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二次元材料:原子一層分、究極の薄さをもつ材料たち

更新 2024-3-2

二次元材料(二次元物質、Two dimensional materials)

人類の黎明期は「目に見える大きさの物質」を利用することで文明が成り立ちましたが、科学や測定法の進歩によって「目に見えない大きさの物質」も扱えるようになりました.電子機器や薬の中に何が入っているかを我々は肉眼で知ることはできません.

そして、人類は今やミクロを通り越してナノスケールの物質を扱っています.物質は(通常)原子一つ以上に小さくすることができないので、原子の大きさが実質的な極限と言えます.縦と横にある程度の大きさを持ちながら、厚さが原子一層しかないような物質は実質的に二次元材料と言えるのではないでしょうか.

二次元では三次元と全く様子が異なります.物質が同一平面内でしか動けなくなるので、物理法則も三次元のものから再考が必要です.二次元材料を生み出すことができれば、既存の三次元材料とは全く異なる機能をもたらすことができるかもしれません.

実際に2004年に原子一層分の厚みしか持たない究極の二次元材料グラフェンが報告されました.グラフェンはハニカム状に並んだ炭素原子から構成され、層状の結晶構造を持つグラファイト(黒鉛)から原子一層をセロテープで剥離して生成します.

グラフェンは剥離元のグラファイトとは大きく異なる物性を示します.グラフェンは電子伝導度と熱伝導度に極めて優れ、引っ張りなどの変形に対して異常に堅固です.磁気的、光学的にも唯一無二の特性を示し、応用分野も多岐にわたっています.

この事実は、二次元材料に対する注目を大いに集めるきっかけとなり、世界中で二次元材料の研究が行われるようになりました.

今日では、グラフェン以外にも多種多様な二次元材料が活発に研究されています.従来の三次元空間の物理から二次元空間の物理へと移行しただけあって非自明な現象が数多くあり、興味は尽きません.

その全てを網羅することはできませんが、そのいくつかをここで紹介します.

グラフェン(Graphene)

二次元材料の原点にして頂点です.グラフェンを発見したAndre GeimとKonstantin Novoselovは2010年にノーベル物理学賞を受賞しています.

炭素には様々な同素体が存在します.三次元的なネットワークからなるダイヤモンド、サッカーボール上のフラーレン、一次元チューブ状のカーボンナノチューブなどが有名ですが、最も身近なのは鉛筆の芯などに使用されるグラファイト(黒鉛)です.

グラファイトを一層ずつセロテープで剥がすという冗談のような方法で作成されたのが、二次元材料のグラフェンです.電子伝導度や熱伝導度、機械特性に極めて優れ、磁気的・光学的な性質も豊かです.グラフェンはゼロギャップの半導体として振る舞い、常温で極めて高い電子移動度を示すとともに、量子ホール効果(ホール伝導度がある値の定数倍に量子化される現象)を示します.

また、グラフェン中の電子は光速度に近い速さで運動しており、それゆえ従来のシュレーディンガー方程式では記述することができません.代わって相対論を考慮したディラック方程式によって表現され、質量ゼロのディラック・フェルミオンを持つということが分かっています.

これらの優れた特性を活かし、グラフェンは多様な分野で応用が考えられています.例えば、室温での高い電子移動度を活かした半導体デバイス、優れた表面積と伝導度を活かしたセンサー材料、電池材料、ディスプレイ素材、触媒としての用途が挙げられます.

遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD, Transition Metal Dichalcogenides)

遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)は、遷移金属とカルコゲン(16族)元素からなる層状の物質であり、 MX_\rm{2}の組成で表されます.多くの場合、金属はカルコゲンに八面体または三角柱型に配位されて二次元的なネットワークを形成し、これらの層がファンデルワールス力によって緩く束縛されています.

非常に多くの物質が知られており、組成によって物性もまちまちです. \rm{HfS_2}は絶縁体、 \rm{MoS_2}は半導体である一方で、 \rm{TiSe_2}は半金属、 \rm{NbSe_2}金属的な性質を示し、中には低温で超伝導を示すものも知られています.

TMDでは層間の弱いファンデルワールス力を切断することで、層を剥離することが可能です.原子一層まで剥離できるかは物質の表面エネルギー(原子一層を生成する際に新しい表面を作るために必要なエネルギー)によって異なります.

数あるTMDの中でも \rm{Mo} \rm{W}を用いた物質は、剥離が可能かつ半導体として魅力的な性質(例えば、1-2 eV程度のバンドギャップ)を示すため、特に研究が盛んです.単層TMDの作製には機械的な剥離のほか、基板上に原子層を化学的に成長させる手法もとられます.

MoとWのTMD

剥離前の \rm{Mo}および \rm{W}のTMDは様々な結晶構造をとります.最も一般的なものは、1T相、2H相、3R相であり、多形によって金属の配位環境が異なります.単層 \rm{Mo}および \rm{W}のTMDで最も一般的な相は、2H相が単層となったものであり、唯一の安定相です.安定相において、金属はカルコゲンに三角柱型に配位されています.

単層になることによって何が変わるでしょうか.大きな変化として、バンドギャップの違いがあります.一般に、物質の次元性が下がるごとにバンドギャップは大きくなり、 \rm{MoS_2}の場合では 1.2 eVから 1.8 eVまで変化します.また、この際に間接遷移型から直接遷移型の半導体に変化し、光の吸収特性・発光特性が抜群に向上します.

 \rm{MoS_2}は半導体であるため、グラフェンとは異なり、二次元半導体デバイスへの応用が考えられます.実際に、 \rm{MoS_2}の優れた電子移動度や機械的性質を活かし、電界効果トランジスタ(FET)での利用が盛んです.

そのほか、TMDの表面に有機化学的な官能基を付与することができ、これにより化学的・物理的な性質を変化させ、触媒材料として機能することが可能です.また、TMDの表面に特定の欠陥や不純物、歪みを付与することで非磁性のTMDが磁気特性を示すようになります.

窒化ボロン(BN)

窒化ボロン( \rm{BN})は \rm{B} \rm{N}からなる共有結合性の結晶です. \rm{C}の両隣にある元素からなるだけあって、 \rm{BN}も炭素からなる物質と似たような結晶構造および性質を示します.

ダイヤモンド構造を取る \rm{BN}は超硬材料として名高いですが、二次元材料として有名なのはグラファイトと同様の結晶構造を持つ六方晶 \rm{BN} \rm{h\text{-}BN})です.

 \rm{h\text{-}BN}はグラフェンと同様に原子一層の剥離が可能であり、ワイドギャップ半導体として知られています.高い光学的透明性、大きなバンドギャップ、優れた機械強度、高い熱伝導性などの特性を併せ持ち、熱化学的に安定なため高温や過酷な環境における用途に適しています.

また、 \rm{h\text{-}BN}はグラフェンなどの二次元材料の基板としても活用されています.原子一層分の厚みしか無い物質は、基板との相互作用で容易にたわんでしまい、物性に影響を与えてしまいます. \rm{h\text{-}BN}原子レベルでフラットな基板材料として知られており、日本のNIMSのグループが製造した \rm{h\text{-}BN}基板が世界中で利用されています.

シリセンとゲルマネン

炭素からなるグラフェンが存在するのであれば、同じく14族の元素でも同様の原子一層分の物質が存在するかもしれません.シリセンゲルマネンは、それぞれ単層のシリコン( \rm{Si})やゲルマニウム( \rm{Ge})であり、室温グラフェンが発見される以前から、理論的に研究されてきました.

熱力学的な観点から、 \rm{Si}原子からシリセンを合成することは不可能と考えられていましたが、単層および多層シリコンナノチューブ( \rm{SiNT})構造の合成が報告され、 \rm{Si}からグラフェンと同様の構造を得られるという希望がもたらされました.

そして実際にシリセンが作成され、グラフェンと同様にハニカム上の構造を持つことが分かりました.後にゲルマネンも合成されましたが、ゲルマネンのハニカム層は少しだけたわんでいます.

同様に、スズからなるスタネン、鉛からなるプランベン、ホウ素からなるボロフェン、アンチモンからなるアンチモネン、ビスマスからなるビスマセンなども知られています.

黒リン

リンは炭素と同様にいくつかの多形を持ちますが、その中でも層状の黒リンを単層に剥離した状態の物質をフォスフォレン(Phosphorene)と呼びます.黒リンは1914年から知られ、高いキャリア移動度を示すとされていましたが、単層の黒リンが得られたのは2014年になってのことでした.

黒リンはグラフェンなどとは異なる結晶構造を持ちます.原子同士がジグザグに並んだ特徴的な層状構造を有しており、既存の物質で言えば \rm{SnSe}などに類似しています.グラフェンと同様に機械的な剥離のほか、溶液法や気相法によって単層が合成されます.

黒リンはグラフェンとは異なり、有限のバンドギャップを持ちます.また、厚みを変えることでバンドギャップを調整でき、異方的な光電子特性や高いキャリア移動度を生かしてエレクトロニクスや光エレクトロニクス分野での利用が期待されています.トランジスタ、電池、インバータなどへの応用が目されていますが、空気中での安定性が低いことが難点です.

酸化物ナノシート

イオン結合性の酸化物においても二次元物質が存在します.粘土を代表とした層状酸化物の多くは、負電荷を持つ酸化物層がナトリウムなどの陽イオンで分断された結晶構造を持っています.

層間のカチオンは電離しやすいため、層間に大量の水を取り込むことで層同士が分離されます.層はコロイドと呼ばれる大きな粒子として振る舞い、マクロには粘土がドロドロの状態になります.このとき、層状の結晶構造は失われ、各層はバラバラに水中に分散しています.この状態がナノシートであり、原子数層分の厚さを持ちます.

まとめ

今世紀の偉大な発明として、ナノテクノロジー、情報技術、バイオテクノロジーなどが挙げられます.ナノテクノロジーの中でも2次元ナノ材料は、基礎的にも応用的にも大きな注目を集めています.二次元材料には有機物、生物由来、金属、セラミックスなどの種類がありますが、中でもグラフェンを始めとする原子一層の二次元材料は、そのユニークな物理化学的特性から、最も広範囲に研究されています.

グラフェンは驚異的な物性を示すとはいえ、すべての機能を賄いきれるわけはなく、グラフェンの機能を補えるような新しい二次元材料が求められています.例えば、金属伝導を示すグラフェンには半導体分野での応用が不可能ですが、TMDや黒リンは二次元半導体材料として有力です.当初は機械的な剥離によって作成していたため、量産化に難がありましたが、現在では化学的・物理的な様々な合成法が発達しています.

また、二次元材料が得られたということは、二次元と三次元の間ではどのような物性を示すのか興味深いところです.

二次元材料を意図的に複数層積み重ねることによって二次元にも三次元にも見られないような機能を示すことが分かってきました.さらに、積み重ねる際の「角度」を変えることによっても性質が顕著に変化し、ねじれをパラメータに組み込んだ「ツイストロニクス」なる研究分野も生まれています.

参考文献

Progress in Materials Science, 2015, 73: 44-126.

Single-layer materials - Wikipedia

Electrochemistry 2015 年 83 巻 8 号 p. 631-636

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).