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アパタイト:生体から地球の中まで

アパタイト(Apatite, 燐灰石)

アパタイトとは、一般式\rm{Ca_{10}(PO_4)_3}X_2と書かれる無機セラミックスであり、Xには種々の陰イオンが入ります.X\rm{F, OH, Cl}であるアパタイトをそれぞれフルオロアパタイト(FAp)、ハイドロオキシアパタイト(OHAp)、クロロアパタイト(ClAp)と呼びます.

アパタイトの語源となったギリシャ語の「ἀπατάω(apatáō)」という言葉は「欺く」という意味であり、これはアパタイトがしばしば他の鉱物(アクアマリンや蛍石)と見間違えられたことに由来します.

アパタイトは火成岩や変成岩中でよく見られる天然鉱物であり、最も一般的なリン酸塩鉱物です.アパタイトの結晶構造は六方晶系に属し、結晶は六角柱状あるいは六角板状で産出されます.アパタイトの結晶は比較的柔らかく(モース硬度5)、透明あるいは半透明で、紫外線によってしばしば発光します.

服飾品として親しまれるアパタイトですが、歯や骨の材料であるなど生物によっても馴染み深い物質です.その他、化学肥料(リン酸塩)の原料、人工骨、核廃棄物の保管材料など様々な用途が知られています.

Apatite

アパタイトの結晶構造

アパタイトという名前がつけられたのは1786年のことでしたが、結晶構造が明らかになったのは1930年のことです.アパタイトの結晶構造は六方晶系に属しますが、構成するイオンの組み合わせによっていくつか異なる結晶構造が見られます.

以下では最もシンプルかつ代表的なX = \rm{F}のフルオロアパタイトを例に取ります.

かなり複雑な構造ですが、おおまかには\rm{Ca(1), Ca(2), (PO_4)_6, F_2}の4種類のユニットに分けられます.リン酸イオン(\rm{PO_4})を一つの大きな陰イオンとみなしたとき、\rm{PO_4}は六方最密充填(hcp)に近い配置を取ります.HCPに見られる四面体間隙と八面体間隙のうち、八面体間隙には他のイオンが入り込む十分なスペースがあります.

アパタイトの単位胞には\rm{PO_4}が6つ含まれており、八面体間隙も6つです.このうち4つの間隙に\rm{Ca(1)}、2つの間隙にXが入ります.残りの\rm{Ca(2)}は三角形のユニットの形で隙間に入り込んでいます.

全体として、アパタイトの結晶構造はc軸方向に向いた非常に一次元性の高いものとなっています.

アパタイトの利用

アパタイトに含まれる\rm{Ca, PO_4, F}は他のイオンと交換する事が可能であり、アパタイト構造を持つ多種多様な酸化物が知られています.材料としてのアパタイトの様々な機能は、このイオン交換特性に起因するものが多くを占めます.

例えば、排水中の有害金属イオンの捕捉、生体有機成分の吸着、フェノールの合成触媒、イオン伝導体、有機塩素化合物の分解触媒、生体活性材料などの用途があります.

生体材料

ハイドロキシアパタイトは歯のエナメル質と骨の構成物質です.また、\rm{OH}基の大部分が欠如し、多くの炭酸塩および酸性リン酸塩が置換された形態のアパタイトは、骨の主要な成分です.

フルオロアパタイトは、ハイドロオキシアパタイトと比べて酸に対して耐性があることが知られています.20世紀中頃、天然水にフッ素が含まれる地域の虫歯の発生率が低いことが発見されました.歯磨き粉には通常、フッ化物イオン(例:フッ化ナトリウム、モノフルオリン酸ナトリウム)が含まれており、フッ素はアパタイト中のヒドロキシル基と交換されることで虫歯予防となります.

ハイドロキシアパタイトは高い生体適合性を示すことから、人口骨などに用いられるバイオセラミックスとしても期待されています.

イオン伝導体

アパタイトの一次元的な結晶構造はイオンの伝導にとって有利であると考えられてきました.\rm{La_{9.33}(SiO_4)_6O_2}に近い組成を持つアパタイト酸化物は、一次元の隙間に沿って酸素イオンが高速で伝導する酸化物イオン伝導体であることが明らかにされています.

まとめ

アパタイトは、歯や骨の原料からイオン伝導体、触媒、イオン交換材料まで多様な用途を持ちます.これらの特性は、アパタイトを構成するイオンが他のイオンと入れ替わりやすいことに起因することが多いようです.柔軟に姿を変えることで、生体から地中までどこでも適応できる材料なんですね.

参考文献

化学と教育 1997 年 45 巻 1 号 p. 24-29

"Apatite structures." Advances in X-ray Analysis 45 (2002): 172-181.

"Apatite–an adaptive framework structure." Reviews in mineralogy and geochemistry 57.1 (2005): 307-401.

"Oxide ion conductivity in Sr-doped La10Ge6O27 apatite oxide." Solid State Ionics 136 (2000): 31-37.

"Oxide ionic conductivity of apatite type Nd9.33(SiO4)6O2 single crystal." Journal of the European Ceramic Society 19.4 (1999): 507-510.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).