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バイヤー法 :きれいなアルミナの入手法

バイヤー法(Bayer process)

アルミニウムが単体の金属として地球上に産出することはありません.反応性の高いアルミニウムは、どこかのタイミングで酸素やフッ素と結びつき何らかの化合物(鉱物、岩石など)となってしまいます.この化合物に含まれるアルミニウムイオンを還元し金属に戻すには多大な苦労を伴うため、アルミニウムはかつて金や銀よりも高価な金属でした.

そんなアルミニウムも、現在では非常に身近な金属として日常に溶け込んでいます.19世紀後半に確立されたホール・エルー法は、アルミニウムの大量合成を可能にし、アルミニウムを誰にでも手にできる安価な金属へと変えました.

この手法は、フッ化物溶融塩に溶解させた酸化アルミニウム(アルミナ)を電気分解することによって純粋なアルミニウムを得ます.マイナーチェンジを繰り返しながら、現在でもホール・エルー法によってアルミニウムが製造されています.

しかし、ホール・エルー法を行うには純粋なアルミナが必要です.実は、アルミニウムを主成分とする鉱石であるボーキサイトは様々な化合物からなる混合物であり、このままではホール・エルー法を適用できません.この手法の普及には、純粋なアルミナを取り出す手法の確立が大きな役割を果たしています.

その手法こそがバイヤー法であり、ボーキサイトから純粋なアルミナを作り出します.バイヤー法は、少しずつ姿を変えながらも、未だにアルミナの製法として使用され続けています.

バイヤー法の歴史

ボーキサイトは、オーストラリアや中国などで産出する岩石です.主要な構成物質はアルミナですが、ベーマイトなどの水酸化物や石英、硫化物など様々な化合物を含みます.

産出国によって構成物の比率は少し変わりますが、アルミナが半分程度含まれていることは変わりません.アルミナひいてはアルミニウムの原料として有力ですが、そのためには何とかして純粋なアルミナのみを取り出す必要があります.

Karl Josef Bayerは、1887年にボーキサイトから純粋なアルミナを取り出す手法を見出しました.当時は、水酸化アルミニウムが綿の染色工程で媒染剤として用いられていたこともあり、もともとは繊維産業の需要を満たす目的で開発されたものです.ちょうど電気化学が花開いた時期と重なったため、この手法はアルミニウムの精錬にとっても重要な手法となりました.

バイヤー法のプロセス

では、バイヤー法の反応を見ていきましょう.

アルミナは中性の水には溶けにくいですが、強酸あるいは強塩基のどちらにも溶けます(両性).この性質を活かせば、他の不純物を溶解させることなくアルミニウムのみを溶解させることが可能になります.アルミニウム成分のみを含む溶液を作り出し、そこからアルミナを生成するのがバイヤー法です.

バイヤー法では、まずボーキサイトを水酸化ナトリウム溶液(苛性ソーダ)とともに150〜200℃に加熱し、ボーキサイトに含まれるアルミナ成分を溶解させます.

  \rm{Al(OH)_3 + OH^- → Al(OH)_4^-}

  \rm{AlOOH + OH^- + H_2O → Al(OH)_4^-}

アルミニウムを溶液中に避難させたところで、溶けなかった不純物(赤泥)をろ過によって取り除きます.(この赤色はボーキサイトに含有していた鉄酸化物によるものです)

その後、液を冷却すれば溶解していたアルミニウムが沈殿し、\rm{Al(OH)_3}の結晶が生成します.

   \rm{Al(OH)_4^- → Al(OH)_3 + OH^-}

水酸化ナトリウムを再利用のために回収した後、残った\rm{Al(OH)_3}を1000℃以上で焼成することでアルミナが得られます.

   \rm{2Al(OH)_3 → Al_2O_3 + 3H_2O}

以上の過程を経るバイヤー法は、修正を繰り返しながらも現在まで工業的に使用され続けています.

さて、お気づきの方もいるかと思いますが、この手法では大量の廃棄物(赤泥)が排出されます.水酸化ナトリウムを途中用いていることから、この赤泥は非常に強い塩基性を示します.人体にとって極めて有害であることから、安全に管理し処分しなければなりません.

2010年には、ハンガリーでボーキサイトの赤泥貯蔵所の壁が崩壊し、廃液が村や町に波となって押し寄せ、死傷者を出すという痛ましい事故が起こりました.アルミニウム生産量が増え続けていることを考えると、赤泥などの廃棄物にも使い道を見つけ、廃棄量を減らしていく必要があります.

まとめ

精錬方法の発達によりアルミニウムは、かつては考えられないほど安価に大量に手にできるようになりました.その立役者として知られるのはホール・エルー法ですが、材料の供給を可能にしたバイヤー法の功績もまた大きなものです.そして、電気化学の進展もまた不可欠のものでした.

これらは互いに独立に考案され発達したものであり、互いに組み合わさることで今日のアルミニウム生産を実現しました.

参考文献

"125 years of the Hall Héroult Process What Made It a Success?." Molten salts chemistry and technology (2014): 103-112.

"Aluminium production process: from Hall-Héroult to modern smelters." Chem Texts 8.2 (2022): 10.0

"A short history of hydrometallurgy." Hydrometallurgy 79.1-2 (2005): 15-22.

まてりあ Materia Japan 第60巻第7号(2021)

Production of aluminum metal 1989 Volume 39 Issue 5 Pages 403-414

Electrolytic Smelting of Aluminum 1980 Volume 30 Issue 2 Pages 111-117

CHEMISTRY & EDUCATION 2013 Volume 61 Issue 11 Pages 542-547