更新 2024-3-3
空気電池(Air battery)
電池の発明から200年以上が経ちました.黎明期のボルタ電池はとても家庭で使用できるような代物ではありませんでしたが、今では乾電池がどの家庭にもあります.充電可能な二次電池もすっかり見慣れたものとなり、特に容量の大きいリチウムイオン電池は携帯電話、ノートパソコン、そして電気自動車などで使用されます.
リチウムイオン電池は、30年以上にわたり最も信頼性の高い電池として君臨してきました.ところが、電気エネルギーへの社会の要求はとどまるところを知らず、コストやエネルギー密度が現在のリチウムイオン電池を上回る電池が必要とされています.リチウムイオン電池の容量は既に理論的な限界に迫っており、材料の改善程度ではせいぜい数十%程度の向上しか見込めません.
社会の要求を満たすためには充電可能、小型・軽量、低価格かつ高いエネルギー容量を持つ新しい電池を開発する必要がありますが、果たしてそんな電池などあるのでしょうか.
空気電池(金属空気電池)は、既存の電池系を遥かに凌駕する理論エネルギー密度を持ちます.空気中に無限に存在する酸素を利用して電気エネルギーを取り出す事が可能であり、リチウムイオン電池よりも高いエネルギー密度を有し、軽量、安価、かつ高い安全性を示します.将来的にはリチウムイオン電池に置き換わるかもしれないポテンシャルを秘めた電池ですが、実用化には課題が数多く残されています.
今回は、そんな空気電池について見ていきます.
亜鉛空気電池(空気亜鉛電池、zinc–air battery)
電池は化学エネルギーを電気エネルギーに変換することが可能な装置です.電子を手放したい(酸化されやすい)物質と電子を受け取りたい(還元されたい)物質を2本の電極とし、その間で電子とイオンをやり取りすることによりエネルギーを取り出します.従来の電池では、電極として主に金属や酸化物が使用されてきました.例えば、ダニエル電池では銅板と亜鉛板を、アルカリ電池ではニッケル板と酸化マンガンを用いています.
空気電池では、なんと空気中の酸素を一方の電極(正極)として使用します.酸素は、酸素分子から酸化物イオンになる際に酸化還元を伴うので電池材料として利用可能なわけです.
従来の電池とは異なり、空気電池では正極活物質に相当する酸素を外界から取り込んで用います.
正極は酸素を透過する薄い膜で構成し、電池の構造を保ちながら酸素を待ち構えます.電池の大半を負極材料のみで構成することができるため、空気電池は軽量であり、既存の電池よりも遥かに大きなエネルギー密度を示します.また、酸素の酸化力は強力なため起電力が大きくなります.さらに、酸素は空気中から事実上無限に供給可能であるため、安価かつクリーンであることもポイントです.
一方で、負極材料には還元力の強い(酸化されやすい)金属を使用します.空気電池が安価であることを活かすために、負極にも安価・資源豊富な物質が必要とされます.しかし、還元されやすい元素は一般に水と反応して溶解しやすいため、水溶液を電解液に使用できません.亜鉛()は還元力がそれなりに強く、自己放電が小さく、低コストな材料であるため負極材料に適しています.
電解液にはアルカリ水溶液が用いられます.水酸化カリウム水溶液はアルカリ電池にも使用されており、リチウムイオン電池に使用される有機溶媒とは異なり不溶性であるため、安全性が高いです.
以上の点を鑑み、現在実用化されている金属空気電池は亜鉛を負極に用いた亜鉛空気電池です.亜鉛空気電池は、安全性の高い電極材料の組み合わせの中で最も高い電圧を示します.
亜鉛空気一次電池
亜鉛空気電池では、負極に亜鉛、正極に酸素を用い、反応式は以下のように表されます.
このように、全反応式は亜鉛が酸素によって酸化されて酸化亜鉛()が生成するだけのシンプルなものです.は電気抵抗が高いので、が電極を覆ってそれ以上電子を流さなくなった時点で反応が終了します.
電池の底部には空気孔が備えられ、ここから酸素を取り入れて空気極に至ります.正極となる空気極は、酸素が拡散するガス拡散層と酸素の還元反応を促進する触媒層から成ります.ガス拡散層は主にカーボン系のシートから構成され、空気を満遍なく供給できるよう拡散させるとともに、電解液が外に漏れ出すのを防ぎます.
触媒には酸素還元・発生の両方に活性があり、かつ安定なものが必要です.白金系の触媒はこの条件を満たしますが高価なので、ペロブスカイト系酸化物が有望視されています.これらに電解液と酸素を含む、固相・液相・気相の三相界面において酸素の還元反応が進行します.
亜鉛ー空気電池の理論エネルギー密度はを超え、リチウムイオン電池の理論エネルギー密度()を凌ぎます.実際には電解液や構成材の影響により理論値を出すことはできませんが、それでもリチウムイオン電池の2倍程度の容量が実現可能です.
亜鉛ー空気電池を放電のみの一次電池として使用する限りは技術的な課題は少ないため、実用化が進んでいます.高いエネルギー密度を十分に活かすため.小さい電流値で連続放電する用途で使用されます.補聴器としての電源のほか、ボタン式電池でも利用されます.また、大型のものでは信号ブイや遠隔地証明などにも使用されています.
亜鉛空気二次電池
亜鉛空気電池を二次電池にするためには、上式の逆反応を進行させる必要がありますが、それにはいくつかの課題があります.
まず、正極の充電反応で酸素発生を起こすために強力な酸化条件が必要になるため、構成材が酸化に対して強い耐性を持つ必要があります.また、酸素の還元・発生反応時のエネルギーロスが大きいため、より高活性の触媒材料の開発が不可欠です.
さらに、負極ではや溶解したがまで還元される際にが針状に析出してしまい、負極を突き破って電池が短絡してしまう危険性があります.
化学的な充電とは異なりますが、亜鉛空気電池の中には負極そのものを新しい部品に入れ替えることでフレッシュな電池に戻すという方法(メカニカル充電)が取られる場合もあります.
まとめ
亜鉛空気電池は高いエネルギー密度を持ち、安価で高寿命であるため、ボタン電池として実用化されています.一方で、は標準電極電位がそれほど負に大きいわけではないので、取り出すことが可能な電圧は1.3 V程度にとどまります.
もっと電圧を高めるにはどうすればよいのかというと、もっと標準電極電位が負に大きい金属、究極的にはを使えば良いことになります.しかし、は水との反応性が高いためアルカリ水溶液をそのまま使用することができず、亜鉛空気電池から電池の構成要素を見直す必要があります.
リチウム空気電池が実現すれば、亜鉛空気電池のメリットはそのままに高電圧化した究極の電池が誕生することになりますが、実用化には亜鉛空気電池以上に課題が残されています.
参考文献
資源と素材 2001 年 117 巻 3 号 p. 177-182
Electrochemistry 2015 年 83 巻 1 号 p. 41-48
Electrochemistry 2010 年 78 巻 6 号 p. 529-539
成形加工 2020 年 32 巻 6 号 p. 206-209