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非線形光学材料:物質を使って光の波長を操る

非線形光学材料(Nonlinear Optical Materials)

光と物質が接触すると何が起こるでしょう.鏡のように反射する物質がある一方、ガラスや水に侵入した光は屈折を起こします.あるいは、等間隔に並んだスリットに侵入した光は回折されてキレイな干渉縞が得られます.

反射や屈折、回折のような一般的な光と物質では、観測される効果の大きさは光の強さに比例して変化します.一方で、光と物質の相互作用には直線的(一次関数的)なものだけでなく、二次関数的、三次関数的な高次のものが含まれることが知られていました.

非線形光学材料は、この高次の光を使いこなすための材料です.

光と物質の相互作用

物質に電界 \textbf{E}の光を照射した時に引き起こされる分極 \textbf{P}は次式のように表されます.

   P = χ_1E + χ_2E^2 + χ_3E^3+...

ここで、二次以降の項を非線形成分と呼びます.

二次の効果からは二次高調波発生(SHG)、三次の効果からは三次高調波発生(THG)が起こり、それぞれ光の波長が入射波の二倍、三倍となります.これは、高次の効果を利用することで波長の異なる光を取り出すことができることを意味します.

非線形成分は一般に非常に弱く、応用は困難なものでしたが、レーザーの開発によって強力な光源を手に入れ、非線形成分を利用した研究が可能になっていきます.その後、レーザーとほぼ同じ歳月にわたって非線形光学材料の開発が続けられています.

特に重要な用途は光の波長の変換です.レーザーは強力な実験手段とは言え、レーザー源は限られ、それゆえレーザーの波長も特定のものしか利用できません.非線形光学材料を用いることで、レーザーの波長を任意のものに変換することが可能となり、光通信や信号処理、レーザー治療などで活用されます.例えば、Nd-YAGレーザー(1060 nm)から緑色の光(532 nm)を生成することができます.

数十年にわたる物質探索の甲斐もあり、非線形光学現象を示す物質が数多く報告されています.とはいえ全て材料が応用可能なわけではなく、より優れた材料を求めて現在も材料探索が盛んに行われています.

非線形光学材料への歩み

非線形成分は非常に弱いため、観測するのも簡単ではありません.懐中電灯の光を最大限に絞っても非線形成分の観測は難しいでしょう.しかし、時代とともに光源が進化し研究が進展していきます.1960年頃に生まれたレーザーは非常に強力な光源であり、レーザー誕生の翌年には非線形光学を利用した最初の実験が報告されました.

1961年、P. A. Frankenらは水晶を用い、ルビーレーザー(波長694.3 nm)の非線形光学現象の実証を行いました.水晶を通過した光を分光したところ、ルビーレーザーの半分の波長位置(347.15 nm)にスポットが観測されることを見出したのです.

この結果はPhysical Review Letters誌に報告されましたが、図を見ても歴史的な347.15 nmのスポットが見当たりません.どうしたことでしょう.実は、スポットをミスプリントと勘違いした編集者が印刷時にスポットを消してしまったと言われています.失われたスポット位置を示す矢印が哀愁を誘います.

Physical Review Letters誌の図の再現

いずれにしてもルビーレーザーの波長を半分(周波数を2倍)にする実験は成功しましたが、変換効率は最高でも0.0001%にすぎませんでした.それから材料探索や計算科学の進展により、変換効率は急速に向上しています.

もう一度、分極の式に戻りましょう.

   P = χ_1E + χ_2E^2 + χ_3E^3+...

大きな分極率を持つ有機・無機材料は非常に多くあり、光学材料として有望に見えます.しかし、分極はベクトルであるため、物質の対称性によっては現れない項があります.式の奇数次の項は方向に依存しませんが、偶数次の項は中心対称のある環境では消滅することが知られています.

すなわち、二次の非線形光学効果を観測するには物質に中心対称があってはなりません.三次以降の項は一般に小さく、実用的には二次の項(Second harmonic generation, SHG)が重要であるため、非線形光学材料の探索は自ずと非中心対称性の結晶構造を持つ物質に限られてきます.

水晶でSHGが発見された後、新しい材料が続々と発見されています.\rm{KTiOPO_4}(KTP)や\rm{LiNbO_3}(LNO)などの酸化物のほか、1965年には有機物(ベンズピレン)のSHGが初めて観測されました.1960 年代末には、単結晶なしに粉末材料でSHGの観測が可能になり、迅速に材料の評価を行うことが可能となりました.

1980年代後半からはホウ酸系材料が利用され始め、近赤外のレーザー光線と組み合わせて短波長紫外光や真空紫外光を得る研究が盛んになりました.90年代には青色半導体レーザーが登場したことを受け、差周波発生により中赤外、テラヘルツ波などの長波長側への研究が進みます.

非線形光学材料

SHGを起こすには非中心対称性の結晶構造が必要なことは前述の通りですが、優れた非線形光学材料となるためには他にも満たすべき条件があります.

(1)非線形光学係数(χ)が大きいこと
(2)位相整合のための許容角度、許容温度が大きいこと
(3)使用する波長域において光の透過率が高いこと
(4)レーザーによる材料の損傷が小さいこと(エネルギーギャップが大きい)
(5)良質かつ大型の単結晶を育成可能なこと
(6)化学的に安定なこと
(7)機械的に丈夫で加工性に優れること
(8)安価で安全なこと

以上のように非常にシビアな条件が求められます.これらの全てを全ての波長域で満たすような物質は存在しないため、使用する目的に応じて使い分けられます.

現在の非線形光学材料の研究として、大きく二種類の波長域で使用する材料を見かけます.

中・遠赤外域

この領域では金属ー酸素結合による吸収が見られるため、酸化物が使用されることは稀です.代わって、\rm{AgGaS_2}(AGS)、\rm{AgGaSe_2}(AGSe)、\rm{ZnGeP_2}(ZGP)などのカルコゲナイド系・ニクタイド系材料が幅広く利用されています.これらは酸化物よりも原子間結合が弱いため、赤外光に対して透明です.

しかし、既存材料にはそれぞれ欠点があるため新材料の開発が続いています.例えば、AGSとAGSeはレーザーへのダメージ耐性が十分ではありません.\rm{CdSe}\rm{GaSe}は広い赤外域に渡って透明ですが、単結晶の成長が容易ではありません.

紫外域

紫外域で使用する材料には紫外光に対する透明性が求められますが、これを満たしかつ非線形光学係数が大きい材料としてホウ素と酸素のネットワークを持つホウ酸系材料が挙げられます.ホウ素と酸素の結合が強いため吸収端が短波長側になりやすいことに加え、ホウ酸の基本構造ユニット(\rm{BO_3, BO_4})が非中心対称であるため強い非線形性を示しやすいと言われています.

ホウ酸の他にもリン酸や塩素酸などのポリアニオン系酸化物が使用されています.中でも\rm{KH_2PO_4}(KDP)は、性能こそホウ酸系材料に劣るものの、大型の単結晶育成が可能であることから実用化され市販されています.\rm{KBe_2BO_3F_2}(KBBF)は特に深紫外域で利用できる唯一の材料ですが、\rm{Be}の毒性の高さがネックとなっています.

まとめ

レーザーの利用は日常のあらゆる場面に渡っており、レーザーの適用範囲を広げるためにも波長変換が可能な非線形光学材料の開発が重要です.しかし、応用に求められる条件が非常に厳しいため、実用化に資するような材料はほんの僅かです.

SHGを起こすためには非中心対称性の結晶構造が必要ですが、非中心対称性の物質は全物質の中では少数派です.また、半導体やイオン伝導体などの開発と違って、ドーピングによって組成を僅かに変えることが有効でないため、必然的に全くの新物質を探す必要があります.

これほど厳しい条件が課せられるにも関わらず、非線形光学材料の開発自体は非常に活発で、毎日のように新物質の報告を見かけます.どのようにして見つけているんでしょうね.新物質を見つけるにもコツがあるようですが果たして.

参考文献

レーザー研究 1991 年 19 巻 1 号 p. 32-34

電子情報通信学会 「知識ベース」9群6編8章「非線形光学デバイス」

Science 253.5017 (1991): 281-287.

Dalton Transactions 50.9 (2021): 3155-3160.

Angewandte Chemie International Edition, 2020, 59.46: 20302-20317.