リチウムイオン伝導体(Lithium ion conductors)
リチウムイオン電池の発明は業界に革命をもたらし、あらゆる電子機器に用いられています.化石燃料からの脱却が叫ばれる昨今、電池の需要はますます増加する一方であり、現存の電池を超える性能が求められています.
リチウムイオン電池は他の電池と同様に主に3種類の材料から構成されています.すなわち、酸化還元反応を行う電極(正極および負極)と電荷の運搬を行う電解質です.電解質で移動する電荷の担い手はイオンであり、可能な限りイオンが高速で伝導可能な材料が必要です.
多くの電池で電解質として使用されているものは、塩を溶解させた溶液(電解液)です.塩は液中でイオンとなり、液中を漂うイオンが電場に応答することで電荷の移動が起こります.電解液はイオン伝導度の観点では非常に優れていますが、欠点もあります.液体は扱いにくく、常に液漏れの危険があります.特にリチウムイオン電池で使用される有機溶液は燃えやすく、たびたび発火事故や爆発の原因となります.
電解質を固体で置き換えれば、このような問題はクリアできます.これが、近年注目の高まっている全固体電池です.固体は安定性に優れ、液漏れの心配もありません.しかし、固体でイオンを流すのは容易なことではありません.固体において、イオンは物質の構造を支える「土台」であり、電子を右から左に受け渡すこととは訳が違います.このことから、通常の固体物質はイオン伝導を示しませんし、示したとしても液体と比べて非常に低い値となります.
ところが、近年の材料探索の進展にともなって、液体と同等あるいはそれ以上のイオン伝導度を示す固体物質が開発されてきました.中でもリチウムイオン電池に用いるリチウムイオン伝導体の進化は著しく、報告された物質の種類も多岐にわたります.しかし、全固体電池に求められる特性は非常にシビアであり、まだまだ性能の向上が必要な段階です.
今回は、イオンが流れる固体の中でも、リチウムイオン電池に使用可能なリチウムイオン伝導体について見ていきます.
リチウムイオン伝導体の数々
リチウムイオンは非常に小さな陽イオンです.構造の土台を支えるというよりは、構造の隙間を埋め、隙間をうまいこと通り抜けて伝導するというイメージです.電場に沿って移動するという図式は同じですが、どのような経路をどのような速度で移動するかは物質によって大きく異なります.
大まかな伝導メカニズムについては、固体電解質の記事を参照してください.
優れたリチウムイオン伝導体は酸化物、硫化物、リン酸塩、窒化物、ハロゲン化物など多様な物質群において見られます.また、物質の形態も結晶性および非晶質(アモルファス)に分けられ、リチウムを含んでさえいればあらゆる物質群にリチウムイオン伝導体としての可能性があることを示します.ただし、電解質の特性上、電子を流すことは許されないので、電子をよく流す金属材料が電解質として用いられることはありません.
以下では、リチウムイオン伝導体の代表的な物質群を見ていきます.
ペロブスカイト酸化物
あらゆる性質を示す「機能の宝庫」であるペロブスカイトですが、リチウムイオン伝導体としても優れた性能を示します.ペロブスカイト酸化物は(AとBはカチオン)の組成を持つ材料で、中でもが有名なリチウムイオン伝導体です.
この材料は室温で高いイオン伝導度()と極小の電子伝導度、そして高い電気化学的安定性を示します.ではAサイトをとが占め、が多い層と少ない層が交互に並んでいます.Aサイトには一部に空孔があり、この空孔をが飛び移ることによってリチウムイオン伝導が起こります.
アンチペロブスカイト
通常のペロブスカイトにおいて陽イオンと陰イオンが占めているサイトを入れ替えた物質がアンチペロブスカイトです.それゆえ、アンチペロブスカイトでは陽イオンが過剰な組成なります.アンチペロブスカイトは、特に近年注目を集めている物質群であり、超伝導体や触媒としての応用があります.
の発見を端緒とし、を超える伝導度と室温・高温における化学的安定性を示すリチウムイオン伝導体が発見されました.より大きなハロゲンを置換したり、リチウムの一部をアルカリ土類金属などで置換することによって伝導度はさらに向上します.伝導メカニズムはまだはっきりとしていませんが、構造中の格子間サイトを介した伝導方法などが提唱されています.
NASICON系伝導体
NASICONと呼ばれる、ナトリウムイオンの優れた伝導体ファミリーがあります.この伝導種をリチウムイオンに置き換えた類似物質(LiSICON)も、リチウムイオン伝導体としての高い性能を示します.
LiSICONの結晶構造は、およびから構成される堅固な三次元ネットワークからなり、構造の隙間にアルカリ金属が配置されています.特に研究されている組成がであり、をなどに一部置換することによって、伝導度が大幅に向上します.
ガーネット酸化物
ガーネット(Garnet)は複雑な構造を持つ酸化物であり、 などの組成を持ちます.Aサイト、Bサイト、Mサイトの陽イオンはそれぞれ酸素イオンに8配位、6配位、4配位されています.
リチウムガーネットと呼ばれる酸化物のうち、は特に高いイオン伝導度を示します.過剰にあるリチウムイオンは結晶構造中の空孔サイトに満遍なく分布しており、これらのサイト間をリチウムイオンが移動することで伝導が起こります.
また、は高い伝導度と優れた化学的・電気化学的な安定性を示すことから、全固体電池への応用が期待されます.一方で、より安定性が高く伝導度の低い多形の生成を抑えることや、湿気に弱いという課題を解決する必要があります.
硫化物LiSiCON
リチウムイオン伝導を示すのは酸化物だけではなく、他の物質系でも存在します.前述のLiSiCONを酸化物から硫化物へと拡張することで新しいイオン伝導体ファミリーが生まれました.硫化物イオンは酸化物イオンよりもイオン性が弱く、柔らかい(分極率が高い)ことから、リチウムイオンの動きを陰イオンが邪魔せずにリチウムイオンが伝導することができるとされています.
硫化物LiSiCONはの組成を持ち、中でもが最も高い伝導度を示します.他にも代表的な組成として、などが挙げられ、それぞれ異なるポリアニオンユニットが構造中に含まれます.
LGPS系
2011年に発見されたは電解液に匹敵する非常に高い伝導度()を示すことから、世界的な注目を集めました.一方で、電気化学的な安定性の低さや高価なを含むことがネックでした.
高価なの代わりにやを置換した物質は元の物質よりも伝導度が低くなってしまいます.しかし、うまく組成を最適化したでは、を使用することなく最高クラスの伝導度を実現しています.
2023年に報告された世界最高のリチウムイオン伝導度を示す相はと、複雑すぎて意味不明な組成を持っています.[1]
アルジロダイト型
硫化物にハロゲンを導入したアルジロダイト型 は級の高い伝導度を示します.
アルジロダイトの結晶構造はとハロゲンイオンからなり、その隙間にリチウムイオンが配置します.等価な空孔サイトが非常に多くあり、これらの空孔を介することでリチウムイオンが伝導します.
ハライド系
これまであまり注目されていなかったハロゲンを陰イオンとして用いたリチウムイオン伝導体が最近発見され、高い伝導度と安定性を示すことから注目されています.をが2018年に報告されたのを皮切りに、類似構造を持つハライド材料が続々と報告されました.[2]
まとめ
全固体電池の実用化には、液体電解質の壁が立ちはだかります.安全性が高くとも、従来のリチウムイオン電池よりも遥かに劣る性能を示すのであればあまり利点はありません.何とかして、液体を用いた従来の電池を上回るメリットを提示する必要があります.
幸いにして固体のリチウムイオン伝導度は液体に迫る、あるいは超える値にまで発展してきました.また、安全性や安定性の他に、液体を用いた電池よりも高速・高電流の充放電が可能なことが示され、全固体電池の新しいメリットが実証されつつあります.
しかし、材料ができただけでは電池の作成は終わりません.今まで挙げた材料一つ一つに長所と短所があり、新たな材料と組み合わせることで予期せぬトラブルや奇跡が起こるかもしれません.最高の電極材料と最高の電解質材料を集めて、そこから電池の開発はスタートするのです.
参考文献
Energy & Environmental Science 11.8 (2018): 1945-1976.
Electrochemical Energy Reviews 2.4 (2019): 574-605.
応用物理 2021 年 90 巻 1 号 p. 6-23
[1] "A lithium superionic conductor for millimeter-thick battery electrode." Science 381.6653 (2023): 50-53.
[2] "Solid halide electrolytes with high lithium‐ion conductivity for application in 4 V class bulk‐type all‐solid‐state batteries." Advanced Materials 30.44 (2018): 1803075.
結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).