更新 2024-3-5
窒化ガリウム(gallium nitride, GaN)
半導体といえばシリコンです.
シリコンは半導体としての性能が優れているだけでなく、化学的・物理的に安定かつ資源的に豊富であり、長年の技術の成熟によって非常に高品質なデバイスが作成可能であることから、半導体の材料として使用され続けてきました.集積回路が発明されてから半世紀以上、シリコンは常に半導体の代表例でした.
しかし、進化し続ける集積回路も小型化・集積化には限度があり、ムーアの法則の限界が視界の端にちらつくようになりました.シリコンは電子移動度が十分には高くなく、熱伝導率が低いことから放熱がしにくく、バンドギャップが小さいことから大電圧を扱えません.また、間接遷移という特性のため光デバイスとしての用途は限定的です.
シリコンと言えども万能な物質ではないのです.
しかし、シリコン以外にも半導体はあります.シリコンが苦手な部分を他の半導体で補えばよいのです.シリコンを補う、あるいは代替する半導体として有力なのが窒化ガリウム(GaN)です.
窒化ガリウムといえば、青色LEDに使用されている材料として非常に有名です.青色LEDの発明による照明や光デバイスの技術革新は2014年のノーベル物理学賞の受賞対象にもなりました.暮らしに明かりをもたらし、人類の第4の光源となったLEDですが、その根源は窒化ガリウムです.
さらに、窒化ガリウムは電子の移動度が大きく、熱安定性が高く、エネルギー効率が高いなどのメリットを併せ持つため、電力変換などのパワーエレクトロニクス分野での利用が広がっています.
シリコンを超える可能性を秘めた窒化ガリウムとはどのような物質なのでしょうか.今回は窒化ガリウムについて見ていきます.
窒化ガリウムとその性質
窒化ガリウムが最初に報告されたのは1932年のことであり、単体のガリウムをアンモニア気流中で熱することで合成されました.1938年には結晶構造が解き明かされました.
窒化ガリウムは、ガリウムの窒化物であり、六方晶のウルツ鉱型の結晶構造を持つワイドギャップ半導体です.ガリウムは四面体型に窒素によって配位され、窒素もまたガリウムによって四面体型に配位されています.非常に硬く、物理的にも化学的にも安定しています.
電子デバイスとしての窒化ガリウム
ワイドギャップ半導体とはバンドギャップの大きな半導体を指し、窒化ガリウムのバンドギャップ(3.4 eV)はシリコン(1.12 eV)の3倍以上の値です.バンドギャップの大きさは物質の安定性に関連し、窒化ガリウムの絶縁破壊電界の値はシリコンの10倍に達します.
窒化ガリウムは熱安定性にも優れており、シリコンよりも過酷(高電圧・高温)な環境でも使用することが可能です.シリコンデバイスは熱に弱いため、常に冷却が必要ですが、窒化ガリウムのデバイスはシリコンよりも高い温度で動作することができるため冷却が不要であり、より高いエネルギー効率を誇ります.
電子の移動度も高く、シリコンよりも高いスイッチング周波数で使用することが可能です.結果としてデバイス速度の高速化に直結します.また、エネルギー密度が大きいのでデバイスの小型化につながります.
まとめると、窒化ガリウムには以下のようなメリットがあるとされています.
・高いエネルギー効率
・大きな電力密度とスイッチング周波数
・デバイス速度の高速化
・デバイスの小型化
総じて、高電圧を使用するパワーデバイス用途では窒化ガリウムが有用です.
Material | Si | GaAs | 4H-SiC | GaN |
Bandgap (eV) | 1.12 | 1.42 | 3.23 | 3.4 |
Mobility (cm2/Vs) | 1440 | 9400 | 950 | 1400 |
Thermal conductivity (W/cmK) | 1.3 | 0.55 | 3.7 | 2.5 |
光デバイスとしての窒化ガリウム
窒化ガリウムは青色LEDの材料として広く知られています.
窒化ガリウムが直接遷移型の半導体であることが重要であり、このタイプの半導体は発光の効率に優れているため光デバイスとして有用です.窒化ガリウムのバンドギャップの大きさは青色の発光に適しています.そのため、青色LEDの材料として古くから注目されていました.
1969年、サファイア基板上に成長させた窒化ガリウムの薄膜が報告されましたが、当時はまだ結晶の品質に問題がありました.以来、窒化ガリウムは青色LEDの候補として注目されていたのですが、LEDとしての仕様に堪える高品質な結晶を得ることは至難の業でした.
1986年、ついにブレークスルーが起こり、名古屋大学のグループによって高品質な窒化ガリウム結晶が合成されます.あえて低温での合成プロセスを加えることで、透明で均質かつ平滑な窒化ガリウム結晶が得られたのです.さらに後年、長年の課題であったp型窒化ガリウムの合成に成功し、晴れて青色LEDの報告に至ります.
青色LEDについて詳しくは以前の項目を参照してください.
まとめ
非常にシンプルな結晶構造を持つ窒化ガリウムですが、近年では半導体分野で欠かせない材料です.かつては青色LEDの材料としての用途が主でしたが、現在ではパワーエレクトロニクス分野で大きな存在感を放ちます.こうした様々な応用例は、直接遷移のバンドギャップや化学組成の制御のしやすさといった特性によりもたらされます.製造方法が完全に確立されたシリコンと比べるとまだまだ製造に課題があるようですが、暮らしの中で見かける機会も一層増えていく材料であると期待されます.
参考文献
Introduction to Gallium Nitride Properties and Applications
GaN-based power devices: Physics, reliability, and perspectives
Gallium nitride semiconductors: The Next Generation of Power | Navitas
A brief history of gallium nitride (GaN) semiconductors - EDN
結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).