結晶構造の呼び方
塩化ナトリウム型、スピネル型、ペロブスカイト型...世の中には無数の結晶構造があります.
1913年に X 線結晶解析によって初めてダイヤモンドの結晶構造が決定されて以来、数十万、あるいは数百万の結晶構造が決定されてきました.その後、膨大な数の結晶構造を分類しようという試みが進みます.この目論見の初期のアプローチが、ドイツで 1931 年から 1943 年にかけて出版された Strukturbericht(構造報告)であり、1913 年から 1939 年の研究を対象として結晶構造にラベルが付けられました.
A1 構造、B2構造など、現在でも使われる結晶構造のラベルもありますが、これらにはどのような意味があるのでしょうか.
Strukturbericht(構造報告)
多くの金属元素は体心立方構造、面心立方構造、あるいは六方最密構造のいずれかをとります.二元系の物質で AB(1:1)の組成をもつ物質の多くは、塩化ナトリウム型、塩化セシウム型、ヒ化ニッケル型、あるいは閃亜鉛鉱型のいずれかの結晶構造を持ちます.すなわち、物質は無数に存在するとはいえ、その結晶構造は限られた数しか存在しないことを示唆します.
こうした結晶構造にラベルを付けて区別しようという初期の報告が、1931 年に Ewald と Hermann によって発表された「Strukturbericht(構造報告)1913–1928」です.この報告は、過去の結晶構造に関する報告の誤りと正しい結晶構造を指摘する批判的レビューの意味もありましたが、結晶構造に名前を付けて区別する試みの一つでもありました.Strukturbericht 記号が導入され、例えば体心立方構造は A2 型、塩化ナトリウム型構造は B1 型などと名付けられました.
その後、Strukturbericht の出版は 1940 年ごろまで続き、その後継である「Structure Reports」は戦後すぐに国際結晶学連合(IUCr)によって出版され、現在も続いています.ただし、Strukturbericht 記号はいつしか制御不能になるまで増えすぎたため、現在では新しく同記号を制定することは廃止されています.
Strukturbericht 第1巻 1913-1928
各結晶構造は、化合物の種類(単体、二元系、三元系など)を示すアルファベットと数字から表されます.
タイプ A:単体
A1:面心立方構造(Cu)
A2:体心立方構造(W)
A3:六方最密構造(Mg)
A4:ダイヤモンド構造

最密充填構造:最も単純な原子の敷き詰め方 - はじめよう固体の科学
タイプ B:二元系で AB
B1:NaCl 型
B2:CsCl 型
B3:閃亜鉛鉱型

タイプ C:二元系で A₂B
C1:蛍石型(CaF₂)
C2:パイライト型(FeS₂)
C3:赤銅鉱型(Cu₂O)

パイライト構造とマーカサイト構造:陰イオンの”二量体”を持つ結晶構造
タイプ D:二元系で AₘBₙ
D1–D10:AB₃(例:D1 はアンモニア)
D11–D20:ABₙ(n>3)(例:D11 は SnI₄)
D31–D50:(ABₙ)₂(例:D41 は (BH₃)₂)
D51 以上:その他(例:D51 は Al₂O₃)
タイプ E:第 1 巻では未定義
タイプ F:二原子または三原子ユニット
F1–F50:Aₘ(BC)ₙ(例:F1 は CoAsS)
F51–F100:Aₘ(BC₂)ₙ または Aₘ(BCD)ₙ(例:F61 はカルコパイライト(CuFeS₂))
タイプ G:四原子ユニット
G1:カルサイト(CaCO₃)
G31:ベリル(Be₃Al₂(SiO₃)₆)
タイプ H:五原子以上のユニット
H41–H50:水和物
タイプ L:合金
L1–L19:FCC で秩序化(例:L1₀ は CuAu 型、L1₂ は Cu₃Au 型)
L20–L39:BCC で秩序化(例:L2₁ はホイスラー型)
タイプ M:その他(実質的には使用されない)
タイプ O:有機物
Strukturbericht 第2巻 1928-1932
ラベルに下付き文字が導入されました.これにより、例えばスクッテルダイト構造は D から D0₂ に変更されました.
タイプ E:新構造の追加
E0₁:PbFCl 型
E1₁:カルコパイライト型(CuFeS₂)※F61から変更
E2₁:ペロブスカイト型(CaTiO₃)※G0₅から変更
E2₂:イルメナイト型(FeTiO₃)※G0₄から変更
タイプ I:BX₆ ユニット
I1₁:K₂PtCl₆(H6₁から変更)
タイプ K:複雑ユニット
K1₁:K₂S₂O₅
タイプ S:ケイ酸塩
以降の Strukturberichte
1937 年の第 3 巻では新規タイプの導入はなく、クラス I はクラス J に改名されました.その後も毎年発行され、1943 年の第 7 巻まで続きました.
国際結晶学連合 (IUCr) による継続
第二次世界大戦後、Strukturbericht の活動は IUCr に移管され、英語版「Structure Reports」の出版が始まりました.Strukturbericht との連続性を保つために第 8 巻からスタートし、継続的に出版されています.
Structure Reports は Strukturbericht 記号の使用は継承しませんでしたが、新ラベルの付与は続き、特にウラン・超ウラン化合物の新構造の発見により多数の新しい記号が導入されました.新ラベルの下付き文字は数字ではなくアルファベットです.
Aa:Pa
Ab:β-U
Ac:α-Np
Ad:β-Np
まとめ
Strukturbericht のラベル付けは現在では行われていませんが、結晶構造を指定する際に同ラベルを用いることは今でも行われています.例えば NaCl 型を指して B1、CsCl 型を指して B2 と呼ぶことは広く通じます.ただし抽象的な記号のため、分野外の読者には伝わりにくく、誤解を避ける意味でも具体的な「NaCl 型」などの呼称の方が好ましいように感じます.(ペロブスカイト構造を指してE2₁構造と言われても通じますか?)
参考文献
Mehl, Michael J. "A brief history of strukturbericht symbols and other crystallographic classification schemes." Journal of Physics: Conference Series 1290 (2019).
結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).