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大学研究者と企業研究者の違いを考える

大学研究室と企業研究所の違い

私の経歴の話をします.

学位を取得した大学のほか、2つの大学で研究をし、紆余曲折を経て今はとある企業の研究所に勤務しています.企業研に所属して少し経ちますが、その間に大学のアカデミックポジションと企業研の違いが色々と見えてきました.

大学にいた頃、特に博士課程の学生であった頃は、両者の違いを全く分かっていなかったと思います.おそらく私と同じように、なんとなく大学に、あるいは企業にと勤務先を決めてしまう人もいるでしょう.企業研究員から大学のポジションへジョブチェンジする人、あるいはその逆のパターンの人もそれなりにいますが、両者の環境の違いを実体験として残してくれる人はあまりいません.

今回は、大学研究員と企業研究員の両方を経て感じた両者の違いをつらつら述べていこうと思います.なお、企業の中にも大学のような基礎研究を行っている場所もあるのですが、今回は比較的事業部に近い研究所(応用研)に限った話です.

上司の違い

大学:研究室のボス(教授)がトップ
企業:上司(課長)の上にも何人も上司がいる

当たり前ではあるのだけれど、大きな違いとして感じた部分です.

大学は基本的に個々の研究室に自治があり、研究室のボス(多くは教授)の下で研究活動が行われます.組織としては、名目上は総長とか学科長が存在するのかもしれませんが、個々の研究内容に踏み込むことは全くありません.そのため、研究室で働く限りでは基本的にボスのみを意識していれば事足ります.

一方、企業では個々の研究グループは課長や係長が率いていても、その上に部長や所長が存在します.その上で、細かい手順までは見ないにしても研究テーマやアウトプットはしっかり監督されます.つまり、上司の上司(祖上司?)やその上の意向が反映されるのです.

どちらの体制にも一長一短あります.

大学では、基本的にボスと対話してボスが頷けば話が進みます.小回りが利くと言えるでしょう.

一方、企業では課長をいくら説得しても、さらに上からの指令であれば課長にはどうすることもできません.部長を説得しても、もっと上からの指示かもしれません.無理を言ってもダメなものはダメです.

関わる人

大学:事務方の人以外は、基本的に研究者
企業:開発、量産、企画、マーケティングなどの人とも関わる(こともある)

語弊を恐れず言えば、大学研究者の目的は研究なので関わる人は研究者が中心になります.もちろん事務方、産学連携の人、装置・試薬メーカーの営業の人、講義を受ける学生などと関わるわけですが、研究の話であれば基本的に内外の研究者との交流が主です.

一方で、企業研究者の研究の目的は最終的な製品(サービス)ですので、当然研究だけでは終わりません.製品化に関わる人や量産の人、営業の人などがいます.研究に芽が出てきてからは、(企業内での)開発の人たちとの打ち合わせが多くなります.そこでは製品化が可能なのか、量産が可能なのか、そもそも売れるのかなどの商業目線での話が行われます.

事業化

大学:事業化までいけない(ベンチャーを起こすケースはある)
企業:事業化までいける(かもしれない)

大学でも応用的な研究はできます.

百万年後に役に立つような基礎研究もあれば、明日にでも役に立ちそうな応用研究も大学で行われています.しかし、大学の身分では研究内容が社会実装されるまで見守ることは稀です.どこかのタイミングで共同研究先の企業に受け渡すか、あるいは自分でベンチャーを立ち上げる必要があります.後者もそれなりに見かけるようにはなってきましたが、商業レベルまでやりくりすることはなかなか難しいです.

企業では、当然最初から社会実装を目的としています.ゆくゆくは自身の開発したモノが製品となることもあり得るでしょう.ただし、研究部門の人が開発や量産の過程まで関われるかは体制次第です.開発部門の人に受け渡して、あとは音沙汰なしということもありえます.そうはいっても、大学の身分よりは実装に近い立ち位置で関われると言えるでしょう.

気風

大学:個人主義
企業:全体主義

大学研究者は良くも悪くも個人の戦いです.自己責任という言葉がよく合うように、結果のすべてが自分に跳ね返ってきます.研究が上手くいったときにノーベル賞を受賞するのは自分である一方、研究費をとれずに野垂れ死ぬのも自分です.

企業では、こちらも良し悪しですが、どうしても個人の貢献が捉えにくくなります.基本的にチームでのプロジェクトになるので、誰々さんの功績というよりはみんなで頑張ったねとなりがちです(それでも目立つ人は目立って昇進していくんですが・・・).その代わり、失敗してもチームの責任であって個人のせいにはなりにくいです(諸説あり).

自身の名を売りたい人にとってみれば、ハイリスクハイリターンな大学とローリスクローリターンの企業といった感じでしょうか.

アウトプット

大学:論文が大事
企業:特許、利益が大事

大学研究者にとって最も大切なことは、自身の好奇心に基づき世界に革命をもたらすような新しい発見をすること.それが理想かもしれませんが、いつになることか分かりません.業界に存在感を出していかなければ任期が切れるか研究者として忘れ去られてしまうため、定期的なアウトプットが必要になります.

最も重要なアウトプットは学術論文で、論文を出すことではじめて成果が成果として認められます.Publish or Perishとはよく言ったもので、論文を出すことが重要で、論文を出すことが至上命題です.

一方、企業では論文が最も重要なわけではありません.

論文は実験の詳細を書く必要がある(書かれていないこともあるが)上に内容が保護されないため、企業からすれば隠しておきたい情報を公開する羽目になります.そのため、論文を出すことに乗り気でない企業もあります.

その代わり重要となるのが特許であり、申請して認められれば技術を独占的に使用できる権利を得ます.企業活動においては特許こそ重要であり、特許を出願することが技術者に求められます.

とはいえ、大学は論文で企業は特許というほど単純な図式でもありません.特許を山ほど出している大学研究室もありますし、特許さえ確保してしまえば自由に論文なり学会で発表できる企業もあります.特に昨今は産学連携により大学と企業の共同研究が盛んであり、境が曖昧になっています.

研究費

大学:予算をとってこなくてはならない
企業:予算はある程度確保できる

研究は何をするにしても金がかかります.大学の研究は基本的に利益を生まないため、どこかから予算を捻出する必要があります.国から無条件でもらえる予算は昨今では額が小さいので、基本的には科研費や民間の助成団体の研究費に応募して採択される必要があります.

採択されるのは簡単なことではなく、採択率は高くて5割、低いと1割を下回る世界です.勝ち抜かないと当然予算は1円も出ません.自分一人だけであるならともかく複数の学生を抱えているのであれば、何が何でも研究費を獲得しなければならず激しいプレッシャーに襲われます.

一方、企業では、部署ごとに予算が割り振られる関係で、大学ほど神経を尖らせなくても予算は付きます.金額は企業規模や注力具合に応じてまちまちでしょうが、ゼロになることはないでしょう.とはいえ、予算は有望な部署に優先的に割り振られるので、アウトプットやアピールが重要であることには変わりありません.あまりに成果がないと部署ごとなくなってしまうリスクもあります.また、会社が撤退を決めた場合は問答無用で予算がゼロになります.

研究テーマ

大学:テーマは自由
企業:テーマは絞られる
大学:(やる気がある限り)同じテーマを続けられる
企業:結果に応じてテーマが打ち切られる

研究テーマの自由度こそ、大学で研究をすることの最も大きなメリットであるように思います.自分が思いついたテーマを、自分の気が済むまで続けられます.

ただし、制限もあります.まずは研究費を獲得しなければ研究は行えないので、研究費を与えてくれるような地に足の着いたテーマを(少なくとも一つは)行わなくてはなりません.また、十分な予算がない場合は手近な実験装置で行える研究しかできないので、所属先にも制約を受けるでしょう.

企業でのテーマの制約は大学の比ではありません.基本的に、過去の事業の流れに沿って事業部から求められている内容に沿ったテーマに従事する、あるいは提案する必要があります.勝手なテーマを提案しても認められるとは限りません.時には、自分が全く興味を持てないテーマに従事することもあるでしょう.また、自身の意思に関わらずテーマが打ち切られる場合もあります.

時間軸

大学:長い目でテーマを考えられる.ただし任期の許す限り
企業:企業の時間軸次第だが、基本的に早く成果を出す必要あり

企業ではスピード勝負で、成果が出なければすぐに、成果が出ても会社の方針次第でテーマが打ち切られる場合があります.それに比べると、大学は自身の興味が続く限り長い目で研究を行えます.

そのような説明がされることもありますが、そんなこともないと思います.大学でアウトプットもなく一つの研究をいつまでも続けていては任期が切れて全てを失います.一つのテーマに長く打ち込むことは可能ですが、並行して地に足の着いた研究テーマを推進する必要があります.任期なしのPIになってしまえば長い目でゆっくり一つのテーマを追いかけられるようになるんですかね.

企業でも長くテーマを続けられる場合はありますが、基本的に成果次第か上司のやる気次第です.最悪、芽もないのに上がやりたいだけの沈没不可避なテーマをいつまでも続けることになるかもしれません.

身分

大学:任期がある場合がある
企業:基本的に定年制

特に若手研究者にとって切実な問題です.大学のポジションは任期付きが多数を占めており、よほど運か実力がないと若いうちに任期なしの職を得るのは難しいです.教授になれば基本的に任期はない(あってたまるか)ですが、昨今では准教授でも任期付きがよくあり、厳しい戦いが想像以上に長く続くようです.

反面、企業の正社員の研究員ではまず間違いなく任期はありません(あってたまるか).研究テーマの転々や部署の移り変わりはあるでしょうが、まず間違いなく身分は保証されています.もちろん、身分を失う可能性が全くないとは言いません.会社の倒産や売却、ビジネスユニットの取り壊し、リストラのリスクがないとは言いません.

しかし、「もしかすると会社が倒産するかもしれない(しない可能性の方が高い)」と「絶対確実に任期切れが訪れ、職を失う」ことを混同はできません.両者は全く異なる次元の話です.

一方で、「企業でずっと研究を続けられるか」はまた別の話です.研究所の閉鎖は相次いでおり、人員も削減ぎみです.研究所で採用されたのに、開発や全く別の業務内容への異動が指示されるのは珍しいことではありません.

働き方

大学:いつ何時でも仕事ができる
企業:時間を管理される
大学:残業代が出ない
企業:残業代が出る

大学の働き方は自由であり、完全に個人に任されています.

と思ってましたが、最近は労働時間も管理されて過度な労働時間にならないように配慮されているようです.そうはいっても、PCを自宅に持ち帰っていくら作業してもいいですし、勤務先に関知されないところで鬼のように働いている研究者の方はいくらでもいることでしょう.

いくら働いても裁量労働制の下では残業代は出ず、逆に定時より先に帰ったりしても給料は変わりません.いくらでも働けるしいくらでもサボれるのが大学と言えるでしょう.(作業量が多く、なかなかサボってはいられないようですが).

一方で、企業の労務は会社によって管理されています.

研究職は働き方が多様ということもあり、フレックスを採用するところや大学と同じように裁量労働制を採用するところもありますが、いずれにしても過度な労働にならないように管理は厳しめです.基本的に仕事した分だけ残業代は出るため、時間外に働く意欲は見出しにくく、そうした人はほとんど見かけません(いないということはないです).

デメリットとしては、勤務時間の間にすべてを終わらせる必要があるため、例えば夜中や休日に資料作りをするような大学院生のような生活スタイルは憚られます.

秘密保持

大学:本人の管理の下で自由にディスカッションができる
企業:特許・秘密保持契約なしでは開示不可

大学の研究は個人の裁量であり、情報管理も個人に任せられます.未発表情報を公開して外部の人とディスカッションを行ってもいいし、仮に相手に先に発表されたとしても困るのは限られた個人だけです.

企業ではそうはいきません.未発表データは法人の資産であり、みだりに口外すれば従業員からステークホルダーまで幅広い個人・法人に影響が出ます.処分も下ることでしょう.それゆえ、自身の研究内容について外部で話す機会は(共同研究先や学会発表以外では)ほぼないです.

コンプラ

大学:ガバガバ
企業:厳しい

これは大学側からの異論もあるでしょう.しかし、閉鎖的な研究室の環境ではハラスメントが起こりやすく、研究室主催者を管理する人がいない関係で不正を咎める作用が働きにくいのも事実です.どの研究室にもハラスメントがあるとは決して言いませんが、いざそうしたことが起こった時に発覚しにくく、自浄作用が働きにくく、結果としてガバガバコンプライアンス状態が野放しになるケースはあります.

一方、昨今の企業ではコンプラへの社会的な要求が多大にあり、ハラスメントを野放しにできる余裕のある企業ばかりではありません.特に名の知れた大企業はコンプラへの遵守意識が高く(諸説あり)、下手なことをすればしょっ引かれるため、むしろ上司の方が部下に気を使っている始末です.まあ、実際のところ水面下で何が行われているかは知りませんが、少なくとも表向きはハラスメント意識が向上しつつあります.

一方で、大学のガバガバコンプラが有利に働くケースもあります.小回りが利くので、新しい実験を思いついたときなど、すぐに試薬の購入や実験に踏み切れるフットワークの良さがあります.一方、企業では試薬を買うにも実験を行うにも承認がいるので、何をするにも重々しいです.

事務作業

大学:忙しい
企業:忙しい

大学では自由に研究ができるけど、企業人になると事務作業や雑用ばかり.そのように言われることもありますが、実際のところどちらも事務作業は多いように思います.

大学教員と話すと、大学は事務作業が多すぎて大変ということをよく聞きます.一方で、企業の研究者に聞いても事務手続きが多すぎるという話を聞きます.結局のところ、どちらも事務作業は忙しいのでしょう.

まとめ

まとめると以下のようになります.

自由度も裁量も大きい代わりに生きるも死ぬも自分次第、良くも悪くも自己責任の大学研究者

自由度も裁量も会社次第ではあるが、身分や予算が保証されており安定感のある企業

月並みですが、結局は、大学によっても企業によっても個人によっても万別ということを忘れないようにしましょう.大学研究者でも朝9時にきて17時に帰って休日は仕事しない人もいれば、企業でも土日関係なく働いている人がいます.

よく進路は大学か企業かと単純に考えがちですが、二元論で語るにはあまりにも大学は特殊で、あまりにも企業は多様です.ほとんどの人は数か所の職場の経験しかありませんし、体験も部署によって様々です.いろいろな進路を選んだ様々な人の話を聞き、具体的なイメージをつかみながら進路を決めるようにしましょう(戒め).