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ランタノイド収縮:その影響はランタノイドを超えて現れる

更新 2024-3-3

ランタノイド収縮(Lanthanide contraction)

周期表は、その名の通り元素の性質の周期性をまとめた表です.周期表の同じ列にある元素は似通った性質を示し、同じ周期にある元素は規則的にその性質を変えます.周期表は人類の積み重ねてきた化学の金字塔と言え、化学に携わるものにとってなくてはならないものです.

周期表の中に、ランタノイド(lanthanoid)あるいはランタニド(lanthanide)と呼ばれる元素群があります.\rm{La}から始まり\rm{Lu}に終わる、原子番号57-71の元素の総称であり、周期表ではメインの表とは別に下側に書かれる元素たちです.レアアース(希土類、Rare earth)と呼ばれ、その名の通り比較的高価な元素が多いです.

ランタノイド収縮とは、「ランタノイドの原子半径が、原子番号が進むと同時に減少する現象」です.すなわち、\rm{La}から\rm{Lu}に到るまでに原子半径が連続的に減少する現象を指します.

端的に言えばこれだけの現象で、何も驚くようなことはないように思えます.しかし、ランタノイド収縮の影響はランタノイドに留まらず、ランタノイド以外の元素にも大きな爪痕を残すほどのものです.

今回は、ランタノイド収縮が起こる原因と結果について見ていきます.

ランタノイド収縮とその影響

ランタノイドはいずれも電気的に陽性で、3価の陽イオンとなる傾向があります.「ランタノイド収縮」という専門用語があるくらいですから、さぞかし大きな収縮が見られるのでしょう.\rm{La}から\rm{Lu}までのイオン半径の値を以下に並べてみます.[1]

 原子番号   元素名   イオン半径 (pm) 
57 La 117.2
58 Ce 115
59 Pr 113
60 Nd 112.3
61 Pm 111
62 Sm 109.8
63 Eu 108.7
64 Gd 107.8
65 Tb 106.3
66 Dy 105.2
67 Ho 104.1
68 Er 103
69 Tm 102
70 Yb 100.8
71 Lu 100.1

このように、確かに原子番号が増えるごとにイオン半径が減少していきます.これがランタノイド収縮です.

 

ここまで聞かされたあなたはこう思うでしょう.「何を当たり前のことを言ってるんだ.原子番号が増えるごとにサイズが小さくなるなんてランタノイドに限った話じゃないだろう.

 

その通り.同一周期で表の右に行けば原子半径が小さくなるのは、ランタノイドに限った話ではありません.同じ周期で比較したとき、一般的に原子半径は小さくなっていきます.これは、高校化学で習ったように、原子番号が上がって核の電荷が増えたことで周りの電子がより核に引きつけられたためであると解釈されています.

では、なぜランタノイドだけが特別なのでしょうか.

これを知るためには、周期表にまつわる別の周期性を見ていく必要があります.周期表を右方向ではなく、下方向に進めてみます.ご存知の通り、このとき原子半径は大きくなっていきます.

アルカリ金属のイオン半径を見ると、\rm{Li}から\rm{Rb}に向かうに連れて順調に半径が大きくなっていきます.アルカリ土類金属についても同様です.周期を一つ跨ぐと新しい原子軌道に電子が入るため、原子半径が大きくなります.

 原子番号   元素名   イオン半径 (pm) 
3 Li 90
11 Na 116
19 K 152
37 Rb 166

同様に4族金属の原子半径を見てみると、\rm{Ti→Zr}は順調に増加しますが、あれれ、\rm{Zr→Hf}ではイオン半径がほとんど変わらず、むしろ減少してしまっています.

 原子番号   元素名   イオン半径 (pm) 
22 Ti 60.5
40 Zr 72
72 Hf 71

何が起こったのでしょう.

アルカリ金属で\rm{Li}から\rm{Rb}に向かう間にはなく、\rm{Zr}から\rm{Hf}に向かう間にはあるもの、それがランタノイドです.間にランタノイドが挟まることで、「新しい周期に電子が加わると原子半径が増加する」という当たり前の規則が変わってしまいました.これがランタノイド収縮による影響です.

すなわち、ランタノイド収縮とはランタノイドを小さくするだけでなく、ランタノイドに続く元素の原子半径まで縮めてしまうほどの強い影響力を持ちます.

ランタノイド収縮の原因

では、なぜランタノイド収縮が起こるのでしょうか.これには、ランタノイドの電子配置が大きく関わってきます.ランタノイドに共通することとして、4f軌道に電子が入っていることが挙げられます.また、安定な3価の陽イオンとなった際にも、これらの原子は4f電子を手放しません.(なお、\rm{La}は4f電子を持ちません)

元素名 電子配置 電子配置(3価の陽イオン)
La 5d16s2 4f0
Ce 4f15d16s2 4f1
Pr 4f36s2 4f2
Nd 4f46s2 4f3
Pm 4f56s2 4f4
Sm 4f66s2 4f5
Eu 4f76s2 4f6
Gd 4f75d16s2 4f7
Tb 4f96s2 4f8
Dy 4f106s2 4f9
Ho 4f116s2 4f10
Er 4f126s2 4f11
Tm 4f136s2 4f12
Yb 4f146s2 4f13
Lu 4f135d1s2 4f14

この4f電子が、ランタノイド収縮を起こす直接的な原因です.では、4f軌道とはどのような電子軌道なのでしょうか.

原子中の電子は連続的なエネルギーを持つことが許されず、決まったエネルギーを持つ原子軌道に決まった数が収納されていきます.角運動量の違いにより、小さい方からs軌道、p軌道、d軌道、f軌道といった名前が付くのですが、詳細は量子力学や物理化学の教科書に譲ることとして話を進めます.

原子番号が\rm{La}までの元素はs軌道、p軌道、d軌道のみに電子が配置されています.ランタノイドにおいて、初めて電子はf軌道(4f軌道)に収納されることとなります.そして、f軌道は電子の「遮蔽力」が小さいため、別の軌道にある電子が原子核に引き寄せられ、結果として原子半径が小さくなるとされます.

さて、原子における遮蔽とは何を指す言葉でしょうか.原子の中で、負の電荷を持つ電子は正の電荷を持つ原子核によって引き付けられています(クーロン力).しかし、周りには他にも電子が多くあるので、原子核から受けるクーロン力は相対的に弱められます.例えば、最も外側にある電子からすれば、原子核との間にある多数の電子から「邪魔」されて、原子核の実行的な正電荷が弱められたように感じます.

これを遮蔽効果と呼びます.

そして、f軌道は遮蔽効果が小さいとされ、遮蔽効果は、s>p>d>fの順で減少することが知られています.遮蔽効果の小さいf軌道は、原子核の正電荷を十分に弱めることができず、電子は正電荷の影響を強く受けるため原子核に引き付けられ、結果として原子半径は小さくなります.

この「ランタノイド収縮」は、周期表で後ろにある原子においても影響を及ぼすほど強力なものです.

f軌道の役割

テストで「なぜランタノイド収縮が起こるのか」と聞かれたら「f軌道の遮蔽効果が小さく、核の有効性電荷が大きくなるため」とでも書いておけば満点がもらえることでしょう.

しかし、疑問はまだ尽きません.

なぜf軌道の遮蔽効果が小さいのでしょう.

それに答えるには、まずf軌道がどのような軌道であるかを知る必要があります.百聞は一見に如かず.s,p,d,fの各原子軌道を見てみましょう.

Wikipediaより引用

まず、s軌道は球対称であり、概して原子の中心で最も電子の存在確率が高く、離れていくに従って存在確率が下がります.p軌道、d軌道、f軌道と進むごとに、電子の存在確率がゼロとなる領域(節)が原子の中心付近で増え、電子雲の広がりがより「スカスカ」になっていきます.

原子の中心付近に電子が多くあるs軌道では、電子が原子核の正電荷を効果的に遮蔽します.このため、原子の外側にある電子への束縛は弱くなり、原子が大きくなります.

一方、f軌道では特に原子の中心付近で電子が「スカスカ」であるため遮蔽効果が弱く、電子がより原子核に束縛されるようになって原子が小さくなります.

別の説明の仕方

一方で、「f軌道は他の原子軌道よりも内側にあるため、原子核から働くクーロン力が強くなり、結果として原子半径が小さくなる」という説明をされることもあります.上記の説明と矛盾するようにも思いますが、これにも一応の説明が可能です.

今度は、各原子軌道において電子がどこに分布しているかをグラフで示してみます.これを見ると、4s軌道や4d軌道と比べて、4f軌道における存在確率のピークがより内側にあることが分かります.これだけ見ると、「f軌道は他の原子軌道よりも内側にある」と言えます.

Adapted from www.f-legrand.fr

一方で、4s軌道や4d軌道では一番大きなピークよりも内側に一定の存在確率があることに対し、4f軌道ではそのような分布がありません.これにより、4f軌道では4s軌道や4d軌道よりも遮蔽効果が小さいと言うことができます.

すなわち、f軌道は、

・原子の中心付近でスカスカなので遮蔽効果が小さく、原子半径が小さくなりやすい
・電子の存在確率のピークが他の軌道よりも内側にあるため、原子核の引力を受けやすい

この、一見すると矛盾する2つの性質を持つために、ランタノイド収縮という特別な性質を持つのだと考えられます.

まとめ

ランタノイドは特殊な元素です.全てが3価の陽イオンになりやすいほか、化学的にも非常に似通った性質を示します.このためランタノイドの化学的な分離は非常に難しく、各元素が単離されるには長い年月がかかりました.最終的に、原子半径の違いによる化学反応性の違いを利用することで分離することが可能となりました.

ランタノイド収縮はランタノイドだけでなく、周期表でランタノイドに続く元素にも多大な影響を与えます.これにより「周期表で下に進めば原子半径は大きくなる」という一般的な規則さえも捻じ曲がります.ランタノイド収縮を理論的にどう扱うかについてはまだ議論があるようであり、最近でもランタノイド収縮を再検討する論文が発表されています.[2]

参考文献

[1] "Geochemische Verteilungsgesetze der Elemente", Part V "Isomorphie und Polymorphie der Sesquioxyde. Die Lanthaniden-Kontraktion und ihre Konsequenzen", Oslo, 1925

[2] "Lanthanide Contraction: What is Normal?." Inorganic Chemistry (2023). / Seitz, Michael, Allen G. Oliver, and Kenneth N. Raymond. "The lanthanide contraction revisited." Journal of the American Chemical Society 129.36 (2007): 11153-11160.

化学と教育 2012 年 60 巻 8 号 p. 340-343

EMANの量子力学

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