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金属ガラス:周期構造を持たない金属材料の秘密

更新 2024-3-3

アモルファス金属(Amorphous metal)と金属ガラス(Metallic glass)

人類の歴史は金属とともにありました.「青銅器時代」「鉄器時代」と名のつくように、人類が主に利用した材料は時代の名前となり、当時の文明の様子を記述します.主流の金属が変われば、人類の歴史も動きました.青銅器文明からいち早く製鉄の技術を確立したヒッタイト王国がオリエントの覇者となったことはあまりにも有名です.

金属によって強度や磁性などの物性は大きく異なりますが、原子レベルで見た構造はどれも驚くほどよく似ています.金属における原子はどれも規則正しく周期的に隙間なく整列しており、結晶と呼ばれます.そして、わずかに原子が抜けた空孔や原子面のずれた転移面といった欠陥が必ず含まれる点も共通しています.少なくとも、この数千年間で人類が利用してきた金属は例外なく結晶性金属でした.

金属を高温に熱すればドロドロの液体になりますが、この際、金属原子はバラバラになった状態です.しかし、温度を下げて固化すると金属は規則正しい結晶に戻ります.高温では金属原子が動き回っていますが、温度を下げると最安定な結晶状態に戻り、我々が観察する固体金属はいつも結晶状態のものです.

では、金属原子の配列をバラバラの状態で固化させることはできないのでしょうか.原子の配列がランダムな状態をアモルファスと呼び、窓ガラスなどセラミックス材料ではよく見られます.しかし、金属ではアモルファス状態を実現することは困難でした.

そんな中、アモルファスである金属は突如として歴史の表舞台に現れます.ドロドロの溶融状態から超急冷することで得られるアモルファス金属は、既存の結晶性金属よりも強度に優れ靭やかであり、錆びにくく、磁気特性に優れるという大きな特徴がありました.さらに、加工性に優れる金属ガラスの発見により応用化が一気に進み、様々な分野でアモルファス状態の金属が用いられるようになりました.

今回は、アモルファス金属および金属ガラスの発見とその利用について見ていきます.

アモルファス状態の金属

溶液中の金属は周期構造を持たないランダムな配列をしており、絶えず動き回っています.この状態の金属をそのまま固めればアモルファス金属が得られるのではないかと想像します.すなわち、溶液を急冷すればいいのではないでしょうか.

一見、簡単なことに思えますが、一筋縄ではいきません.溶液が結晶化するまでのスピードは非常に早く、わずか1 マイクロ秒の間に結晶化が終わってしまいます.少なくともこのスピードを上回る勢いで急冷をしなくてはなりません.

1960年、アメリカのグループは金とシリコンの合金を1秒間に100万℃の超スピードで急冷することにより、アモルファス合金を作り出しました.その後の研究によって強靭性や耐食性、軟磁性といったアモルファス金属特有の基礎物性が明らかになり、ユニークな新材料として注目されるようになりました.製造法の改良を経て、実用材料としての開発も進みました.

しかしながら、当時のアモルファス金属は急冷によって製造するので、材料としてわずかな量しか得られませんでした.すなわち、髪のように細い線材か紙のような薄い箔体の状態であり、これでは利用できる分野が限られます.また、加工や成形のために加熱するとすぐに結晶質に戻ってしまいます.

金属ガラスの発見

こうした課題は、金属ガラスの発見によって解決されることになります.ある種の組成の材料では、従来は急冷することでしか得られなかったアモルファス金属状態が、より長い時間冷却することによっても得られることが発見されたのです.材料によっては1時間以上かけて冷却しても液体が結晶化せずにそのまま固まります.

これは、液体のようなランダムな構造が非常に安定であることを示しており、急冷しようが徐冷しようがお構いなしにランダム構造のまま室温に至ります.このような物質では液体がアモルファス状態に変わる転移温度(ガラス点)を明瞭に観察することができ、ガラスとの類似点を鑑みて金属ガラスと呼ばれます.

金属ガラスの研究は東北大学の金属材料研究所において発展し、1990年代に多くの文献が発表されます.材料としての有用性が認められると研究は世界中で爆発的に進行し、現在では1000種類以上の金属ガラスの組成が見出されました.

金属ガラスの組成

金属ガラスが生成するための条件は経験的にまとめられ、今日では「井上ルール」として知られています.

  1. 三種類以上の元素を用いること
  2. 構成元素の原子半径比が各々12%以上異なること
  3. 各元素がエネルギー的に混ざりやすいこと

具体例としては、 \rm{Zr\text{-}Al\text{-}Ni}系、 \rm{Ln\text{-}Ga\text{-}Cu}系、 \rm{Fe\text{-}Zr\text{-}B}系などが挙げられます.

Hume-Rothery則によれば、構成元素の原子半径が大きく異なれば化合物を形成しにくいとされています.大きさの異なる元素を用いながらも「混ざりやすい」組み合わせを用いることで、きれいには混ざらないけど混ざらざるをえない状況に持っていくのがコツのようです.

金属ガラスの性質

全く新しい金属材料であることから、性質も従来の結晶性金属材料とは大きく異なるものが見られています.以下では、その一例を見ていきます.

優れた強度

金属ガラスは従来の金属と比べて優れた引張強度を示します.一方で、しなやかにたわみやすいという性質もあります.また、結晶金属はほんのわずかな曲げで永久変形(塑性変形)するのに対し、金属ガラスを永久変形させるには非常に大きな力が必要です.さらに、クラックが入っても破壊されにくいという優れた靭性も併せ持ちます.これらの特性は構造材料として非常に都合が良く、高感度なセンサーやスポーツ用品として使用されます.

一方で、通常の金属が持っている塑性変形や加工硬化が見られないことから、従来材料の設計手法がそのままでは適用できないという問題点があります.

優れた耐食性

金属の腐食は材料の表面から順に進行します.表面が反応してしまえばそれ以上は腐食が進行しない(不動態)はずですが、結晶金属では欠陥や転位の影響によって不動態が不均一になり、腐食が進行しやすくなります.

一方、金属ガラスでは原子が完全にランダムに配列している関係で、欠陥がなく均一な表面構造を持ち(ランダムなおかげで均一というのも不思議な話です)、不動態が均一に生成しやすくなります.結果として、金属ガラスは優れた耐食性を示します.

磁気的性質

鉄やコバルトのような磁性金属元素を含む金属ガラスは良好な軟磁性特性を示します.軟磁性体とは、透磁率が高く保磁力の小さい強磁性体を指し、容易に磁化のオンオフを切り替えられることから電磁石やトランスに用いられます.金属ガラスは電気抵抗が高く、渦電流損失を抑えることができるため、高周波での利用に適しています.

まとめ

長い間、人類が利用する金属材料は結晶材料が唯一でしたが、新たにアモルファス状態の金属が仲間に加わりました.見た目では違いが分からなくても、その材料的性質は大きく異なります.当然、優れた点もあれば劣る点もありますが、材料の選択肢が増えたことで、互いを相補的に用いることができ、これまでになかった材料や機器を製造できるようになったのです.

原子が周期的に規則正しく整列した金属結晶と、バラバラに集合して固まったアモルファス金属.これで材料のピースは揃ったと思われましたが、「その中間」の性質を持つ準結晶の発見は世界中を驚かせました.今度こそピースは揃ったのでしょうか.それとも、固体にはまだまだ人類の知らない状態が存在しているのでしょうか.

参考文献

七十七ビジネス情報 2007 年夏季号(No.38)2007.7.13

Jpn. Soc. Powder Powder Metallurgy 2018 Volume 65 Issue 1 Pages 37-44

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