二酸化炭素の還元(CO2 Reduction)
化石燃料をエネルギー源として用いることは、限りある資源を消費するという問題だけでなく、大気中に二酸化炭素()を大量に放出するという副次的な問題も引き起こします.
は人体に無害であるものの、地球の大気圏にとどまり太陽光を吸収することで強い温室効果をもたらします.
の排出のみが地球温暖化をもたらしているかどうかは議論があるものの、化石燃料を大量消費するようになった産業革命以降、大気中の濃度は大きく上昇しており、人類の活動との関連が強く示唆されています.
この大気中に拡散されたをうまく活用する方法はないでしょうか.
非常に安定な分子であるは化学的反応性が悪く、炭素燃料の「燃えカス」でしかありません.一方で、植物はこのどうしようもなさそうな分子をうまく利用することで光合成を行い、太陽光をエネルギー源として水を酸素に変換し、段階的に炭化水素へと変換します.光合成は自然が生み出した驚異の化学プロセスですが、植物にできるのであれば人間にもできるはずです.そんなわけで、植物を模倣し、外部エネルギーによって
を有用な資源に変換する(
還元)方法が模索・開発してきました.
エネルギー的に安定な分子を他の分子に変換するには、当然ながら外部からエネルギーを注ぎ込まなければなりません.こうしたエネルギーの候補の一つは、太陽系が続く限り無限に供給される太陽光です.植物の光合成に非常に近いプロセスであると言えます.
その他のエネルギーの候補は余剰の電力です.電気エネルギーは貯めておくことが難しく、需要の少ない夜間には電気が余りがちです.このエネルギーをに注ぎ込めば、効率よくエネルギーを活用することが可能です.
今回は、を還元し有用な炭素材料として活用するプロセスのうち、電気エネルギーを用いた再資源化に着目していきます.理論上は電極に
を接触させて十分な電気エネルギーをかければ還元が起こるはずですが、そう簡単にはいきません.

二酸化炭素の電気分解
の電気分解の歴史は19世紀にさかのぼります.1870年に、Royer が最初に亜鉛電極上で
をギ酸に還元可能なことを報告しました.時は流れて 1970-80年代において、日本のグループによっていくつか
電解に関する画期的な成果が報告されます.
ItoとMurataは、などの金属の電気触媒性能を調べ、
をギ酸に還元することができることを発見しました.Horiらは、多結晶
が短鎖炭化水素を生成するための優れた活性を示すことを発見しました.
反応式
ありふれた物質を分解して有用な資源に変換しようという取り組みとして、の分解は水の分解と似たような動機で行われています.水は十分なエネルギーを注ぎ込むことで水と酸素に分解され、クリーンエネルギーとして有力な水素を得ることができます.
しかし、の分解反応はより複雑です.基本的に一つの反応しか起こらない水分解に比べ、
の分解反応にはたくさんの候補があります.
(標準電極電位は25℃、pH = 7.0で標準水素電極に対する値)
あまりにも多いですね.多電子反応が主であり、反応が一段階では進まないので、エネルギー効率的にも不利です.何を生成してもよりは使い出があるとはいえ、生成した分子を分離するにも手間がかかるので、反応の選択性を高めることは必須です.
必要な電気エネルギー
選択性の問題があるとはいえ、電極電位の値だけを見ると電解に必要な電位は非常に高いとは言えません.
例えば、水電解における水素発生反応
と比べても同等程度です.しかし、実際には還元反応は容易には起こらず、起こっても実際の電極電位は、熱力学的に予想される値よりもはるかに負に偏ります.
この原因となるのがアニオンラジカルの生成です.電極から電子を供給されたはまずアニオンラジカルに還元されると言われています.
この電極電位は非常に負に大きな値であり、容易には進行しません.は直線状の分子ですが、アニオンラジカルに再編成するために曲がった形状に遷移する必要があり、この過程でエネルギーを消費します.
では十分な電圧をかければ済むのかと言えば話は単純でなく、電解液の安定性についても考える必要があります.例えば、水溶液中で反応を行う場合は、負に大きな電位をかけると水素イオンの還元(水素発生反応)が先に起こり、の還元が起こりません.これを避けるために、水銀や鉛など水素発生の起こりにくい電極を使うことも選択肢です.
の還元によって得られたアニオンラジカルはいくつかの中間体を経て一酸化炭素またはギ酸へとさらに還元されます.このため多くの電極では一酸化炭素またはギ酸のみが得られますが、
など一部の電極では一酸化炭素がさらに還元されて炭化水素が生成します.
二酸化炭素の電気分解の電極
十分な電気エネルギーを注ぎ込むだけでは分解は起こりません.反応の舞台である電極表面が果たす役割は非常に大きく、効率的な電解に向けて様々な材料が探索されてきました.

単体金属の電極
電極材料として最初に検討されたのは単体の金属です、1980-90年代にかけてHoriらは 電解液中で様々な金属電極を用いた電解を行い、
、
、ギ酸、その他の炭化水素が得られたことを報告しました.
還元の生成物に応じて、金属電極は3種類に大別されます.
1つ目は、ギ酸を選択的に生成する電極で、などが含まれます.2つ目は、
を選択的に生成する
などの電極です.3つ目のグループに属する
などの金属は水素発生反応の過電圧が小さく
吸着特性が強いことから、
を主に生成します.
そして、これらに属さない異質な金属がであり、炭化水素を有意な反応速度で生成する唯一の金属元素です.これらの反応性の違いは、
や
の吸着エネルギーと関係があるようです.
特異な金属であるは、
を
やギ酸を超えてメタン、エタン、エチレン、メタノールなどの炭化水素を生成可能な唯一の金属元素です.詳細な分析により、金属
表面で最大16種類の異なる分子が生成することが分かっています.
しかし、これらの炭化水素を得るためには大きな負の電位差をかける必要があり、エネルギー効率も高くはありません(30%以下).効率を向上させるため、粒子の形態や大きさ、表面の粗さなどのパラメータの最適化が検討されています.
ほどの特異性はありませんが、
も有用な電極材料です.特に
を
に還元するための高い活性と選択性を持つことが特徴です.
も同様に
生成への高選択性を示す金属ですが、反応中間体との結合力が弱いため、活性は
に劣ります.
は水発生反応への活性が高い影響で、
電解の用途で使うには無駄が多いです.他にも様々な金属が検討されており、二種類以上の金属を合金化することによって活性と選択性を向上させる取り組みがされています.
その他の電極
金属元素のほかに、や
をはじめとする遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)も注目の物質群です.
これらは主に水素発生反応に有効な電極として検討されてきましたが、最近になって電解にも有効であることが知られるようになりました.例えば
は
を
に選択的に進元可能であり、そのエネルギー効率は
や
を上回ります.
TMDでは金属サイトとカルコゲンサイトそれぞれで吸着しやすい化学種が異なるため、金属元素とはまた異なった反応性を示すようです.TMDを電極として用いる場合は、水素発生反応を抑制するため、イオン液体と水の混合溶液を使用します.
以上のような電極材料として知られている物質でも、そのままでは十分に活性を示さない場合が多く、活性向上のための戦略が進められています.例えば、電極の粒径を小さくして表面積を大きくすることが有効です.ただし、小さくさせすぎると還元よりも水素発生反応の活性を向上させてしまうようで、適度なバランスが求められます.
また、昨今のナノテクノロジーの発展により、触媒粒子の形態を原子レベルで制御できるようになり、キューブ状やシート状といった形態の違いによっても触媒活性が変わります.また、合金化やドーピングによっても電子状態に差が見られ、触媒と化学種との間の相互作用を調整できます.
まとめ
太陽光を使った反応とは異なり、電気エネルギーによる還元は植物にはできない、人間ならではの取り組みです.今こうしている間にも
がどこかで排出され続けています.
を減らすためにも、新たな資源の探索のためにも、増え続ける
の新しい利用法を考えることは有効なアプローチです.
しかし、の還元反応は多くの電子が関わる複雑な反応で、メカニズムも完全には分かっていません.計算科学やナノテクノロジーの発展によりメカニズムへの理解が進むと期待され、今後もこの分野には大きな進展がみられることと思います.
参考文献
繊維学会誌 1992 年 48 巻 1 号 p. P38-P42
"CO2 reduction: from the electrochemical to photochemical approach." Advanced Science 4.11 (2017): 1700194.
"Selectivity in electrochemical CO2 reduction." Accounts of chemical research 55.2 (2022): 134-144-
"Electrochemical CO2 reduction (COZRR) to multi-carbon products over copper-hased catalysts." Coordination Chemistry Reviews 454 (2022): 214340.