更新 2024-3-5
ナトリウムイオン電池(Sodium ion battery)
1990年代初めに市場に現れたリチウムイオン電池は、それまでに無い性能を誇る画期的な電池でした.次々と市場を置き換え、携帯電話やノートパソコン、車にもふんだんに使用されています.圧倒的な性能を誇るリチウムイオン電池ですが、今後も永遠に使われ続けるとは限りません.
致命的な問題は、リチウムイオン電池に使われるリチウム()がレアメタルに数えられる希少資源であることです.また、産出国も一部の国(主としてコンゴ民主共和国)に偏っており、政治的な理由でリチウムが手に入らなくなる可能性もあります.2022年にリチウムの価格が異常な乱高下を示したことは記憶に新しいことでしょう.
そんな中、リチウムに代わって注目されている元素がナトリウム()であり、ナトリウムイオンを活用した二次電池がナトリウムイオン電池です.
ナトリウムは周期表でリチウムのひとつ下に位置することからリチウムと性質が似通っており、一方でリチウムとは比較にならないほど安価です.リチウムをナトリウムに変えることができれば、資源問題から解放され電池を非常に安価に製造できる可能性があります.
しかし、ナトリウムイオン電池の開発も一筋縄では行きません.今回は、ナトリウムイオン電池の仕組みと現状、今後の課題について見ていきます.
リチウムとナトリウム
リチウムは世界中でも限られた国でしか採掘ができませんが、ナトリウムはどこで得られるでしょう.
海の塩分の正体は塩化ナトリウム()であり、食塩として大量に塩化ナトリウムが製造されていることを考えれば、ナトリウムが地球上に豊富にあることが想像できます.事実、ナトリウムの埋蔵量はリチウムより3桁も大きく、地球上で6番目に豊富な元素であることから、資源枯渇の心配は事実上ありません.
ナトリウムは単体で地球上に存在しているわけではなく、多くは酸化物などのイオン結晶として存在します.
こうした前駆物質の供給量はリチウムのそれと比べても圧倒的で、アメリカ国内だけでも数百億トンの炭酸ナトリウム(ソーダ灰、)が埋蔵していると言われます.炭酸ナトリウムの原料となるトロナの価格は炭酸リチウムの価格の10分の1以下であり、ナトリウムイオン電池が市販されれば電池の価格を大幅に押し下げる可能性があります.
資源的に枯渇の心配があるリチウムに代わって、ナトリウムの他にもマグネシウムイオン()やカルシウムイオン()、アルミニウムイオン()などを利用した二次電池にも注目が集まっていました.その中でもナトリウムイオン電池が特に大きな注目を集めた理由として、リチウムイオンとナトリウムイオンが似通った性質を示すという点が挙げられます.
両者は周期表で上下に接するアルカリ金属であり、化学的性質がほとんど変わらないことから、リチウムイオン電池で使用された電池材料や設備をそのまま流用できる可能性があります.また、ナトリウムを利用した電池としてすでにナトリウム硫黄電池などが既に実用化されている点も実用化の観点で期待が持てます.
しかし、ナトリウムとリチウムは似通っているとはいえ、違いはそれなりにあります.
ナトリウムの原子量はリチウムの3倍、イオン体積はリチウムの2倍であり、リチウムイオン電池と全く同じ電極材料をそのまま流用するのは無理があります.また、ナトリウムの理論容量はリチウムの3分の1で、標準電極電位もリチウムより0.3 V低いことから、エネルギー密度が制限されるという痛いデメリットがあります.
とはいえ、常に最高出力の電池性能が求められるわけではなく、適切な用途では値段の安いナトリウムイオン電池に軍配が上がるケースも多いでしょう.また、最近ではエネルギー密度がリチウムイオン電池と同等、かつ安全性や信頼性に優れたナトリウムイオン電池も市場に現れようとしています.
電池反応の概観
ナトリウムイオン電池の電池反応はリチウムイオン電池のものと似通っており、反応式を見る限りではリチウムイオン電池に用いられていた材料のリチウム部分をナトリウムに置き換えたものに見えます.
ナトリウムイオン電池の正極になどの遷移金属酸化物、リン酸塩、プルシアンブルー類縁体などが、負極にはハードカーボン材料などが使用されます.代表的な正極材料である (など)は層状構造を持ち、層の積層パターンによって型や型などの名前がつけられています.
充電反応では、酸化物中のナトリウムが電解質を通ってハードカーボンの内部に蓄えられます.一方、放電反応ではハードカーボンに蓄えられたナトリウムが酸化物に戻ることで電力を取り出します.ナトリウムイオン電池用の電解質としては、炭酸エステル系溶媒(特にプロピレンカーボネート(PC))に塩や塩を配合したものが一般的です.
リチウムイオン電池をナトリウムイオン電池に置き換える際にネックとなるのが、ナトリウムイオンの大きさです.
リチウムは比較的イオン半径が小さく、ホストとなる酸化物の結晶構造からリチウムを充電のために引き抜いても結晶構造が崩れる心配が小さいです.しかし、ナトリウムイオンはイオン半径が大きいため、結晶構造へ与える影響が大きく、結果として充放電を繰り返したときに結晶構造が崩れてしまう可能性が高くなります.
結果として、リチウムイオン電池の充放電曲線は滑らかかつ連続的に変化しますが、ナトリウムイオン電池では相変化を伴ってカクカクと階段状に変化します.ナトリウムイオン電池のサイクル特性を向上させることは難しいといえます.
リチウムイオン電池との比較
ナトリウムイオン電池の最初期の商用製品として、フランスの研究機関 CNRS CEA が報告した18650 サイズセルが知られています.18650 という数字は、直径 18 mm、高さ 65 mm の金属容器に入った円筒形のセルの寸法に由来しています.電池の詳細な仕様は明らかにされていないものの、高出力であると主張されているようです.
ナトリウムイオン電池は既存のリチウムイオン電池と比べてどの程度の性能なのでしょうか.
18650 サイズのセルに対し、負極に黒鉛を用いた様々なリチウムイオン電池のエネルギー密度を以下に示します.ベースの正極を用いた電池で特に高いエネルギー密度の値が得られています.[1]
一方、ナトリウムイオン電池で同様のセル構造でのエネルギー密度を見積もると、せいぜい程度であると予測されています.この値は、系の電池には及ばないものの、正極を用いた電池には近い値であり、ナトリウムの安さを考えれば十分に需要はあると考えられます.
Battery | Voltage (V) | Specific energy (Wh/kg) | Energy density (Wh/L) |
C/LiCoO2 | 3.7 | 206 | 530 |
C/LiNi0.8Co0.15Al0.05O2 | 3.6 | 285 | 785 |
C/LiFePO4 | 3.4 | 126 | 325 |
C/LiMn2O4 | 3.8 | 132 | 340 |
また、リチウムイオン電池と比べるから一長一短が目立つのであり、既存の他の電池から見れば優れたエネルギー密度を有しており、鉛蓄電池やニッカド電池、ニッケル水素電池などの市場を置き換える可能性も考えられます.
ナトリウムの資源的な豊富さは大きなメリットですが、正極に使われるコバルトが資源問題を抱えているため、コバルトの使用量も押さえなければ資源面の依存の完全な解決にはなりません.コバルトを安価な鉄やニッケルで置き換えた材料の開発も進められています.
まとめ
リチウムイオン電池は、その圧倒的な性能から市場を席巻しましたが、課題がないわけではありません.資源的に希少なリチウムを安定的に供給できるとは限らず、2022年に起きたリチウムの価格高騰は代替材料への需要を焚き付けました.リチウムと化学的性質の似通ったナトリウムはリチウムの移行先として最も優れており、ナトリウムイオン電池の開発が最前線で続けられています.
とはいえ、リチウムイオン電池のリチウムをナトリウムに置き換えただけではうまくいかないため、ナトリウムイオン電池が製品化されて世界中に普及するにはそれなりに時間がかかるはずです.ようやく最近になってナトリウムイオン電池の市販化の流れが始まったように見えます.
中国CATL(寧徳時代新能源科技)による「我々のナトリウム(Na)イオン電池(NIB)は、中国Chery(奇瑞汽車)の電気自動車(EV)に搭載される」という発表は電池の新時代の到来を世界中にアピールしました.ナトリウムイオン電池の量産に取り組むメーカーは増加しており、電池メーカー以外の領域からも続々と参戦しているようです.
参考文献
Chemical reviews 114.23 (2014): 11636-11682.
Chemical Society Reviews 46.12 (2017): 3529-3614.
Journal of Physics: Energy 3.3 (2021): 031503.
[1] ACS Energy Letters 5.11 (2020): 3544-3547.
ナトリウムイオン電池の研究動向と課題 (https://www.ntt-f.co.jp/rd/ehs_and_s/research/pdf/2015_12.pdf)