更新 2024-3-5
コバルト酸リチウム(、Lithium cobaltate)
リチウムイオン電池の応用は多岐にわたります.
電池は2つの電極(正極と負極)と電解質から構成されます.電解質を挟んだ電極の間で電子とイオンをやり取りすることにより、電極の持つ化学エネルギーを電気エネルギーとして取り出すことが可能となります.これらのどれが欠けても電池は動きません.
リチウムイオン電池では正極にリチウム系酸化物、負極に炭素系材料、電解質として系イオン液体が使用されます.なぜそのような構成になっているかといえば、数十年のリチウムイオン電池の開発の中で、これらの組み合わせが最も良い性能を示したからです.
近年のリチウムイオン電池には改良に改良が重ねられた複雑な様相の材料が使われていますが、電池が動作する原理や大元の材料にはほとんど変化がありません.特に、正極材料にはリチウムイオン電池の最初期に発見された材料が現役で使用されています.
コバルト酸リチウム().1980年にJohn B. Goodenough教授らに見出されたこの材料は、改良を重ねられながらも主流の正極材料として今なお市場にあります.
今回はリチウムイオン電池の主役となる材料「コバルト酸リチウム()」について見ていきます.
- コバルト酸リチウム(、Lithium cobaltate)
- コバルト酸リチウム(LiCoO2)の発見
- コバルト酸リチウム(LiCoO2)の結晶構造と性質
- コバルト酸リチウム(LiCoO2)の関連物質
- まとめ
- 参考文献
コバルト酸リチウム(LiCoO2)の発見
リチウムイオン電池が最初に製品化されたのは1991年のことですが、その時すでにが正極材料として使われていました.
の結晶構造が報告されたのは1958年のことです.電気化学的な特性は1980年にオックスフォード大学のJohn B. Goodenoughらによってはじめて見出されました.
当時、Goodenough教授の研究室に所属していた水島公一氏は新型の電池の研究を行っており、正極材料の探索中に、が高い起電力と優れた充放電特性を示すことを発見しました.余談ですが、当時のGoodenough教授は電池材料というよりは磁性体の研究で有名でした.
その後、負極材料や電池の構成要素の開発が進み、1991年にSONYが、1993年にATバッテリー(旭化成工業と東芝の合弁会社)がリチウムイオン電池の商品化を行いました.この電池では、負極に負石油コークス、正極にが用いられています.
今日では正極材料の探索が進み、以外にも、、などの酸化物材料が見つかっています.
が特に優れている点は、高い伝導度および電子伝導度、高いエネルギー密度、優れた可逆的な充放電特性を示すことです.それゆえ、発見から30年以上が経過してなおは携帯用バッテリーの正極材料として使われ続けています.
コバルト酸リチウム(LiCoO2)の結晶構造と性質
の結晶構造は型構造と呼ばれ、有名な型構造から派生した構造です.この構造では、面心立方格子(立方最密充填)をとる酸素イオンの八面体間隙を、とが層状に秩序化して配列しています.
後に似通った結晶構造の電池材料が多く見つかったことから、の結晶構造は型と呼ばれて区別されます.ここで、””はが八面体(Octahedral)サイトにあることを、”3”は最密充填の周期が3(ABCABC…)であることを意味します.
は層状構造を有しており、ここに電場をかけることによってが格子から引き抜かれて充電されます.
の引き抜かれる量を増やすごとに結晶構造が変化し、が引き抜かれたは最高 4.7 Vという非常に高い開放電圧を示しました.理論上は全てのを引き抜ける()はずですが、実際には付近までしか可逆的に充放電ができません.は金属的な伝導度を示すとともに、高いイオン拡散係数を示します.
1991年に市販されたリチウムイオン電池は充放電後の劣化が小さく、既存のニッカド電池やニッケル水素電池のおよそ二倍の容量を示しました.初期の電池では容量の急激な減少を避けるために、のイオンをまで抽出し4.2Vで約の容量を実現しました.
より高容量化を図るにはより高い電圧で充電すれば良いのですが、そうすると様々な不具合が生じることが分かっています.高電圧では表面の劣化や不可逆な構造相転移、の溶出などが起こります.熱安定性が低く200℃程度で熱分解するほか、充電が過剰になると酸素イオンが還元されて酸素ガスが発生する場合があります.
これらの問題を克服するために表面コーティングや元素ドープなどが行われ、充電時の最大電圧は4.5Vまで上昇し、実用的なサイクル性能で約の可逆容量が達成されました.
しかし、まだ理論容量()には達しておらず、リチウムイオン電池の容量を上げるための研究が世界中で行われています.
コバルト酸リチウム(LiCoO2)の関連物質
サイトが別の金属元素に置換された酸化物もと同じ結晶構造を示します.は高価な元素であるので、より安価なやへの置き換えができればより安い電池が作成できます.
はと同時期に正極材料として研究されていました. の含有率が高いほど大きな容量密度を示しますが、を過剰にするとサイクル特性や熱安定性が悪化すると報告されています.
、、などサイトに多数の金属元素を置換することで充放電特性が向上する例があり、中にはハイエントロピー合金のコンセプトに基づき5種類以上の金属元素を置換した材料の報告もあります.
また、のを同じくアルカリ金属のに置き換えた物質も知られています.はナトリウムイオン電池の正極材料として注目されているほか、熱電材料や超伝導体としても知られています.
まとめ
コバルト酸リチウム()はリチウムイオン電池の黎明期から現在まで正極材料として使用され続けています.注目すべきは、の電気化学特性を発見したGoodenough教授と水島公一氏がともに磁性体の専門家(電気化学の専門家ではない)であったことです.歴史的な大発見は専門外のところから見つかることがよくありますが、の発見はその好例であると言えるかもしれません.
参考文献
日本物理学会誌 2021 年 76 巻 1 号 p. 48-50
Advanced Energy Materials, 11(2), 2000982.
リチウムイオン電池用正極材料 コバルト酸リチウム 開発の流れと今後の方向性 P55
化学と教育 2014 年 62 巻 11 号 p. 532-535
日本エネルギー学会機関誌えねるみくす 2018 年 97 巻 4 号 p. 335-343
結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).