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酸化物、窒化物、水酸化物、水素化物、ハロゲン化物: イオン性物質の数々

イオンと物質

イオンとは、原子が余分な電子を受け渡すか受け入れるかして、原子全体が正か負の電荷をまとった状態です.異符号の電荷はクーロン力によって引き合い、互いに規則正しく並ぶことで数々の固体物質を形作ります.セラミックスや食塩など身近にある物質もイオン結合性の物質です.

こうした物質は、構成する陰イオン(アニオン)の種類によって分類されます.酸化物イオンを含む酸化物、フッ化物イオンを含むフッ化物、水素化物イオンを含む水素化物など.これらはどのような特徴を持つでしょうか.

Oxide

酸化物(Oxide)

酸化物イオン(2価の陰イオン)を含む物質が酸化物です.

酸素は反応性が高いため金属元素と結びつこうとする傾向が強く、地球上・地球内にある物質のほとんどが酸化物です.このことは、クラーク数の第一位が酸素であることからも伺えます.

なお、酸化物であることと酸化されていることは必ずしも一致しません.金属フッ化物においても金属は酸化されていますが酸化物ではありません(ややこしいな).

アルカリ金属など、電気陰性度の小さな金属元素を含む酸化物はイオン結合性と考えてよいですが、イオン結合性よりも共有結合性の方が強い酸化物もあります.二酸化炭素や一酸化炭素ではむしろ共有結合性の方が主でしょう.

一般的には、酸素の相方が周期表の左から右に行くほど共有結合性が強くなります.イオン結合性の強い酸化物は水と反応して塩基を生成し(塩基性酸化物)、逆に共有結合性の強い酸化物は水と反応して酸を生成します(酸性酸化物).

金属酸化物は一般に化学的に安定で、融点が高く、絶縁性で、頑丈であるといった特徴があります.陶器やレンガなどのセラミックス材料を思い浮かべれば納得できるでしょう.一方で、空気中で不安定だったり電気を流したりする酸化物もあります.合成しやすく安定であることから、あらゆる無機材化合物の中で最も研究・応用されている物質群と言えるのではないでしょうか.

なお、酸素二つが結びついて合わせて2価の陰イオンとなった状態もあり、過酸化物イオンと呼ばれます.極めて不安定な物質が多く、強力な酸化剤として機能します.

窒化物(Nitride)

窒素を含む化合物を窒化物と呼びます.

窒化物はイオン性と呼ぶには微妙かもしれません.窒素は通常は3価の陰イオンとなるとされますが、電気陰性度があまり大きくないため、本当にそこまで価数の大きな陰イオンになっているかは怪しいものです.むしろ共有結合性の物質の方が多いかもしれません.

窒素分子は非常に安定であり、金属元素とほとんど反応しません.そのため、空気中では室素分子と反応するより先に酸素分子と反応してしまい、自然界で窒化物はほとんど見られません.硬質セラミックスの\rm{Si_3N_4}や半導体材料の\rm{GaN}など有名な窒化物は多くありますが、これらは人工的に作られた化合物です.特に貴金属の窒化物はなかなかお目にかかれないですが、最近は超高圧合成法により貴金属の窒化物も報告されるようになりました.

窒化物イオンと金属の結合性は非常に強く、ひとたび合成してしまえば窒化物は非常に安定です.そのため、窒化物は耐火物や切削工具、コーティング剤などの分野で使用されます.個人的には、金属窒化物は超伝導体となるイメージが強いです.

また、複数の窒素が結びついたイオンを持つアジド化合物なども知られています.

水酸化物(Hydroxide)

酸化物イオンと水素の陽イオン(プロトン)が組み合わさってできたイオンが水酸化物イオンで、全体として1価の陰イオンとして振舞います.酸素に比べると水素ははるかに小さいため、イオン全体の大きさは酸化物イオンとさほど変わりません.

水酸化物イオンを含む物質は鉱物として天然にも多くみられ、有名なものにゲーサイト(\rm{FeOOH})や水滑石(ブルース石、\rm{Mg(OH)_2})があります.

水溶液が塩基性となる要因は水酸化物イオンなので、水酸化物を水に溶かすと塩基性になります.特にアルカリ金属の水酸化物は強力な塩基です.一方で、遷移金属の水酸化物は水への溶解度が低く、よって塩基性も弱いです.

水酸化物を加熱すると、水が抜けて酸化物になります.

フッ化物(Fluoride)

フッ素を含む物質がフッ化物です.

フッ素は最も電気陰性度の大きな元素であるため、フッ化物は最もイオン結合性の大きな物質群です.フッ素は1価の陰イオンとなり、フッ化物イオンと呼ばれます.電荷や大きさの観点からは水酸化物イオンとよく似ています.酸化物イオンや窒化物イオンとは異なり、二量体など複数のフッ化物イオンが分子状のユニットを組むことは通常ありません.

フッ化物の鉱物として最も有名なのが蛍石であり、蛍石型の結晶構造を持った物質は数多く存在します.

ハロゲン化物(Halide)

ハロゲンはいずれも電気陰性度が大きいため、フッ素以外も陰イオンになりやすいです.フッ素の下から順に、塩化物、臭化物、ヨウ化物と呼ばれます.周期表の下に行けば行くほど電気陰性度は相対的に小さくなるため、元素の組み合わせ次第では、陽イオンとして振舞う場合もあります.

最も有名な塩化物と言えば、塩化ナトリウムです.別名は食塩で、言うまでもなく生物にとって欠かせません.近年注目を集めているのが、ペロブスカイト太陽電池の材料として知られるペロブスカイト型構造のハロゲン化物です.

水素化物(Hydride)

水素イオンと言えば通常は陽イオンであるプロトンですが、電気陰性度の小さな元素と組み合わさった時、水素は負の電荷をまとい陰イオン(ヒドリド)として振舞います.

一般に不安定で扱いが難しいですが、水素化反応や還元反応では水素化物の試薬を用います.水素吸藏合金も水素化物の仲間と言えるでしょう.

その他の○○化物

陰イオンになるには、余分な電子を受け入れることが可能な程度に電気陰性度が大きい必要があります.そのような元素は元素周期表の右上の方に存在しており、左下に行くほど陰イオンにはなりにくい傾向があります.しかし、それは一般側であり、十分に電気的に陽性な元素と組み合わせることで、通常は陰イオンとならない元素も陰イオンとなり、○○化物を形成することができます.

例えば、ビスマスは\rm{Bi_2O_3}\rm{BiF_3}の存在から分かるように、通常は陽イオンとして振舞う元素です.しかし、電気的に陽性なアルカリ金属やアルカリ金属と組み合わせることで(一部)陰イオン性のビスマスができます.ビスマス化物とでも呼びましょうか.\rm{Na_3Bi}\rm{Ca_3Bi_2}はおそらく陰イオン性のビスマスを有しているはずです.

他にも、金(\rm{Au})は陰イオンどころか陽イオンにもなりにくいはずですが、金が陰イオンとして振舞う金化物が存在しています.

複合アニオン化合物

ほとんどの化合物は陰イオンを一種類のみ含みますが、複数の陰イオンを同時に含む物質も知られており、複合アニオン化合物と呼ばれます.天然にはほとんど存在せず、熱力学的にも不安定な物質が多いので、無機化合物の合成法が発達した近年になって研究が活発化した物質です.

酸化物イオンと窒化物イオンを含む酸窒化物、酸化物イオンとフッ化物イオンを含む酸フッ化物などが知られます.

まとめ

イオン結合性の物質は、一見では、含まれる陰イオンの種類ごとに共通する性質があるように見えます.例えば、酸化物イオンを含む酸化物は化学的に安定で、融点が高く、電気を流さないといった特徴があります.

とはいえ、中には化学的に非常に不安定な酸化物、融点が室 温に近い酸化物、電気の流れる酸化物もあります.組み合わせる元素によって、酸化物は千差万別な性質を見せるのです.もはや同じグループでまとめてしまっていいものか分からなくなります.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).