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酸化鉄(FeO, Fe2O3, Fe3O4・・・):錆だけじゃない!様々な酸化鉄

酸化鉄(Iron Oxide)

酸化鉄と聞いて何を思い浮かべるでしょうか.地球上に豊富に存在し、安価で丈夫な鉄は日常のあらゆる場面で使用され、それに伴って鉄が酸化した物質である酸化鉄も色々なところで見かけます.最も有名なのは赤錆や黒錆に代表される錆(さび)でしょう.見た目によくない上に鉄をぼろぼろにする赤錆は嫌われますが、鍋の耐久性を上げる黒錆は重宝されることもあります.

錆だけが酸化鉄ではありません.鉄は磁石としての性質を持ち、その酸化物も磁石として振舞うことがあります.最古の磁石として有名なマグネタイトは、永久磁石だけでなく触媒材料としても活用されます.

このように酸化鉄の中には、産業的にも基礎科学的にも興味深い性質を示すものが多くあります.今回は、そんな酸化鉄の世界を見ていきましょう.

Iron oxide

 

酸化鉄の価数について

鉄が固体中で安定な価数は2価と3価です.すなわち、鉄は\rm{Fe^{2+}}または\rm{Fe^{3+}}として存在します.一方、酸素は2価のアニオンであるため、単純に考えれば酸化鉄としてありえる物質は\rm{Fe^{2+}}を含む\rm{FeO}\rm{Fe^{3+}}を含む\rm{Fe_2O_3}だけです.しかし、実際には\rm{Fe^{2+}}\rm{Fe^{3+}}が様々な混合比で混ざった酸化鉄が存在します.

有名なマグネタイト(\rm{Fe_3O_4})は、組成だけ見ると\rm{Fe^{2.67+}}となりますが、これは\rm{Fe^{2+}}\rm{Fe^{3+}}が1:2の構成比で存在することを意味します.

このような\rm{Fe}の価数の違いは、生成する環境がどれだけ酸化雰囲気であるかによって決まります.すなわち、酸素分圧が高い場合などは\rm{Fe^{3+}}を多く含む酸化鉄が生成しやすくなります.

Fe2+のみを含む酸化鉄FeO

\rm{FeO}\rm{Fe^{2+}}のみを含む酸化鉄です.鉱物名ではウスタイトとして知られています.塩化ナトリウム型構造(岩塩構造)を持ち、鉄イオンは全て酸素に八面体状に配位されています.実際には、正確に\rm{FeO}の組成を持つ物質は不安定であり、わずかな鉄の欠損が生じる場合が多いです.すなわち、正確には\rm{Fe_{1-x}O}の組成を持ち、ごく少量の\rm{Fe^{3+}}が含まれています(5%程度).

\rm{FeO}もとい\rm{Fe_{1-x}O}は着色顔料として使用されます.

Fe3+のみを含む酸化鉄Fe2O3

\rm{Fe_2O_3}\rm{Fe^{3+}}のみからなる酸化鉄であり、赤錆の主要構成物として有名です.赤と呼ばれるだけあって真っ赤な色をしています.鉱物名はヘマタイトとして知られています.

\rm{Fe_2O_3}にはいくつかの多形が存在し、それぞれ結晶構造や性質が異なります.最も有名なのはコランダム型の構造で、磁性材料やリチウムイオン電池の電極材料、着色料などで利用されます.y相はスピネル構造に類似した構造を持ち、フェリ磁性を示すことから磁気記録材料として用いられます.

β相はビクスバイト型構造を有していることは分かっていますが、不安定であることから研究は多くありません.ε相も不安定で2004年になってようやく単相が合成されました.ε相は保磁力が大きなフェリ磁性体であることが分かっており、永久磁石や磁気シールドとしての応用が期待されています[1-1].ζ相は2015年に報告されたばかりです[1-2].

Fe2O3

はて、ギリシャ文字の中でδだけが飛ばされてしまいましたが、δ相に関する記述は見当たりませんでした.歴史の中で埋もれたのか、先にεの文字を使ってしまったのでしょうか.

Fe2+とFe3+を両方含む酸化鉄

Fe3O4

\rm{Fe_3O_4}はスピネル構造を持つ酸化鉄で、最古の磁石として有名です.鉄イオンは平均して2.67価であり、これは\rm{Fe^{2+}}\rm{Fe^{3+}}が1:2の比で含まれることを意味します.スピネル構造には四面体型のサイトと八面体型のサイトがありますが、前者に\rm{Fe^{3+}}、後者に\rm{Fe^{2+}}\rm{Fe^{3+}}が1:1で含まれています.

\rm{Fe_3O_4}は強磁性体と見せかけてフェリ磁性体です.すなわち、鉄イオンの磁気モーメントが互いに打ち消しあうように並んでいるものの、\rm{Fe^{2+}}\rm{Fe^{3+}}の磁気モーメントの値が異なるため差し引きで正味の磁気が生まれ、磁石としての性質を示します.

純粋な\rm{Fe_3O_4}は 保磁力が小さいため永久磁石としては頼りないですが、コバルトを添加することで保磁力が向上し永久磁石として使用できるようになります.また、黒色を示し、かつ無害で安全な\rm{Fe_3O_4}は黒色顔料としての用途もあります.

また、異なる価数の鉄イオンが低温で整列(電荷秩序)して相転移を起こすVerway転移も有名です.

\rm{Fe_3O_4}(マグネタイト)について詳しくは、以前の記事を参照してください.

これより先の酸化鉄はあまり一般的ではありません.多くは超高圧化など特殊な環境下でのみ得られます.

Fe4O5

高温高圧下の環境でのみ得られる新しい酸化鉄で、2011年に初めて合成が報告されました.直方晶であり、\rm{Fe^{2+}}\rm{Fe^{3+}}が1:1の比で含まれています.これらの異なる価敗の鉄イオンは低温で異なるサイトに整列(電荷秩序)します.[2]

Fe4O5

Fe5O6

2015年に報告がされたばかりの酸化鉄で、\rm{Fe_4O_5}と同様に高温高圧下でのみ合成が可能です.\rm{Fe^{2+}}\rm{Fe^{3+}}の比は3:2で、直方晶の結晶構造を持ちます.\rm{Fe_3O_4}\rm{Fe_4O_5}と同様に電荷秩序を起こしますが、その転移温度は室温に近いことが特徴です.[3]

Fe5O7, Fe25O32

超高温高圧環境下での生成が示唆されている物質です.地球の内殻ではこのような物質が存在しているのかもしれません.[4]

まとめ

酸化鉄といえば錆ですが、それだけではありません.\rm{Fe_2O_3}\rm{FeO}\rm{Fe_3O_4}の三種類の酸化鉄は大いに親しまれ、顔料や磁性材料としてその姿を見かけます.長らく酸化鉄といえばこの3種類のみでしたが、近年は高圧技術の発達によって新しい酸化鉄が発見されました.地球の内殻は極端な高温高圧下であるため、鉄は我々が慣れ親しむ姿ではなく、見たこともないような姿をしているのかもしれません.

参考文献

[1-1] "Hard magnetic ferrite: ε-Fe2O3." Bulletin of the Chemical Society of Japan 86.8 (2013): 897-907.

[1-2] "Zeta-Fe2O3–A new stable polymorph in iron (III) oxide family." Scientific reports 5.1 (2015): 15091.

[2-1] "Discovery of the recoverable high-pressure iron oxide Fe4O5." Proceedings of the National Academy of Sciences 108.42 (2011): 17281-17285.

[2-2] "Charge-ordering transition in iron oxide Fe4O5 involving competing dimer and trimer formation." Nature chemistry 8.5 (2016): 501-508.

[3-1] "Unraveling the complexity of iron oxides at high pressure and temperature: Synthesis of Fe5O6." Science Advances 1.5 (2015): e1400260.

[3-2] "A room‐temperature Verwey‐type transition in iron oxide, Fe5O6." Angewandte Chemie International Edition 59.14 (2020): 5632-5636.

[4] "Structural complexity of simple Fe2O3 at high pressures and temperatures." Nature Communications 7.1 (2016): 10661.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).