更新 2024-2-25
イオン化エネルギー(Ionization Energy)と電子親和力(Electron Affinity)
「イオン化エネルギー」と「電子親和力」.
ともに高校化学でおなじみの物性値ですが、高校卒業とともに見かけることは少なくなります.定義を復習してみましょう.
イオン化エネルギーとは「原子,イオンなどから電子を取り去ってイオン化するために要するエネルギー」であり,電子親和力とは「原子,分子に1つ電子を与えた時に放出または吸収されるエネルギー」です.(ともにWikipediaより引用)
それぞれの値は原子によって異なり、元素周期表に従って周期的に値が変化することが知られています.大体の傾向は習いますが、高校の教科書に書かれていること以上に掘り下げて語られることの少ない物理量でもあります.
これらは決して教科書の中だけの存在ではなく、物質の性質を予想するなど実用的な面を持った極めて基礎的なパラメータです.
今回は、イオン化エネルギーと電子親和力について、その成り立ちと定義、周期律、測定法について見ていきます.
イオン化エネルギー
イオン化エネルギーは「原子,イオンなどから電子を取り去ってイオン化するために要するエネルギー」であり、原子(イオン)にどれだけ強く電子が束縛されているかを示す値です.
下式のEnergyに等しく、イオン化エネルギーが正に大きいほど電子を強く束縛していると考えられます.
ここで、はガス状の原子または分子であり、は電子が一つ取り去られた後の一価陽イオン、は取り去られた電子です.
通常、イオン化エネルギーは正の値であり、イオン化は吸熱反応です.
イオン化エネルギーが負であった場合、エネルギー無しで物質が電子を外部にどんどん放出しているような状況であり、通常は起こりえません.負に大きく帯電した陰イオンの状態ではありえるかもしれません.
原子・分子から一つ目の電子を引き抜く際のエネルギーを、特に第一イオン化エネルギーと呼びます.同様に、2つ目、3つ目の電子を引き抜く際のエネルギーを第二イオン化エネルギー、第三イオン化エネルギーと言います.
より高次のイオン化エネルギーの方が、高価数の陽イオンから電子を引き離すことになるので、値は大きくなります.これらのエネルギーは kJ/mol または eV の単位で表されます.
イオン化エネルギーと周期律
(Wikipediaより画像を引用)
イオン化エネルギーは原子によって異なり、原子番号による周期性を示します.同一周期では右に行くほどイオン化エネルギーが増加しており、アルカリ金属で最小、貴ガス元素で最大の値をとります.
すなわち、電子は貴ガス元素と最も強く結合しているため安定で、アルカリ金属では最も弱く束縛されているため不安定です.実際、貴ガスは反応性に乏しく、アルカリ金属は空気中でも容易に反応します.
同一族で見ると、下の周期にある原子のほうがイオン化エネルギーが小さくなります.下の周期に原子のほうが原子半径が大きくなるとともに内殻に電子が増えるため、電子をつなぎとめるクーロン力が弱くなるためであると解されます.
周期律の例外
以上は一般的な傾向であり、高校の教科書にも書かれていることですが、実際のイオン化エネルギーの値を見ると、必ずしもこの傾向に従わない部分もあります.
例えば、のイオン化エネルギーはよりも小さいです(: 900 kJ/mol, : 801 kJ/mol).
これは、では満たされた2s軌道が安定であり、において電子が一個入った 2p軌道は比較的不安定であることを示しています.一般的に、ある軌道が完全に満たされるか半分満たされると安定化の寄与は大きくなります.
続いて、とでも値に逆転が起こっています(: 1402 kJ/mol, : 1314 kJ/mol).
はp電子を3つ、は4つ持ちます.では3つのp軌道にそれぞれ電子が一つずつ入ることで安定化しますが、では既に電子が入っている軌道に電子を詰めることになります.この影響で、のイオン化エネルギーの方がよりも小さくなります.
周期が変わっても、価電子数が同じであれば上述の逆転現象が起こります.第四周期ではd軌道が新たに登場しますが、d軌道を電子が占有することによる原子半径への寄与は小さく、それゆえイオン化エネルギーもあまり変化しません.
ではd軌道が10の電子が完全に満たされるため安定化の寄与が大きく、イオン化エネルギーが大きくなります.一方、その次の原子であるでは と同様の理屈により逆転現象が起こります.
第五、第六周期でもこの傾向は続き、d軌道とf軌道が完全に満たされるではイオン化エネルギーが特に大きくなります.
イオン化エネルギーの測定
イオン化エネルギーは、分光測定より求めることができます.ほとんどすべての原子の第1イオン化エネルギーは原子スペクトルから決定されています.
アルカリ金属のように蒸気中で安定な原子になるものでは、吸収スペクトルからイオン化エネルギーが得られます.
電子親和力
電子親和力とは「原子,分子に1つ電子を与えた時に放出または吸収されるエネルギー」であり、原子に電子が結合して陰イオンになる時に放出されるエネルギーです.
Energy が大きければ、原子と電子との結合が強く陰イオンが安定であることを示します.なお、電子親和力という名称ですが、力ではなくエネルギーです.誤訳と言っても良いかと思います.
物質から電子を奪うことは常に可能ですが、陰イオンは必ずしもできるとは限りません.多くの原子の電子親和力は正であり陰イオンが生成しますが、原子によっては負の値を持ちます.負の電子親和力を持つ時は、気相中で陰イオンを生成しません.
電子親和力と周期律
一般的な傾向として、イオン化エネルギーと同じような振る舞いが見られます.
(Wikipediaより画像を引用)
例えば、周期表の左側にある元素は電子を引きつける力が弱く電子親和力が低いですが、右にあるハロゲンは高い値を持ちます.これは、ハロゲンは1価の陰イオンになることで貴ガスの電子配置になり、化学的に安定な状態になるからです.
一方、貴ガスまで行ってしまうと電子を新しい新しい周期の軌道に入れる必要があり、電子親和力は破滅的に小さな値になります.同様に、余剰の電子を新しい軌道に入れる必要のある電子配置の元素は、電子親和力が小さくなります.それゆえ、アルカリ土類金属や亜鉛族元素の電子親和力が小さいです.
あと一つの電子で軌道を満たすことのできるアルカリ金属や銅族元素での値は周囲の元素に比べて大きなものとなります.
電子親和力の測定
イオン化エネルギーの測定は比較的容易ですべての原子の値が求められていますが、電子親和力の測定は難しく、ハロゲン元素などの一部を除いて値は正確に決められていません.
多くの場合、熱力学的方法や他の元素の値から類推する外挿法が使用されます.そのため、同じ原子であっても文献によって異なる値が用いられる場合があります.
電子親和力は光イオン法や吸収スペクトル法によっても求められます.前者の方法では、ガスの電気放電によってアニオンを生成し、磁場や電場によって取り出したアニオンビームに単色光を照射することで電子親和力を評価します.後者の方法ではアニオンの吸収(あるいは発光)スペクトルを測定します.
まとめ
イオン化エネルギーと電子親和力は元素の特性を示す極めて基礎的かつ重要な値です.この値を吟味することで物質の反応性を様々な角度から予測することができます.
Mullikenはイオン化エネルギーと電子親和力を尺度として電気陰性度を定式化しました.電気陰性度は「原子が電子を引きつける度合い」であり、他にも様々な表式が提唱されています.電気陰性度の値は物質や定義に応じて変わりますが、イオン化エネルギーと電子親和力の値は変わりません.
なお、イオン化傾向とイオン化エネルギーはよく似た概念ですが、前者は昇華熱や溶解熱を考慮したより応用的な性格が強いものです.ただし、傾向としてはそれなりに一致します.
参考文献
化学教育 1969 年 17 巻 1 号 p. 7-16
化学教育 1978 年 26 巻 2 号 p. 146-154
CHEMICAL EDUCATION 1972 Volume 20 Issue 4 Pages 285-291