Prof. Mercouri G. Kanatzidis
Mercouri Kanatzidisの名は材料科学の様々な文献で見つかります.特徴的な姓であることもあり、非常に目に付きます.Journal of the American Chemical Society (JACS) 誌でよく知らない固体物質がタイトルにあれば、かなりの確率でProf. Kanatzidisの論文です.
Prof. Kanatzidisは全無機化学者の中の頂点に君臨しており、論文数・引用数ともにトップクラスです.論文数は2000を超え、被引用数は20万に及び、h-indexも200に迫ろうとしています.カルコゲナイド(硫黄やセレンなどの16族元素を含む化合物)の合成法、熱電材料、ハライド太陽電池分野での研究で特に有名であり、被引用数4桁の文献が20報以上あります.
特に有名な論文を以下に例として挙げます.分野の同じ(あるいは異なる分野でも)研究者の人にとっては馴染み深いものであると思います.
Ultralow thermal conductivity and high thermoelectric figure of merit in SnSe crystals
Li-Dong Zhao, Shih-Han Lo, Yongsheng Zhang, Hui Sun, Gangjian Tan, Ctirad Uher, Christopher Wolverton, Vinayak P Dravid, Mercouri G Kanatzidis
Nature, 508(7496), 373-377.Cubic AgPbmSbTe2+m: Bulk Thermoelectric Materials with High Figure of Merit
Kuei Fang Hsu, Sim Loo, Fu Guo, Wei Chen, Jeffrey S Dyck, Ctirad Uher, Tim Hogan, EK Polychroniadis, Mercouri G Kanatzidis
Science, 303(5659), 818-821.
CsBi4Te6: A high-performance thermoelectric material for low-temperature applications
Duck-Young Chung, Tim Hogan, Paul Brazis, Melissa Rocci-Lane, Carl Kannewurf, Marina Bastea, Ctirad Uher, Mercouri G Kanatzidis
Science. 2000 Feb 11;287(5455):1024-7.All-solid-state dye-sensitized solar cells with high efficiency
In Chung, Byunghong Lee, Jiaqing He, Robert PH Chang, Mercouri G Kanatzidis
Nature 485.7399 (2012): 486-489.
特に熱電材料とハライド太陽電池分野における成果は圧巻で、斬新なコンセプトをもって新材料の開発を続けています.カバーする分野は無機化学全般にわたり、他にもイオン交換材料、放射線検出材料、伝導性ポリマー、多孔性材料、超伝導体などの研究でも顕著な業績を残しています.
一方で、固体化学で最もポピュラーであるところの酸化物には手を出さず、カルコゲナイドやハライドの研究が中心です.酸化物を研究の中心にする研究室は多くありますが、カルコゲナイドをメインにしている研究室は思い当たりません.*1このあたりは何らかのこだわりがあるのでしょう.
世界的に有名なProf. Kanatzidisですが、当然ながら若手時代がありました.どのようなことを考え、実行し、そして今に至ったのか.過去の業績を振り返ることで、一流になるために必要なピースの糸口をつかめるかもしれません.
前回のProf. RJ Cavaに続き、今回は無機化学者Prof. Kanatzidisの経歴・研究内容を振り返り、一流と呼ばれる科学者の源流を紐解こうと思います.これからの飛躍を目指す研究者にとっても何かヒントとなる事柄があるはずです.*2
経歴
公式ホームページに経歴の記載があります.
Mercouri Kanatzidis was born in Thessaloniki, Greece in 1957. After obtaining a B. Sc from Aristotle University in Greece, he received his Ph D. in chemistry from the University of Iowa in 1984. He was a post-doctoral research associate at the University of Michigan and Northwestern University from 1985 to 1987 and is currently the the Charles E. and Emma H. Morrison Professor of Chemistry at Northwestern University. Mercouri moved to Northwestern in the fall of 2006 from Michigan State University where he was a University Distinguished Professor of Chemistry since 1987.
Prof. Kanatzidisの生誕地はギリシャのテッサロキニです.ギリシャでアテネに次いで第二の都市であり、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)時代にもコンスタンティノープルに次いで第二の都市でした.
アリストテレス大学(かっこいい!)で学士号を取得後アメリカに渡り、1984年にアイオワ大学で博士号を得ました.その後、ミシガン大学とノースウェスタン大学でのポスドク期間を経て、1987年にミシガン州立大学で独立しました.2006年にはノースウェスタン大学に移り、現在に至ります.また、アルゴンヌ国立大学にも研究室を構えています.
他にも無数の肩書きと受賞歴がありますが、とても載せきれないため省略します.
さて、特徴的な姓名はギリシャ由来のものだったんですね.渡米した後は、着々と成果をあげて教授職に至っています.学生時代にはどのような研究を行っていたのでしょうか.
学生時代の研究
ギリシャからアメリカに移り、当初は錯体の研究を行っていたようです.アイオワ大学の学位論文の題名は、
SYNTHESIS AND CHARACTERIZATION OF MIXED-LIGAND COMPLEXES CONTAINING THE IRON(4)SULFUR(4) CORE. SYNTHESIS AND CHARACTERIZATION OF NEW NOVEL COMPLEXES CONTAINING THE IRON(4)SULFUR(6) CORE
(鉄(4)硫黄(4)核を含む混合配位子錯体の合成と特性評価。鉄(4)硫黄(6)核を有する新規錯体の合成と物性評価)
鉄と硫黄を含む錯体の合成を行っており、この過程でカルコゲナイドの化学に関する知見を身に着けたのだと推測されます.固体ではなく錯体が原点だったのですね.一方で、固体化学に分野を移してもカルコゲナイドを中心に据えた研究内容は変わっていません.
結果としてカルコゲナイド中心になったのか、当初からカルコゲナイドをメインにしようと考えていたのかは定かでないですが、相当の思い入れがあるのは間違いないように思います.(それにしても題名が長い…)
Synthesis, structural characterization, and electronic structures of the mixed terminal ligand iron-sulfur cubanes [Fe4S4Cl2(XPh)2]2- (X = S, O) and [Fe4S4(SPh)2(OC6H4Me-p)2]2-. The first examples of [Fe4S4]2+ cores with a noncompressed D2d idealized geometry
MG Kanatzidis, NC Baenziger, D Coucouvanis, A Simopoulos, A Kostikas
Journal of the American Chemical Society 106.16 (1984): 4500-4511.Metastable iron/sulfur clusters. The synthesis, electronic structure, and transformations of the [Fe6S6(L)6]3- clusters (L = Cl-, Br, I-, RS-, RO-) and the structure of [(C2H5)4N]3[Fe6S6Cl6]
MG Kanatzidis, WR Hagen, WR Dunham, RK Lester, Dimitri K Coucouvanis
Journal of the American Chemical Society 107.4 (1985): 953-961.Synthesis, structural characterization, and electronic properties of the tetraphenylphosphonium salts of the mixed terminal ligand cubanes Fe4S4(Et2Dtc)n(X)4-n2- (X = Cl-, PhS-) (n = 1, 2). Two different modes of ligation on the [Fe4S4]2+ core
MG Kanatzidis, D Coucouvanis, A Simopoulos, A Kostikas, V Papaefthymiou
Journal of the American Chemical Society 107.17 (1985): 4925-4935.
ミシガン州立大学に移るまでにJACSの筆頭著者が6報.当時と状況は違うとはいえ、見習いたいところですね.
ミシガン州立大学を経てノースウェスタン大学へ
独立後しばらくは、鉄を基軸とした錯体材料の合成や導電性ポリマーの研究を展開しています.この時点で既にインターカレーション反応やゾルゲル、多孔質材料など、後の研究の一大テーマとなるキーワードがちらほらと見え隠れしています.しかし、まだ固体化学には手を出していないように見えます.
In situ intercalative polymerization of pyrrole in Fe0Cl: a new class of layered, conducting polymer-inorganic hybrid materials
MG Kanatzidis, LM Tonge, Tobin Jay Marks, HO Marcy, CR Kannewurf
Journal of the American Chemical Society 109.12 (1987): 3797-3799.Conductive-polymer bronzes. Intercalated polyaniline in vanadium oxide xerogels
Mercouri G Kanatzidis, Chun Guey Wu, Henry O Marcy, Carl R Kannewurf
Journal of the American Chemical Society 111.11 (1989): 4139-4141.
1990年頃になると、ようやく明確に固体化学の研究テーマが見えてきます.突然、金属フラックスを用いた新材料の合成報告が現れますが、おそらく突飛な発想をしたわけではないように思います.
これまで溶液法で錯体やポリマーを作成してきた経験から、固体材料を溶液法(フラックス法)で合成できないかと考えたのではないかと思われます.それまで溶液法でカルコゲナイドを作成した研究は、常温か高温の条件が多かった中で、300℃程度の中低温での合成を行い広大な物質空間があることを発見したようです.
Polychalcogenide synthesis in molten salts. Novel one-dimensional compounds in the potassium-copper-sulfur system containing exclusively S42-ligands
Mercouri G Kanatzidis, Younbong Park
Journal of the American Chemical Society 111.10 (1989): 3767-3769.Molten salt synthesis of low-dimensional ternary chalcogenides. Novel structure types in the K/Hg/Q system (Q= S, Se)
Mercouri G Kanatzidis, Younbong Park
Chemistry of Materials 2.2 (1990): 99-101.Molten alkali-metal polychalcogenides as reagents and solvents for the synthesis of new chalcogenide materials
Mercouri G Kanatzidis
Chemistry of Materials 2.4 (1990): 353-363.
これ以降、固体化学に大きく舵を切ったようで、錯体よりも固体の研究が中心となります.フラックス法による物質合成の威力はあまりにも大きかったようで、非常に多くの新物質が立て続けに報告されています.
以後、熱電材料やイオン交換性材料に関する独創的な研究を展開していくわけですが、原点は新物質開拓にあるのだと思います.合成したあまりにも多くの新物質の活用法を模索していくうちに、カルコゲナイドならではの多彩な機能を見出したのではないでしょうか.
ノースウェスタン大学に移ってからもカルコゲナイドが軸であることは変わらず、新物質・新材料の開拓とともに新たな機能性を発見・報告しています.これだけ書くとシンプルですが、物質数と扱っている物性の数があまりにも膨大であるために、唯一無二の研究領域を形成しています.
その後、カルコゲナイドに加えてハライド太陽電池を新たに研究テーマに据えますが、やはり酸化物をテーマにすることは無いようです.
独立から現在までの研究テーマ
時系列ごとに研究テーマの移り変わりを見ていく予定でしたが、独立したテーマが同時進行でいくつもあるため、それでは複雑になりすぎました.そこで、研究テーマをいくつか取り上げ、それらが時とともにどのように発展してきたかを見ていきます.
いずれにしてもキーワードはカルコゲナイドです.
メソポーラスなカルコゲナイド材料の開拓
メソポーラス材料とは、1 nmから数10 nm程度の孔(メソポア)を多数含む材料を指します.比表面積が非常に大きく反応性に優れるほか、分子を孔内に取り込むことで反応場としての使い道があります.メソポーラス材料の発見までは孔が1 nm以下のゼオライトなどしか選択肢がなく、細孔内を化学反応の場として用いることは困難でした.
1990年代初頭、Mobil社や豊田中央研究所の研究グループが独立に酸化物のメソポーラス材料の合成に成功しました.それぞれ、MCM−41およびFSM −16と名付けられた多孔質材料は、界面活性剤の分子集合体を鋳型とした斬新な方法で合成されます.無機材料と界面活性剤を加えて混合すると自己組織的にメソ構造が生成し、加熱によって界面活性剤を除けばメソポーラス材料となります.
Kanatzidisグループでは、この手法を酸化物からカルコゲナイド化学に拡張することを目指しました.Prof. Kanatzidisは1992年、Science誌に大きなネットワークを持つカルコゲナイドの報告をしており、メソポーラスなカルコゲナイド材料が注目を集める土壌が形成されていました.
Open Framework Structures Based on Sex2– Fragments: Synthesis of (Ph4P)[M(Se6)2] (M = Ga, In, TI) in Molten (Ph4P)2Sex
Sandeep Dhingra, Mercouri G Kanatzidis
Science 258.5089 (1992): 1769-1772.
しかし、カルコゲナイドでは化学的性質の違いから、酸化物の手法をそのまま用いることはできません.Prof. Kanatzidisはカルコゲナイドからなる金属クラスターを用いる手法を駆使し、見事にメソポーラス材料を開発しました.均一な大きさの細孔を持ち、金属種によって細孔の大きさを制御できるという優れものです.
また、ゲルマニウムを含むZintlアニオンを構造ユニットとして含む多孔質材料の合成にも成功しています.これらの多孔質材料はガス分子を選択的に吸着することが可能です.
Varied pore organization in mesostructured semiconductors based on the [SnSe4] 4-anion
Pantelis N Trikalitis, K Kasthuri Rangan, Thomas Bakas, Mercouri G Kanatzidis
Nature 410.6829 (2001): 671-675.Mesostructured germanium with cubic pore symmetry
Gerasimos S Armatas, Mercouri G Kanatzidis
Nature 441.7097 (2006): 1122-1125.Mesoporous germanium-rich chalcogenido frameworks with highly polarizable surfaces and relevance to gas separation
Gerasimos S Armatas, Mercouri G Kanatzidis
Nature materials 8.3 (2009): 217-222.
メソポーラスなカルコゲル
エアロゲルとは相互に接続したナノ粒子からなる多孔質材料で、密度が低く高い内部表面積を持ち、触媒や分子分離などに使用されます.それまでのエアロゲルの研究はシリカなどの酸化物材料が中心でしたが、Kanatzidisグループによってカルコゲナイドに拡張されカルコゲルと名付けられました.
Porous semiconducting gels and aerogels from chalcogenide clusters
Santanu Bag, Pantelis N Trikalitis, Peter J Chupas, Gerasimos S Armatas, Mercouri G Kanatzidis
Science 317.5837 (2007): 490-493.Spongy chalcogels of non-platinum metals act as effective hydrodesulfurization catalysts
Santanu Bag, Amy F Gaudette, Mark E Bussell, Mercouri G Kanatzidis
Nature chemistry 1.3 (2009): 217-224.
イオン交換性材料
イオン交換性材料は結晶構造中に大きな空間を持ち、特定のイオンを選択的に吸着することが可能です.主な用途は、重元素や放射性元素を環境中から選択的に取り除くことです.それまで、イオン交換性材料といえばゼオライトや粘土鉱物に限定されていましたが、Kanatzidisグループはやはりこれをカルコゲナイドに拡張します.
結果として、や
、
などの重イオンを選択的に格納する能力のある材料を報告しています.
Metal sulfide ion exchangers: superior sorbents for the capture of toxic and nuclear waste-related metal ions
Manolis J Manos, Mercouri G Kanatzidis
Chemical Science 7.8 (2016): 4804-4824.
ナノ粒子の合成
通常の粉末粒子の大きさはマイクロメートルオーダーですが、これをナノオーダーの粒子にすることによって光学的・電子的性質が大きく変化します.Kanatzidisグループでは溶液法を用いることで数々のカルコゲナイドのナノ粒子を作成しています.
Chemical Routes to Nanocrystalline Thermoelectrically Relevant AgPbmSbTem+2 Materials
Abhijeet J Karkamkar, Mercouri G Kanatzidis
Journal of the American Chemical Society 128.18 (2006): 6002-6003.Nanocrystals of the Quaternary Thermoelectric Materials: AgPbmSbTem+ 2 (m= 1–18): Phase‐Segregated or Solid Solutions?
Indika U Arachchige, Jinsong Wu, Vinayak P Dravid, Mercouri G Kanatzidis
Advanced Materials 20.19 (2008): 3638-3642.
フラックス法による物質探索
時にはカルコゲナイド以外の物質探索を行っています.前述した金属フラックス法を活用し、種々の金属間化合物の合成を報告しています.得られた物質のいくつかは他の物質には見られないような特異な物性を示します.
The metal flux: a preparative tool for the exploration of intermetallic compounds
Mercouri G Kanatzidis, Rainer Pöttgen, Wolfgang Jeitschko
Angewandte Chemie International Edition 44.43 (2005): 6996-7023.Zero thermal expansion in YbGaGe due to an electronic valence transition
James R Salvador, Fu Guo, Tim Hogan, Mercouri G Kanatzidis
Nature 425.6959 (2003): 702-705.Cubic Aluminum Silicides RE8Ru12Al49Si9(AlxSi12-x) (RE = Pr, Sm) from Liquid Aluminum. Empty (Si,Al)12 Cuboctahedral Clusters and Assignment of the Al/Si Distribution with Neutron Diffraction
B Sieve, XZ Chen, R Henning, P Brazis, CR Kannewurf, JA Cowen, AJ Schultz, MG Kanatzidis
Journal of the American Chemical Society 123.29 (2001): 7040-7047.
熱電材料
Prof. Kanatzidisの研究の中で最も有名であると思われるのが、熱電材料に関するものです.熱電材料とは、温度差を電力に変換可能な材料で、排熱を有効活用できるクリーン材料として関心が高まっています.熱電材料の性能指数は1を超えれば大いに注目されるものですが、Kanatzidisグループからは
が2を超える材料の報告が相次いでいます.
最初の報告はというカルコゲナイドであり、全く新しい材料でありながら
となかなかの値を示しました.その後、
(LAST)における高い熱電性能の報告が続きます.近年では
という新しい材料を発見し、
と驚異的な値を叩き出しました.
また、物質開拓だけでなく材料のナノ構造を制御することによっても熱電性能を高めることに成功しています.
CsBi4Te6: A high-performance thermoelectric material for low-temperature applications
Duck-Young Chung, Tim Hogan, Paul Brazis, Melissa Rocci-Lane, Carl Kannewurf, Marina Bastea, Ctirad Uher, Mercouri G Kanatzidis
Science 287.5455 (2000): 1024-1027.Cubic AgPbmSbTe2+m: Bulk Thermoelectric Materials with High Figure of Merit
Kuei Fang Hsu, Sim Loo, Fu Guo, Wei Chen, Jeffrey S Dyck, Ctirad Uher, Tim Hogan, EK Polychroniadis, Mercouri G Kanatzidis
Science 303.5659 (2004): 818-821.High-performance bulk thermoelectrics with all-scale hierarchical architectures
Kanishka Biswas, Jiaqing He, Ivan D Blum, Chun-I Wu, Timothy P Hogan, David N Seidman, Vinayak P Dravid, Mercouri G Kanatzidis
Nature 489.7416 (2012): 414-418.Ultralow thermal conductivity and high thermoelectric figure of merit in SnSe crystals
Li-Dong Zhao, Shih-Han Lo, Yongsheng Zhang, Hui Sun, Gangjian Tan, Ctirad Uher, Christopher Wolverton, Vinayak P Dravid, Mercouri G Kanatzidis
Nature 508.7496 (2014): 373-377.
電荷密度波(CDW)
電荷密度波(CDW)とは、電子と結晶格子の相互作用によって周期構造が現れる現象です.同じく電子と結晶格子の相互作用によって起こる超伝導と関わりの深い現象で、CDWを何らかのパラメータによって抑制すると超伝導が現れるケースが度々あります.
Kanatzidisグループでは、新規カルコゲナイドの合成の過程で、珍しいCDWを示す物質がいくつも得られています.
Square Nets of Tellurium: Rare-Earth Dependent Variation in the Charge-Density Wave of RETe3 (RE = Rare-Earth Element)
Christos Malliakas, Simon JL Billinge, Hyun Jeong Kim, Mercouri G Kanatzidis
Journal of the American Chemical Society 127.18 (2005): 6510-6511.Charge Density Waves in the Square Nets of Tellurium of AMRE Te4 (A= K, Na; M= Cu, Ag; RE= La, Ce)
Christos D Malliakas, Mercouri G Kanatzidis
Journal of the American Chemical Society 129.35 (2007): 10675-10677.
放射線検出材料
近年、KanatzidisグループではX線やγ線などの硬い放射線を検出できる新しい材料をいくつか開発しました.これらの検出のためには、重金属を含み伝導電子を持たないような物質が求められます.この条件に適合するカルコゲナイド材料をいくつも生み出しています.また、中性子を検出する材料の開発にも成功しています.
Hard Radiation Detection from the Selenophosphate Pb2P2Se6
Peng L Wang, Zhifu Liu, Pice Chen, John A Peters, Gangjian Tan, Jino Im, Wenwen Lin, Arthur J Freeman, Bruce W Wessels, Mercouri G Kanatzidis
Advanced Functional Materials 25.30 (2015): 4874-4881.Direct thermal neutron detection by the 2D semiconductor 6LiInP2Se6
Daniel G Chica, Yihui He, Kyle M McCall, Duck Young Chung, Rahmi O Pak, Giancarlo Trimarchi, Zhifu Liu, Patrick M De Lurgio, Bruce W Wessels, Mercouri G Kanatzidis
Nature 577.7790 (2020): 346-349.
ハライド太陽電池
近年、ペロブスカイト太陽電池への注目が急速に高まっています.既存のシリコン太陽電池に比べて安価かつ高効率な発電が可能で、デバイスに使用可能な物質の選択肢が豊富であるため世界中で研究が広がっています.そんなペロブスカイト太陽電池の骨子となる物質がハライドペロブスカイトです.
こうしたペロブスカイト太陽電池の研究の流れに、Kanatzidisグループも早々と参戦しています.今までの材料のようにカルコゲナイドではないものの、溶液法で作製する非酸化物材料という特徴がグループの流れと噛み合ったのでしょう.
参戦してまもなく世界的な成果を挙げ、鉛フリーの全固体太陽電池を作製したほか、ハライド太陽電池の概念をペロブスカイト構造からより複雑なハライド物質に拡張しました.現在では、ハライドペロブスカイトの関連材料の新物質探索を主に行っているようです.
High-efficiency two-dimensional Ruddlesden–Popper perovskite solar cells
Hsinhan Tsai, Wanyi Nie, Jean-Christophe Blancon, Constantinos C Stoumpos, Reza Asadpour, Boris Harutyunyan, Amanda J Neukirch, Rafael Verduzco, Jared J Crochet, Sergei Tretiak, Laurent Pedesseau, Jacky Even, Muhammad A Alam, Gautam Gupta, Jun Lou, Pulickel M Ajayan, Michael J Bedzyk, Mercouri G Kanatzidis, Aditya D Mohite
Nature 536.7616 (2016): 312-316.All-solid-state dye-sensitized solar cells with high efficiency
In Chung, Byunghong Lee, Jiaqing He, Robert PH Chang, Mercouri G Kanatzidis
Nature 485.7399 (2012): 486-489.
現在のKanatzidis研
数十人のポスドクと学生を抱える巨大なグループとなっています.新物質開拓、熱電材料、太陽電池をメインのテーマに据えつつ、イオン交換性材料や放射線検出物質、超伝導体など多様な機能を持つ新材料の研究を行っています.特に、近年は放射線検出物質の研究に力を入れているように見えます.
門下生は世界中に散らばり、各々が一流の研究グループを率いています.固体化学分野に残した足跡はあまりに大きく、Prof. Kanatzidisが60歳になる年には化学ジャーナルで特集記事が組まれた程です.この特集はProf. Kanatzidisの門下生が著者となっており、錚々たる顔ぶれです.
日本では定年という年齢となりましたが、今なおアウトプット量は異常で、たくさんの論文が見られます.まだしばらく現役の活動を続けるのではないかと考えられます.
まとめ
カルコゲナイドを中心としたテーマは決してメジャーな分野ではありません.むしろ、マイナー中のマイナー.日本でカルコゲナイドの物質探索をメインに据えた研究室など存在しているかも怪しいところです.そのような中でKanatzidisグループが世界トップクラスの研究グループに至った背景には何があったのでしょうか.
Prof. Kanatzidisの学生時代のテーマは錯体でしたが、いつの間にか固体を中心とした化学に変わっています.しかし、それが突飛な発想であったようには思いません.溶液法を活かした化学という点では変わっておらず、現在でもなお研究の骨子は溶液法による新しい化学の研究です.
すなわち、絶対のバックグラウンドを活かして研究を続け、要所ごとにバックグラウンドを活かせるテーマを取り込んで大きくなっていったように見えます.研究テーマはどんどん拡張していますが、決して無茶はしていません.
世間が高温超伝導ブームに沸いたとき、超伝導体の研究に手を出しつつも深入りはしません.一方で、バックグラウンドを存分に活かせるハライド太陽電池の研究へは深く入り込み、メインテーマへと昇華しています.このあたりの取捨選択と引き際の見極めは一流研究者に共通の素養なのだと思います.
一つの大発見をする人はいても、テーマを拡張した新しい分野でも継続して大発見をできる人はほとんどいません.運の要素はありますが、運だけでは説明できない要素が多くあるように見えます.
世間の流れを見つつ必要であれば新規分野に飛び込めるフットワークを持ち、突飛な発想はせず自身のバックグラウンドを活かす形で研究に参戦し、決して無茶はせず撤退の選択肢を用意すること.このあたりでしょうか.もちろん、一つの大テーマを解き明かすような研究テーマも大事なので、そうした分野では適用できないかもしれません.
参考文献
本文中に記載
Mercouri Kanatzidis - Wikipedia
Inorganic chemistry, 2017, 56.14: 7582-7597.
Inorganic Chemistry Frontiers, 2017, 4.7: 1098-1099.