はじめよう固体の科学

電池、磁石、半導体など固体にまつわる話をします

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磁気記録材料:磁石を用いて情報を記憶する

記録材料

人類は10進法を用いて生活していますが、コンピュータは2進法で動きます.我々が10進法を使うのは指が10本あったから程度の理由かもしれませんが、コンピュータが2進法を使うことには様々なメリットがあります.ノイズに強い、計算が単純で早いなどの理由が考えられますが、特に重要なのは部品を単純化できる点ではないでしょうか.

2進法ではON(1)とOFF(0)の二種類の情報で全てを表します.最初期のデジタル記録媒体ではパンチカードが使用されており、厚紙に穴が空いているかいないかで情報を読み取りました.

デジタルの情報を蓄える形式は様々です.パンチカードでは穴を、マークシートでは黒丸を、そろばんでは玉の位置を記録に用いることで0と1を表します.時代が進み、情報があふれるようになると、とてもこのような方法では全ての情報を管理しきれなくなりました.

しかし、ON(1)とOFF(0)の二種類で方法を記録する形式は何も変わっていません.現在の記録媒体では、原子レベルのスケールで情報を記録することでテラバイト(TB)レベルの情報量を記録しています.

磁気記録材料

記録媒体には様々な種類があります.CDやDVDといった光記録媒体では、デバイスの表面を加工して凹凸や屈折率を変化させることで情報を書き換えます.USBドライブをはじめとしたフラッシュメモリー記録では、半導体に電荷を蓄えて電気抵抗の高い・低いによって情報を記録します.そして、磁気記録媒体では、磁石のS極・N極を0・1に対応させることで情報を記録します.

磁気記録媒体として代表的なものは磁気テープとハードディスクドライブ(HDD)です.初期の磁気テープはアナログ音声信号の記録媒体として使われていました.その後、磁気テープはフロッピーディスクに使用され、手軽に持ち運びできる媒体として有力になりましたが、近年では半導体記録媒体に取って代わられています.HDDは個人用のパソコンで記録媒体として長い間活躍していましたが、最近は半導体を利用したSSDを用いるデバイスが普及しています.

こうしてみると、磁気記録に頼ったデバイスを身の周りで見ることは少なくなりました.もう出番を終えてしまった技術なのかといえばそんなことはなく、然るべき用途では、現在も磁気テープがふんだんに使用されています.*1

磁気記録の原理

磁石にはS極とN極があり、磁気記録媒体ではそれぞれを0と1(あるいはその逆)に対応させます.人間の五感では磁力を検知できないので、記録媒体の他に記録を読み出す装置(記録ヘッド)と書き込む装置(再生ヘッド)が必要になります.

磁石の性質を示す強磁性体は、一度磁化させると磁場を取り除いても磁化が残る性質があります(残留磁化).この磁化をゼロにするために必要な逆向きの磁場の大きさを保磁力と呼びます.磁気記録媒体に使用される強磁性体は、微小化させても磁化を読み取ることができるように大きな磁化を持つことが求められます.

一方、保磁力については微妙なバランスが必要です.大きすぎると、情報を記録するために強い磁場が必要になるので小さい保磁力の方が好ましいです.一方、保磁力が小さすぎると小さなノイズでも磁化が反転してしまうためエラーが起きやすくなります.ゆえに、軟磁性体と硬磁性体の中間領域の保磁力が求められます.

記録ヘッドや再生ヘッドには、透磁率の大きな材料から構成されるC字型のコア磁石が使用されます.書込みヘッドでは、ギャップから磁束を染み出させて記録媒体の磁化を反転させることで情報を記録します.

他方、再生ヘッドでは、媒体から滲み出る磁化をファラデーの電磁誘導の法則に従って起電力の変化として読み取ります.媒体の磁化がS極かN極かによって電圧の符号が異なるため、情報を読み取ることが可能なわけです.他にも、巨大磁気抵抗(GMR)を示す材料を利用し、磁化による電気抵抗の変化を通じて記録を読み取るデバイスも使用されています.

磁気記録の種類は増えましたが、大まかな原理は以上のとおりです.記憶容量を上げるために必要なことは、面積あたり(あるいは体積あたり)の記録密度を上げ、安全かつ安価なデバイスが製造できるかどうかにかかっています.

様々な磁気記録方法

鋼線式磁気記録

磁気記録装置の原点は、19世紀末に開発された鋼線式録音機です.鉄を主成分とした鋼線に、電磁石を用いて情報を記録しました.鋼線式記録では、記録・再生ヘッドと鋼線を配置し、鋼線を連続的に動かすことで動作します.

磁気針金録音機の特許(Public domain)

鋼線式記録では、書き込み用の磁界が線の長手方向を向くように配置されます.鋼線のように細長い物体では、磁極が軸方向に向きやすいため(棒磁石はいつも長手方向に磁極がありますよね?)、軸方向の書き込みによって磁化が安定して残留するようになります.

磁気テープ

鋼線から磁気テープに置き換わることで記録容量が大幅に増加しました.磁気テープは、有機高分子材料からなるテープ基盤に磁性微粒子を薄く均一に塗布したものです.

磁気テープによる録音は、蓄音機型(ディスクと針)録音などに比べ、より長い時間録音でき、省スペースであり、再録音が可能です.テープは薄くて丈夫であり、巻き込み収納できるため体積あたりの情報蓄積密度が非常に大きくなります.磁気テープの情報密度はフラッシュメモリーや光学メディアをも凌駕します.

物質には磁化が向きやすい方向があり、これを磁気異方性と呼びます.鋼線では、磁化が軸方向に向きやすいという形状磁気異方性を利用して記録を行っていましたが、磁気テープでは、鉄系酸化物磁性体(フェライト)や\rm{Fe-Co}合金の針状の磁性体微粒子をテープ基板上に糊で固定しています.それぞれの微粒子は針の軸方向に磁化されます.また、結晶構造の特定の方向に磁化が向きやすい結晶磁気異方性も知られており、形状磁気異方性と併用して異方性を高めます.微粒子の微細化、高密度化によって記憶容量をさらに高める方法が開発されています.

天然に産出するフェライトはマグネタイト(\rm{Fe_3O_4})ですが、このままでは保磁力が弱いので加工した材料が使用されます.フェライト酸化物塗布型媒体では\rm{γ-Fe_2O_3}\rm{BaFe_{12}O_{19}}系の酸化物微粒子が使用され、金属磁性粉媒体では金属\rm{Fe}\rm{Co}との合金が使用されます.

磁気テープは時間の進行に沿った記録・再生は得意ですが、特定の情報に直接アクセスすること(いわゆるランダムアクセス)は苦手です.そのため、個人のパソコンで使用する用途とはあまり噛み合わず、開発の中心はランダムアクセス性に優れるディスク形状の記録媒体に移り変わっていきました.フロッピーディスクは磁気テープを円盤状に加工し、樹脂製の保護ケースに入れることでランダムアクセスを可能にしたものです.

ハードディスクドライブ(HDD)

HDDは、円盤状の磁気記録媒体と、円盤を高速で回すスピンドルモーター、情報を記録・再生するヘッドから構成されます.媒体の上にナノサイズの磁性粒子が分散しており、それぞれの粒子が非磁性粒子によって細かく区分けされています.

高速でディスクを回すことにより、目的のデータへのランダムアクセスが可能です.ハードディスクはヘリウムを封入して密閉されており、これにより酸化を防ぐとともに回転の際の空気抵抗を減らします.

初期のHDDには磁化画面内方向を向いている面内磁気記録方式が使用されていましたが、現在では磁化が鉛直方向を向いた垂直磁気記録方式が採用されています.記録・再生ヘッドの原理は磁気テープのものと変わらず、媒体の下側に軟磁性材料を敷くことで記録の確実性を向上させています.

HDDが1956年にIBMで開発された当初は重さが1トンを超える大型の装置でしたが、記憶容量は数MB程度しかありませんでした.それ以来、媒体と再生ヘッドの技術革新を経て、記憶容量は数億倍に向上しました.現在では記録密度は 4 Tbit/in2の大台に迫ろうとしています.すなわち、2.5 cm×2.5 cmの小さなデバイスに4 Tbitの容量が記録できる時代に到達しています.

媒体の最上部に配置する磁性粒子には磁気異方性の大きい\rm{CoCrPt}\rm{FePt}が使用されます.これらの材料は高い結晶磁気異方性を示すとともに、高い熱安定性・耐食性を示します.\rm{FePt}では、c軸方向への強い結晶磁気異方性を活かすために、c軸に沿って配向させた粒子を成膜します.

まとめ

かつての記録媒体は本や石碑しかありませんでした.それが現在ではハードディスクやDVD、フラッシュメモリーなどで個人個人が膨大なデータを使用する時代です.原子レベルで情報の記録が可能な技術が発展するとともに、情報記録の需要は伸び続け世界のデータ使用量は数兆GBに達するとされています.

本や石版の記録に電気代はかかりませんが、デジタルデータを記録するデータセンターでは想像を絶する電気量を使用します.今後、持続可能な発展を目指す傍らでデータ容量は増え続け、その分電気の使用量も増え続けることでしょう.

当然、人間には確認できないレベルの大量のデータが既に蓄積されているわけですが、今後はAIを活用したマシンが管理をすることになるのでしょう.果たして、そこまで過剰なデータは必要なのでしょうか.「発明が必要」を生んでいる現在、どこまで人類の発展は続くのでしょうか.

参考文献

映像情報メディア学会誌 2014 年 68 巻 1 号 p. 22-25

まてりあ 2006 年 45 巻 1 号 p. 41-44

日本物理学会誌 2020 年 75 巻 12 号 p. 736-745

化学と教育 2009 年 57 巻 1 号 p. 10-13

化学と教育 2009 年 57 巻 1 号 p. 4-5

Introduction to magnetic materials. John Wiley & Sons, 2011.

*1:お役所では今もフロッピーディスクが使われているみたいな話ではありません.