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ネモ船長のノーチラス号を動かした電池はどのようなものか

ネモ船長のノーチラス号

ノーチラス号を知っているでしょうか.

1870年に発表されたジュール・ヴェルヌの代表作『海底二万里』に登場する、ネモ船長が保有する潜水艦の名です.現在では、むしろ東京ディズニーシーのミステリアスアイランドで名前を見たという人のほうが多いかもしれません.

実際に『海底二万里』を読んで見れば分かりますが、ノーチラス号は謎めいた存在(例えば、タイムマシンのような)としてではなく、かなり現実味をもった機械として描写がされています.ノーチラス号は、全長約70メートル、最大幅約8メートル級と大型で、温度計、湿度計、気圧計、暴風計、羅針盤、六分儀などの航海に必要な装備に加え、内部には食堂、図書室、サロンなどが設えられています.

当時にこのような乗り物など全く存在していません.では、そのノーチラス号を動かしていたものは何だったのでしょうか.ヴェルヌはこの核心を適当にごまかすのではなく、かなり説得力をもった描写をしています.

その動力源とは、電気です.

現在からすれば電気はありふれた存在ですが、19世紀の読者にとって、電気はまだ十分に馴染みのある技術ではなく、むしろ未来のエネルギーに近いものでした.その電気を、照明や小装置だけでなく、大型潜水艦全体の動力源として位置づけたところに先見の明があります.何せ、未来に本当に電気で動く潜水艦が登場したのですから.

今回は、かの名高いノーチラス号の動力源に焦点を当て、作中でその動力はどのように説明されているのかを見ていきます.

海底二万里におけるノーチラス号

『海底二万里』は、1870年に刊行された小説であり、海中を進む潜水艦による長大な航海を描いた物語です.今日では古典的な冒険小説やSFとしてのイメージが強いですが、実際には当時の科学技術や知識が色濃く綴られています.

物語は、世界の海で正体不明の巨大な「怪物」が目撃されるところから始まります.フランスの博物学者アロナックス教授は、助手のコンセイユとともにこの怪物を追う遠征に加わります.彼らの乗る艦は、その「怪物」と接触しますが、怪物は生物ではなく、人工物であることが分かります.混乱の末にアロナックスとコンセイユ、そして銛打ちのネッド・ランドの三人は海へ投げ出され、その「怪物」の上へたどり着きます.そして彼らは、それが巨大な潜水艦であることを知ります.これがノーチラス号です.

三人は、この潜水艦の船長であるネモと対面します.ネモ船長は陸を嫌い、海の中で過ごすことを選んだ変わり者である一方、高度な知識と技術を持ち、ノーチラス号を単なる潜水艇ではなく、独立した生活空間、研究空間、そして航行体として完成させていました.ただしその素性や目的はすぐには明かされず、読者はアロナックスたちと同じく、ノーチラス号の内部を少しずつ知っていくことになります.

アロナックスは船を観察し、その異常な完成度に気づいていきます.ノーチラス号には通常の船舶には見られない計器や設備がそろい、居住空間としての快適さと、科学観測のための機能を兼ね揃えています.アロナックスは次第に、この船が明確な構想のもとに設計された高度な工学的存在であると理解していきます.そしてその理解が進むにつれ、当然の疑問として浮かぶのが、「この巨大な潜水艦はどうやって動いているのか」という点です.

「強力で、従順で、すばやく、扱いやすく、あらゆる用途に応用でき、この船の中心的な存在になっているエネルギーがあります。すべてがそれで賄われているんです。照明も、暖房もそうで、まさにわたしの機械装置の魂です。そのエネルギーというのが電気なのです。」

引用元:ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』

そう、その動力源とは電気だったのです.

ヴェルヌが『海底二万里』を書いていた19世紀後半、電灯はまだ実験的な段階であり、電池や電動機も小型で、性能は低く、効率も悪いものでした.当時の電気は、ありふれたエネルギーではなく、未来のエネルギーとして受け取られていたようです.アロナックスが「それが電気の力で可能だとは思えない」としたのも当然です.

そのような時代の中で、潜水艦を電気で動かすという発想は、きわめて先鋭的でした.ノーチラス号において電気は、推進だけでなく、照明、暖房、調理、時計、速度計、ポンプの駆動にまで用いられています.世界初のオール電化の構想ではないでしょうか.しかもそれを潜水艦で行うという発想は驚異的です.

ノーチラス号を動かす電池

ヴェルヌの時代、特に重要な電池として知られていたのは3種類です.すなわち、1839年にイギリスのウィリアム・グローブが発明したグローブ電池、1841年にドイツのロベルト・ブンゼンが発明したブンゼン電池、そして二クロム酸塩電池(重クロム酸塩電池)です.

グローブ電池とブンゼン電池は、どちらも同じ化学反応に基づいていました.すなわち、負極における亜鉛の酸化と、正極における硝酸の還元です.

  \rm{Zn(s) → Zn^{2+}(aq) + 2e^-, E^° = +0.76 \,V}
  \rm{NO^{3-}(aq) + 4H^+(aq) + 3e^- → NO(g) + 2H_2O(l), E^° = +0.96\, V}

ここで発生する無色の一酸化窒素は、空気に触れるとすみやかに赤褐色の二酸化窒素に戻ります.グローブ電池とブンゼン電池の違いは、ブンゼンがグローブ電池の高価な白金陰極を安価な多孔質コークスからなる安価なものに置き換えたことでした.

この通り、この2つの電池は二酸化窒素ガスを排気しなければならないため、潜水艦で使うわけにはいきません.したがって現実的な選択肢は二クロム酸塩電池であったはずです.

  \rm{Cr_2O_7^{2-}(aq) + 14H^+(aq) + 6e^- → 2Cr^{3+}(aq) + 7H_2O(l) E^° = +1.33 \,V}

しかし潜水艦はずっと海の中にあります.ネモ船長の話を聞く限り、彼は異常なほど海に執着していて、上陸することはほとんど無いようです.電池の材料をどのように調達しているのでしょうか.

「わたしはそういう地中の金属の助けはまったく借りずに、海そのものから電池をつくりだそうと考えたのです。」

引用元:ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』

そう、ネモ船長は電池すらも海から作り出しているのです.彼は、自分は亜鉛を使わず、むしろ海水から抽出した金属ナトリウムを使うのだと答えました.海水に含まれる塩化ナトリウムからナトリウムを分離して、電極として使うのだと言います.

「これを水銀と接触させると、反応してアマルガムができますが、それをブンゼン電池の亜鉛の代わりに電極として使うのです。(中略)ナトリウム電池のほうがパワーがあるとされ、その起電力は亜鉛電池の二倍にもなります。」

引用元:ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』

ヴェルヌは定量的な電位値を挙げているわけではありませんが、現代のデータを用いる限りでは正しいです.つまり、正極に二クロム酸塩電池と同じものを用いるなら、4.04 V(ナトリウム)対 2.09 V(亜鉛)となり一致しています.

  \rm{Na(Hg) → Na^+(aq) + e^- E^° = +2.71 \,V}

ナトリウムを使うのはいいですが、それをどうやって海水から抽出するのでしょう.アロナックスは当然の疑問を口にします.海水の電気分解の可能性を指摘しますが、それがエネルギー保存則に反することにすぐに気づきます

「ごく単純に、地中の石炭の熱を使っているのですよ。」

引用元:ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』

ネモ船長の回答はやや曖昧ですが、おそらく、炭酸ナトリウムの炭素還元によるナトリウム製造を指しているとされます.これは1870年代には標準的な製造法でした.

  \rm{Na_2CO_3(s) + 2C(s) → 2Na(g) + 3CO(g)}

彼の海への執着は一貫しており、この反応に必要な石炭は海底から調達していると主張しています.しかし、塩化ナトリウムを炭酸ナトリウムに変換するにはルブラン法やソルベー法を用いる必要があり、容易には行えません.これは、ネモ船長が実際には陸上の基地を持っていることを示唆しているようですが、その真相は物語の中で明かされることになります.

ノーチラス号は現実的か

大抵のSF小説では、未知の機械や乗り物があったときに、その動力源は未知のエネルギーでふわっとごまかされがちです.『海底二万里』はそこに真正面から向き合い、当時として最新の知識に基づいて、ある程度現実的な回答を出した点が秀逸です.

しかし、現代の知識に基づくと、ネモ船長の主張するままの電池で潜水艦を動かすのは難しいようです.ただし、「電気で動く潜水艦」自体は現実でもあり、鉛蓄電池やリチウムイオン電池を搭載する方式が実用化されています.つまり、電池で動く潜水艦自体は実現したのですが、ネモ船長が主張する方式そのままでは難しいと言ったほうが正しいです.

実際、現代のリチウムイオン電池のエネルギー密度をもってしても、依然として無制限航続を行うには厳しいものがあるようです.また、ネモ船長の主張する電池は一次電池であり、充電できずナトリウムを補填する必要がある点が不経済です.反応性の高いナトリウムと毒性のある水銀を用いるのも問題で、密閉性の高い潜水艦ではかなり危険な用に見えます.現実的には、少なくとも現在の解としては、ディーゼル発電機などを組み合わせた二次電池システム、あるいは長期運用なら原子力が無難なようです.

しかし、これはヴェルヌの発想が完全に否定されたわけではありません.150年前の科学技術に基づき、海から全てを調達するという縛りの中で、これほど現実的な解を導き出したのは驚異的と言えるのではないでしょうか.発想は当時の電気化学と潜水艦技術の延長線上にあり、その中で潜水艦に電気を用いるという方向性自体はきわめて先見的と言えるでしょう.

余談

『海底二万里』はディズニーにより映画化されており、そちらではノーチラス号の動力源として蒸気機関が採用されています.これに基づき、ディズニーランドパリに展示されているノーチラス号は蒸気機関で動いていると解説されています.一方、ディズニーシーにもノーチラス号がありますが、これがどちらの方式で動いているかは明確でないようです.個人的には、ヴェルヌの発想を叶えて電池式であってほしいところです.

また、これも余談ですが『海底二万里』の原題は“Vingt Mille Lieues Sous Les Mers”(海底二万リュー)、英題は“Twenty Thousand Leagues Under the Sea”(海底二万リーグ)です.リューというのは3海里(5.5 km)とされますが、本書では4 kmとしています.リューは英語でリーグであり、英訳はそのままリーグを用いています.

一方、日本ではこれらの単位に全く馴染みがないため、距離的に近い里を使った『海底二万里』やまだ馴染みのあるマイルを用いて距離を揃えた『海底六万マイル』などの邦題が生まれました.よって、原題でよく聞く『海底二万マイル』は原題からすれば距離がぜんぜん違うことになります.

参考文献

Jensen, William B. "Captain Nemo’s Battery: Chemistry and the Science Fiction of Jules Verne." Culture of Chemistry: The Best Articles on the Human Side of 20th-Century Chemistry from the Archives of the Chemical Intelligencer. Boston, MA: Springer US, 2015. 205-214.

Wier, Stuart K. "The Design of Jules Verne’s Submarine Nautilus." Extraordinary Voyages 19 (2013): 1-24.

ジュール・ヴェルヌ『海底二万里〔上〕』村松潔訳、新潮社〈新潮文庫〉、2012年

ジュール・ヴェルヌ『海底二万里〔下〕』村松潔訳、新潮社〈新潮文庫〉、2012年