チタン酸ジルコン酸鉛(Lead zirconate titanate, PZT)
圧電体という材料を知っていますか.
押したり引っ張ったりして変形させることで電場が発生し、逆に電場をかけることによって変形するような材料です. ライターなどの点火装置、スピーカーなどの音声装置、発振回路やフィルタ回路、センサー、アクチュエーターなど様々な用途があり、 現代文明のあらゆる所で使われています.
圧電効果を示す材料の中で、最強クラスのシェアを誇るのがチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)です.
この物質はペロブスカイト構造を持つセラミックスであり、との固溶体です.元素記号の頭文字をとって PZT の名で親しまれています.
優れた圧電特性と良好な温度特性を示すことから、圧電セラミックスの覇者として、有害な鉛を含むにも関わらず、現在も使用され続けています.
PZT の結晶構造と基礎物性
PZT の結晶構造はペロブスカイト型です.すなわち、およびがに配位されて八面体を形成し、八面体同士が頂点を形成することでできたネットワークのすき間にが位置しています.
この結晶構造の中で、とはランダムに分布しています.ペロブスカイト構造は機能の宝庫と謳われるほど多種多様な機能を示す物質が多くありますが、PZT もまた第一線で活躍するペロブスカイト材料と言えるでしょう.
PZT の母物質であるは強誘電体、は反強誘電体として知られています.の結晶構造を見ると、が八面体の中心から少しずれており、ずれの方向に自発分極が生じています.
電場をかけると、正電荷の金属イオンと負電荷の酸素イオンが反対方向に引っ張られて全体として大きな電気分極が生じ、逆方向に電場をかければ電気分極も反転します.これが強誘電体です.では金属イオンの位置が同じ方向に揃ってずれていますが、では隣り合う金属イオンが互い違いになるようにずれています.これが反強誘電体です.
強誘電体と反強誘電体の間にあるものは?
強誘電体であると反強誘電体であるを混ぜ合わせると何が起こるでしょうか.似たようなペロブスカイト相とはいえ、は正方晶、は三方晶と互いに異なる対称性を持つため、両者は素直には混ざってくれません.がリッチな組成は正方晶、がリッチな組成は三方晶として取り込まれます.では、その境界ではどうなるでしょう.
相図を見ると、との組成比が半々に近いところ () できれいに相が分かれています.この境界はモルフォトロピック相境界(Morphotropic phase boundary, MPB)と呼ばれ、PZT が優れた圧電特性を示すためのカギとなります.
結論から言えば、この相境界に近い組成で優れた圧電特性を示し ます.電気エネルギーと機械エネルギーの変換能力を表す電気機械結合係数や誘電率、弾性定数などのパラメータは相図の両端から相境界に向かって上昇し、相境界で極大値を示します.
また、相境界が温度軸に対して平行に近いことにも注目してください.このことは、PZT が氷点下から300℃まで変わらず相境界にあり、それゆえ温度に依存せず優れた圧電特性を享受できることを意味します.
相境界でなぜ優れた圧電特性が生じるのかについては議論がありますが、正方晶相と三方晶相との自由エネルギーが非常に近いことに起因していると考えられています.ここで、相境界はとの組成比に対してほぼ垂直に立っていることから温度変化はほとんどなく、自由エネルギーはほぼ等しいです.自由エネルギーが極めて近いので、ほんのわずかな圧力で正方晶から三方晶へ、あるいはその逆へと変形しやすい状態となっています.
この変形の際に大きな構造の歪みが発生し、PZT の巨大な圧電応答が観測されます.しかし実際のところ、多相が共存する相境界は構造が複雑であり、単結晶の育成も難しいことから、メカニズムの理解は現在も研究対象となっています.
PZTの性能
PZT は鉛を含むため、安全性の観点からはなるべく避けたいですが、現状 PZT の圧倒的な性能の前に代替材料への置き換えには至っていません.数値の上 で PZT を超える性能を示すセラミックス材料はあるのですが、多くは温度特性に問題を抱えています.すなわち、モルフォトロピック相境界が温度軸に対して斜めになっていたりして、温度特性がよくない(温度が変わると特性に大きな変化が生じてしまう)のです.
その他、PZTの利点として、様々な元素を添加して性能を制御することが容易な点や、キュリー温度(強誘電性転移温度)が高い点が挙げられます.
まとめると、PZTの圧電体としてのメリットは以下の通りです.
(1) 大きな電気機械結合係数
(2) 幅広い誘電率の制御が可能
(3) 高いキュリー温度
(4) 低温で焼結可能.
PZT の応用
圧電材料の重要な特性は、機械的エネルギーを電気的なエネルギーに変換する性質およびその逆変換です.圧電材料の王様である PZT は、この特徴をフルに生かした応用先があります.
機械エネルギーを電気エネルギーに変換する性質を活かした応用先として、ライターなどに使われる着火素子があります.圧電素子に機械的な変形を与えると瞬間的に大きな電圧が発生して放電し、可燃ガスなどに着火させることができます.
反対に、電気エネルギーを機械エネルギーに変換することで、機械的な音を鳴らすことが可能であり、この性質はブザー、スピーカー、電子オルゴールなどで使用されます.ただし、音質はお察しなので音楽を楽しむには向いていません.
その他、圧電体の機械的な振動を利用して共振を起こし、特定周波数域 の信号のみを取り出すことのできるセラミックフィルターなどでも利用されています.
まとめ
人体や環境への配慮から、有害物質の置き換えが進んでいます.しかし、中には有害元素を含みながらも、あまりにも替えが聞かない存在であるために使い 続けられている物質も存在します.PZT は有害な鉛を含みながらも、なかなか簡単に置き換えられるような材料ではありません.
しかし、ゆくゆくはより安全な物質に置き換えられていくと考えられ、実際に代替材料の開発研究も盛んです.例えば、ペロブスカイト構造のAサイトをやなど他の金属イオンに置き換えた材料などで優れた性質が続々と見出されています.完全に置き換わるにはまだまだ長い時間がかかりそうではあります.
参考文献
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結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).