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光触媒:太陽光を用いて化学反応を起こす夢のクリーン材料

更新 2024-2-23

光触媒(Photocatalyst)

この原稿を書いている当時、すぐそこに夏が迫っていました.太陽は、遠く離れた地球にいるちっぽけな生物にさえ暑さ(熱さ)を感じさせるほどのエネルギーを供給しています.

太陽光は、人類が利用できるエネルギー源の中でも唯一、無尽蔵と言って良い存在です.太陽から地表に到達する総エネルギー量は、人類の総消費エネルギー量の1万倍以上とも言われ、この莫大なエネルギーの数%でも利用できれば、人類の消費エネルギーを全て賄うことだって可能です.

人類は、古くは太陽光線によって火をおこし、近代では太陽光発電によって太陽エネルギーを利用してきました.それでも、利用可能なエネルギーはほんの僅かです.

光触媒は、このように豊富な太陽エネルギーを活用して化学反応を起こすことが可能な材料です.

光触媒とは

光触媒」のワードを日常生活でも見かけることが多くなってきました.

光触媒の応用例は多岐にわたり、窓ガラスや便器、空気清浄機などで利用されています.某家電量販店の店内BGMでも、光触媒を使用していることがアピールされていました.

それでは、光触媒とは一体何をする物質なのでしょうか.

まず、触媒とは「それ自身は変化することなく化学反応を促進する物質」を指します.
光触媒とは、光が当たることによって触媒作用を引き起こす物質です.

そう聞くと、「光が必要な分、普通の触媒の下位互換じゃん」と思う人もいるかもしれません.しかし、光触媒は光のエネルギーを反応に転用できる分、普通の触媒では不可能な化学反応を実現するポテンシャルを秘めています.

光触媒の歴史

光触媒の最初期の研究は、20世紀前半に遡ります.酸化亜鉛や酸化チタンなどの材料が光照射下で酸化作用や漂白効果を示すことが発見されましたが、目立った応用先もなく大きな注目は集めませんでした.

風向きが変わったのは1972年のことです.日本の本多健一氏と藤嶋昭氏によって、紫外光照射下の酸化チタン(\rm{TiO_2})と白金電極間で水が分解され、酸素と水素が発生することが発見されました.

後に本田・藤嶋効果と呼ばれるこの反応は、日本の学会誌で発表された際には大して注目されませんでしたが、後にNature誌で発表され世界的に評価が高まった後は、日本でも盛んに研究が行われるようになりました.

当時は第二次オイルショックの最中であり、石油に頼らないエネルギー材料が切望されていました.そんな中、地球に豊富な水から水素を取り出すことの可能な光触媒は、次世代のエネルギー源として宣伝されました.

とはいえ、光触媒による水分解の効率は未だ低く、現在でも材料探索や改良が続けられています.その過程で、\rm{TiO_2}以外の光触媒材料も数多く発見されました.その他、\rm{CO_2}の還元反応など他の化学反応へも光触媒の適用が進んでいます.

光触媒の実用化が最も進んだ分野といえば、トイレや窓ガラスへのコーティング材料が挙げられます.酸化チタンの強い光酸化力を応用して有機物や菌を除去する事が可能で、殺菌・防腐の効果があります.また、一連の研究から発見された酸化チタンの超親水性もコーティング材料として適した性質です.

超親水性とは、非常に水に馴染みやすいという特性であり、水を流せば汚れも水と一緒に除去することが可能です(後述).

光触媒の性質

光触媒材料として最も有名な物質は酸化チタンですが、その特性は以下の2つに大別されます.

(1)光吸収による強い酸化還元効果

(2)光吸収による超親水性

(1)光吸収による強い酸化還元効果

紫外光の吸収と酸化還元能

\rm{TiO_2}の結晶は、そのままでは電気の流れない絶縁体です.絶縁体や半導体は、ある閾値(バンドギャップ)以下のエネルギーの光を吸収することができないという特徴があります.

固体中の電子は持つことのできるエネルギーに制限があり、同じようなエネルギーを持つ電子が集まってエネルギーバンドを作ります.バンドギャップ直下にあって完全に電子で満たされたバンドを価電子帯と呼び、バンドギャップ直上にあり電子の一切入っていないバンドを伝導帯と呼びます.

絶縁体や半導体はそのままでは電気を流しませんが、バンドギャップ以上のエネルギーを与えることで価電子帯の電子が伝導帯に遷移し、バンドに隙間が生まれることによって電気伝導が可能になります.

\rm{TiO_2}は、紫外光を照射することによって電気伝導性を示します.そして、紫外光を照射した酸化チタンは強い酸化還元作用を示します.

価電子帯から伝導帯に移った電子は、紫外光のエネルギーの分高いエネルギーを持ちます.エネルギーの高い電子は還元力が高く、他の化学種を容易に還元します.一方、価電子帯に残された正孔(ホール)は他の化学種の電子を奪うことにより酸化を行います.

この反応がセットになることにより、水中の水素イオンが還元されて水素が発生し、同時に水が酸化されることで酸素が発生します.

光酸化還元のメカニズム

以上のように書くと自明なようですが、実際はそう簡単に反応は起こりません.

紫外光照射によって生まれた電子と正孔は、そのままでは再び結びついて(再結合して)元の状態に戻ってしまいます.光触媒反応を起こすためには、電子と正孔の寿命を長くする必要があります.\rm{TiO_2}は偶然にも再結合までの時間が長い材料であるため、光触媒反応が起こります.

特に、触媒の中の不純物や欠陥は電子と正孔の再結合の中心になりやすいので、欠陥が少なく結晶性の良い触媒を用意する必要があります.

反応を促進するため、殆どの光触媒では触媒の表面に助触媒と呼ばれる金属か金属酸化物を担持して使用します.光照射によって生じたキャリアを助触媒上に移動させることによって効率よく反応が進みます.

光酸化還元の利用

光によって生成した電子と正孔で水を分解する反応は、光を太陽電池で電気エネルギーに変換し、その電気エネルギーで水を電気分解する方法と類似しています.実際、水分解によって水素を生成するにはその方法でも良いわけですが、光触媒には光触媒のメリットが存在します.

光触媒は、粉末粒子を用いて水溶液に懸濁するだけで水の分解反応が可能です.このため太陽電池のように高価な設備を用意することなく、簡便かつ安価に大規模な水素生成を可能にすることが可能になります.

ただし、酸化チタンは太陽光のうち紫外光しか吸収することができません.太陽光に含まれる紫外光成分はわずかであり、大部分は可視光が占めます.このため、可視光に応答するような光触媒の研究も進められています.

窒素を酸素サイトに少量ドープした\rm{TiO_2}など、酸素以外のアニオンを含む複合アニオン化合物が可視光応答型の光触媒として注目されています.

光触媒は、当然ながら水分解以外の反応系にも適用が可能です.産業の副産物として処分に困る\rm{CO_2}も光触媒を活用するターゲットです.\rm{CO_2}を光反応によって一酸化炭素や炭化水素に変換できれば、エネルギーの再利用になるとともにカーボンニュートラルに一歩近づきます.

また、大抵の有機物は水よりも酸化しやすく、酸化チタンの光触媒作用によって容易に分解します.このため、光触媒によって汚れや菌を容易く除去することも可能です.

(2)光吸収による超親水性

超親水性(Superhydrophilicity)

超親水性は厳密には光触媒作用とは言えませんが、まとめて紹介します.\rm{TiO_2}に紫外光を照射すると、表面が超親水性状態になります.

超親水性とは何かを説明する前に、親水性と疎水性について確認します.

最近の雨合羽や傘は、水を浴びても水滴が粒状になり表面が濡れません.一方、例えば木の材料は水によくなじみ、水滴を垂らすと横に広がっていきます.

このように水滴が粒になるか横に広がるかは、水滴が付く物質の水に対する「なじみ易さ」によって決まります.

「なじみ易さ」の大きい物質を親水性、小さい物質を疎水性であると言います.\rm{TiO_2}は紫外光照射下で超親水性を示し、水と非常によくなじみます.

TiO2 の超親水性の発見

光触媒は水分解の発見以降注目を集めましたが、工業的な応用にはいま一歩及びませんでした.光が必要という性質上、工業的に大量の物質を反応させたり、大量の汚染水の処理といった用途には適していなかったのです.

そんな中、東京大学のチームは光触媒を用いて少量のものを分解することが有効な用途に使用することを提案し、環境浄化への応用を進めました.\rm{TiO_2}をコーティングすることによってトイレの黄ばみやタバコの臭いの除去に効果的なことが明らかにされましたが、その過程でもう一つの大発見がありました.

これが超親水性の発見です.

雨の日など、窓ガラスや鏡が曇ることがよくあります.通常のガラスは疎水性であり、表面に小さな水滴がたくさん付着することによって光が散乱されて曇ります.ところが\rm{TiO_2}をコーティングしたガラス表面では、水滴は膜状になって広がり、全く曇りません.\rm{TiO_2}の超親水性は窓ガラスや鏡のコーティング剤として応用されました.超親水性は、曇りを防止するだけでなく汚れを付きにくくする効果もあります.

一見、汚れを落とすには「親水」よりも「疎水」の方が良いんじゃないかと気がしますが、酸化チタンは「超」親水性によって汚れを取り除きます.多くの汚れは有機物由来であり、水に溶けないことから水をかけてもなかなか取れません.しかし、超親水性材料では水が「汚れを押しのけて」材料と結びつくことにより汚れを浮き上がらせることができます.こうなると汚れは水の上に浮かんでいるだけなので、水洗いするか雨が降れば汚れは水と一緒に洗い流されます.

(1)の有機物由来の汚れを除去する効果と合わせ、\rm{TiO_2}はコーティング材料として非常に適した性質を持っていることが分かります.これらの効果を示すためには紫外光が必要なので、光触媒は屋外で使用されることが多いです.光が当たっていないと超親水性から元の状態に戻ってしまうので、最近では光のない状態でも超親水性を長持ちさせるような方法が研究されています.

まとめ

何回かのブレークスルーを挟みながらもなかなか実用化に行き着かなかった光触媒でしたが、最近ではようやく市民権を得たように思います.酸化チタン光触媒は,現在でも多様な用途の開拓が続いており,防錆や光触媒リソグラフィーによるパターン形成など,これまでの環境浄化とは異なる新規な応用例も挙げられています.

様々な応用の進む光触媒ですが、その代表である\rm{TiO_2}が人体に無害かつありふれた材料であったことは奇跡的な幸運であったと言えます.もっとマイナーで作成も大変な物質であったなら光触媒の普及はさらに遅れていたことでしょう.

また、光触媒による水分解の研究も同時に進められています.光によって水などの分子を分解する反応は、植物の光合成とよく似ています.

光触媒を活用した水分解は人工光合成と呼ばれ、うまく行けば水素の生成と二酸化炭素の除去を同時に行うことのできる夢のクリーン材料となる可能性を秘めています.最近では反応の量子効率が100%近くなったり、100 m2の大規模なパネル反応器を用いて数か月にわたる水素製造実証するなど、産業化に向けた取り組みが続けられています.

参考文献

光触媒の歴史

Electrochemistry 2003 年 71 巻 7 号 p. 568-569

真空 2006 年 49 巻 4 号 p. 232-237

Electrochemistry 2008 年 76 巻 1 号 p. 84-87

Electrochemistry 2006 年 74 巻 7 号 p. 565-567

学術の動向 2016 年 21 巻 7 号 p. 7_70-7_75