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マーデルングエネルギー:イオン結晶の安定性とその応用

マーデルングエネルギー(Madelung energy)とマーデルング定数(Madelung constant)

イオン結合と安定性

セラミックスは現代文明のいたるところで使用されています.陶器、ガラス、セメントなどが代表例であり、セラミックスの無くなった世界で生きて行くのは大変そうです.

セラミックスは概して固くて熱に強く、金属よりも軽いため、強度と安定性の求められる構造材料に適しています.

セラミックスには多くの種類がありますが、多くは金属酸化物により構成されています.金属酸化物とは、金属と酸素からなる、イオン結晶の代表例です.

金属は概して電気陰性度が小さく、酸素の電気陰性度は大きいため、酸素が金属の価電子を奪ってイオン化します.こうしてできた金属カチオンと酸素アニオンが静電力により結びつくことで、金属酸化物が生成します.同様のコンセプトに基づき、フッ素や塩素も金属とイオン結晶を構成します.

イオン結晶では、同じ符号のイオンはクーロン力により強い反発力を受けるため隣に並ぶことができません.そのため、カチオンの周りにはアニオンが、アニオンの周りにはカチオンが規則正しく整列することで結晶構造を形作ります.

イオン結晶の結晶構造の代表例として塩化ナトリウム型構造( \rm{NaCl}型)が挙げられ、他にも塩化セシウム型( \rm{CsCl}型)、蛍石型( \rm{CaF_2}型)などの結晶構造が知られています.

クーロン力による静電エネルギーだけを考慮するのであれば、同じ価数のイオンの組み合わせからなる物質(例えば、 \rm{NaCl} \rm{CsCl})は同じ結晶構造をとるはずですが、実際にはそうなっていません.

イオンには大きいものと小さいものがあり、静電的には安定な構造であっても、大きさによる幾何学的な問題からその構造をとれない場合があります.そうすると、 \rm{NaCl}型構造と \rm{CsCl}型構造ではどちらかの構造が静電エネルギーの観点では無理をしているのではないかと考えられるわけです.

イオンの大きさを無視してクーロン力の寄与だけを考えれば、静電エネルギー的にどの構造が安定であるかが分かります.これにより、無理をしている構造を炙り出せるわけです.

イオン結晶中の静電エネルギーを計算したものが、今回の主題であるマーデルング定数です.マーデルング定数の計算では、あるイオンの周りにあるイオンによる静電エネルギーを全て足し合わせることによって構造の安定性を判断します.

今回は、マーデルング定数についてその計算方法と例、応用先を見ていきます.

マーデルング定数の定義

マーデルング定数の計算において、イオン結晶中の各イオンは整数の電荷を持っていると仮定します.

すなわち、 \rm{NaCl}では \rm{Na} \rm{Cl}の電荷はそれぞれ1と-1、 \rm{TiO_2}であれば \rm{Ti}は+4、 \rm{O}は-2の電荷を持つとします.また、静電エネルギーだけの寄与を知りたいので、各イオンは大きさを持たない点電荷とみなします.

2つの点電荷が持つ静電エネルギーは、電磁気学でお馴染みです.

   E = \dfrac{(ez)^2}{4πε_0r}

ここで、 rは点電荷間の距離、 eは電気素量、 ezは電荷、 εは真空の誘電率です.

静電エネルギーを結晶全体に渡って足し合わせることによって、あるサイトが結晶全体から受ける電位を算出できます.

   V_i = \dfrac{e^2}{4πε_0}\sum_{j \ne i} \dfrac{z_j}{r_{ij}}

距離 rを最近接距離 r_0で規格化すると、

   V_i = \dfrac{e^2}{4πε_0r_0}\sum_{j} \dfrac{z_jr_0}{r_{ij}} = \dfrac{e^2}{4πε_0r_0}M_i

ここで得られたMマーデルング定数です.マーデルング定数は「イオンを引き離すために必要なエネルギー」であるので、マーデルング定数の絶対値が大きければ大きいほど構造が安定ということになります.

式はそこまで難しくないですが、実際の計算はそれなりに大変です.簡単な例から見ていきましょう.

(1)一次元鎖

実際には存在しませんが、簡単な例として \rm{Na^+} \rm{Cl^-}r_0の距離を隔てて交互にまっすぐ並んでいるような構造を考えます.

 \rm{Na} \rm{Cl}も価数が同じなのでどちらを原点にしても同じですが、 \rm{Na}を原点に取って考えます.

最近接、次近接、第三近接と順に考えると、

   V = -\dfrac{2(e^2)}{4πε_0r_0} + \dfrac{2(e^2)}{4πε_0(2r_0)} - \dfrac{2(e^2)}{4πε_0(3r_0)} + \cdots = -\dfrac{e^2}{4πε_0r_0}{2(1 - \dfrac{1}{2} + \dfrac{1}{3} - \dfrac{1}{4} + \cdots)}

マーデルング定数に相当する箇所を計算すると、

   ln(1+x) = x - \dfrac{x^2}{2} + \dfrac{x^3}{3} - \dfrac{x^4}{4} + \cdotsより

   2(1 - \dfrac{1}{2} + \dfrac{1}{3} - \dfrac{1}{4} + \cdots)= 2ln2 \sim 1.38

(2)三次元構造( \rm{NaCl}型構造)

同様の方法により、三次元構造の \rm{NaCl}型構造についてもマーデルング定数を計算していきます.一次元に比べて計算はかなり複雑になり、各項の原子間距離を算出するのも簡単ではありません.

マーデルング定数は簡単に値を求めることはできず、膨大な項をコンピューターで計算することで求めます.構造が成立している以上発散することは無いと思いますが.

   V = 6\cdot \dfrac{-e^2}{4πε_0(r_0)} + 12\cdot \dfrac{+e^2}{4πε_0(\sqrt{2}r_0)} + 8\cdot \dfrac{-e^2}{4πε_0(\sqrt{3}r_0)} + \cdots

   V = \dfrac{-e^2}{4πε_0(r_0)}(6 - \dfrac{12}{\sqrt{2}} + \dfrac{8}{\sqrt{3}} + \cdots) = -\dfrac{e^2}{4πε_0(r_0)}M

マーデルング定数はおよそ1.7476程度の値になります.

マーデルング定数の例

様々な結晶構造のマーデルング定数を一覧に示します.

Structure type M
NaCl 1.74756
CsCl 1.76267
ZnS (Zinc blende) 1.63805
ZnS (Wurtzite) 1.64132
CaF2 5.03879
TiO2 (Rutile) 4.816
Al2O3 4.1719

マーデルング定数の値は \rm{NaCl}型の方が \rm{CsCl}型のものより僅かに小さく、結晶構造としては \rm{NaCl}型の方が僅かですが無理をしているという結果になりました.

 \rm{NaCl}型構造が多くの物質で見られるのは、イオンの大きさの兼ね合いであるようです.一方、ウルツ鉱型構造は静電的には安定とはいえないようであり、実際にウルツ鉱型構造を取る物質は共有結合性の寄与が大きい物質が多いです.

 \rm{NaCl}型や \rm{CsCl}型はカチオンとアニオンがどちらも同じ環境にあるため考慮しませんでしたが、カチオンとアニオンが異なる環境にいる結晶構造では当然それぞれ異なるマーデルング定数を持ちます.

単純に足し合わせていく方法は面倒な上に収束が悪く、誤った値にたどり着く可能性があるので、正確な値を求めるための種々の計算手法が提案されています.

マーデルング定数の応用

以上のようにイオン結晶中のマーデルング定数を求め、結晶構造の安定性を議論することが可能です.ただし、それだけでは終わらず、マーデルング定数は様々な分野で材料探索や分析の手法として応用されています.

(1)高温超伝導体

超伝導とは電気抵抗が厳密にゼロになる劇的な現象ですが、極低温でしか見られません.1986年に発見された \rm{La\text{-}B\text{-}Cu\text{-}O}の四元系酸化物は、既存材料に比べて高い超伝導転移温度を示しました.その後、銅の酸化物が同様に高い超伝導転移温度を示すことが明らかになり、世界中で銅酸化物の材料探索が行われました.

莫大な材料探索の結果、高い転移温度を示す物質はいずれも \rm{CuO_2}から構成される二次元層を構造中に有することが分かってきました. \rm{CuO_2}平面を持つ銅酸化物はいずれも絶縁体ですが、ホールか電子をドーピングすることによって超伝導が現れます.

膨大な結晶構造と転移温度のデータが得られていますが、なぜ転移温度が他の材料よりも圧倒的に高いかは謎のままです.

転移温度を説明するために様々なパラメータが提案され、マーデルング定数もその一つでした.マーデルング定数を計算することにより、 \rm{CuO_2}面内にホールを導入した際の安定性と転移温度の間に相関が見られることが明らかになりました.[a,b,c]

(2)光触媒

光触媒とは、光により触媒を示すような物質です.太陽光という膨大なエネルギー源を利用して様々な反応を起こすことができることから、クリーンなエネルギー材料として注目されています.特に、水を分解して水素と酸素を得る反応は、水素の生成反応として期待されています.

光触媒では、バンド構造によって反応性が大きく左右されます.バンド構造は結晶構造によって決まり、両者は表裏一体です.光触媒材料の研究では、マーデルングエネルギーによってバンド構造が大きく変わり、それゆえ光触媒の活性にも大きな影響を与えることが示されています.

例えば、代表的な光触媒 \rm{TiO_2}の研究では、 \rm{TiO_2}の8種類の結晶構造におけるバンド構造の計算に使用されました.また、最近ではオキシハライド系光触媒( \rm{Bi_4NbO_8Cl}など)で、多くの材料のバンド構造がマーデルングエネルギーによって整理されることが見出されています.[d,e]

まとめ

イオン結晶の各イオンを点電荷とみなすという大胆な仮定により、マーデルング定数によるエネルギーの議論が可能です.これにより、ある構造が静電エネルギー的に安定なのかそうでないのかを議論できます.

もちろん、実際の物質ではイオンの大きさや分極率を考慮する必要があるため点電荷では表現しきれませんが、議論の出発点として非常に有用です.無機化学の講義で習ってもどこで使われているのかわからない概念筆頭でしたが、光触媒などバンド構造と密接に関連した分野において応用が進んでいます.

参考文献

6.13E: Madelung Constants - Chemistry LibreTexts

[a] 日本結晶学会誌 1992 年 34 巻 5 号 p. 273-282

[b] 応用物理 1990 年 59 巻 5 号 p. 618-626

[c] 低温工学 1992 年 27 巻 3 号 p. 187-194

[d] Nature Materials, 2013, 12.9: 798-801.

[e] Journal of the American Chemical Society, 139(51), 18725-18731.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).