更新 2024-2-24
閃亜鉛鉱型構造(閃亜鉛構造、Zinc blende、α-ZnS structure)とウルツ鉱型構造(ウルツ鉱構造、wurtzite、β-ZnS structure)
閃亜鉛鉱型構造とウルツ鉱型構造は、の組成で表される二元系物質の多くで見られる結晶構造であり、互いによく似た構造です.
どちらも半導体材料でよく見られる構造であり、知らず知らずのうちにどちらかの構造を持つ材料を日常的に使用しているはずです.両構造は互いに姉妹構造と言っても良いほど似ており、それゆえ両者を混同してしまうのもよくある話です.
以下では、それぞれの構造について成り立ちを詳しく見ていきましょう.
- 閃亜鉛鉱型構造(閃亜鉛構造、Zinc blende、α-ZnS structure)とウルツ鉱型構造(ウルツ鉱構造、wurtzite、β-ZnS structure)
- 閃亜鉛鉱型構造(α-ZnS)
- ウルツ鉱型構造(α-ZnS)
- 閃亜鉛鉱型構造およびウルツ鉱型構造を持つ物質
- 閃亜鉛鉱型構造およびウルツ鉱型構造の関連構造
- まとめ
- 参考文献
閃亜鉛鉱型構造(α-ZnS)
閃亜鉛鉱型構造の単位胞にはとがそれぞれ4つずつ含まれています.は4つのに四面体型に配位され、同様にもまた4つのに配位四面体型に配位されています.
いつものように、2種類の方法で結晶構造を記述していきます.
最密充填を基準とする方法
の立方最密充填構造(面心立方構造)を考えると、この四面体間隙の半分をが占有することで閃亜鉛鉱型構造となります.逆に、の面心立方構造を考えても、この四面体間隙の半分をが占有している形になります.すなわち、閃亜鉛鉱型構造では、どちらの元素も面心立方構造をとっています.
ダイヤモンド構造の半数をとにそれぞれ置き換えて配置した構造ともみなすことができます.
あるいは、との面心立方構造を()だけずらして並べた構造であるとも言えます.
多面体を基準とする方法
閃亜鉛鉱型構造において、は4つのに正四面体型に配位されています.これらの四面体について、隣り合う四面体の向きを逆にしながら頂点を共有して三次元のネットワークを形成することで閃亜鉛鉱型構造が得られます.
当然、全ての四面体は4つの四面体と頂点を共有しています.
中心元素をに変えてに配位された四面体のネットワークを考えた場合も同様です.
ウルツ鉱型構造(α-ZnS)
ウルツ鉱型構造の単位胞にはとがそれぞれ2つずつ含まれます.閃亜鉛鉱型構造と同様、は4つのに四面体型に配位され、もまた4つのに配位四面体型に配位されています.
同様に、2種類の方法で結晶構造を記述していきます.
最密充填を基準とする方法
ウルツ鉱型構造では閃亜鉛鉱型構造とは異なり、とはいずれも六方最密充填構造をとっています.
の面心立方構造を中心に考えると、その四面体間隙の半分をが占有しています.同様に、の六方最密構造の四面体間隙の半分をが占有している構造ともみなせます.
六方晶ダイヤモンド構造の半数をとにそれぞれ置き換えて配置した構造とも言うことが可能です.
あるいは、との六方立方構造を()だけずらして並べた構造であるとも言えます.
多面体を基準とする方法
ウルツ鉱型構造では、は4つのに正四面体型に配位されています.これらの四面体について、隣り合う四面体を同じ向きにしながら頂点を共有して三次元のネットワークを形成することでウルツ鉱型構造となります.
閃亜鉛鉱型構造と同様、全ての四面体は4つの四面体と頂点を共有しています.
中心元素をに変えてに配位された四面体のネットワークを考えた場合も同様です.
閃亜鉛鉱型構造およびウルツ鉱型構造を持つ物質
いずれの結晶構造も最密充填の四面体間隙に別元素が入ったもの、または四面体が頂点を共有して出来上がった構造であり、互いによく似ています.
そのため、両構造にはエネルギー的な違いが小さく、両方の構造を取ることができる組成の物質も少なくありません.元素を少し置換したり合成方法を変えることで一方から一方の構造に移り変わることもよくあります.
最密充填の間隙に元素が入った構造という点では、型構造と型構造の関係にもよく似ています.
しかし、型構造と型構造では多面体の連結の仕方が大きく異なっており、前者が辺共有のみから成り立っていたのに対して後者では面共有が存在していました.この違いにより、型構造と型構造の両方を取ることのできる組成の物質はほとんどありません.
閃亜鉛鉱型構造とウルツ鉱型構造を取るような物質は共有結合性の物質が大多数です.特に、、、などの半導体材料として知られる物質が多く知られています.
これらの材料は価電子数の和が8であり、ちょうどオクテット則を満たし、Grimm–Sommerfeld則を満たすような物質として知られています.価電子数の組み合わせにより、Ⅲ-Ⅴ型、Ⅳ-Ⅳ型、Ⅱ-Ⅵ型半導体というように呼ばれます.
以下では、閃亜鉛鉱型構造およびウルツ鉱型構造を持つ中で代表的と見られる物質を紹介します.
代表的な物質
ZnO(ウルツ鉱型)
酸化亜鉛()はウルツ鉱型が最も安定ですが、合成法によって閃亜鉛鉱型も生成します.白色の粉末で、化粧品、食品、顔料などに使用されます.はワイドバンドギャップ半導体であり、高い透明性、高い電子移動度、広いバンドギャップを持つことから、液晶ディスプレイの透明電極、薄膜トランジスタ、発光ダイオードなどに利用されます.
GaN(ウルツ鉱型)
窒化ガリウム()は直接型バンドギャップ半導体です.3.4 eVという広いバンドギャップを活かし、オプトエレクトロニクス、パワーデバイス、高周波デバイスなどの分野で利用されます.自体は紫外発光ですが、微量のインジウム (In) を加えることで青色の光源となり、青色発光ダイオードの材料としても知られています.青色発光ダイオードの発明は、2014年のノーベル物理学賞の対象にもなりました.
GaN:ZnO(ウルツ鉱型)
とはどちらも白色の粉末であり、可視光をほとんど吸収しません.一方、この両者を混ぜ合わせた固溶体はオレンジ色に着色し、可視光を吸収します.光触媒材料は太陽光を利用して化学反応を促進するクリーンエネルギー材料でしたが、紫外光しか吸収できずエネルギー効率に難がありました.この固溶体は可視光を利用して水の酸化反応が可能な初めての光触媒となりました.
GaAs(閃亜鉛鉱型)
ガリウムヒ素()は、直接型バンドギャップ半導体であり、集積回路、赤外線発光ダイオード、レーザーダイオード、太陽電池などに使用されます.は、同じく半導体材料のシリコン()と比べて電子移動度が高いため高周波での使用に適しています.また、バンドギャップが大きいため過熱や放射線障害に強いです.バンドギャップが直接型であることで、効率的に光を吸収・放射することが可能です.一方、Siの方が資源が豊富・安価・安定であるため、用途によって使い分けられます.
BN(閃亜鉛鉱型)
窒化ホウ素()は、安定性に優れた絶縁体です.閃亜鉛鉱構造のはと呼ばれ、ダイヤモンドに近い硬さおよび高い熱・化学的安定性を示し、鉄鋼の加工や研削用途に使用されます.ダイヤモンドと同様に熱伝導率が高く、同位体置換によってさらに向上します.[a]
希少ですが、ウルツ鉱型構造のも存在します.黒鉛と同じ構造の六方晶BNは柔らかい絶縁体で、潤滑油や化粧品に利用されます.
BAs(閃亜鉛鉱型)
ヒ化ホウ素()は間接型バンドギャップ半導体です.非常に高い熱伝導率が理論的に予測されていましたが、純良な結晶の合成が難しく検証が困難でした.その後の合成技術の進歩により、ダイヤモンドに準じる高い熱伝導率が実証されました.[b-d]
閃亜鉛鉱型構造およびウルツ鉱型構造の関連構造
閃亜鉛鉱型構造およびウルツ鉱型構造において、原子が占める2種類のサイトは互いに等価です(入れ替えても同じ構造になります).サイトをさらに分割したり、別の元素を導入することで新しい結晶構造が得られます.
ダイヤモンド型構造
閃亜鉛鉱型構造の2種類の元素を両方とも同じ元素にした場合に生成する結晶構造です.ウルツ鉱型構造で同様のことをした場合は珍しい六方晶ダイヤモンド型となります.
蛍石型構造
閃亜鉛鉱型構造では面心立方構造の四面体間隙の半分が占有されているわけですが、もう半分の四面体間隙も占有すれば、蛍石型構造となります.
ホイスラー合金
閃亜鉛鉱型構造における八面体間隙を別の元素が占有すれば、ハーフホイスラー型構造となります.四面体間隙も詰めればホイスラー型構造です.ホイスラー型構造を持つ金属間化合物はホイスラー合金と総称され、熱電材料から超伝導体、トポロジカル電子材料まであらゆる物性を示します.
カルコパイライト型構造
閃亜鉛鉱型構造のZnサイトを2種類の元素によって分ければカルコパイライト型構造が得られます.カルコパイライト(黄銅鉱、CuFeS2)は銅含有鉱物として知られます.
まとめ
閃亜鉛鉱型構造およびウルツ鉱型構造はお互いによく似ており、それゆえどちらの構造もとることのできる組成の物質が多くあります.共有結合性の物質が主であり、半導体材料として利用される物質が多くを占めます.
半導体デバイスで多く使用されていることから知らず知らずのうちに使用しているケースも多く、塩化ナトリウム型構造よりも日常では身近かもしれません.
参考文献
U. Müller, Inorganic Structural Chemistry (Wiley, 2007).
化学と教育 2012 年 60 巻 8 号 p. 344-347
[a] Science, 2020, 367.6477: 555-559.
[b] Science, 2018, 361.6402: 575-578.
[c] Science, 2018, 361.6402: 579-581.
[d] Science, 2018, 361.6402: 582-585.
結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).