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マンガンは超伝導と相性が悪い?:超伝導を起こす金属と起こさない金属の違いは何か

更新 2024-3-2

マンガンと超伝導

通常の金属は電気抵抗をゼロには出来ませんが、世の中には電気抵抗がゼロである物質が存在します.超伝導体は、流れた電流が宇宙の年齢以上の時間が経っても減衰しない、まさしく「ゼロ抵抗」を実現する物質です.磁場を排除するなど、ゼロ抵抗以外にも非自明な物性が発見されており、発見から100年以上が経った現在でも超伝導体は物性物理の研究の中心として興味が尽きません.

非自明な現象であるからには、さぞかし特殊な物質で起こるのだろうと思われるかもしれませんが、実は超伝導体は非常に身近な物質です.一円玉(アルミニウム)やスズ、鉛もみな超伝導体です.ただし、0 K付近の低温まで冷やさなくてはならないので、日常で一円玉が超伝導を示すことはありません.

最初に超伝導が報告された元素である水銀から始まり、今では数千種におよぶ超伝導体が発見されています.黎明期に発見された超伝導体はいずれも非磁性の金属でした.超伝導体には磁場をかけると壊れると言う性質があることから、磁性と超伝導は相性が悪いと考えられていました.

しかし、銅酸化物高温超伝導体が発見されると状況は一変し、磁性体であるにもかかわらず超伝導を示す物質が続々と発見されました.2006年には、磁性の象徴である鉄の化合物で超伝導体が見つかり、もはや超伝導体と磁性体の密接な関係は当然の事実とみなされるようになりました.

超伝導と最も相性が悪いと考えられてきた鉄の化合物で超伝導が見つかったのだから、もはや超伝導を示さない元素なんて無いのではないでしょうか.ところが、神のいたずらか、未だに超伝導と縁遠い元素が存在するのです.

マンガン(Mn)

第四周期の遷移金属であり、マンガン電池や二酸化マンガン(触媒材料)で有名な元素です.周期表前後の元素を含む化合物では超伝導体が知られているにも関わらず、マンガンが電子伝導を担う物質で常圧で超伝導を示す物質は知られていません.

今回は、最後に残された元素マンガンと超伝導の関係に迫ります.

第四周期金属(3d金属)と超伝導

本当にマンガンだけが特別なのでしょうか.試しに、他の3d金属を含む物質で超伝導が見られているのかを確認してみます.

(なお、既存の超伝導体にほんの少しだけ該当の元素を置換した超伝導体は除外しています.その元素が超伝導を起こしたわけじゃないですからね)

チタン(Ti)

まず、単体のチタンが超伝導体として知られています.

酸化チタン(Ⅳ)などはd電子を持たない絶縁体ですが、チタン(Ⅲ)などを含む物質では金属伝導が現れます.最も有名な物質はおそらく \rm{LiTi_2O_4}であり、酸化物スピネルで初めての超伝導体として知られています.

 \rm{BaTi_2Sb_2O} \rm{Ti_2O}からなる正方格子を持ち、 \rm{Ti}は三価で電子を一つ持ちます.この格子は銅酸化物高温超伝導体(d軌道に正孔を一つ持つ正方格子)と対照的な関係にあります.

 \rm{BaTi_2Sb_2O}

バナジウム(V)

チタンと同じく、バナジウムも単体で超伝導を示します.

バナジウムを含む様々な化合物が超伝導を示すことが知られており、 \rm{V_3Si} \rm{V_3PN}(ポストペロブスカイト)、 \rm{VN}などが一例です.酸化物では、ブロンズの一種である \rm{K_{0.33}V_2O_5}などが高圧下で超伝導体となります.

近年発見された \rm{AV_3Sb_5} (A = K, Rb, Cs) \rm{V}からなるカゴメ格子を構造中に含む超伝導体で、電荷密度波やトポロジカル物性を含む多様な物性の舞台として研究が爆発的に進行しています.

 \rm{CsV_3Sb_5}

クロム(Cr)

クロムは長らく超伝導不毛の元素でした.唯一、 \rm{CrAs}が高圧下で超伝導を示すことが発見されていたものの、常圧下で超伝導体となるものはありませんでした.

しかし、 \rm{K_2Cr_3As_3}が超伝導体であることが発見されたことでクロムも超伝導体グループの仲間入りを果たしました. \rm{K_2Cr_3As_3}と関連する \rm{KCr_3As_3}も非従来型の超伝導体であると目されています.また、2020年には新しい超伝導体として \rm{Pr_3Cr_{10-x}N_{11}}が発見されています.

 \rm{K_2Cr_3As_3}

マンガン(Mn)

さて、問題のマンガンです.単体のマンガンは超伝導を示さず、高圧下でも超伝導体となりません.

 \rm{Mn}の化合物が超伝導を示す例は長らく知られていませんでしたが、超高圧下で \rm{MnP} \rm{KMn_6Bi_5} \rm{MnSb_4Te_7}が超伝導を示すことが報告されました.一方で、常圧下で超伝導を示すような物質は未だに知られていません.

鉄(Fe)

鉄は強磁性体であり、超伝導とは相性が悪いと考えられてきました.しかし、実は単体の鉄は高圧下で超伝導を示します.

鉄系の超伝導体として有名なのは、何と言っても鉄系超伝導体です.鉄系超伝導体は鉄からなる正方格子を結晶構造中に含んだ一連の化合物で、 \rm{LaFeAsO} \rm{BaFe_2As_2} \rm{FeSe}など多くの物質が知られています.転移温度が高い(最高で60 Kほど)ことから非常に大きな注目を集めました.

 \rm{LaFeAsO}

コバルト(Co)

単体のコバルトもまた強磁性体ですが、コバルトを含む超伝導体はいくつか知られています.

 \rm{NaCoO_2}は電池材料として注目されていた層状物質ですが、 \rm{NaCoO_2}の層間に水分子を挿入することで超伝導体となることが報告されています. \rm{NaCoO_2}は他にも熱電材料として注目されるなど、話題の絶えない物質です.

 \rm{LaCo_2B_2}は2011年に発見された超伝導体で、鉄系超伝導体 \rm{BaFe_2As_2}と同じ結晶構造を持ちます. \rm{CoBi_3} \rm{Co} \rm{Bi}からなる初の二元系物質で、転移温度0.5 Kの超伝導体です.

2024年には、 \rm{Na_2CoSe_2O}という超伝導体が報告されていますが、クロムが伝導を担っているのではないようです.

ニッケル(Ni)

ニッケルを含む超伝導体の報告はそれなりによく知られていました.古くあるものとしては \rm{LnNi_2B_2C}が有名です.

鉄系超伝導体の鉄サイトを別の金属に置き換えても超伝導体になるとは限りませんが、ニッケルに置き換えた物質ではほとんどが超伝導体となります. \rm{SrNi_2As_2} \rm{LaNiAsO}などが知られます.ただし、転移温度はいずれも鉄系のものと比べて低い値となっています.

どちらかと言えば地味めな超伝導体しかありませんでしたが、突如として業界に激震が走ります.それが、 \rm{NiO_2}正方格子を持つ \rm{NdNiO_2}における超伝導の発見です.

 \rm{NiO_2}正方格子は、後述の銅酸化物超伝導体の \rm{CuO_2}面と類似しており、銅酸化物の高温超伝導の謎を解き明かすために有力な物質として期待されています.転移温度も、銅酸化物には及ばないものの15 K程度とそこそこの値が得られています.

 \rm{NdNiO_2}

銅(Cu)

銅の超伝導体と言えば高温超伝導体です.酸化物は超伝導にならないという常識を打ち崩し、世界一転移温度の高い超伝導体が発見されていきました.今でも、常圧での最高の転移温度の値を譲り渡していません.1986年に30Kの転移温度が見出されて一年に満たない間に転移温度が液体窒素の沸点(77 K)、そして100 Kを超えました.

銅酸化物以外で目立った超伝導体は無いように思います.不思議なものですね.

 \rm{YBCO}

第五周期以降の遷移金属と超伝導

量が多いので、ダイジェストで見ていきます.

4d金属

 \rm{Zr}:  \rm{ZrNCl},  \rm{ZrB_{12}}など

 \rm{Nb}:  \rm{NbN} \rm{NbSe_2}など

 \rm{Mo}: シェブレル層  \rm{AMo_6S_8}など

 \rm{Tc}: 単体が超伝導体

 \rm{Ru}:  \rm{Sr_2RuO_4},  \rm{LaRu_2P_2}など

 \rm{Rh}:  \rm{ErRh_4B_4}など

 \rm{Pd}:  \rm{PdH_x},  \rm{YPd_2B_2C}など

 \rm{Ag}:  \rm{Ag_5Pb_2O_6},  \rm{Ag_6O_8AgNO_3}など

5d金属

 \rm{Hf}:  \rm{HfNCl}など

 \rm{Ta}:  \rm{TaS_2},  \rm{TaSe_2}など

 \rm{W}: ブロンズ \rm{K_xWO_3}など

 \rm{Re}: パイロクロア \rm{Cd_2Re_2O_7},  \rm{Hg_xReO_3}など

 \rm{Os}: βパイロクロア \rm{AOs_2O_6 (A = K, Rb, Cs)}など

 \rm{Ir}:  \rm{BaIr_2As_2},  \rm{IrTe_2}など

 \rm{Pt}:  \rm{SrPtAs},  \rm{Li_3Pt_2B}など

 \rm{Au}:  \rm{SrAuSi_3}など

マンガンの不思議

こうして比べてみるとマンガンの異質さに気づくのではないでしょうか.唯一マンガンだけが常圧で超伝導を示す物質を有していないのです.

高圧で超伝導を示す物質として \rm{MnP} \rm{KMn_6Bi_5}がありますが、高圧条件まで範囲を広げてもこれしかありません.ごく最近、 \rm{MnSb_4Te_7}が超高圧下で超伝導を示す物質として仲間に加わりました.

 \rm{MnP}

では、なぜマンガンと超伝導は縁遠いのでしょうか.残念ながらその答えを私は有していませんし、知っている人はいないのではないでしょうか.ここでは、関連するであろう実験事実を示すに留めます.

まず、マンガンの単体は極低温まで冷やしても超伝導を示しませんし、超高圧下でも同様です.超伝導から縁遠そうな鉄でさえ高圧下では超伝導を示すことと比べれば、なんとなくマンガンが超伝導と遠い位置にいることが感じ取れます.とはいえ、高圧下でも超伝導を示さない元素は他にもありますし、そうした元素でも化合物になれば超伝導を示す場合があります.

周期表でマンガンの一つ後ろにある鉄と比べてみましょう.鉄の化合物にはご存知鉄系超伝導があります.鉄系超伝導体で最も有名な物質の一つとして \rm{BaFe_2As_2}があり、 \rm{BaFe_2As_2} \rm{ThCr_2Si_2}構造に属していますが、同構造は鉄以外にも様々な遷移金属を置換することが可能です.例えば、 \rm{LaRu_2P_2} \rm{SrNi_2As_2} \rm{BaIr_2As_2}などが挙げられますが、これらはいずれも超伝導体です.しかし、 \rm{Mn}を導入した \rm{ThCr_2Si_2}構造の物質はどれも超伝導どころか金属ですらなく、絶縁体(モット絶縁体)となります.

また、 \rm{BaFe_2As_2}系物質の \rm{Fe}サイトに \rm{Co}を導入すると超伝導が発現しますが、 \rm{Mn}を少しでも置換すると超伝導が急速に抑制されることが知られています. \rm{Mn}には超伝導と相性の悪い何かが存在しているようですが、その正体はわかりません.

まとめ

何もかもが超伝導になるわけはないものの、マンガンだけが超伝導を示さないのは奇妙なことです.おそらく、近い未来か遠い未来にマンガン化合物で超伝導が見出されるのではないかと期待しますが、簡単に合成できる化合物ではないと思われます.

ヒントとなるのは、高圧下で超伝導を示す \rm{MnP}の存在ではないでしょうか. \rm{MnP}の結晶構造は \rm{CrAs}と同じであり、そして \rm{CrAs}も高圧下で超伝導を示します. \rm{Cr}も長らく常圧で超伝導体となる物質が見つかっていませんでしたが、 \rm{K_2Cr_3As_3}でようやく見出されました.

となれば \rm{CrAs → K_2Cr_3As_3}の類似点を見つけることで、 \rm{MnP}に類似した超伝導が見つかったりしませんでしょうか.具体的な方法は知りません.発見を楽しみに待っています.

そういえば、最近高圧下で超伝導を示すことが見出された \rm{KMn_6Bi_5} \rm{K_2Cr_3As_3}と同じように一次元構造を示しますね.誰か化学圧力をかけてくれと思いましたが、既にかけられていました.さすが、中国は行動が早い.

arXiv preprint arXiv:2201.10719 (2022).

ところで、最近このような論文が見つかりました.マンガンを含む酸化物が100K超えの転移温度を示すという報告です.にわかには信じがたい発見ですが、もしかするともしかして \rm{Mn}系初の常圧超伝導体の爆誕か…?

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