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ReO3型構造:隙間のあるペロブスカイト構造

\rm{ReO_3} 型構造 (\rm{ReO_3}-type structure)

固体化学で特に有名な結晶構造がペロブスカイト型構造です.

ペロブスカイト太陽電池の名が広く知れ渡った昨今では、最も名の通った結晶構造と言えるかもしれません(結晶構造として認識されているかはさておき).太陽電池に用いられるのは陰イオンとして臭素やヨウ素を用いたハライド物質ですが、産業全体を見渡せばむしろ酸化物の方が有名であり、\rm{BaTiO_3}や PZT は身近なデバイスの中で見つかる材料です.

ペロブスカイト構造を持つ物質は ABX_3 の組成で表され、ここで A は大きな陽イオン、B は比較的小さな陽イオン、X は陰イオンです.B は 6 つの X によって八面体状に配位され、この八面体同士が頂点を共有すること で三次元的なネットワークを形作ります.このネットワークに大きく空いた隙間に A を入れることでペロブスカイト構造が完成します.見ての通り、イオンが非常に密に詰まった構造です.

では、A という陽イオンが無ければどうなるでしょう.非常にスカスカで不安定な構造に見えますが、実はこの状態でも安定に存在できる化合物があります.この構造は \rm{ReO_3} 型構造と呼ばれ、酸化物 \rm{WO_3} やフッ化物 \rm{ScF_3} のほか、ギ酸塩 \rm{M(HCOO)_3} やホウ水素化物 \rm{Ln(BH_4)_3} など様々な物質の結晶構造として知られています.

\rm{ReO_3} 型構造の特徴は、何と言ってもその「開けた」構造です.ペロブスカイト構造のように密に詰まっていないので、八面体のつながりを傾かせたり、空洞に別種のイオンを挿入したりするなどして、ペロブスカイト構造にはない新しい機能を引き出すことができます.

\rm{ReO_3} 型構造を持つ物質

\rm{ReO_3} 型構造を作るには、ペロブスカイト構造から A イオンを除けば良いです.あるいは、B と 6 つの X によって八面体を作り、これらを頂点共有させて上下左右方向につなげても同じです.

以下では、この構造を持つ物質にはどのようなものがあるか見ていきます.

酸化物

\rm{ReO_3} は当然ながら \rm{ReO_3} 型構造を示します.深紅色の酸化物で、1930年代に結晶構造が決定されました.その後、1960年代になって、物理特性面から注目を集めました.

酸化物と言えば絶縁体であるイメージが強いですが、\rm{ReO_3} は金属伝導を示したのです.しかもその伝導度は銅に匹敵します.金属酸化物が珍しくなくなった現代においても、\rm{ReO_3} の伝導度は非常に高い水準にあります.

\rm{WO_3}\rm{ReO_3} と同様に酸化物における代表例ですが、結晶構造は \rm{ReO_3} から少し歪んでいます.しかも、金属伝導を示す \rm{ReO_3} とは対照的に \rm{WO_3} は絶縁体です.

この事実は電子配置を見れば理解でき、(\rm{Re^{6+}})が d 電子を1つ余しているのに対し、(\rm{W^{6+}})は \rm{d^0} 配置であるため伝導電子がなく絶縁体となります.\rm{WO_3} はワイドギャップ半導体としての用途が多くあり、フォトクロミック素子、光触媒、ガスセンサーなどの用途で見かけます.

窒化物

窒化物イオンは3価の陰イオンであるため、\rm{RO_3} 型構造に当てはめようとすると9価の陽イオンが必要になります.このような陽イオンは存在しないため、\rm{ReO_3} 型構造の窒化物は存在しません.一方で、陽イオンと陰イオンが入れ替わった逆 \rm{ReO_3} 型構造を持つ窒化物は知られています.

\rm{Cu_3N} は、\rm{ReO_3} 型構造の \rm{Re} サイトに \rm{N}\rm{O} サイトに \rm{Cu} が位置します.見ての通り、陽イオンと陰イオンの相対位置が入れ替わっているので逆 \rm{ReO_3} 型構造です.

\rm{Cu_3N} は半導体としての特性が注目され、赤外線によって書き込み可能な光データストレージの記録媒体として応用されました.そのほか、太陽電池の光吸収層材料、リチウムイオン電池の負極材料、トポロジカル反金属の候補材料として期待されています.

フッ化物

フッ化物イオンが1価の陰イオンであるため、\rm{ReO_3} 型構造のフッ化物における陽イオンは3価をとります.そのような陽イオンは多くありますが、6つの\rm{F}からなる八面体に行儀よく収まるサイズのものは少ないため、\rm{MF_3} の組成を持つ物質の多くは大なり小なり歪んだ \rm{ReO_3} 型構造をとります.

\rm{ReO_3} 型構造のフッ化物の中で最も有名なのが \rm{ScF_3} で、負の熱膨張を示す材料の代表格として名高いです.通常の物質は温めると膨張(正の熱膨張)しますが、負の熱膨張物質はその名の通り温めると縮みます.\rm{ScF_3} は(負の) 熱膨張係数が大きいだけでなく、粒子サイズやドーピングによって値を制御できることから広く研究されています.

\rm{FeF_3} は、リチウムやナトリウムを可逆的に挿入可能な特性を活かし、電池材料として注目されています.酸素とフッ素の混ざった物質である \rm{VO_2F} もまた、優れた容量特性とサイクル特性を示すことから電池材料としての研究が盛んです.

その他の物質

スクッテルダイトと呼ばれる鉱物 \rm{CoAs_3}\rm{ReO_3} 型構造に類似した構造を持ちます.ネットワーク全体としてはよく似ているのですが、\rm{As} 同士が正方形の四量体を作るように傾き、結果として八面体同士の相対位置が傾いて配列しています.スクッテルダイト構造を持つ物質はバラエティに富みますが、特に熱電材料や超伝導材料として有名です.

その他の物質

\rm{CN} を含むシアン化物では、プルシアンブルー \mathrm{Fe_4\lbrack Fe(CN)_6\rbrack_{3-x}H_2O} によく似た結晶構造を持ち、一般にプルシアンブルー類似体と呼ばれる広い物質空間があります.\rm{CN} が分子アニオンである関係で A サイトの空間が広く空いており、大きな分子を取り込むことが可能になっています.

その他、\rm{ReO_3}\rm{O}サイトに \rm{BH_3} を用いたホウ水素化物、\rm{H_2PO_3} を用いた次亜リン酸などが知られています.

まとめ

\rm{ReO_3} 型構造の最大の特徴は、A サイトにイオンがないことによる大きな空間です.\rm{ReO_3} 構造の物質の特性の多くは、この空間を最大限に活かしたものになっています.例えば、電池材料ではこの空間にイオンを出し入れできる特徴を活かし、負の熱膨張特性は骨格を収納できる空間として活かしています.ペロブスカイト構造の関連構造であるだけのことはあり、豊富な物質および物性の舞台となっています.

参考文献

"Perovskite-related \rm{ReO_3}-type structures." Nature Reviews Materials 5.3 (2020): 196–213.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).