はじめよう固体の科学

電池、磁石、半導体など固体にまつわる話をします

MENU

蛍石型構造:イオン伝導がよく見られる基本的な結晶構造

蛍石型構造(CaF2型構造、Fluorite structure、CaF2 structure)

蛍石(CaF2)型構造は、AB2 の組成で表される結晶構造であり、CaF2 をはじめとしてZrO2、UO2 などの物質で見られます.蛍石とは、CaF2 が鉱物となった際に呼ばれる名称です.

単位胞にはCaが4つ、Fが8つ含まれます.Caは8つのFに立方体状に配位されており、反対にFは4つのCaに四面体型に配位されています.

立方晶系、面心立方構造を基本とし、空間群はFm–3mです.

いつものとおり、二通りの方法で結晶構造を記述していきます.

最密充填を基準とする方法

蛍石型構造において、Caは面心立方格子(立方最密充填)の位置にあります.この全ての四面体間隙にFを配置することにより蛍石型構造が得られます.このとき、八面体間隙は空のままです.

一方、Fは単純立方格子の位置にあります.CaF8から構成される立方体と、中心にCaを配置したCaF8立方体を互い違いに配置することにより蛍石型構造となります.

多面体を基準とする方法

蛍石型構造では、Caは8つのFに立方体型に配位されています.この立方体の辺を共有するように交互に配置した構造が蛍石型構造です.立方体には12の辺があり、いずれの辺も2つの立方体によって共有されています.また、全ての立方体の面は、格子軸の方向を向いています.
反対に、Fから見ると、FはCaに四面体型に配位されており、この四面体がいずれも辺を共有することで構造が成立します.

蛍石型構造を持つ物質

蛍石型構造ではカチオンとアニオンが適度な距離で分断されており、イオン結合性の物質であることが多いです.

酸化物では4価のカチオン(Zr、Tiなど)、フッ化物や水素化物では2価のカチオン(Ca、Baなど)の時に蛍石型構造となる場合が多い(ZrO2, BaF2など)ですが、珍しいところでは、複数のアニオン種が組み合わされることで、LaOF や LaOH のように3価の金属が蛍石型構造を取る場合もあります.

多くの蛍石型物質は絶縁体ですが、ZrO2やPbF2、LaHOのようにアニオンが高いイオン伝導性を示す場合が多く知られています.

以下では、蛍石型構造を持つ代表的な物質を紹介します.

代表的な物質

ZrO2

ZrO2(ジルコニア)の高温相が蛍石型構造となります.ZrO2は非常に安定な物質ですが、2370 ℃以下では正方晶または単斜晶の対称性を示します.

Zrの一部をYで置き換えた材料はイットリア安定化ジルコニア(YSZ、Yttria-stabilized zirconia) と呼ばれ、低温域まで立方晶のままです.

YSZはY置換によって生成した酸素空孔の影響により、高い酸素イオン伝導度を示し、燃料電池の電解質や酸素濃度センサーなどとして利用されています.

PbF2

PbF2もまたイオン伝導体として知られ、フッ素イオン伝導を示します.PbF2や関連物質PbSnF4は全イオン伝導体の中でもトップクラスの伝導度を示します.

LnHO

Lnはランタノイド元素(La~Er)を指し、LnHOは水素アニオンと酸素アニオンが共存した酸水素化物です.Lnの大きさによって結晶構造が変化し、大きなLnではHとOが規則的に並び、小さなLnでは無秩序化します.前者ではイオン伝導経路が大きくなり、水素アニオンが伝導するようになります.[a]

CeO2-ZrO2

自動車触媒では適切な酸素分圧の維持が重要であり、酸素を吸蔵可能な材料を用いることで酸素分圧を精密に制御しています.CeO2-ZrO2は酸素不足時に酸素を放出し、酸素過剰時に酸素を取り込み性質があり、酸素貯蔵材料として使用されます.

蛍石型構造から派生する構造

蛍石型構造は2種類の原子によって構成されます.Caサイト(Fサイト)を別の構造ユニットに変えたり、間隙に別の原子を入れることにより新しい結晶構造が得られます.

逆蛍石型構造

蛍石型構造におけるカチオンとアニオンの位置関係を入れ替えた構造は逆蛍石型構造と呼ばれます.組成比が入れ替わるためカチオンが過剰になり、Li2O、Na2O、Cu2S、Cu2Seなどの物質が知られています.

CsCl型構造

蛍石型構造において、アニオンからなる単純立方構造の全ての立方体の中心にカチオンを配置するとCsCl型構造となります.

ホイスラー合金

蛍石型構造において、Caサイトの八面体サイトは空なわけですが、八面体間隙全てに別の原子を入れると、ホイスラー合金と同じ結晶構造となります.ホイスラー合金は、熱電変換材料、触媒、磁性材料など様々な分野で使用されます.

パイロクロア型構造

蛍石型構造においてカチオンサイトは一種類のみですが、カチオン二種類を秩序化させた場合はパイロクロア型構造となります.ただし、パイロクロア型構造では一方のカチオンが正方形配位から八面体配位に変わっています.

α-PbO

蛍石型構造を半分にカットし、縦に引き伸ばしたような構造をしています.その影響で格子は正方晶となります.FeSeやLaFeAsOなどの鉄系超伝導体には、共通してα-PbO型の構造ユニットがあることが知られています.

まとめ

蛍石型構造は比較的単純な組成比を持つことから、多くの物質において見られます.

何と言っても、イオン伝導を示す物質の多さが目立ちます.酸素イオン伝導、フッ素イオン伝導、水素アニオン伝導など、アニオンのイオン伝導体は一通り網羅しているように思います.そのほか、蛍石型構造の派生構造をにおいて強誘電性を示すHfO2、電子化物(エレクトライド)のLaH2、アンモニア合成触媒のTiH2など興味深い性質を示す材料が多くあります.[b–d]

参考文献

U. Müller, Inorganic Structural Chemistry (Wiley, 2007).

[a] Chemistry of Materials, 2019, 31.18: 7360-7366.

[b] Nano letters, 2012, 12.8: 4318-4323.

[c] Inorganic Chemistry, 2016, 55.17: 8833-8838.

[d] Journal of the American Chemical Society, 139(50), 18240-18246.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).