二酸化炭素の還元(CO2 Reduction)
二酸化炭素()排出量の増加が国際的な問題となって幾年、今ではSDGSやカーボンニュートラルといった言葉を聞かない日がありません.化石燃料によって排出されたは数百億トンのオーダーにのぼり、いかに排出量を抑えるかが環境、気候、そして政治を左右する一大事となっています.
を有用な材料に変換することは、大気中の量を減らす効果的なアプローチとなりえます.どれだけ排出を続けても、相当量のを有用な資源として利用することができれば、これ以上大気中の濃度は増えません.これぞカーボンニュートラル.しかし、そのような都合の良い反応が可能でしょうか.
は非常に安定な結合を持ち、分解するのは容易ではありません.すなわち、を別の分子に変換するのは困難です.資源として を再利用したいのに、そのためにそれ以上のエネルギーが必要であるならあまり意味がありません.どこかに、無尽蔵のエネルギーでも転がっていないでしょうか.
そんな絵空事を・・・と思いがちですが、事実上無限のエネルギーを持ちながら、人類が有効に利用しきれていないものがあります.太陽光のエネルギーです.
このエネルギーを電気エネルギーとして取り出すのが太陽電池で、化学反応に利用するのが光触媒です.光触媒の活躍するフィールドと言えば水分解でしたが、近年では光触媒を還元に用いる研究が発展してきました.実用化に向けては、反応効率の向上とともに反応ブロセスの理解も重要です.
今回は、光触媒による還元について見ていきます.
光触媒によるCO2還元
の電気分解や光触媒については、過去記事で詳しく解説しています.
物質には、電子の占有することができるひとまとまりのエネルギー帯(エネルギーバンド)が存在します.半導体では各エネルギーバンドは完全に占有されており、電子が詰まっている中で最もエネルギーの高いバンド(価電子バンド)と電子が入っていない中で最もエネルギーの低いバンド(伝導バンド)によって物性が決まります.
両者のエネルギー差に相当する光を浴びると価電子バンドから伝導バンドに電子が励起され、前者には正孔(ホール)が、後者には電子が生成し、化学反応に寄与します.
半導体の光触媒反応は、典型的には以下の5ステップで起こります.
(1)光の吸収
(2)電荷分離
(3)CO2吸着
(4)表面酸化還元反応
(5)生成物の脱離
(1)光の吸収
まず、半導体が光子を吸収することで電子とホールの対が生成します.光のエネルギーによって、半導体の価電子バンドにある電子が伝導バンドへと励起し、価電子バンドには等しい数のホールが残ります.
これらの電子やホールがの還元反応を起こすためには、価電子バンドと伝導バンドはともに適切なバンド位置になければなりません.
すなわち、伝導帯の下端は還元の酸化還元電位よりも負に、価電子帯の上端は水の酸化の酸化還元電位(pH = 7 では0.817 V vs SHE)よりも正である必要があります.これにより、生成した電子がを還元し、ホールが水を酸化することができます(ここで水が登場するのは、水溶液中で反応を行うためです).
の還元反応は一種類ではありません.以下に例を示します.
(標準電極電位は25℃、pH = 7.0で標準水素電極に対する値)
ただし、過電圧の影響で、反応が理想的な電位差で起こるとは限らないため、価電子帯上端と伝導帯下端のエネルギー差(バンドギャップ)は十分に大きくなければなりません.一方で、バンドギャップが大きすぎると太陽光の波長分布の大部分を占める可視光が利用できないため、エネルギー効率が落ちます.
例えば、光触媒の代表として名高い二酸化チタン()のバンドギャップは 3.2 eV と大きいため、紫外光しか吸収することができません.紫外光は全太陽光スペクトルの5%未満にすぎないので、よりバンドギャップの狭い(かつを還元できる)材料の開発が重要です.
(2)電荷分離
光の吸収に次いで起こるのが、生成した電子とホールの空間分離です.
電子とホールに分かれた後、両者は当然ながら静電的に引き合おうとしますが、それでは化学反応は進みません.どうにかして再結合を妨げて分離し、化学反応の起こる物質表面まで移動させる必要があります.光生成キャリアの寿命を長く、再結合速度を遅くする必要がありますが、これらは材料の純度や大きさなどの構造的要因によって決まります.
(3)CO2吸着
第三のステップはの吸着です.
当然ながら、光触媒の表面にある分子のみが還元されます.表面積の大きな光触媒を用いることで、吸着が容易になります.あるいは、触媒表面を塩基性にすることで、ルイス酸性であるが活性化され還元が促進されます.
(4)表面酸化還元反応
第四のステップが、本題の酸化還元反応です.
表面に移動した電子とホールは、それぞれ還元反応と酸化反応を担います.すなわち、電子はをなどの分子へと還元し、ホールは水を酸素分子へと酸化します.
ここで起こっている反応は純粋な酸化還元反応であり、例えばを電気分解するケースと同じです.そのため、電気分解の時と同じように表面の状態が重要であり、助触媒を表面に付着させることで電荷移動速度を向上させることが可能です.
(5)生成物の脱離
最後に、光触媒の表面に生成した分子が脱離します.地味ですが重要なステップであり、生成物が脱離する速度が遅いと表面が覆われるばかりで、続いての触媒サイクルが起こらなくなります(いわゆる被毒).
触媒の量や表面積、導入した量などをパラメータに、どの程度の炭素化合物が得られたかを評価し、光触媒の性能を求めます.ただし、炭化合物は 反応系中にも大気中にも潜んでいる可能性があるので注意が必要です.意図せぬ炭素化合物が混ざりこむと触媒特性が過大に評価されてしまうので、同位体置換したを用いたり、不活性ガス雰囲気下での対照実験を行ったりすることで、外部由来の炭素化合物の可能性を排除できます.
CO2還元に用いる光触媒材料
の結合は非常に安定ですが、光エネルギーの力を借りることで分解することが可能です.光触媒は、本田藤島効果の発見以来、の分解に用いられるケースが多かったですが、近年では還元にもよく用いられます.
還元は反応だけ見ても分解よりも複雑ですが、近年の材料開発とメカニズム理解の発展により、優れた性能を示す材料が続々見つかっています.
金属酸化物
優れた安定性を持つ金属酸化物は、今までもこれからも光触媒の代表選手です.金属酸化物の中でも、価電子を持たない陽イオン(など)のみからなる酸化物が用いられます.
これらの伝導帯は空の金属d軌道、価電子帯は酸素のp軌道からなり、多くはの還元との酸化をともに起こすことが可能なバンド位置です.ただし、バンドギャップが大きいことから紫外光しか吸収できないものが多いです.
光触媒の元祖にしてスター選手のは、還元においても代表的な光触媒であり、三種の多形であるルチル、ブルッカイト、アナターゼのいずれも光触媒として評価されています.
以外にも、やなどの他の運移金属酸化物や、チタン酸塩()、タンタル酸塩()、ニオブ酸塩()、バナジウム酸塩()などで還元の研究が行われています.中には、可視光を吸収できる材料もあります.
d0の電子配置を持つ陽イオンを持つ酸化物のほか、d10の配置を持つ金属酸化物でも光触媒活性が見られています.
金属窒化物
窒素のp軌道は、酸素よりもややエネルギー的に高い位置にあります.それゆえ、金属窒化物の価電子バンドは酸化物のものより高く、よりバンドギャップが狭くなります.それゆえ、可視光のようなエネルギーの光を吸収できますが、酸化力は落ちます.
数ある窒化物の中でも窒化ガリウムはよく研究されており、ナノワイヤ状の試料を用いることでをとに高効率で変換可能なことが実証されています.金属を用いない窒化物としてグラファイト状の構造を持つも注目されています.
金属硫化物
金属硫化物に含まれる確黄もまた、酸素よりも高い位置にp軌道のエネルギーが位置しているので、バンドギャップが狭くなります.
可視光の吸収には有利ですが、価電子パンドに生成したホールがを酸化するのに十分な酸化力を持たないことや、硫黄の陰イオンが比較的酸化されやすいことから、生成したホールによって自ら酸化され分解してしまう恐れがあります.この際、ホールによって酸化されやすいイオン種を混ぜ込むことで安定性を高めることが可能です.
中でも、は可視光の吸収に適したバンドギャップ(2.4 eV)を持つことから比較的よく研究されています.による還元の歴史は1988年に遡り、そこでは可視光照射下でからホルムアルデヒドやメタノールの生成に成功しています.
もまた代表的な硫化物光触媒であり、ナノ粒子化したによってギ酸や微量のメタンが生成することが実証されています.
その他の物質
金属酸化物は安定ですが、パンドギャップが大きく紫外光しか利用できません.一方、窒化物や硫化物はバンドギャップが小さく可視光の利用が可能ですが、安定性に難があり、生成したホールによって自らが酸化分解してしまう場合があります.
酸素と窒素または硫黄が同居した物質である酸窒化物および酸硫化物は、酸化物の安定性と窒化物・硫化物のバンド構造の利点を生かした新しい材料群として期待されています.その他にも、層状複水酸化物(LDH)や金属有機構造体(MOF)などが還元に用いる光触媒として研究されてきました.
光触媒活性向上のためには、バンド構造の制御による吸収エネルギーや酸化還元電位の最適化、ナノ構造の制御による電荷分離の促進、表面状態の制御による比表面積の増大、助触媒の添加による反応効率向上などの戦略がとられます.
まとめ
光触媒と言えば水分解に用いるものが有名ですが、還元に適用してもコンセプトは大きく変わりません.水分解に比べると、分解反応と生成物の種類が非常に多いので、いかに選択性と効率性を高めるかが重要な課題となってきます.また、水はいくらでも集めてくることができますが、の場合は大気中に散らばっているものを回収しなければならないので手間がかかります.
結局のところ、本格的に運用するにはまだ時間がかかりそうな感じです.しかし、うまくいけば、日当たりの良い場所に置いておくだけでを自動で回収しながる有用な炭素資源を生成し続ける夢のようなデバイスができるかもしれません.
参考文献
"CO2 reduction: from the electrochemical to photochemical approach." Advanced Science 4.11 (2017): 1700194
"Photocatalytic CO2 conversion: What can we learn from conventional COx hydrogenation?," Chemical Society Reviews 49.18 (2020): 6579-6591.
"CO2 reduction using oxynitrides and nitrides under visible light." Progress in Solid State Chemistry 51 (2018): 52-62