はじめよう固体の科学

電池、磁石、半導体など固体にまつわる話をします

MENU

蛍石型構造:イオン伝導がよく見られる基本的な結晶構造

更新 2024-2-23

蛍石型構造(CaF2型構造、Fluorite structure、CaF2 structure)

蛍石(\rm{CaF_2})型構造は、AB_2の組成で表される結晶構造であり、\rm{CaF_2}をはじめとして\rm{ZrO_2}\rm{UO_2}などの物質で見られます.蛍石とは、\rm{CaF_2}が鉱物となった際に呼ばれる名称です.

単位胞には\rm{Ca}が4つ、\rm{F}が8つ含まれます.\rm{Ca}は8つの\rm{F}に立方体状に配位されており、反対に\rm{F}は4つの\rm{Ca}に四面体型に配位されています.

いつものとおり、二通りの方法で結晶構造を記述していきます.

最密充填を基準とする方法

蛍石型構造において、\rm{Ca}は面心立方格子(立方最密充填)の位置にあります.この全ての四面体間隙に\rm{F}を配置することにより蛍石型構造が得られます.このとき、八面体間隙は空のままです.

一方、\rm{F}は単純立方格子の位置にあります.\rm{CaF_8}から構成される立方体と、中心に\rm{Ca}を配置した\rm{CaF_8}立方体を互い違いに配置することにより蛍石型構造となります.

多面体を基準とする方法

蛍石型構造では、\rm{Ca}は8つの\rm{F}に立方体型に配位されています.この立方体の辺を共有するように交互に配置した構造が蛍石型構造です.立方体には12の辺があり、いずれの辺も2つの立方体によって共有されています.また、全ての立方体の面は、格子軸の方向を向いています.

反対に、\rm{F}から見ると、\rm{F}\rm{Ca}に四面体型に配位されており、この四面体がいずれも辺を共有することで構造が成立します.

蛍石型構造を持つ物質

蛍石型構造では陽イオンと陰イオンが適度な距離で分断されており、イオン結合性の物質であることが多いです.

酸化物では4価の陽イオン(\rm{Zr、Ti}など)、フッ化物や水素化物では2価のカチオン(\rm{Ca、Ba}など)の時に蛍石型構造となる場合が多い(\rm{ZrO_2, BaF_2}など)ですが、珍しいところでは、複数の陰イオン種が組み合わされることで、\rm{LaOF}\rm{LaHO}のように3価の金属が蛍石型構造を取る場合もあります.

多くの蛍石型物質は絶縁体ですが、\rm{ZrO_2}\rm{PbF_2}\rm{LaHO}のように陰イオンが高いイオン伝導性を示す場合が多く知られています.

以下では、蛍石型構造を持つ代表的な物質を紹介します.

代表的な物質

ZrO2

\rm{ZrO2}(ジルコニア)の高温相が蛍石型構造となります.\rm{ZrO_2}は非常に安定な物質ですが、2370 ℃以下では正方晶または単斜晶の対称性を示します.

\rm{Zr}の一部を\rm{Y}で置き換えた材料はイットリア安定化ジルコニア(YSZ、Yttria-stabilized zirconia) と呼ばれ、低温域まで立方晶のままです.

YSZは\rm{Y}置換によって生成した酸素空孔の影響により、高い酸素イオン伝導度を示し、燃料電池の電解質や酸素濃度センサーなどとして利用されています.

PbF2

\rm{PbF_2}もまたイオン伝導体として知られ、フッ素イオン伝導を示します.\rm{PbF_2}や関連物質\rm{PbSnF_4}は全イオン伝導体の中でもトップクラスの伝導度を示します.

LnHO

Lnはランタノイド元素(\rm{La~Er})を指し、Ln\rm{HO}は水素化物イオンと酸化物イオンが共存した酸水素化物です.Lnの大きさによって結晶構造が変化し、大きなLnでは\rm{H}\rm{O}が規則的に並び、小さなLnでは無秩序化します.前者ではイオン伝導経路が大きくなり、水素化物イオンが伝導するようになります.[a]

CeO2-ZrO2

自動車触媒では適切な酸素分圧の維持が重要であり、酸素を吸蔵可能な材料を用いることで酸素分圧を精密に制御しています.\rm{CeO_2-ZrO_2}は酸素不足時に酸素を放出し、酸素過剰時に酸素を取り込み性質があり、酸素貯蔵材料として使用されます.

蛍石型構造から派生する構造

蛍石型構造は2種類の原子によって構成されます.\rm{Ca}サイト(\rm{F}サイト)を別の構造ユニットに変えたり、間隙に別の原子を入れることにより新しい結晶構造が得られます.

逆蛍石型構造

蛍石型構造における陽イオンと陰イオンの位置関係を入れ替えた構造は逆蛍石型構造と呼ばれます.組成比が入れ替わるため陽イオンが過剰になり、\rm{Li_2O、Na_2O、Cu_2S、Cu_2Se}などの物質が知られています.

CsCl型構造

蛍石型構造において、陰イオンからなる単純立方構造の全ての立方体の中心に陽イオンを配置すると\rm{CsCl}型構造となります.

ホイスラー合金

蛍石型構造において、\rm{Ca}サイトの八面体サイトは空なわけですが、八面体間隙全てに別の原子を入れると、ホイスラー合金と同じ結晶構造となります.ホイスラー合金は、熱電変換材料、触媒、磁性材料など様々な分野で使用されます.

パイロクロア型構造

蛍石型構造において陽イオンサイトは一種類のみですが、陽イオン二種類を秩序化させた場合はパイロクロア型構造となります.ただし、パイロクロア型構造では一方の陽イオンが正方形配位から八面体配位に変わっています.

α-PbO

蛍石型構造を半分にカットし、縦に引き伸ばしたような構造をしています.その影響で格子は正方晶となります.\rm{FeSe}\rm{LaFeAsO}などの鉄系超伝導体には、共通して\rm{α-PbO}型の構造ユニットがあることが知られています.

まとめ

蛍石型構造は比較的単純な組成比を持つことから、多くの物質において見られます.

何と言っても、イオン伝導を示す物質の多さが目立ちます.酸素イオン伝導、フッ素イオン伝導、水素アニオン伝導など、アニオンのイオン伝導体は一通り網羅しているように思います.そのほか、蛍石型構造の派生構造において強誘電性を示す\rm{HfO_2}、電子化物(エレクトライド)の\rm{LaH_2}、アンモニア合成触媒の\rm{TiH_2}など興味深い性質を示す材料が多くあります.[b–d]

参考文献

U. Müller, Inorganic Structural Chemistry (Wiley, 2007).

[a] Chemistry of Materials, 2019, 31.18: 7360-7366.

[b] Nano letters, 2012, 12.8: 4318-4323.

[c] Inorganic Chemistry, 2016, 55.17: 8833-8838.

[d] Journal of the American Chemical Society, 139(50), 18240-18246.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).