はじめよう固体の科学

電池、磁石、半導体など固体にまつわる話をします

MENU

多孔質材料:「何もない」空間を役立てる

更新 2024-3-3

多孔質材料(多孔性材料、Porous materials)

贈り物の箱を受け取るのであれば、できるだけ中身がぎっしり詰まっていた方が嬉しいものです.箱の中にぎゅうぎゅうのお菓子が入っていれば大興奮ですし、反対にスカスカなおせちが入っていたら悲しい気持ちになります.同様に、世の中の製品は高密度・高容量なものが好まれ、可能な限り小さく高性能な電池やコンピューターが求められてきました.

一方で、「ぎっしり」ではなく「スカスカ」であることが好まれるような分野もあります.スカスカであるということは隙間や空孔が多いということであり、これによって「軽く」「表面積の大きい」材料となります.その分、強度は犠牲になるわけですが、前者のメリットの大きい分野ではスカスカな材料が好まれます.

例えば、スポンジや増えるワカメは大量の隙間と大きな表面積を活かし、元の体積の何倍もの量の水を吸収します.篩(ふるい)やザルは孔の大きさに応じて、異なる大きさの粒を互いに分離することができます.軽石や多孔質金属は、十分な強度を持ちながら軽量な構造材料として使用されます.ミニ四駆では、パーツの肉抜きを行うことで軽量化し、スピードの極限に挑みます.

このように空孔が無数に含まれた機能材料を総称して多孔質材料と呼びます.多孔質材料は産業や生活のあらゆる場面で使用されており、それゆえ社会的な需要も非常に大きなものとなっています.

今回は、生活に欠かせない材料の一つである多孔質物質について見ていきます.

孔の大きさと利用

多孔質材料の空孔以外の部分(骨格)はマトリックスやフレームと呼ばれています.空孔の内部は通常は空気や液体で満たされていますが、場合によっては真空状態に保たれます.

一口に多孔質と言っても、材料によって空孔の大きさは様々であり、目に見える大きさのものから原子サイズのものまであります.軽さや表面積の大きさを目指した材料では空孔の大きさはそこまで問題になりませんが(限度はあります)、物質を取り込んだり分離したりするような用途では空孔の大きさが極めて重要になります.

空孔の大きさによる多孔質材料の分類として以下のようなものがあります.

ミクロポーラス材料・・・空孔の直径が2 nm以下
メソポーラス材料・・・空孔の直径が2 nmから50 nm程度
マクロポーラス材料・・・空孔の直径が50 nm以上

空孔の形も様々であり、ジャングルジム状に骨格が張り巡らされているもの、ジェンガのように層状に隙間が空いているもの、水の中の泡のように球状の空間が無数に空いているものなどがあります.骨格についても、互いに連結してネットワークを形成しているものや紐状の骨格が空間を埋め尽くしているものなど多彩です.

多孔質にすることにより、大きく以下のような効果が考えられます.

軽量化
大きな表面積
低い熱伝導率・熱容量
・空孔の大きさに応じて物質を吸収・分離
強度が低い

強度が下がる点はマイナスですが、その点が気にならない分野、あるいは多孔質にした状態でも十分な強度を保つ材料を使用することで、多孔質化によるメリットを存分に活かすことが可能となります.

様々な多孔質材料

「多孔質材料」というお堅い字面からは人工的な材料がイメージに浮かびますが、自然界にも多孔質物質は豊富にあります.多くの多孔質材料は人間の影響を受けることなく自然に生み出されたものであり、実際、人類は多孔質材料の調製方法を自然界のプロセスをヒントにしてきました.

以下では、天然・人工の多孔質材料のうち代表的なものを見ていきます.

粘土鉱物

みなさんが一度は遊んだことのある粘土も、結晶性物質であり多孔質物質でもあります.粘土鉱物は泥や土などから算出し、古くは陶磁器の製造に用いられてきました.現在では、子供の遊び道具からフィギュア、潤滑剤、化粧品や医薬品の用途にも用いられます.

粘土鉱物の多くはアルミニウム、シリコン、酸素原子を含むケイ酸塩の一種です. \rm{SiO_4}四面体や \rm{AlO_6}八面体が頂点を共有した二次元ネットワークにより層状の結晶構造を形成します.

いくつかの構造タイプが知られており、四面体と八面体の連結方法の違いにより区別され、例えば1 : 1タイプの粘土鉱物は各層ごとに四面体と八面体が1層ずつ存在します.例えば、有名なスメクタイト(Smectite)は、典型的な2:1タイプの粘土鉱物です.

粘土鉱物の各層は正または負に帯電しています.スメクタイトは層が負に帯電することでアルカリ金属イオンなどのカチオンを層間に取り込みます.一方、層が正に帯電した層状複水酸化物(LDH)では負の電荷を持つアニオンを迎えます. \rm{Al_4Si_4O_{10}(OH)_8}の組成を持つカオリナイト(Kaolinite)は層電荷を持たず、水などの中性分子が入り込みます.

粘土鉱物は層間に大きな隙間があり、この隙間に水や有機分子を取り込むことが可能であるため、多孔質材料として機能します.これらの粘土鉱物の層間の厚さは乾燥下で小さくなり、湿潤下では膨潤して粘性が生じます.また、層を一層だけ分離することも可能であり、ナノシートと呼ばれます.

ゼオライト

ゼオライトは、結晶性のアルミノケイ酸塩であり頂点共有の \rm{AlO_4}四面体と \rm{SiO_4}四面体から構成されます.物質中には通常1 nm程度の空孔が含まれており、ミクロポーラス材料に区分されます. \rm{Al}の量が増えるほど物質が負に帯電し、電荷バランスを保つために \rm{Na^+} \rm{H^+}などのカチオンを空孔中に取り込みます.空孔が多いことから、ゼオライトの表面積は非常に大きな値となります.

一般的なゼオライトは、 \rm{(M_{n/2}O) (Al_2O_3) (xSiO_2) (yH_2O)}の組成を持ちます. Mカチオンや \rm{Al}の量によって結晶構造が変わり、空孔の濃度や大きさを調整可能です.

ゼオライトの主な機能は3つあります.

イオン交換材料

ゼオライト中の陽イオン空孔内に緩く束縛されており他のイオンと容易に交換可能です.それゆえ、イオン交換体として水の軟水化用途に使用されます.

触媒材料

ゼオライト中で交換可能なカチオンが \rm{H^+}である場合、ゼオライトは固体酸として機能します.そのため、酸性のゼオライトは、石油化学産業において分解反応や異性化反応に広く使用されています.

ガスの吸着と分離

ゼオライト中にはナノメートルオーダーの空孔があり、これは一般的な小分子の大きさに対応します.それゆえ、空孔の大きさに応じて分子を選択的に吸着し、ガス精製やガス分離技術において利用することが可能です.

シリカとメソポーラスシリカ

シリカとは、一般式 \rm{SiO_2}または \rm{SiO_2.xH_2O}で表される巨大な物質群であり、地殻中に豊富に含まれています.アモルファスのシリカをゲル化したシリカゲルは数ナノメートルの空孔を内部に持ち、乾燥剤や消臭剤に使用されます.

シリカゲルはナノメートルオーダーの空孔を持つことからゼオライトと同様にミクロポーラス材料に区分されます.ミクロポーラス材料は小分子の吸着に有用ですが、より大きな分子の吸着にはより大きな空孔が必要となります.このため、さらに大きな空孔を持つ材料としてメソポーラス物質が求められていました.[1]

1990年台初頭、均一なメソポーラス空孔を持つシリカ材料の報告が相次ぎました.まず、1990年に早稲田大の黒田氏らによって2〜4 nmのメソ孔と約 \rm{900\text{ }m^2 g^{-1}}の表面積を持つメソポーラスシリカが合成されました.次いで豊田中研の稲垣氏らの報告では、反応条件の最適化によってハニカム格子状に整列したメソポーラス材料(FSM-16)を合成し、電子顕微鏡によって秩序だった構造を確認しました.

その間に、Mobil Oil社の研究グループは、M41Sと呼ばれる新しいメソポーラス材料に関する画期的な成果を報告しました.C.T.Kresgeらは界面活性剤を用いて、2〜10 nmの孔径を持ち六角形(MCM-41)とおよび立方体(MCM-48)の対称性を持つメソポーラスシリカを調製したのです.この報告は瞬く間に世界中に広まり、報告論文は2万回以上引用されています.

M41Sの合成には、界面活性剤を使用します.界面活性剤を分子レベルで見ると、親水性と疎水性の部位を併せ持ち、溶液中では濃度に応じて多様な形状の集合体(ミセル)を形成します.ミセルは球状であることが多いですが、特定の条件では棒状(円柱状)となり、ミセル同士が一定の距離を保って整列します.

ここにシリカの原料を投入して成長させると、シリカがミセルを避けてミセルの周りに緻密なSiネットワークが形成されます.あとは加熱によって界面活性剤を取り除くと、多孔質のメソポーラスシリカの完成です.すなわち、界面活性剤を「鋳型」にすることによってメソポーラスシリカが合成可能であることを見出したのです.

合成条件を最適化することによって、空孔の大きさや分布の状態を制御する事が可能です.なお、「MCM」にはMobil Catalytic Materialsを意味するという説とMobil Composition of Matterを意味するという説があるようです.

活性炭

活性炭は、多孔質の炭素系材料として一般によく知られています.古くは古代エジプトにおいて、油の精製や船上で飲料水の入った木樽の内側に塗布する用途に用いられました.それから現在に至るまで、主に環境分野での汚染物質の除去や水・空気の浄化のための吸着材・消臭剤として使用されています.

活性炭はグラファイトの一種で、無秩序な多孔質構造を持ち、マイクロ、メゾ、マクロなど幅広い細孔径の孔を持ちます.活性炭は炭素を多く含む材料から得られ、様々な農業副産物や廃棄物から作ることができます.得られた炭素材料は熱や化学反応によって「活性化」されます.

活性炭は、低価格、合成の容易さ、汎用性、多くの前駆体が利用できることから広く使用されてきました.現在では、ガス分離、ガス貯蔵、空気処理、触媒、排水処理、脱色、溶剤回収、貴金属回収など、あらゆる用途で活用されています.しかし、異なる種類の金属を分離することは難しく、大きな分子は吸着できません.

韓国のグループは、メソポーラスシリカを鋳型にすることによって得られたメソポーラス炭素材料を報告しています.また、フラーレンやカーボンナノチューブといった新しいナノカーボン材料を用いた多孔質材料の開発も盛んです.[2]

有機・無機ハイブリッド物質

ここまで見てきた物質は無機物質であり、有機物質のような官能基を持ちません.一方で、有機物のフレームワークと無機物質のフレームワークを組み合わせた複合材料が存在します.「硬い」無機物質と「柔らかい」有機物質を組み合わせることにより、既存材料とは異なる性質を示す材料が得られます.

有機官能基を含むシリカネットワークからなる周期的メソ多孔有機シリカ(Periodic Mesoporous Organosilica, PMO)、金属イオンと有機ユニットが配位結合により集積した金属有機構造体(Metal Organic Frameworks, MOF)、共有結合により有機分子が連結した共有結合性有機フレームワーク(Covalent Organic Framework, COF)などが挙げられます.

これらは、その他で括るにはあまりに巨大な物質群ですが、分量が多くなりすぎるため改めて別記事で触れたいと思います.

生体

人類を含む全ての生物は多孔質物質です.皮膚から水分や気体を接種・排出するために、生物の皮膚の表面には微細な空孔が存在します.また、生物の内部にも骨や肺のような多孔質物質があります.人間の骨は多孔質でありながら丈夫にできており、肺は酸素の吸収を円滑に行うために大きな表面積を持ちます.

珪藻類や竹などの植物にも多量の空孔があり、大きな表面積を有しています.

まとめ

たくさんのボールを容器に詰めると、ボールはびっしりと(ほとんど)隙間なく容器を埋めます.同様に、大量の原子・分子が集積すればできる限り密な構造になることが当然で、実際にほとんどの金属物質は原子が最密充填を基調とした結晶構造をとります.金属の展性・延性といった性質は最密構造であることに由来します.

一方で、原子が集積しても密にならずに隙間のある多孔質構造となることがあります.これは非常に非自明な現象であり、何らかのメカニズムが隠されているはずです.しかし、隙間とは「何もない」ことですから、一見すると特に使い道がないようにみえます.

そんなときは、「無用の用」の言葉を思い出しましょう.中国の道家思想が表れた言葉であり、「役にたたない実用性のないようにみえるものに、実は真の有益な働きがある」ことを意味します.実際に、「何もない」隙間を持つ材料が多種多様な実益を生み出してきました.

隙間をすぐに埋めてしまう前に、隙間に用途がないかを考えてみると大発見が待っているかもしれません.

参考文献

Introduction to Porous Materials. John Wiley & Sons, 2019.

化学と教育 2014 年 62 巻 3 号 p. 108-111

化学と教育 2018 年 66 巻 1 号 p. 30-33

化学と教育 1999 年 47 巻 8 号 p. 524-527

[1] Bulletin of the Chemical Society of Japan 63.4 (1990): 988-992. / Chemical Communications 8 (1993): 680-682. / Nature 359.6397 (1992): 710-712.

[2]The Journal of Physical Chemistry B 103.37 (1999): 7743-7746.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).