粘土鉱物(Clay mineral)
誰にでも幼少期に粘土で遊んだ経験があると思います.水を含むと軟らかくなり乾かすと固まる粘土は、造形材料として一級の性質を持ちます.その利用は古代から家屋や土器、粘土板の材料として始まり、「粘土には1000の利用法がある」とまで言われるようになりました.
粘土の際立った特性の一つが、水を含むと膨らみ(膨潤)軟らかくなる性質です.これによって粘土を望みの形に加工することが可能になります.そして、乾燥すると固まり、水を通すことなく燃えもしない性質は、レンガやタイル、セメントなどの構造材料として家屋を雨風から防ぐ役割を果たします.また、水や有機物を吸収する性質は、排水処理や吸水剤の用途で利用できます.化粧品、洗剤、医薬品などでも粘土は活用されています.
そんな粘土は何からできているでしょうか.粘土の定義は分野によって異なりますが、おおよそ数μm以下の土壌粒子を指します.粘土を構成する主成分を粘土鉱物と呼び、その大部分はシリコンやアルミニウムを含む層状の酸化物です.これらは地球の歴史の中で岩石が水と反応して生まれ、変性風化を伴いながら絶妙なバランスで現代まで形成され続けてきました.
粘土の特性は、その結晶構造と大いに関係があります.今回は、粘土鉱物の結晶構造を眺め、それを元に粘土の持つ多様な特性がどのように生まれていくかを見ていきます.
粘土鉱物の種類と結晶構造
土壌に含まれる粘土は単一の物質から構成されるわけではなく、スメクタイトやモンモリロナイトなど様々な鉱物が含まれます.種類こそ多いものの、これらの粘土鉱物の結晶構造には共通点があります.
粘土鉱物はケイ素、アルミニウム、酸素を主成分とし、いずれも層状の結晶構造です.
共通の構造ユニットとして四面体が二次元的に網状につながった四面体シートと、 (など)八面体が網状につながった八面体シートを持ちます.これらのシートは一部の酸素を共有して連結し、1:1あるいは2:1の比率で組み合わさって層状構造を形成します(それぞれ1:1型構造、2:1型構造).
1:1層では、表面に四面体シート側と八面体シート側があります.四面体シート側では底面酸素、八面体シート側では水酸基(基)が表面を構成しており、これらの底面酸素と水酸基は対となって水素結合を形成できます.これによって1:1層のみで積層した結晶構造を持つ鉱物がカオリナイトと蛇紋石です.一方、層間に水分子を挟んだ物としてハロイサイトがあります.
2:1型構造では、八面体シートの両側を2枚の四面体シートで挟み込んで層を作っており、表面はいずれも四面体シートの底面酸素です.電気的に中性な2:1層を持ち、層間に何も挟まず2:1層のみで構成された鉱物がパイロフィライトとタルクです.2:1層は層内の金属イオンの種類が変わって負に帯電することがあり、層間にアルカリ金属などの陽イオンを挟むことで電気的な中性を保ちます.
2:1型構造の粘土鉱物は、2:1層あたりの電荷の絶対値で分類されます.中性層を持つパイロフィライトとタルクの電荷は0、スメクタイトは0.2~0.6、バーミキュライトは0.6~0.9、雲母は0.6~1.0の値を持ちます.当然ながら、層電荷が大きいほど高価数の陽イオン、またはたくさんの陽イオンを層間に含むことになります.
基本ユニットは層状であっても、産出する鉱物が常に層状であるとは限りません.セピオライトやパリゴルスカイトでは、層ユニットが互い違いに並ぶことで一次元的な構造となり、繊維状の結晶が産出します.そもそも明確な結晶構造を持たないアロフェンやイモゴライトのような鉱物もあります.
このように粘土鉱物には様々なものがありますが、その構造がシンプルな層状のユニットから構成されていることは共通しています.
粘土鉱物の性質と利用
粘土鉱物は、古代から現代にいたるまで文明にとって欠かせないものです.層状の結晶構造、イオン交換、膨潤、耐火性などの特性は古くは構造材料、現代では医薬品や洗剤の原料として使用されます.これらの様々な性質は、根本をたどれば無機酸化物による層状構造を持つことに帰着できます.
粘土鉱物の各層は緩く束縛されており、層間には様々な陽イオンや分子が配置されています.主な層間の陽イオンはナトリウムイオンですが、これは容易に別のイオンや分子に置き換える(イオン交換)ことが可能です.このインターカレーションと呼ばれる現象によって粘土鉱物は水や有機分子を吸着する性質を示し、汚れの除去や特定物質の検出、触媒反応の選択性の向上といった応用がされています.
たくさんの分子や大きな分子が層間に挿入されると、その大きさに合わせて層間の長さも変わります.多くの粘土鉱物は水分子を大量に取り込むことで大きな体積膨張を示します.この現象を膨潤と呼びます.
層間に置かれたイオンや分子は、層に挟まれた関係で層方向への移動が禁じられ、層の電荷や層間の他のイオン・分子による影響を受けます.これにより一般的な溶液中とは異なる環境下に置かれることになり、他の環境では見られないような変わった機能や新しい機能を付与することが可能です.例えば、有機色素インディゴと粘土を複合化させることで、不安定なはずの色素が1000年以上にわたって機能し続けるようになりました(マヤブルー).
また、粘土鉱物は層状の結晶構造を反映して板状の粒子となりやすい傾向があります.層を一枚一枚剥離したナノシートとすることもできます.この層と垂直な方向は層が分子の移動を妨げるため、ガスや水の侵入を防ぐ機能があります.限界まで膨潤した粘土鉱物では横方向への移動も禁じられるため完璧な防御壁の完成です.この性質は有害物の侵入を防ぐ用途で利用されます.
粘土を他の材料と複合させて使うこともあります.有機高分子と組み合わせることで、高分子の性能はそのままに難燃性や機械的強度などの特性を付与することが可能となります.
まとめ
粘土は小さい頃からなじみ深いものですが、想像以上に様々な用途で使用されています.古代メソポタミアの粘土板や土器、家屋にはじまり、現在では化粧品や医薬品にも粘土が使用されています.こうした様々な機能を生み出す根本は、その層状の結晶構造に由来しています.シリコンやアルミニウムといった地殻内に豊富な元素から構成されており(なんとクラーク数のトップ3)、資源的な問題もありません.これほどの用途を持つ物質が手近で手に入ったからこそ人類が発展したのでしょうか.
参考文献
化学と教育 2020年68巻9号p-364-367
化学と教育 2020 年68巻9号p.356-359-
化学と教育 2020 年68巻9号p.368-371-
"Basics of clay minerals and their characteristic properties." Clay Clay Miner 24 (2021): 1-29
結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).