液体金属
金属と言われて液体を思い浮かべる人はまずいないでしょう.しかし、現実には室温で液体の状態の金属が存在し、その代表的な例が水銀です.
水銀があまりに有名なせいで忘れられがちですが、実は他にも液体の金属は存在します.セシウムの融点は28℃、ルビジウムの融点は39℃であり、室温にしては少し暑いですが、まぎれもなく液体金属です.
液体にも関わらず電気伝導性や金属光沢を示す液体金属には、特有の使い道や有用性が見つけられそうです.しかし、ここまで挙げた液体金属には致命的な欠点があり、身近なデバイスで利用するには困難が伴います.水銀は毒性、セシウムとルビジウムは非常に強烈な反応性を示し、気軽に扱えるものではありません.もっと安全に使用できる液体金属はないのでしょうか.
ガリウムの融点は約30℃であり、人間の体温程度で融けてしまう液体金属です.
ガリウムは上述の元素とは異なり、毒性が少なく、反応性も激しくなく安全に使用することができる唯一の液体金属元素です.水に似た粘性を示し、大きな表面張力を持つにもかかわらず、(水とは異なり)非球形の形状を維持することができます.
このことは、フレキシブルなデバイスなど無二の機能を活かした新しい応用分野への可能性を示唆するものです.
今回は、安全に取り扱える唯一の液体金属元素であるガリウムに焦点を当て、その特性や利用を見ていきます.
液体金属としてのガリウム
ガリウムは周期表13族の元素であり、真上にアルミニウム、真下にインジウムが位置します.ガリウムの融点は29.8℃であり、手で触った場合はもちろん、暑い日には室温でも融解します.他の元素を混ぜ合わせることで融点をさらに下げることができからなる合金の融点はなんと10℃です.
液体ガリウムは金属には見えないほど粘り気がなく、水とほとんど変わらない粘度を示します.また、水と同じように液体よりも固体の方が体積の大きい異常液体として知られます.
融点が低いこととは対照的に、ガリウムの沸点は約2400℃と非常に高いです.沸点が高いことが幸いして、常温におけるガリウムの蒸気圧はほぼ無視できます.すなわち、蒸気を吸引するリスクがありません.毒性が低く、抗菌性がある特性と合わせ、ガリウムは非常に扱いやすい物質です.また、蒸気圧がゼロに近いということは、高真空中でも蒸発することなく扱えるということです.
これほど好ましい性質にもかかわらず、ガリウムの利用はそれほど盛んではありませんでした.もちろん化合物半導体分野(など)では必須ですが、単体のガリウムはそれほどでもありません.水銀の悪名により、歴史的に液体金属が有毒と思われてきたという事情もあるかもしれません.
おそらく、ガリウムを扱いづらくしている原因は、その侵食性です.他の金属元素との反応性が高く、金属内部や粒界に拡散して侵食して脆化させます.このためガリウムをデバイスの一部として取り込むのが困難であったという事情があります.
それでも、無毒かつ扱いやすい唯一の金属元素として、液体金属としてのガリウムの利用が見直されつつあります.
液体ガリウムの利用
液体が金属であることに、あるいは金属が液体であることにどのようなメリットがあるでしょうか.以下では、考えうる液体金属の利点や利用法を見ていきます.
流体として
水や油など通常の液体と比べ、液体金属には特有の性質が多くあります.例えば、低粘度、高密度、巨大な表面張力、導電性などです.導電性の流体であることを活かし、ワイヤ、アンテナ、回路などに組み込み、柔軟で伸縮性のある電子部品としての利用が考えられます.
例えば、キャピラリーに注入して押し出すことで、回路などのパターニングに用いることができます.銅線など固体の線を用いる場合とは異なり、屈曲した複雑な3D回路が形成でき、機械的な変形にも耐えられます.また、他の金属を溶かしやすい性質を活かし、例えば磁性金属を取り込むことで磁気的な性質を持つ回路を形成できます.
他にも、液体の流動性を活かして電極間を移動させることで容量を変化させるキャパシタ、柔軟性を活かした変形可能な電子デバイス、融点が室温付近にあることを活かした形状記憶物質など.他にも様々な利用法が考えられそうです.
粒子(液滴)として
水玉のように、液体金属は液滴として分散させることが可能です.ガリウム最表面は空気中の酸素と反応して酸化物膜を形成するため、一度形成された液滴が他の液滴と再結合するとは考えにくいです.機械的に柔らかく表面積の大きな形態を活かした利用方法がありそうです.
ガリウムの表面は反応性がそれなりにあり、酸化されてを形成します.空気中で酸化剤として働くのは酸素であり、最表面は速やかに酸化されて酸化物()が生成します.厚さは数ナノメートル程度であり、結晶性は高くないようです.
表面酸化物は水酸基を有しており、多くの有機物質を留め置くアンカーサイトとして機能します.これにより、粒子表面に生体認識物質をつなげ、医療分野における応用につなげることができます.
また、繰り返しになりますが、ガリウムが他の金属元素を溶かしやすい性質を活かせば、磁性や抗菌性など他の機能を加えることが容易です.
コンポジット材料として
液滴がマトリックス中に分散として集合したコンポジット材料としての形態も得られます.バルクの液滴を混合することで比較的容易に得ることができ、導電性を示し柔らかく伸縮性のある材料として利用できます.
その他、医療用途でのガリウムの利用が知られています.ガリウムは体内で特に機能を持ちませんが、ガリウム塩はMRI造影剤などでFDAに承認されています.ガリウムイオンは鉄イオンと似た働きをしますが、ガリウムの+2の酸化状態は不安定です.この特性を活かし、ガリウムは骨やカルシウム代謝障害の治療、抗菌、抗がん剤に応用されています.血管や骨に直接液体ガリウムを注入する新しい医療応用が示されており、今後の発展が期待されます.
まとめ
ガリウムと言われて思い浮かぶことは多くはないでしょう.化合物半導体での利用は盛んですが、他にあまり活躍する分野がなく、どちらかと言えば地味な元素でした.しかし、室温近くで液体になる金属元素という唯一無二の個性を持つことから、近年ではその応用空間が拡張しつつあります.
液体金属の代表である水銀がかつては広く利用されていましたが、その毒性や重金属であることが災いし、液体金属自体に悪い評判が流れました.対してガリウムは無毒で蒸気圧が低く、粘度が水に似ていることから扱いやすい元素であり、近年は新しい液体金属として注目を集めています.やや価格が高いことがネックですが、近いうちにメジャーな元素として名乗りを上げるかもしれません.
参考文献
"Gallium liquid metal: the devil's elixir." Annual Review of Materials Research 51.1 (2021): 381-408.
"Gallium liquid metal: nanotoolbox for antimicrobial applications." ACS nano 17.15 (2023): 14406-14423.