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ジルコニア(ZrO2)とハフニア(HfO2):古典的かつ最先端の材料

ジルコニア(ZrO2)とハフニア(HfO2)

ジルコニウム(\rm{Zr})とハフニウム(\rm{Hf})はともに周期表4族に属する元素です.とりうる酸化数やイオン半径もほとんど同じであり、酸化物であるジルコニア\rm{ZrO_2})とハフニア\rm{HfO_2})も同じ結晶構造を示します.化学的性質もよく似ています.

宝飾品として親しまれるジルコニアと比べると、ハフニアを見かける機会は少ないかもしれません.これは、産出量の違いによります.ジルコニウムが地殻中に0.2%存在し、ジルコン(\rm{ZrSiO_4})またはジルコニア(バデライト、\rm{ZrO_2})として産出するのに対し、ハフニウムは単独鉱物としては産出せずジルコニウム鉱物の不純物として回収されます.

透明で強度に優れ、高い屈折率を有するジルコニアは、模造ダイヤモンドとして広く知られます.ハフニアを日常で見かける機会は少ないですが、半導体プロセスの中で絶縁膜として使用されています.

どちらかと言えば縁の下の力持ち的な役回りでしたが、近年になって薄膜状態での強誘電性が発見され、強誘電メモリの主役としてスターダムにのし上がろうとしています.

HfO2

ジルコニア(ZrO2)とハフニア(HfO2)の結晶構造

ジルコニウムとハフニウムの化学的性質が似通っていることを反映し、ジルコニアとハフニアもよく似た結晶構造を示します.

いずれも常温では単斜晶系に属し、温度が上がると正方晶系に、2500°C程度の高温で立方晶系へと転移します.圧力をかけると2種類の直方晶相が現れます.立方晶相は蛍石型構造であり、その他の結晶構造も蛍石型構造から派生した類似構造です.

ZrO2

また、相図には現れない準安定相として3つめの直方晶相が知られています.これは合成法を工夫しなければたどりつけない隠しキャラのようなものですが、産業上で抜群の有用性を示します.この直方晶相のみが強誘電性を示し、他にも半導体プロセスにとって優れた特徴があることから、メモリ材料として抜群の注目を集めています(後述).

ジルコニア(ZrO2)とハフニア(HfO2)の応用

ジルコニアの見た目はダイヤモンドそのものです.そのため、ジルコニアは模造ダイヤモンドとして広く普及しています.もちろん熱伝導率や疎水性など異なる部分は多くあるので、しかるべき施設に持っていけば容易に見分けられます.

通常のジルコニアは常温では単斜晶系に属しますが、アルカリ金属や希土類元素を置換して酸素空孔を導入することで、常温で立方晶や正方晶のまま安定に存在することができるようになります(安定化ジルコニア).安定化ジルコニアは強度や靭性、化学的安定性に優れ、構造材料や耐火物として重宝されます.

また、特に安定化剤としてイットリウムを用いたイットリア安定化ジルコニア(yttria-stabilized zirconia, YSZ)は、酸素イオンの伝導性が非常に高いことで知られており、固体酸化物系燃料電池や酸素センサーの主要な材料です.

一方、ハフニアは半導体プロセス分野で脚光を浴びることになりました.半導体素子のゲート部分として誘電率が高い材料が求められていましたが、ハフニアはこの要求を満たします.Intel 社が 45 nm CMOS (Complementary Metal-Oxide-Semiconductor) 用ゲート絶縁膜としてハフニアを採用したことをきっかけに、広くハフニアが用いられるようになりました.

強誘電体としてのハフニア(HfO2)

本記事の主役です.昔ながらの物質としてよく知られていたハフニアは、2011年の強誘電性の報告によって一挙に最先端の物質として注目されるようになります.

強誘電体とは、電場をかけることなく上向きか下向きかの電気分極状態を保持でき、電場をかけることで分極の向きを反転できる物質です.センサーやアクチュエーター、メモリなど産業上の様々な分野で応用されてきました.

2種類の状態を保持でき、かつ高速かつ低電圧で状態を切り替えることのできる強誘電体は2進数を表すメモリ材料としても有望であり、実際に強誘電体ランダムアクセスメモリ(FeRAM)や強誘電体電界効果トランジスタ(FeFET)といった分野で応用する提案が行われてきました.

しかし、強誘電体メモリは優れた特徴を持ちながらも課題が多く残されています.従来材料である\rm{BaTiO_3}\rm{Pb(Zr,Ti)O_3}といったペロブスカイト酸化物強誘電体は、シリコン半導体との反応性が高く、還元雰囲気に弱く、50 nm以下の薄膜では性能が劣化するため微細化が難しく、結果として高集積化ができないという問題がありました.

こうした状況の中、新たに強誘電体メモリの主役に躍り出ようとしているのが蛍石型構造を持つハフニア(\rm{HfO_2})です.

\rm{HfO_2}はもともと誘電体(電界効果トランジスタのゲート酸化物)として半導体業界で使用されてきましたが、強誘電性を示すという報告はありませんでした.ところがドイツのNaMLabのグループは、誘電率の大きな材料を探索する過程で、強誘電体としか考えられない性質を示す\rm{HfO_2}を発見し、2011年に報告しました.強誘電\rm{HfO_2}はメカニズム的に非自明でありながら、産業的にも優れた特徴を持つことから産学入り混じった世界的な研究が巻き起こることになりました.

\rm{HfO_2}は微細な薄膜の成膜方法が確立されており、シリコン半導体と反応することなく共存でき、還元雰囲気での劣化が少ないというメリットがあります.そして、非常に重要なことに、従来材料では強誘電体特性が著しく劣化するような薄い膜厚(数nm)でも十分な強誘電性を示します.これにより、強誘電メモリの応用の可能性が一挙に広がりました.

一方で、\rm{HfO_2}の強誘電相には謎や課題も多く残されています.まず、\rm{HfO_2}の強誘電相は安定相ではありません.すなわち、バルクの\rm{HfO_2}に温度をかけても圧力をかけても強誘電性は見られません.

相図には最安定な単斜晶相のほか、正方晶相と立方晶相がありますが、これらはいずれも電場をかけなければ電気分極を示さない常誘電体です.強誘電を示す直方晶相はドーピングや応力、歪み、温度履歴などにシビアな影響を受ける準安定相であり、製造プロセスが複雑になりやすいと言えます.

また、従来のペロブスカイト型強誘電体では陽イオンの変位によって電気分極が起こるのに対して、\rm{HfO_2}では陰イオンである酸素の変位によって起こります.こちらの方がメカニズム的に複雑であり、強誘電性発現のメカニズムが明らかになるには時間がかかるかもしれません.

まとめ

ジルコニアもハフニアも古くから使用されてきましたが、その強誘電性が報告されたのは2011年のことです.それだけでも基礎科学的に興味深い事実ですが、偶然にも産業的に優位性が大いにある性質を豊富に備えていたため、強誘電体メモリ材料として大きな注目を集めました.魅力的な特徴を兼ね備えながらも、従来材料とのかみ合わせの悪さから研究が停滞していた強誘電メモリ分野自体を再燃させるターニングポイントとなりました.

ハフニアにおける強誘電相は、長らくハフニアの誘電特性を追い続けた第一人者であっても見つけることができませんでした.時として、よく知られているはずの材料であっても新しい、予想もしなかったような性質が見つかる場合があります.次の世界を担う未来の材料は、既に我々の目の前に存在しているかもしれません.

参考文献

"Ferroelectricity in hafnium oxide thin films." Applied Physics Letters 99.10 (2011).

"Ferroelectricity in simple binary ZrO2 and HfO2." Nano letters 12.8 (2012): 4318-4323.

"The fundamentals and applications of ferroelectric HfO2." Nature Reviews Materials 7.8 (2022): 653-669.

Oyo Buturi 2019 Volume 88 Issue 9 Pages 586-596

Oyo Buturi 2018 Volume 87 Issue 12 Pages 921-925

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).