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スクッテルダイト:原子の「隙間」を活かした物質

更新 2024-3-3

スクッテルダイト(Skutterudite)

自然は真空を嫌う」とアリストテレスは説きましたが、確かに地球上で「何もない空間」を作り上げてもすぐに空気が流れ込んでスペースを埋めてしまいます.

固体材料においても似たようなことが成り立ちます.金属間化合物は等方的な金属結合を持つため、一般になるべく多くの原子と接するように構造を形成し、最密充填構造を取ろうとします.原子は球状なのでどうしても隙間が空いてしまいますが、原子一つ入れないような小さな隙間しか残されません.

このように、固体の結晶構造では原子が密に詰まっていることが多いのですが、中には他の原子が容易に入り込めるような大きなスペースを持った結晶構造を有する物質も存在します.固体中での原子は通常、他の原子にホールドされて静止していますが、自由に動き回れるような空間にある原子はどのような振る舞いをするでしょうか.

原子にとって自由に動き回れる程度に広い空間を持つ物質群の一つがスクッテルダイト(Skutterudite)です.元は天然鉱物に由来する物質群ですが、その特徴的な結晶構造・組成の豊富さから、現在では熱電材料、超伝導体、磁性体など様々な分野で顔を覗かせます.

今回は、不思議な原子ネットワークと機能性を併せ持つスクッテルダイトについて見ていきます.

スクッテルダイト(Skutterudite)の結晶構造

スクッテルダイトとは、もともとノルウェーのSkutterudにおいてコバルトとニッケルの原料として採掘された天然鉱物( \rm{CoAs_3}を意味する言葉です.スクッテルダイトは一般式 TX_3 T = \rm{Co, Rh, Ir,} X = \rm{P, A, Bi})を持ち、その結晶構造は1928年にI.Oftedalによって解明されました.

スクッテルダイトの結晶構造を見ていきます.

 \rm{CoAs_3}の結晶構造は、有名なペロブスカイト型構造によく似ています. \rm{Co}は6つの \rm{As}に八面体配位され、 \rm{CoAs_6}八面体がそれぞれ頂点共有によって三次元的なネットワークを形成しています.一方で、ペロブスカイトにはある A陽イオンがなく、八面体ネットワークはひどく歪んで連結しています.

別の見方をしてみます.

 \rm{CoAs_3}の構造において \rm{As}だけを抜き出してみると、 \rm{As}が4つ集まって正方形を組んでいることが分かります.このようにp元素が合わさって特有のネットワークを形成する点はZintl相を彷彿とさせます.

 \rm{As}は1原子あたり2つの結合を持つので、Zintl-Klemm則に当てはめると16族元素と同じ数の価電子数を持つことに相当し、 \rm{As}の価数は-1です.実際にスクッテルダイトはZintl相の一種と考えられ、価数分布は \rm{(Co^{3+})(As^-)_3}となります.

さて、スクッテルダイトの構造をよく見ると、原子にとって非常に大きな空隙が単位胞あたり2つ存在していることが分かります.この空間は別の原子によって容易に占有され、「充填」スクッテルダイト構造となります.今日では、専ら充填相の方に関心が高まっています.

充填スクッテルダイトの組成式は AT_4X_{12}です.立方晶、空間群は I\overline{m}3です. A原子としてはランタノイドが一般的ですが、後にアルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移金属を含むような物質も知られるようになりました.中には、分子カチオンや陰イオンが占有するケースもあります.

スクッテルダイトの機能

スクッテルダイトは組成の選択肢が非常に豊富で、かつ広い空隙を持った特徴的な結晶構造を有しています.それゆえ、スクッテルダイトに関する物質および機能が無数に知られています.特に、充填スクッテルダイトのいくつかは高温(600-900K)で優れた熱電特性を示し、1990年代半ば以降に大きな注目を浴びることとなりました.

熱電特性

石油燃料の枯渇と地球温暖化への懸念から、環境にやさしい代替エネルギーへの関心が高まりつつあります.そんな中、工業で排出される余分な熱を電気エネルギーに変換可能な熱電材料は、次世代のエネルギー源と期待されています.

熱電効果とは、温度差を利用して電位を発生させることができ、その性能指数ZTは以下の式で表されます.
     ZT = \dfrac{S^2σT}{κ}
ここで、 σは電気伝導率、 Sはゼーベック係数、 κは熱伝導率で、 ZTが1を超えれば十分優れた材料と考えられています.

スクッテルダイト \rm{CoAs_3}は高い電気伝導度およびゼーベック係数を示しますが、 \rm{Co} \rm{Sb}の共有結合により熱伝導率が非常に高く、結果として非常に低い ZT値を示します.しかし、スクッテルダイト内の空間に別の原子を入れると熱伝導率が非常に小さくなることが発見されました.

熱というのは振動なので、格子の結合を介して伝わります.一方、空隙内部の原子はフレームワークにゆるく束縛されており、格子の熱振動とは無関係に動き回ります.このような振動は格子振動を散乱させ、物質の熱振動を効果的に抑制することが知られています.

原子のカゴの中に原子がガラガラのようにゆるく束縛したスクッテルダイトは、電気を結晶のように伝えるが熱がガラスのように伝えない物質(a Phonon Glass and an electron sinble crystal, PGEC)の候補として今も特性の改善が進んでいます.

超伝導

スクッテルダイトの中には超伝導を示すものが多く知られています. A金属としてランタノイドが入った充填スクッテルダイトは、金属的な電気抵抗を示し、低温で超伝導を示します.これらの超伝導は従来型のものとされ、超伝導の基本的理論であるBCS理論の枠組みで説明することができます.

また、 A金属としてf電子を含むランタノイドを導入したスクッテルダイトでは、f電子の影響により超伝導と磁性の共存や重い電子的な振る舞い、非フェルミ液体、多極子秩序などの顕著な現象が報告されています.

まとめ

天然鉱物に由来するスクッテルダイトは、その特徴的な結晶構造と組成のチューニングの容易さから、数十年間に渡って物性物理の研究対象であり続けました.特に熱電材料分野では、 \rm{CoAs_3}をはじめとしたスクッテルダイトが注目されており、組成の最適化や人工ナノ構造の形成などの手段で性能指数を高めるための努力がなされています.その他、電子・磁気物性の舞台としてもスクッテルダイトは新奇な機能が豊富にあります.

スクッテルダイトのような「原子が自由に振動できる空間」を活かした物質はクラスレートやβ-パイロクロア構造などでも見られ、やはりラットリングと関連した興味深い現象が見つかっています.

参考文献

The Review of High Pressure Science and Technology, 2006 Volume 16 Issue 4 Pages 342-349

Filled Skutterudites: Magnetic and Electrical Transport Properties. 2010.

Journal of Advanced Ceramics, 2020, 9.6: 647-673.

Physical Review B, 1997, 56.13: 7866.

Physical review letters, 1997, 79.17: 3218.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).