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層状複水酸化物(LDH):イオンの自在な操作と協奏

層状複水酸化物(Layered Double Hydroxide, LDH)

小さい頃に粘土で遊んだ記憶があります.軟らかくて簡単に加工ができる粘土は子供のおもちゃとして優秀ですが、それだけではありません.粘土は立派な無機結晶材料であり、古くから構造材料として用いられてきた歴史があります.

粘土

粘土は単独の組成を持つ化合物ではなく、いくつかの鉱物を含む複合材料です.多くはシリコンやアルミニウム、マグネシウムといった地殻に豊富な金属元素を含む酸化物であり、共通して層状の結晶構造を持ちます.酸化物層がイオンや分子によって隔離されており、層間に水分子が容易に入り込んで各層を分離することができます.それゆえ、粘土は水を含むと軟らかくなります.

粘土に含まれる鉱物として有名なものにスメクタイト、カオリナイト、セリサイトなどがありますが、これらの共通点は酸化物層が負の電荷を持つことです.全体の電荷中性条件を満たすために、層間にはアルカリ金属などの陽イオン(カチオン)が入ります.

一方、粘土鉱物の中でもハイドロタルク石はやや変わり種で、酸化物層が正の電荷を持ちます.これにより、層間には陰イオン(アニオン)が入ることになります.

このハイドロタルク石こそが今回紹介する層状複水酸化物(LDH)の原型です.アニオンは一般にカチオンよりも大きく、複雑な分子アニオンも含まれますが、LDHはそれらのアニオンを容易に挿入、交換、脱離することができます.電極材料、光触媒、吸収剤、生体材料など用途は様々であり、学術的・産業的に数々の応用がされてきました.

LDHの結晶構造

LDHは、Mを金属元素としてM(\rm{OH})_6八面体を基本構造ユニットとし、これらの八面体が辺を共有することで形成するM(\rm{OH})_2層を持ちます.この構造ユニットは水滑石(ブルース石)のものとよく似ています.Mには2価あるいは3価の金属カチオンが入り、前者の例として\rm{Mg,Mn,Fe,Co}、後者の例として\rm{Al,Mn,Fe,Co}などが挙げられます.3価のカチオンが存在することから、層は正の電荷を持ちます.

LDH

LDHは、正の電荷を持つ酸化物層が積み重なり、それらの間に電荷バランスを保つためのアニオンおよび水分子が入りこんだ構造を有します.一般式は[M(\rm{I\hspace{-1.2pt}I})_{1-\textit{x}}\textit{M}(\rm{I\hspace{-1.2pt}I\hspace{-1.2pt}I})_\textit{x}(\rm{OH})_2][\textit{X}_\textit{n}\text{ }\textit{y}\rm{H_2O}]で与えられます.ここでXはアニオン種です.

簡略化して[M^{I\hspace{-1.2pt}I}-M^{I\hspace{-1.2pt}I\hspace{-1.2pt}I}-X]と記述する場合もあります.アニオン種の数はカチオンの割合に応じて決まり、あまりに大きなxの値では層の間のクーロン反発によりLDHが安定に生成しません.

層間には様々な種類のアニオンが入っています.例えば、フッ化物イオンや塩化物イオンのようなハロゲンイオン、炭酸イオンやリン酸イオンのような分子アニオン、さらにはクラスターや錯体のような巨大なアニオンまでもが候補です.巨大なアニオンが入れば、その分だけ酸化物層の距離は離れ、中には3 nm程度の距離が開くものもあります.アニオン種は層間に非常にゆるく束縛されており、それゆえ容易に脱挿入や交換が起こります.

LDHの歴史

LDHは天然材料であり人工材料でもあります.つまり、天然資源として発見されるのとは独立に人工的な合成も行われました.

LDHの原型ともいえるハイドロタルク石やパイロオーロ石は20世紀半ばに発見され、1920年になってそれがマグネシウムやアルミニウムを含む水酸化物であることが明らかにされました.一方、1930年代、実験的にマグネシウムとアルミニウムを含む層状物質を合成したという報告がありましたが、これが天然鉱物と結びつけて考えられることはありませんでした.

当初、この物質はマグネシウムの層とアルミニウムの層が交互に積層した二つの層(Double layer)を持つと考えられており、現在の呼び名であるLayered Double Hydroxideの由来となりました.

1967年になってようやく、この人工の水酸化物が天然鉱物と同じ構造を有していることが示されます.酸化物層にある金属イオンがどの程度秩序化していてどのように性能に影響しているかはこの頃から研究対象となっており、未だに解決していません.

LDHの性質と応用

LDHの最大の特徴は、層間のアニオンを自在に交換することが可能な点です.単純な無機アニオンから巨大な有機アニオンや生体分子まで多多様なアニオン種を組み入れることが可能であり、このような材料は他に例がありません.また、組成の自由度が高く、熱的にも化学的にも安定です.

層間に発光ポリマー金属錯体、量子ドット、ポリ酸などを取り込んだLDHは、組成層間の相互作用を調整することで優れた光特性を示し、ディスプレイ材料や光センサーとして使用されます.イブプロフェンなどの薬物分子を挿入することも可能であることから、生体内で機能するドラッグデリバリーシステムへの応用が期待されています.

構造中にヒドロキシ基を含むことからLDHには塩基性サイトが豊富に存在し、不均一系固体触媒としての有効性があります.また、遷移金属サイトの組成の自由度が高く、高い触媒活性を示す組成に調整が可能です.さらに、触媒機能を示すアニオン種を層間に入れ込むことで触媒性能はさらに向上します.以上の特性を活かし、LDHは化学反応の触媒や電極材料として用いられます.

まとめ

層状化合物は数多いですが、その多くは負に帯電した、あるいは中性の層を持ちます.LDHは正に帯電した層を持つ層状化合物で、小さな無機アニオンから巨大な有機アニオンまでありとあらゆるアニオン種を含み、自在に脱挿入・交換が可能です.特に組成の自由度が大きいことが特長であり、望みの特性を求めて様々な組成を検討することが可能です.

とはいえ、自由度が大きいが故に、ホストとゲストの間の相互作用など検討が難しい課題も多く残されています.

参考文献

Braterman, Paul S., Zhi Ping Xu, and Faith Yarberry. "Layered double hydroxides (LDHs)." Handbook of layered materials 8 (2004): 373- 474.

Rives, Vicente. Layered double hydroxides: present and future. Nova Publishers, 2001.

Li, Feng, and Xue Duan. "Applications of layered double hydroxides." Layered double hydroxides (2006): 193-223.

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結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).