業ですが、課題がないわけではありません.270 GPaという嘘のような超高圧環境下での報告であるため、実用化は困難です.また、具体的にどのような組成のどんな構造の物質が超伝導を示したのかが明らかにされていません.超高圧化での分析は困難を極めますが、回折・分光実験などが急がれます.その他、データに疑義があるという意味での問題提起もされています.(その後、論文は正式に撤回されました)[7]
主な高温超伝導体
以上のように、現在、高温超伝導体の範疇にあるのは銅酸化物、鉄系超伝導体、水素化物の3種類です.詳しくは個別の項目で述べるとして、以下では概略を記載します.
銅酸化物
銅を含む酸化物(セラミックス)であり、様々な結晶構造を持つ物質が知られますが、共通してペロブスカイト構造の類縁構造を持つことが知られています.
はに平面4配位、ないしはピラミッド型5配位され、二次元の面を形成しています.は二価()であり、母物質のままでは電気を通さない絶縁体(Mott絶縁体)です.
ここにキャリアをドーピングすることで超伝導となります.キャリアは正孔(ホール)である場合がほとんどですが、電子である場合もあります.面はブロック層と呼ばれる絶縁層に分断されており、二次元的な結晶構造を持ちます.
最初に発見された銅酸化物超伝導体は層状ペロブスカイトと呼ばれる構造群に属し、やはり二次元的な結晶構造を持ちます.その後発見された、、についても同様の結晶構造的特徴を有します.最もシンプルな結晶構造を持つのはでしょうか.
の電子配置を持つ面を持つということで、状況の似た酸化物が注目されましたが超伝導を示すことはありませんでした.ところが、平面を持つ薄膜にをドープした酸化物が = 15 Kの超伝導体となることが2019年に発見されました.が発見されてから既に20年が経っていたので、発見を逃した材料科学者は泣いて悔しがったことでしょう.[8]
鉄系超伝導体
銅酸化物の二匹目のドジョウはなかなか見つかりませんでした.鉄は超伝導の天敵であり、鉄を含む物質が超伝導を示すとは思われていませんでした.2006年、は鉄を含む珍しい超伝導体として世に出ましたが、が低い(4 K)こともあり、大した注目は集めませんでした.
その二年後、を26 Kに上げてリベンジに来たは、高圧下でが43 Kまで上昇することもあり、世界中を熱狂させました., , などの関連材料も短時間の間に見つかり.世界的な鉄系超伝導フィーバーが発生しました.
鉄系超伝導体は、銅酸化物と同様に層状の構造を持ちます.はに四面体配位されており、四面体が辺を共有することで二次元ネットワークを形成しています.この伝導層と絶縁層が交互に積層している点も銅酸化物にそっくりです.異なる点は、鉄系超伝導体の母物質は既に金属である点です.このままで超伝導になる場合もあれば、キャリアをドープしなければと超伝導にならない場合もあります.
鉄系超伝導体のをにした物質も多くは超伝導を示します.ただし、は低いものばかりです.は、どうにも高温超伝導体と不思議な縁があるようです.そのうち、で高温超伝導体が見つかる伏線なのではないかという気がしてなりません.
水素化物
水素が金属化すれば高いを持つ超伝導体になるという予測は古くからされていましたが、水素の金属化は未だに困難な課題です.変わりに、水素が大部分を占める水素化物が高圧下で生成すると予測され、実際に高圧下で生成するとともに高いを持つ超伝導体であることが分かりました.水素が多数を占め、結晶構造は金属が水素のクラスターに囲まれた形をとっています.
系、系、系など、様々な物質が超高圧化で液体窒素温度を超えるを持ちます.人類が到達可能な限界近くの圧力が必要なため、工業的な応用どころか、基礎実験すらも満足に行えません.理論的な予測は更に進んでいますが、何しろ実験環境が過酷すぎて世界のごく一部のグループでしか実験が行えないため、実証されていない系も多く残されています.
課題は、せめて一般的な研究所でも実験が行える程度の圧力で超伝導を起こすことでしょうか.圧力を下げる研究は何点か行われていますが、実用化はいつになることでしょうか.また、超高圧の水素化物が超伝導になるということは、木星や土星の内部深くでは超伝導になっていたりするんでしょうか.
まとめ
超伝導の発見から100年以上が経過しました.常温超伝導は、少し前までは夢の夢といった風潮でしが、気づけば目の前すぐそこに迫っている状況です.多くの超伝導体のメカニズムは解明されていますが、高温超伝導体では未解決の課題が数多くあります.
歴史上、超伝導体のは連続的には上がっておらず、何回かのブレークスルーをきっかけに劇的に上昇しています.これは、着々と性能が向上している電池や半導体、メモリ材料とは異なる状況です.実用材料とは違い、既存の超伝導体の微細構造を制御したり別の材料と組み合わせることによってははなかなか上昇しません.全く新しい材料が必要です.
また、実用化のためにはが高いだけではうまくいきません.超伝導は磁場によって破壊されるので、より高磁場でも超伝導状態を維持可能な物質が必要です.また、電線や装置に使用することを考えれば、材料の加工性や扱いやすさ、安全性、コストも重要なパラメータです.加工の難しい銅酸化物や鉄系物質、高圧でしか使用できない水素化物は実用化が容易ではなく、結局のところ昔ながらの系合金がよく使われています.
100年以上の材料探索からも隠し果せた室温超伝導物質はまだ身近にひそんでいるのか、それとも宇宙のどこにもそのような物質は存在しないのでしょうか.
参考文献
[1] Zeitschrift für Physik B Condensed Matter 64.2 (1986): 189-193. / Journal of the American Chemical Society 128.31 (2006): 10012-10013. / Nature 525.7567 (2015): 73-76.
[2] Nature 332.6167 (1988): 814-816. / Nature 367.6460 (1994): 252-253. / Nature 350 (1991): 600-601.
[3] Nature 410.6824 (2001): 63-64.
[4] Journal of the American Chemical Society 128.31 (2006): 10012-10013. / Journal of the American Chemical Society 130.11 (2008): 3296-3297. / Nature 453.7193 (2008): 376-378. / Nature materials 12.7 (2013): 605-610.
[5] Nature 372.6506 (1994): 532-534. / Physical review letters 50.20 (1983): 1595.
[6] Nature 525.7567 (2015): 73-76. / Nature 569.7757 (2019): 528-531.
[7] Nature 586.7829 (2020): 373-377.
[8] Nature 572.7771 (2019): 624-627.
日本物理学会誌 2012 年 67 巻 12 号 p. 871-873
化学と教育 2009 年 57 巻 5 号 p. 230-233
arXiv:2207.07637
結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).
*1:なお、常温超伝導を報告した論文は実験の解釈に問題があったため現在は撤回されています.内容についても解析手法や再現性を巡って議論が紛糾しているようです