
プルシアンブルーとその類似体
鮮やかな青色を示す顔料はいつの時代も需要があります.18世紀初頭にドイツで発見されたプルシアンブルーもその一つであり、青色顔料の代表として葛飾北斎やゴッホの絵画を彩りました.
優れた耐久性を持ちながら安価なプルシアンブルーは、絵画のほかにも印刷用インクや色鉛筆、絵具などで使用されています.プルシアンとは現在の北ドイツに存在した国家プロイセンのことであり、この材料が発見された地であることを示します.
プルシアンブルーの組成を持つシアン化物です.シアン化水素を青酸と呼ぶのは、プルシアンブルーの青色が念頭にあったからでしょう.シアン化物は19世紀初頭の化学において重要な研究対象であり、シアン酸やシアン酸アンモニウムを経て尿素が合成されたことは、無機物から有機物が生成しうることを示した象徴的な出来事でした.
発見から時が経ち、プルシアンブルーには塗料以外の使い道も見つかるようになりました.現在では、二次電池やエレクトロクロミック素子、バイオセンサなどに利用される機能材料として知られています.
プルシアンブルーには多くの別名があり、ベルリンブルー、ブランデンブルクブルー、パリブルーなど様々に呼ばれます.ターンブルブルーは化学的には同一ですが、異なる試薬から作られたものです.別名と同様に、類似の組成・結晶構造を持つ広範な物質ファミリーが知られており、プルシアンブルー類似体と総称されます.
プルシアンブルーの組成と結晶構造
改めて、プルシアンブルーはの組成を持つ物質です.
を別に書いているのはそれぞれ価数が異なるためで、価数を露わに書くと
となります.

2価と3価の鉄イオンは結晶学的に異なるサイトを占めており、その間をシアノ基がつないでいます.この際、 側は
、
側は
に配位します.
サイトは4分の1が欠損しており、水分子によって埋められています.
一般には、プルシアンブルーはより大きなグループを指す場合があります.上記の は「不溶性」タイプと呼ばれ、水や溶媒中で沈殿します.
一方、「可溶性」タイプは (
:アルカリ金属)の一般式で表され、水に加えると青色の液体になります.アルカリ金属は,
と
からなる立方体の中心に位置します.この空間はアルカリ金属の大きさに比べて大きいためイオン伝導に適しており、後述の電池材料としての適性につながります.

構造中の水分子やアルカリ金属の数は、合成条件の違いによって容易に変わります.結晶水は加熱によって脱離します.結晶構造は通常は立方晶系に属しますが、微妙な組成の違いによって単斜晶や菱面体など様々な構造をとります.どうやら、アルカリ金属が少ないときは立方晶系、多いときは単斜晶系となるようです.
このようにプルシアンブルーは様々な組成構造のものを含むため、一般式は (
) と書くことができます.必ずしも鉄イオンを含む必要はなく、ニッケルやコバルトなど他の遷移金属で置き換えることも可能です.
このような非常に広い物質ファミリーを総称してプルシアンブルー類似体(Prussian blue analogues)と呼びます.
プルシアンブルー類似体の機能
プルシアンブルーおよび類似体の特徴は、以下の2点です.
(1)フレームワーク構造を持ち,分子・イオンの脱挿入に適した広い空間を持つ
(2)異なる価数を持つイオンが存在する(混合原子価)
プルシアンブルーは、鉄イオンがシアノ基によって隔てられたフレームワーク構造をとるため、構造中に大きな隙間が空いています.この隙間は、様々な分子やイオンを脱挿入するのに適した大きさです.組成を変えて隙間の大きさを調整することで、イオンや分子を選択的に取り込むことができます.プルシアンブルー自体が安定であるため,脱挿入を繰り返しても機能の劣化が少ないことも特徴です.
例えば、放射性のセシウムや毒性のタリウムを取り込むことで、有害物の除去剤として機能します.水素分子を取り込むことで水素貯蔵材料となり、リチウムやナトリウムなどのアルカリ金属イオンを取り込むことで、電池の電極材料としても研究されています.
電池の電極材料としては、混合原子価を示すことも重要です.プルシアンブルーの構造中にアルカリ金属を出し入れすると、電荷補償によってフレームワーク中のイオンの価数も変わり、全ての鉄イオンが2価へと変換されます.このように異なる価数のイオン間で酸化還元を行うことで、電池にエネルギーが蓄えられます.
アルカリ金属イオンの挿入過程は、可溶性プルシアンブルーを例にとれば以下のように表されます.
優れた電気化学的な特性と大きな結晶構造中の隙間を活かし、プルシアンブルーはリチウムイオン電池においてグラファイトに代わる負極材料として注目されています.さらにナトリウムイオン電池やカリウムイオン電池でも負極材料として使用できることが期待されています.
また、イオンは価数によって色が変わることにも注目しましょう.プルシアンブルーの美しい青色は から
への原子間電荷移動に起因しますが、酸化還元反応によって混合原子価状態を解消すれば色が変わります.すなわち、電気化学的に材料の色を変えることができることを意味します(鉄イオンは3価と2価で色が異なることを思い出しましょう).これを利用したデバイスがエレクトロクロミック素子です.
最後に、プルシアンブルー類似体の磁気特性にも触れておきます.プルシアンブルーは転移温度 5.6 K の強磁性体です.磁気物性は主に高スピン状態にある が担い、低スピンの
は磁性にほとんど関与しません.磁性イオン同士の距離が離れているため交換相互作用は非常に弱く、磁気転移温度は低い値となります.しかし、金属イオンを置換することで転移温度は飛躍的に上昇し、室温を超える値に達するものもあります.
まとめ
顔料として使用できる材料には厳しい制約があります.青色の顔料は長らく高価であるか耐久性が低く、十分な選択肢がありませんでした.18世紀に発見されたプルシアンブルーはこの点で革命的であり、瞬く間に世界中で普及しました.顔料としての用途から始まったプルシアンブルーは、結晶構造が明らかになるにつれて応用材料としての幅も広がりました.特に有力なのは電池材料としての用途で、今日までに膨大な研究例が積み上げられています.
これほど応用が進んだ背景には、シアノ基が含まれているにもかかわらず毒性が弱いという点が大きいかと思います.毒物・劇物取締法でも「有害なシアン化合物」から除かれているなど、シアン化物全体から見ても特異的な物質です.毒物どころか、解毒剤として利用されるケースまであります.シアン化物の源流とされるプルシアンブルーがシアン化物の例外とされるのも不思議な話です.
参考文献
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Fayaz, Muhammad, et al. "Prussian blue analogues and their derived materials for electrochemical energy storage: Promises and Challenges." Materials Research Bulletin 170(2024): 112593.
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「プルシアンブルー 新しい応用とそのナノ粒子」 関東化学 THE CHEMICAL TIMES 2013, No.3
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