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磁気熱量効果と磁気冷凍:磁石の力でモノを冷やす

更新 2024-3-3

磁気熱量効果(Magnetocaloric effect)と磁気冷凍(Magnetic refrigeration)、断熱消磁(Adiabatic demagnetization)

温めることに比べて冷やすことは簡単ではありません.何かを得るためには同等の代価が必要になりますが、冷やす場合はその分の熱量をどこかに渡さなくてはなりません.排熱は有効に利用できない限りは捨ててしまうほか無く、エネルギーを無駄にしているばかりか地球の温暖化を促していることになります.

エアコンのコストパフォーマンスは年々向上していますが、物を冷やす方法として別の選択肢を用意しておくのは悪いことではありません.エアコンや冷蔵庫では気体の膨張・圧縮サイクルで冷却を行っていますが、近年、磁力を用いた全く新しい冷却方法が開発されています.キーとなるのは磁性体であり、磁場をかけたり外したりすることで磁性体の温度が変化する現象磁気熱量効果)を利用することで効率的な冷却が可能です.

今回は、磁気熱量効果(Magnetocaloric effect, MCE)の原理とそれによる磁気冷凍、代表的な材料と展望について見ていきます.

磁気熱量効果(Magnetocaloric effect, MCE)

磁気熱量効果(MCE)は、磁場をかけたり外したりすることで磁性体の温度が可逆的に変化する現象です.この現象を応用することで可能となるのが、磁気冷凍断熱消磁といった冷却技術です. 

磁気熱量効果は1881年にドイツのEmil Warburgによって発見された現象であり、主に\rm{0 \text{ } K}に近い極低温を実現するために利用されてきました.断熱消磁を用いた冷凍技術は1920年代に発展し、この確立に貢献したWilliam F. Giauqueは1949年のノーベル化学賞を受賞しています.

近年では画期的な磁気熱量材料が相次いで発見され、この分野の研究が活発化しています.優れた材料の発見と同時に、室温に近い動作温度を持つ磁気冷凍機の設計が可能となり、磁気冷凍機のプロトタイプの開発も進んできました.家庭用電子機器としての実用化も着々と進んでいるようです.

磁気冷凍は、気体の圧縮・膨張を利用した冷凍方式に比べてエネルギー効率が高いとされています.また、冷媒ガスを使用しないため、オゾン層破壊や温室効果の心配がなく、環境にも悪影響を与えません.とはいえ大きな磁場が必要であることなど、解決すべき課題も残されています.

磁気熱量効果の原理

では、磁場によってなぜモノが冷えるのでしょうか.用意するものは磁性体です.磁性体とは、有限の磁気モーメントを持つような物質であり、一番イメージに近いのは磁石です.磁石では磁気モーメントは一つの方向に揃っていますが、磁気熱量効果を示すにはモーメントがバラバラの方向を向いていても構いません.

磁性体に限らず、どのような物質も原子から構成され、原子は原子核と電子から構成されます.原子が格子を形成することで物質ができ、格子の振動は温度の上昇を伴います.また、電子は一つ一つが磁気モーメントを持っており、磁石としての役割を持ちます.

常温で磁場のない状態では、多くの磁性体の磁気モーメントの向きは揺らぎ、格子は外部温度によって振動しています.磁場をかけると、磁気モーメントが磁場の向きに整列しようとします.この際、磁気エントロピーが減少します.

エントロピーとは系の乱雑さの指標であり、揺らいでいたものが一方向に整列することで乱れが無くなるためエントロピーが下がります.この磁場印加プロセスを断熱的(外界と熱的なやり取りをしない状態)に行うと、系全体のエントロピーは保存するので、磁気エントロピーが減った分を格子のエントロピー上昇で補う必要があります.結果として、格子振動が活発化し、系の温度は上昇します.

磁気冷凍の運転では、何らかの冷媒を使用します.室温近くで使用する場合は水を流しながら運転することで、系の温度を磁場をかける前の温度まで下げることができます.この際、磁場は磁性体に印加したままです.

ここで磁場を切ると何が起こるでしょうか.磁場の方向に整列していた磁気モーメントは、特定の方向を向いている理由がなくなり、系の温度に従って再びバラバラの向きに戻ります.ゆえに、磁気エントロピーは上昇します.断熱過程では、やはりエントロピーが保存されるので、磁気の成分が上昇した分を格子のエントロピーが減少することで補います.すなわち、磁性体の温度が減少します.この現象を、断熱消磁とよびます.

この後、冷やしたい物を磁性体に接触させることで熱を取り出し、系は元の状態に戻ります.以下、このサイクルを繰り返すことにより、連続的に冷却を行うことが可能です.気体の膨張・圧縮サイクルとは異なり、磁場をかけたり外したりすることで熱サイクルを行っています.

磁気熱量効果の性能評価

磁気熱量効果は大きければ大きいほど好ましいですが、物質ごとに比較するには定量的なパラメータが必要になります.

断熱温度変化( ΔT_{ad}は、断熱的に磁化/消磁したときの材料の温度変化です.最も直感的に分かりやすく、最終的な目標は ΔT_{ad}を高めることですが、測定は必ずしも容易ではありません.

磁気エントロピー変化( ΔS_Mは直感的ではないものの、測定は簡単に行なえます.熱力学によれば、磁性体のギブズエネルギー(G)について、以下の式が成り立ちます.

  dG = Vdp-SdT-μ_0MdH
V: 体積、p:圧力、S:エントロピー、T:温度、M:磁気モーメント、μ_0:真空透磁率、H:磁場)

ここで、マクスウェルの関係式により以下が成り立ち、

  \left[\dfrac{\partial S}{\partial H}\right]_{p,T} = μ_0 \left[\dfrac{\partial M}{\partial T}\right]_{p.H}

最終的に、以下の形になります.

  ΔS_M = μ_0 \displaystyle \int_{0}^{H_{max}} \left[\dfrac{\partial M}{\partial T}\right]_{H} dH

すなわち、様々な磁場Hのもとで磁化Mの温度変化を測定し、それを磁場に関して積分することでその温度における ΔS_Mが得られます.

また、 ΔT_{ad}には以下の式が成り立ち、

   ΔT_{ad} = -μ_0 \displaystyle \int_{0}^{H_{max}} \dfrac{T}{c_p} \left[\dfrac{\partial M}{\partial T}\right]_{H} dH

特に、比熱が磁場に依存しないと仮定すれば、

  ΔT_{ad} \simeq - \dfrac{T ΔS_M}{C_p}

これにより、比熱C_pの測定を合わせることで、 ΔS_Mから ΔT_{ad}を直接求めることができます.

また、材料の性能を表す指数(Figure of merit)として、以下のような指標も使用されます.

  RC(H) = \displaystyle \int_{T_{cold}}^{T_{hot}} ΔS_{ad}(T,H) dT

性能の向上

磁気熱量効果指数の中で最も測定しやすいのは ΔS_Mなので、いかにしてこの値を高めるかを考えていきます.

磁気モーメントJが示す全エントロピーはS = R \ln (2J+1)と表されるので、磁気モーメントの大きい物質が第一の候補となります.\rm{Gd}は磁気モーメントが7 \text{ }μ_0と大きく、磁気冷凍材料の有力な候補です.

一方、 ΔS_Mの表式によれば、温度に対する磁化の変化が急峻であるほど ΔS_Mが大きくなります.常磁性の磁化は温度に反比例し、 0 \text{ } \rm{K}に向かって発散的に大きくなるので、極低温での磁気冷凍に向いています.実際、\rm{Ce_2Mg_3(NO_3)_{12}}などの常磁性塩が使用され、\rm{mK}オーダーの温度が実現しています.

室温付近での温度制御に使用する場合は、室温で磁化が大きく変わる(磁気転位を起こす)材料が必要です.磁気転移は一次転移と二次転移に区分されます.相転移の定義は専門書を参照してもらうとして、前者の材料は巨大な磁化の上昇および ΔS_Mを示しますが、一方で温度範囲が狭くサイクル適性が低いという問題があります.また、温度ヒステリシスによりエネルギーが無駄になる点、また磁気相転移に大きな磁場が必要になる点も留意が必要です.

後者の二次相転移物質は、大きなピークを示さず ΔS_Mが小さくなりますが、転移の温度変化域が広いために、RC値は大きくなる可能性があります.また、熱ヒステリシスがなく扱いやすいため、現在の磁気冷凍機には二次転移の材料がよく使われています.

今後は、両者を融合させてより効率を高めたデバイスが開発されるのではないでしょうか.

磁気冷凍材料

前述の通り\rm{Gd}は大きな磁気モーメントを持ち、室温付近(\rm{290 K})に磁気転移温度を持つ唯一の単体元素です.磁場\rm{5 \text{ } T}のもとで\rm{Gd} ΔS_M ΔT_{ad}の最大値はそれぞれ-10 \text{ } \rm{J\text{/}K \text{ } kg}12 \text{ } \rm{K}であり、これが材料開発のベンチマークとなります.\rm{Gd}に種々の元素を合金化させることで、磁気冷凍性能が向上することが知られています.

近年の研究開発により、\rm{Gd}を超える性能を持つ材料も発見されてきました.以下では、その代表例を見ていきます.

Laves相

Laves相はAB_2の組成で表される金属間化合物であり、立方晶\rm{MgCu_2} 型、六方晶\rm{MgZn_2}型、六方晶\rm{MgNi_2}型の 3 種類の構造が知られています.磁気冷凍材料として注目される物質は、ARE金属(\rm{Sc, Y}を含む)、Bが遷移金属の立方晶相です.立方晶ラーベス相では、RE原子がダイヤモンド格子を形成し、他の原子がRE原子を取り囲んで四面体を形成します.

磁場の印加によって常磁性構造から磁気転移を示す物質で、大きな磁気熱量効果を示します.この物質ファミリーでは組成の選択肢が多く、組成の調整によって適用可能な温度範囲を調整可能です.\rm{0 \text{ } K}に近い低温で最も性能が高く、最大で ΔS_M = -30 \text{ } \rm{J/K \text{ }kg}程度に達します.

La(Fe,Si)13系

 \rm{La-Fe}の二元系では化合物を作りませんが、少量の \rm{Si}または \rm{Al}を添加すると、 \rm{NaZn_{13}}型構造が形成されます.この構造は単位胞あたり112原子を含む複雑な面心立方構造です.

\rm{LaFe_{11.4}Si_{1.6}} \rm{210 \text{ }K} ΔS_M = -20 \text{ } \rm{J/K \text{ }kg}という大きな磁気熱量効果を示します. \rm{Fe\text{/}Si} 比を変える、 \rm{La} を別の RE金属に置き換える、あるいは \rm{Fe}の一部を \rm{Co}に置き換えることで、転移温度を調整可能です.しかし、転移温度を上昇させると ΔS_Mの絶対値は直線的に減少します.一方、水素を吸蔵させることで転移温度が高く、かつ ΔS_Mの組成が得られますが、この材料は熱的に不安定です.

Gd5(Si,Ge)4系

\rm{Gd_5Ge_4}\rm{Gd_5Si_4}の固溶体において、巨大な磁気熱量効果が発見されました.\rm{Gd_5Si_4}は転移温度\rm{335 \text{ }K}の単純な強磁性体ですが、\rm{Ge}量が増加すると転移温度は直線的に減少し、ちょうど半数を置き換えた時に\rm{295 \text{ }K}になります.

この合金は ΔS_M = -18.5 \text{ } \rm{J/K \text{ }kg},  ΔT_{ad} = \rm{15 \text{ }K (276 \text{ }K})を示します.様々な元素置換を施すことにより、高い ΔS_Mを保ったまま、転移温度を数十Kから室温まで連続的に変化させることが可能です.

マンガン系ペロブスカイト酸化物

\rm{LaMnO_3}\rm{CaMnO_3}は反強磁性の絶縁体であるペロブスカイト酸化物ですが、両者の間の組成は強磁性金属となります.この物質は超巨大磁気抵抗を示す組成として爆発的に研究が行われていましたが、組成の調整によって高い磁気熱量効果を示すとともに、転移温度を制御可能なことが分かっています.

ホイスラー合金

ホイスラー合金は一般式X_2YZで表される金属間化合物で、多種多様な組成および機能を示します.\rm{Ni_2MnGa}に近い組成において、構造転移に伴うΔS_M -18 \text{ } \rm{J/K \text{ }kg} (T = \rm{290 \text{ }K})という大きな値を示すことが報告されました.それ以来、様々な組成の強磁性ホイスラー合金に関する磁気転移温度の研究が行われてきました.

MnAs系

\rm{MnAs}\rm{318 \text{ }K} で強磁性六方晶\rm{NiAs}型構造から常磁性斜方晶\rm{MnP}型構造への一次相転移を示し、大きな ΔS_M( -30 \text{ } \rm{J/K \text{ }kg})を伴います.これは\rm{Gd}の三倍近い値です.この転移は大きな熱ヒステリシス(\rm{6 \text{ }K})を持ちますが、\rm{As}から\rm{Sb}への部分置換によって抑制可能です.

高圧下では磁気熱量効果がさらに増大し、\rm{0.2 \text{ }GPa}ΔS_M -267 \text{ } \rm{J/K \text{ }kg}まで達します.

その他

その他、\rm{(Mn,Fe)_2(P,As)}系、\rm{FeRh}系、\rm{AlFe_2B_2}系などで顕著な磁気熱量効果が報告されています.

まとめ

磁気冷凍は、現在使用されている気体の膨張・圧縮サイクルとは異なる概念に基づく冷却法です.既に研究室レベルでは極低温を実現する手段として活用されていますが、同時に室温で作動する冷房機器としての応用も模索されています.

大きな磁気熱量応答を示す材料の開発は1990年代から急速に進み、磁気冷凍装置の設計も大きな転換期を迎えています.巨大な磁気熱量効果を示す材料はありますが、付随するデメリットのほうが現状大きく、装置への適用は十分に進んでいません.

磁気冷凍はエネルギー効率が高く環境に優しいというメリットが大きいため、既存の家電の冷却機器に置き換わる、あるいは併用される方向に進んでいくのではないでしょうか.

参考文献

応用物理 2003 年 72 巻 7 号 p. 905-908

熱測定 2006 年 33 巻 3 号 p. 98-103

Annual Review of Materials Research, 2012, 42: 305-342.

Progress in Materials Science, 2018, 93: 112-232.

American Scientist. 2013;100:330.