はじめよう固体の科学

電池、磁石、半導体など固体にまつわる話をします

MENU

熱電効果:排熱を電気エネルギーに変える

更新 2024-2-23

熱電効果(Thermoelectic effect)

化石資源に頼り切った現代生活から脱却するのは難しそうですが、消費を抑える方法は探せます.化石燃料の他に利用可能な資源はないでしょうか.太陽光は安定かつ膨大なエネルギー源であり、太陽光発電をはじめとした様々な利用方法があります.

別の選択肢は「」です.

太陽光の熱もそうですが、一番は工場や家庭で発生する排熱です.機械は電気エネルギーによって動作しますが、100%の効率は不可能であり、余分なエネルギーはどうしても熱に変わってしまいます.この余分な「熱」をエネルギー源として利用できないでしょうか.

火力発電などの発電方法では、発生するガスの温度が高いほど発電効率が良く、逆に中途半端な温度のガスがあってもさして効果がありません.工場の排熱、自動車の排熱、家電の排熱など余った熱はどこからでも排出されますが、その温度は数百度程度であり、タービンを回す発電には役立ちません.

こうした「中途半端な排熱」を有効活用する手段の一つが、熱電変換です.熱電材料と呼ばれる物質に熱(温度差)を与えると,高温部と低温部の間に電位差(電圧)が生じ、熱を直接、電気エネルギーに変換する事が可能です.

事実上無尽蔵の熱エネルギーを、扱いやすい電気エネルギーに変換できる熱電技術は産業的に重要な位置を占めており、材料開発も世界的に行われています.

今回は、熱電変換に使用される熱電材料について見ていきます.

熱電発電の仕組み

熱電材料というと特殊な材料であるように聞こえますが、実は、全ての金属や半導体は熱を電気に変換可能な性質を持っています.

ある物質の両端に温度差を与えましょう.

高温部の電子は低温部の電子より平均的に高いエネルギーを持つため、高温部から低温部に向かって電子が流れます.この現象をゼーベック効果と言います.

ゼーベック効果で現れる電位差は温度差に比例し、以下の式で表されます.
    ΔV=S ΔT
この比例係数 Sゼーベック係数と呼びます.

物質中を流れるキャリアには電子と正孔の二種類がありますが、その違いによってゼーベック係数の符号が変わります.ゼーベック係数の測定によって多数キャリアの符号を決めることが可能なわけです.また、2種類の物質の起電力の違いを利用して温度を測定する仕組みが熱電対です.

逆に、金属や半導体に電流を流すと導線との接合部で吸熱・発熱が起き、この現象はペルティエ効果と呼ばれます.

このように、熱と電気を相互に変換可能な現象を総称して熱電効果と呼びます.

ゼーベック効果を用いて発電を行うには、以下のようなデバイスを組みます.

ここで、図の上側と下側に温度差を加えたらどうなるでしょう.

熱拡散はキャリアの符号を区別しないので、電子も正孔も高温部から低温部に流れることで回路が繋がります.

なお、n型かp型のどちらかしか用意できなかった場合は発電ができません.このため、電子が多数キャリアのn型材料と正孔が多数キャリアのp型材料を用意する必要があります.また、材料ごとに熱電効果の大きい温度域が異なるため、可能な限り同じ材料でn型とp型を用意した方が良いです.

熱電材料の開発

熱電材料の性能指数

どんな物質であっても程度の差はあれ熱電効果を示すわけですが、その性能は物質によって天と地ほどの差です.

なるべくゼーベック係数の大きい材料を探したいところですが、材料の電気抵抗が大きければキャリアを流すことができないので宝の持ち腐れです.また、熱伝導が大きければ、温度差を与えてもすぐ熱が流れて温度差を解消してしまうので、やはり発電には不向きです.

このように熱電材料には多くのパラメータが絡み、どれか一つの物性値を上げれば良いというものではありません.

熱電材料の性能を表す指数として、性能指数(figure of merit)Zが提唱されています.
   Z=\dfrac{σS^2}{κ}

ここで、 Sはゼーベック係数 [V/K]、 σは電気伝導率 [S m]、 κは熱伝導率 [W/K] であり、 Zは温度の逆数の次元を持ちます. Zに絶対温度 Tを乗じた値 ZTは無次元量であり、無次元性能指数と呼ばれます.

熱電発電効率は ZTの関数で与えられ、 ZT = 1がおおむね10~15%の発電効率に相当します.大半の材料の ZTは0.01未満であり、選別された特別な材料のみが ZT = 1の大台に達します.

20世紀後半からの膨大な材料探索にも関わらず、 ZT = 2を達成した材料はごく僅かであり、 ZT = 3に至っては一部の特殊な(温度範囲が非常に限られているなど)材料に限られています.

このように、高い ZTを達成するのは想像以上に困難です.

ZTを上げるには

ゼーベック係数、電気伝導率、熱伝導率は互いに相関したパラメータであり、独立にどれか一つだけを大きくすることができません

特に、ゼーベック係数と電気伝導率は材料のキャリア濃度に強く依存しています.キャリア濃度が大きくなると電気伝導率が向上しますが、ゼーベック係数は下がります.逆もまた然りであり、キャリア濃度をどこかちょうどいい値に調節する必要があります.

また、熱伝導率もキャリア濃度と相関があり、キャリア濃度が増えるほど熱伝導率は上昇します.

絶縁体はキャリア濃度が低すぎ、金属はキャリア濃度が高すぎるため熱電材料には向きません.頼みの綱は、キャリア濃度を調節可能な半導体材料です.半導体であればドーピングによってキャリアの符号も制御できるため非常に都合が良いです.

実際、実用的な熱電材料はいずれも半導体であり、ドーピングによってキャリア濃度を精密に制御して使用されています.

熱伝導率を下げる

ゼーベック係数と電気伝導率は半導体のドーピング量を調節して最適な値を探します.
では、熱伝導率を下げるにはどうしたら良いでしょうか.

物質中で熱を運ぶものは、大きく「キャリア」と「格子振動」に分けられます.熱電材料が機能するキャリア濃度域では、キャリアよりも格子振動による熱伝導が支配的です.

キャリアによる熱伝導は、当然ながらキャリア濃度の関数なので他のパラメータと独立には制御できませんが、格子振動による熱伝導はキャリア濃度と何の関係もないため独立に制御が可能です.

そのため、いかに格子振動による熱伝導率を小さくするかが重要になってきます.

格子熱伝導率は、近似的に以下のように記述されます.
   κ_{ph}=\dfrac{Cvl}{3}
ここで、 Cは格子比熱、 vは音速、 lは格子振動の平均自由行程です.

音は軽くて硬い物質であるほど早く進むので、音速を下げるには重くて柔らかい物質を使います.鉛などの重元素はこの条件によく当てはまります.

格子振動の平均自由行程は、物質に「乱れ」があるほど短くなります.例えば、何種類もの金属を混ぜて固溶体を作ったり、物質の粒径をバラバラにしたり、格子欠陥を入れたりすると効果的です.

格子比熱を下げるには、結晶構造の単位胞の中の原子数を増やすことが有効です.これは以下のように説明されます.

単位胞の中に含まれる原子が M個であったとするとき、格子振動モードは全部で 3M個あります.一方、熱振動に寄与する音響モードは常に3つであり、残りの 3M-3のモードは熱を運びません.よって、 Mの数が大きくなればなるほど、相対的に熱振動に寄与するモードの割合が減り、比熱が下がります.

こうして見ると、熱電材料に必要な条件はかなり多く、全てを満たすのは困難です.それでもいくつかの材料は実用化されており、\rm{Bi_2Te_3}\rm{PbTe}は代表的な熱電材料です.やはり\rm{Pb}\rm{Bi}のような重い元素を含んでいる物質が多いですが、近年では軽い元素のみからなる物質でも高い熱電性能を示す材料が見つかっています.

以下では、代表的な熱電材料について紹介します.いくつかは個別の記事でも紹介する予定です.

代表的な熱電材料

Bi2Te3

1950年代に発見された、最も有名かつ代表的な熱電材料です.\rm{Sb}\rm{Se}と固溶させることにより、常温付近では現在でもトップクラスの熱電性能を示します.層状の構造を持っており、\rm{Te}\rm{Te}が層を介してファンデルワールス結合で結合しています.トポロジカル絶縁体としても知られ、2つの分野でトップに立つ稀有な物質です.[a,b]

PbTe

\rm{Bi_2Te_3}と同様に重い元素から構成される物質で、400℃程度の中高温度域で高い性能を示します.\rm{Pb}を含む化合物としては珍しく、塩化ナトリウム型の構造を有しています.

様々な元素をドープ可能であり、近年では最も研究が行われた熱電材料と言っても過言ではありません(多分).組成や粒界の最適化により、 ZTは2を超えます.\rm{PbTe}の周辺にもトポロジカルな材料が多く見受けられます.[c]

SnSe

\rm{SnSe} ZTが驚異の2.6に達することが2014年に報告されました.\rm{SnSe}は特徴的な層状構造を持っており、ある軸方向の熱伝導率が極端に低いことで高い\rm{ZT}を示します.その後、爆発的に研究が進み、p型・n型の材料も作成されました.しかし、ある軸方向のみが低い熱伝導率を示す関係上、単結晶での使用が適しており、多結晶粉末では性能が落ちるのが欠点でした.しかし、最近では多結晶でも高い性能を示す方法が編み出されました.[d,e]

Mg3Bi2

室温付近で機能する熱電材料は長い間\rm{Bi_2Te_3}の独壇場でしたが、その牙城を崩そうとしているのが\rm{Mg_3Bi_2}材料です.\rm{Mg_3Bi_2}\rm{Te}のように高価な元素を含まないため、経済的な面で有利です.特に、最近ではn型の\rm{Mg_3Bi_2}で大きなペルティエ効果が報告されています.余談ですが、\rm{Mg_3Bi_2}もタイプ2ワイル半金属というトポロジカル材料です.[f]

スクッテルダイトCoSb3

\rm{CoSb_3}は「カゴ型」の構造を持っており、カゴの中に別の原子を入れることによって熱伝導率が急激に下がります.これは、占有している原子に対して空間が大きいため、格子の振動とは無関係にカゴの中の原子が振動し、格子振動を抑える働きがあるためと解釈されています.このような現象をラットリングと呼び、クラスレートなど他の物質系でも観測されています.[g]

NaxCoO2

上記の熱電材料は重い元素を含むことで格子振動が抑えられています.一方、酸化物は酸素という軽元素を含み、一般に熱伝導率が高いため熱電材料としては問題外であると考えられていました.\rm{Na_xCoO_2}は酸化物としては例外的に高い熱電特性を示します.\rm{Co}の持つ電子と三角格子という原子の配置が複雑に絡み合い、大きなゼーベック係数を生み出すとされています.[h]

SrTiO3

最強の万能材料\rm{SrTiO_3}は、熱電材料としても有名です.\rm{SrTiO_3}はペロブスカイト型酸化物であり、高いゼーベック係数と高い安定性を誇ります.とはいえ、熱伝導率が高いため ZTは1に達していません.\rm{Sr}サイト、\rm{Ti}サイトに様々な元素を置換可能であるため、固溶体形成による熱伝導率の低下が進められています.

まとめ

現代の生活で排熱を取り除くことは不可能であり、排熱を有効活用する手段が求められます.熱電材料はこの目的に最も適した材料であり、将来の環境負荷を和らげるためにも開発が急がれる材料です.

とはいえ、熱電材料の評価には複数のパラメータが必要であるため、測定も評価も大変です.最近では個別のパラメータを理論計算し、熱電性能をスクリーニングできる環境も整ってきましたが、実験的な探索が有効な時代はまだまだ続くことでしょう.

ここでは紹介しきれませんでしたが、熱電材料の設計手法には他にも、バレー縮退、人口超格子、フォノングラスなど様々なものが提唱されており、まだまだ高性能な材料が発見されることが予感されます.

近年では、特殊な条件下で ZTが5を超える材料も見出されています.[i]

参考文献

まてりあ 2004 年 43 巻 5 号 p. 411-417

化学と教育 2011 年 59 巻 11 号 p. 572-573

化学と教育 2000 年 48 巻 9 号 p. 568-571

[a] National science review, 2020, 7.12: 1856-1858.

[b] Science, 2009, 325.5937: 178-181.

[c] Nature, 2011, 473.7345: 66-69.

[d] Nature, 2014, 508.7496: 373-377.

[e] Nature materials, 2021, 20.10: 1378-1384.

[f] Science, 2019, 365.6452: 495-498.

[g] Journal of alloys and compounds, 2001, 315.1-2: 193-197.

[h] Physical Review B, 1997, 56.20: R12685.

[i] Nature, 2019, 576.7785: 85-90.