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準結晶:世界を覆した「第三の固体」

準結晶(Quasicrystal)

金属、セラミック、プラスチック、骨、炭、氷、ダイヤモンドなど身近な固体はいくつもありますが、これらは大きく二種類に分けることができます.分類のためには、固体を原子レベルで見て、原子がどのように並んでいるかを考える必要があります.

大多数の金属において、原子は規則正しく整列しています.原子の並びには周期性があり、小さな繰り返しユニット(単位胞)が無数に集合することによって物質が成り立っているのです.こうした物質を結晶と呼びます.

一方、原子がランダムに配列している場合があります.この状態をアモルファスと呼びます.アモルファスでは原子の並びに規則性が無いため原子の繰り返しユニットもありません.

結晶とアモルファス

原子が規則正しく並んでいる(結晶)かランダムに散らばっている(アモルファス)か.全ての固体はこの二種類に分類されるはずでした.少なくとも、20世紀後半までは.

準結晶」.

一見では結晶のように見えるのだけれど、結晶であるはずのない奇妙な物質です.

準結晶をめぐって高名な科学者が争い、結晶学会は固体の定義の見直しを迫られ、発見者はノーベル賞を受賞しました.では、準結晶とはどのような物質なのか.その発見と性質について見ていきます.

結晶の性質と準結晶の発見

回折格子というものがあります.規則的に並んだスリットに適切な波長の光を入射すると、回折した光が互いに強めあう(あるいは弱めあう)ことによって、きれいな等間隔の干渉縞が生じます.これは、入射した光の先のスクリーンに周期的に並んだスポットとして観測されます.

結晶も規則的な原子の並びであるので、適切な波長の光(この場合はX線)を入射することによって回折および干渉が起こります.干渉縞のパターンは原子の配列の形を反映しており、結晶構造によって回折パターンの様子も変わります.物質を変えれば、四角形型や六角形型などその分様々な回折パターンが見られます.

しかし、見られる回折パターンには限りがあります.回折パターンは物質の結晶構造を反映しているため、結晶構造としてありえないパターンは観測されません.原子は周期的に並び、空間を埋め尽くさなければならないので、得られる結晶構造には限りがあるのです.

では、どのようなパターンならばあり得るでしょうか.三次元で考えるのは複雑すぎるので、二次元で考えていきます.

適当な図形を思い浮かべ、その図形で二元空間を埋め尽くすことを考えましょう.正三角形や正方形であれば可能そうです.六角形も蜂の巣を思い浮かべれば空間を埋め尽くせることが分かります.円は隙間ができてしまうのでだめです.五角形は頑張ってみても隙間ができてしまいます.

多角形

実は、正多角形で二次元を埋め尽くすには正三角形、正方形、正六角形のいずれかのパターンしかありません.五角形はダメですし、七角形以上の多面体もダメです.二次元空間だけでなく、3次元空間でも同じことが言えます.これは、数学的な事実です.例外はありえません.

五角形の単位、すなわち5回対称性(360/5 = 72°回転しても見た目が変わらない性質)を持つ結晶など存在し得ないのです.以上を念頭に置いて、歴史を振り返りましょう.

準結晶の発見

1984年、Dan Shechtmanらは以下のような回折パターンを発表しました.複雑な組成の\rm{Al-Mn}系合金材料を研究していた最中のことです.一見では、結晶として遜色のない美しい回折パターンであるように思えます.ところが、スポットの間隔は一様でなく、単位胞を定義できません.また、スポットを線でつないでいくと五角形があらゆるところに現れます.

回折図形

Wikipediaより引用 CC BY-SA 3.0

様々な実験の末、この物質は正二十面体と同じ対称性を持っていることが分かりました.問題は、スポットが5回対称性を持っているように見えることです.前述のとおり、結晶ではこのようなことは起こりえません.一方で、スポットが見えている以上、アモルファスであるはずもありません.

結晶のような周期構造はないが、アモルファスのようにランダムな構造でもない.そんな構造があるはずがないと思われましたが、ありました.Shechtmanの実験よりもかなり前に、イギリスのPenroseは二種類の菱形を使って空間を埋め尽くす方法を考案していました.

二種類の菱形によって全空間を埋め尽くし、しかも周期性がなく、あらゆるところに五角形が現れます.この模様はペンローズパターンと呼ばれ、デザインでよく使用されていました.この図形こそが不思議な回折パターンの構造を解き明かす鍵となったのです.

ペンローズタイル

Wikipediaより引用 Public Domain

果たして、Dan Shechtmanの論文は結晶でもアモルファスでもない「第三の固体」を世に送り出しました.当初は"Shechtmanite”と呼ばれていましたが、すぐに「準結晶」と呼ばれるようになりました.

結晶学の常識に反する結果が突きつけられ、業界の議論は紛糾しました.非周期的な性質を信じないものも多く、反対派が多く現れます.反対派のトップは化学界の重鎮Linus Paulingで「There is no such thing as quasicrystals, only quasi-scientists.」(準結晶などは存在せず、準科学者が存在するだけだ)などと痛烈に批判しました.

しかし、実験・理論の結果は準結晶の存在を支持し、熱力学的に安定な準結晶が数多く発見されたことも手伝って、1990年代にはようやく準結晶の存在が受け入れられるようになりました.1992年には国際結晶学連合(IUCr)が「結晶」の定義を見直し、周期的構造であることを結晶の要件から外しました.

教科書を置き換える大発見を称えられ、2011年にShechtmanはノーベル化学賞を単独受賞しました.

準結晶の合成法

準結晶を合成する一般的な方法は、金属の溶液を急冷する方法です.このような準結晶は準安定相であり、試料が小さく欠陥が多く含まれるため詳細な分析は困難でした.しかし、\rm{Zn-Mg-Dy}系のように特定の組成では急冷をしなくても安定な準結晶を作成することが可能です.この場合、徐冷をすることによって比較的大型の単結晶試料を得られます.

安定な準結晶は\rm{Al-Li-Cu}系において初めて報告され、その後は数多くの金属の組み合わせで安定な準結晶が得られています.特に、\rm{Cd-Yb}系では二元系かつ金属元素同士が別々のサイトに分かれて存在し、\rm{Yb}\rm{Cd}がX線で明瞭に区別できることから準結晶の構造が詳細に明かされるきっかけとなりました.

準結晶の性質

「第三の固体」として鮮烈なデビューを飾った準結晶ですが、準結晶特有と思えるような応用につながる性質はあまり発見されていません.それでも、結晶ともアモルファスとも異なる性質がいくつか見出されています.

まず、準結晶は結晶性の金属よりも大きな電気抵抗を示します.原料となる純金属と比べても、4〜5桁程度大きな電気抵抗です.また、電気抵抗の温度依存性は金属よりも半導体に近い振る舞いを見せます.一方で、中には超伝導を示す組成もあります.熱伝導率についても準結晶は高い値を示し、その値は金属というよりもセラミックスの値に匹敵します.

硬さも準結晶の特徴の一つです.純金属と比べると非常に大きなビッカース硬度の値を示します.通常の金属では結晶中の欠陥を介して原子が滑ることで移動ができますが、準結晶ではこれがないため結晶よりも硬度が高いと解釈されています.また、準結晶の摩擦係数が小さいことも知られており、コーティング材料としての応用も見られます.

まとめ

化学や結晶科学に関わった年数が長ければ長いほど、準結晶の発見は衝撃的であっただろうと想像します.何せ、国際結晶学連合における「結晶」の定義が置き換わったのです.「分子」や「化合物」の定義が置き換わることを考えれば、その衝撃の大きさが伺えるかと思います.

準結晶は直感的に理解できたとしても数学的には非常に難解で、その定義さえもいくつかの流派があります.二次元ならともかく、3次元空間で準結晶のパターンを思い浮かべることのできる人がどれほどいることでしょうか.理論的にも実験的にも、準結晶の謎はまだまだ明かされていないことだらけです.

最後に、準結晶発見のノーベル化学賞はDan Shechtmanの単独受賞となりましたが、準結晶の理論的な解釈を行ったPaul SteinhardtやDov Levine、既存の準結晶の実に九割近くを発見したと言われる蔡安邦らの貢献も忘れてはなりません.

参考文献

化学と教育 2013 年 61 巻 12 号 p. 608-609

日本物理学会誌 2015 年 70 巻 1 号 p. 4-5

応用物理 1998 年 67 巻 3 号 p. 302-305

日本結晶学会誌 2007 年 49 巻 1 号 p. 12-17

源流 2001 年 2001 巻 3 号 p. 34-45

Quasicrystal - Wikipedia