更新 2024-3-5
空気電池(Air battery)
発明されてから30年間、リチウムイオン電池は高性能電池の代名詞であり続けました.しかし、その改良スピードは社会のエネルギー要求の流れに追いつかれつつあり、リチウムイオン電池は理論エネルギーの限界を迎えようとしています.材料の改良では大幅なエネルギー密度の向上を望めないため、別の解決策が必要です.
金属空気電池は、空気中にありふれた酸素を金属と反応させて電気エネルギーを得る電池であり、リチウムイオン電池よりも安価・軽量・安全かつ高いエネルギー密度を併せ持つ新しい電池となる可能性を秘めています.
現段階で実用化されている空気電池は亜鉛を用いたものがほとんどであり、長寿命を生かして補聴器として利用されています.しかし、亜鉛空気電池は出力電圧が低く、リチウムイオン電池の代用にはなりえません.また、亜鉛空気電池を充電可能な二次電池にするにはさらに大きな課題が残されています.
亜鉛空気電池の出力電圧を高めるために有効な手段は、亜鉛よりも標準電極電位が負に大きい(つまり、酸化されやすい)金属を用いることです.
金属は全元素中で最も酸化されやすい元素であり、空気電池に用いることで高電圧化を図ることは誰もが思いつきます.しかし、は非常に反応性が高く扱いにくい元素です.リチウムイオン電池においても金属を直接電池材料には使用できてはいません.
もしリチウム空気電池が実現すれば、空気中に無尽蔵に存在する酸素を利用でき、軽量・安価・安全にも関わらずリチウムイオン電池よりも高いエネルギー密度を有する「究極の電池」となりえます.
今回は、実用化に課題が残されながらも、将来的にはリチウムイオン電池に置き換わりうるポテンシャルを秘めた、リチウム空気電池について見ていきます.
リチウム空気電池(Lithium Air Battery)
金属空気電池が注目され始めたのは数十年前のことであり、1979年には既に空気電池の総説記事が書かれています.1980年代にはリチウム空気一次電池の研究が始まりましたが、空気中の水分によりセルが劣化する問題が解決できず、一旦研究は下火となりました.1990 年代半ば、Abrahamらが高分子ゲル電解質を用いたリチウム空気電池を報告したことで研究は再燃しました.
リチウム空気電池の原理
リチウム空気電池では、空気中の酸素を一方の電極(正極)として使用し、負極に金属を使用します.
放電時はイオンは正極に移動し、充電時は金属が負極に析出します.酸素は空気孔を通じて外界から空気を取り込むことで供給されます.
の強力な還元力と酸素の強力な酸化力を利用するため、起電力は非常に大きくなります.また、正極に電極材料を用意する必要がないため省スペースです.空気極の構成は亜鉛空気電池のものに準拠します.
電池の構成要素はここまで亜鉛空気電池とあまり変わり映えしません.しかし、金属は水と激しく反応するため、亜鉛空気電池で用いられた水酸化カリウム水溶液をそのまま用いることができません.
リチウム空気電池は、電解液の種類によって大別されます.
水系電解液
水系電解液を用いた場合、非水系に比べて放電電圧が高く、サイクル効率が良く、空気中の水分によるリチウム金属の腐食がないなどの利点を持ちます.基本的な反応式は以下の通りであり、pHに依存しますが、約3.4〜4.3 V程度の電圧が得られます.
しかし、金属と水の反応を避けるために負極をのみが透過するような膜で覆う必要があり、電池が複雑化します.
非水系電解液
電解液として非水系電解液、すなわち有機溶媒やイオン液体を用いるタイプの電池です.が水と反応する心配がなく安全性に優れます.この場合、負極から溶出したイオンが酸素と反応することで正極反応が起こると考えられています.
反応物であるやが空気極の細孔を覆い、電子が流れなくなったところで反応が終了します.亜鉛空気電池とは異なり、放電生成物が空気極側に生成するため、あらかじめ電池にその分のスペースを確保しておく必要があります.
上記のほか、負極と正極で非水系電解液と水系電解液を使い分けたハイブリッド型も提案されています.固体電解質が使われる場合もあります.
性能と課題
リチウム空気電池の理論エネルギー密度は約に達し、これはガソリンの理論エネルギー密度()に迫る値です.
実際には、セルレベルでのエネルギー密度が実証されており、これは市販のリチウムイオン電池の約5倍にもなります.また、正極材料用のスペースがいらず、負極の金属も軽量であるため、リチウム空気電池は非常に軽量です.
しかし、リチウム空気電池の研究は発展途上にあり、レート特性はリチウムイオン電池のものより低いままです.現在の電池の設計は,反応生成物や中間体による酸化に対する耐性が低く、安定性に課題があります.
空気中の酸素を電池に直接利用するため、や水分がサイクル性能に及ぼす影響を排除する必要があります.また、酸素の還元・発生反応時のエネルギーロスが大きいため、より高活性の触媒材料の開発が必要とされています.
まとめ
リチウム空気電池は安価・軽量・安全かつ高いエネルギー密度を兼ね備えた究極の電池となる可能性を秘めています.標準電極電位の値を見ても、これ以上の出力を出せそうな組み合わせはなかなかありそうにありません.
しかし、反応性の高い金属と扱いにくい気体の酸素分子を用いる分、電池の構成には非常に高度な技術が必要であると想像されます.一筋縄にはいかない課題が多く残されており、このままでは10〜20年程度先には実用化されないという悲観的な見方もあります.[a]
とはいえ、種々の企業がセルレベルでの電池の開発に成功しており、リチウムイオン電池を凌ぐ性能が見出されています.リチウムイオン電池がニッケル水素電池やニッケルカドミウム電池を淘汰したように、リチウム空気電池がリチウムイオン電池を置き換える日が来るかもしれません.
(その場合、周期表がひっくり返らない限り、流石にこれ以上電池の性能が上昇することはないように思えますが果たして…)
参考文献
Electrochemistry 2015 年 83 巻 1 号 p. 41-48
Electrochemistry 2010 年 78 巻 6 号 p. 529-539
成形加工 2020 年 32 巻 6 号 p. 206-209
APL Materials 7.4 (2019): 040701.
500Wh/kg級リチウム空気電池を開発~世界最高レベルのエネルギー密度を実証~ | 企業・IR | ソフトバンク
[a] Adv. Mater. 2014, DOI: 10.1002/adma.201403064