更新 2024-2-25
リチウムイオン電池(Lithium ion battery)
リチウムイオン電池は1990年代初めに市場に現れ、我々の暮らしを大きく塗り替えてきました.その誕生から30年以上がたち、携帯電話、ノートパソコン、デジカメなどの携帯デバイスから電気自動車にまでリチウムイオン電池が使用されています.高いエネルギー密度、高い電圧、長寿命、高安定性を併せ持ち、従来の二次電池とは一線を画します.
しかし、リチウムイオン電池はある一つの大発明から生まれたわけではなく、多くの人が関わり築き上げたものを合体させることで可能になった、人類の叡智の結晶です.
リチウムイオン電池の歴史は1817年の元素の発見から始まり、1990年代の商品化で最高潮に達し、2019年にはノーベル化学賞がリチウムイオン電池の開発者に与えられました.性能は向上し続け、現在もなお研究開発が続けられています.
今回は、リチウムイオン電池の歴史やメカニズム、残された課題について見ていきます.
リチウムイオン電池のメカニズム
リチウム()は最も原子番号が小さく、密度が小さい(0.534 g/cm3)金属です.アルカリ金属に属し、最も反応性の高い金属の一つでもあります.
標準電極電位は全元素中で最も負に大きく(–3.0564 V vs SHE)、すなわち電池に使用すれば非常に大きい起電力が得られるはずです.は重量あたりのエネルギー密度が特に大きく、高エネルギー密度電池の開発において常に注目されていました.
リチウムイオン電池は下図のような構成をしています.正極にはやなどの酸化物、負極には炭素材料、電解質には有機溶媒に溶解したリチウム塩が使用されます.
正極、負極ともにイオンを脱挿入可能な構造を持っており、電極間を電解質を通してイオンが行き来することによって電池が作動します.
それぞれの電極反応は下式で表されます.
リチウムイオン電池を組み立てた段階は充電が0%の状態であり、最初に充電反応を起こす必要があります(従来の電池は組み立てた段階が最も充電されている状態であったことを考えると、大きく異なります).
充電反応によって正極のからイオンが引き抜かれ、電解質とセパレータを通って負極の炭素材料に挿入されます.
充電後は、イオンは炭素材料の間に蓄えられています.放電反応の際は、このLiイオンが電解質とセパレータを通って正極のに戻ります.取り出せる電圧は大きく、4 Vを超えます.
また、この脱挿入反応の際、電極材料の構造はほとんど変わらず、構造の隙間にイオンが入り込みます.このような反応をインターカレーション反応と呼びます.
脱挿入反応の際にの価数は変わらず、正極の遷移金属や負極の炭素の価数が変わります.すなわち、自体の酸化還元は起こらず、反応の最初から最後までイオンのままで存在しています.この電池が「リチウムイオン電池」と呼ばれる由縁です.
上記の反応では最高 x = 1 まで可能なように見えますが、実際にはxを大きな値にしすぎるとが分解してしまい、可逆的な充放電ができなくなります.そのため、実際には x = 0.5 程度までで使用されます.
電解質
リチウムイオン電池は、電池としては珍しく電解質として水溶液を使用しません.リチウムイオン電池の出力は 4 V程度と非常に大きく、この電位は水が電気分解される電位を優に超えています.そのため、水溶液を電解質として用いると以下のような水の電気分解反応が起きてしまいます.
これを避けるため、非水溶液系の電解質の開発が不可欠でした.電解質の溶媒が分解しない電位範囲(電位窓)が大きく、かつ優れたイオン伝導度を示す電解質が求められますが、そのような材料は必ずしも多くありません.
4 V 級の電池であれば適合する材料が見つかっているものの、今後 5 V 級の電池が開発されるとなると候補材料が殆どありません.
現在のリチウムイオン電池で電解質として使用されるのは、、、などのリチウム塩を有機溶媒で溶かしたものです.有機溶媒としては、電位窓の広い炭酸エステル系で、イオンの溶解度が高い高誘電率溶媒(プロピレンカーボネートなど)とイオンの移動度が高い低粘度溶媒(ジメチルカーボネートなど)を混合したものが使用されます.
有機溶媒からなる電解質は高い伝導度を示しますが、液漏れの危険があり、可燃性であり、かつ 5 V 級の電池には適用が難しいことから代替材料が求められています.
固体電解質は固体をそのまま電解質に用いるもので、デバイスの安定性が高く発火の危険がありません.しかし、固体は液体よりもイオン伝導度が一桁以上小さく、電極と固体電解質の間で生じる抵抗が大きいことから性能改善の取り組みが続いています.
高い固体イオン伝導体が発見されたことを契機に、近年は全固体電池の開発が急速に進んでいます.
正極材料
正極材料には、リチウムイオンの脱挿入が可能であり、理論容量が大きく、優れたサイクル特性を示し、高いリチウムイオン伝導度・電子伝導度を示す安定な材料が必要となります.
リチウムイオン電池の正極材料として最も用いられてきたのはです.は型構造に関連した層状構造を持っており、層からのの脱挿入とともにの価数が変化します.
は優れた性能を示しますが、は高価な元素であるため、より安価な材料が求められてきました.の理論容量密度は 274 mAh/g ほどですが、を引き抜きすぎると分解するので、実際に使用可能な容量密度は 140 mAh/g ほどです.
の含有量を減らし、かつ容量密度を上げるためサイトにやを一部置換して使用されます.
その他、やなどの正極材料が使用されています.はサイクル安定性に優れますが、電子伝導度が低いです.
負極材料
負極材料にも、リチウムイオンの脱挿入が可能な特性のほか、大きな理論容量、優れたサイクル特性、高いリチウムイオン伝導度・電子伝導度が必要です.また、充電の際の体積膨張を小さくする必要があります.
負極材料には主に炭素系材料が用いられ、特に黒鉛が主要な材料でした.黒鉛は層状構造を有していて、充放電の際に層間にイオンが挿入・脱離されます.
黒鉛の最大容量は 372 mAh/g 程度と高いですが、エネルギー密度向上のためにより大きな容量が求められています.特にシリコン()は有力であり、と合金を形成()することで容量密度は 4200 mAh/g まで跳ね上がります.
しかし、合金化の際の体積膨張が極端に大きい(400%)ため、充放電の際に電池が破壊される危険性が高くなっています.そのため、との固溶体を形成することで容量密度と体積膨張のバランスを保つ試みがなされています.
その他、などの酸化物材料も負極材料の候補となっています.
リチウムイオン電池の歴史
1817年、ArfwedsonとBerzeliusがペタライト鉱石 () からを発見しました.
1821年にはBrandeとDavyがリチウム酸化物の電気分解によっての単体を分離しました.金属は、電極電位が非常に高いため、化学的・電気化学的反応性が非常に高いです.の高い標準電極電位は電池の負極材料として魅力的ですが、まずは電池を組み立てることができなければ話になりません.
の不安定性から、本格的に電池材料として研究が進むのは発見から100年以上後のことです.
1970年代当時、すでに二次電池としてニッケル水素電池などが市場にありましたが、容量不足に悩まされ、新しい電池が必要とされていました.
上述したように、リチウムイオン電池は一人の天才のアイデアで出来上がったものではなく、数十年に渡る何個かのブレークスルーと地道な進歩の上に出来上がりました.
一つ目のブレークスルーは、Michael Stanley Whittinghamによるインターカレーション反応の概念の提唱です.
Whittinghamは正極に二流化チタン()、負極に金属を用いた電池を開発しました.は層状構造を持っており、金属から受け取ったイオンを層の間に蓄積します.このインターカレーション反応により、構造を壊すことなく安定に充放電が可能です.
Whittinghamの電池は実用化こそされませんでしたが、このインターカレーション反応は後に電池開発で盛んに用いられるようになります.
続いてのブレークスルーは、John Bannister Goodenoughによる酸化物正極材料の開発です.
GoodenoughとMizushimaらは正極に、負極に金属を用いた二次電池を開発しました.は高出力かつ安定な正極材料として働きます.Goodenoughはその後も、、など、今日でも使用される正極材料を発見しています.
正極材料に比べて負極材料の開発は難航しました.当時、負極材料には金属がそのまま使用されていました.金属は不安定で扱いにくいことに加え、充電の際にが針状に析出してしまい、負極を突き破って電池を短絡させてしまうという問題点があります.このデンドライト形成は深刻な悩みであり、金属以外の負極材料が求められていました.
最終的に負極材料としては炭素系材料が用いられることになります.Rachid Yazamiによる黒鉛のの脱挿入特性の発見、Tokio YamabeやShjzukuni Yataによるポリアセン系有機半導体の開発、Hideki Shirakawaによる導電性高分子の発見を経て、旭化成のAkira Yoshinoが現在のリチウムイオン電池の元型を完成させます.
吉野氏のリチウムイオン電池では正極に、負極に炭素系材料を使用することで高い電圧と安定性を兼ね備えた新しい電池ができました.
リチウムイオン電池はすぐさま商品化に向けて開発が進み、1991年にYoshio Nishiに率いられたSonyが販売を開始し、遅れて1993年に旭化成で商品化されました.
商品化されてからもリチウムイオン電池の研究は着々と進み、容量も年々向上しています.リチウムイオン電池の発明から30年ほど経過し、エネルギー密度は4倍程度まで向上しました.
2019年にはリチウムイオン電池の開発者がノーベル化学賞を受賞し、名声は不滅のものとなりました.
まとめ
リチウムイオン電池の応用は家電、携帯デバイスから自動車まで多岐にわたり、私達の生活はリチウムイオン電池によって支えられています.世界市場は年々膨らみ、需要がなくなることはないでしょうが、発展の余地があるのも確かです.
とはいえ、携帯デバイスの持ち運び可能な時間の需要は大きくなっても電池の容量はすぐには大きくなりません.ここ100年の間、半導体やエレクトロニクスの飛躍的な進歩に比べて、電池の容量の進歩はスローペースに進んできました.
ムーアの法則によって、半導体の性能は指数関数的に向上してきましたが、電池の性能は半導体に追随できず、電池の容量のエネルギー密度の成長率は1年あたり5%程度です.言い換えると、半導体の性能は幾何級数的に進んでいるのに、電池の容量は算術級数にしか大きくなりませんでした.
なんだかマルサスの人口論を思い浮かばせるような状況(人口は幾何級数的に増えるが食料供給は算術級数にしか増えないので食料は不足する)ですが、さらなるブレークスルーがない限りは電力の需要を満たすことができないのは確かです.
リチウムイオン電池は容量が理論限界に迫っており、せいぜい数十%程度の向上しか期待できません.現状を打破するためには、全く新しい電池材料の開発が必要とされています.
参考文献
応用物理 2021 年 90 巻 1 号 p. 6-23
エレクトロニクス実装学会誌 2013 年 16 巻 6 号 p. 443-449
日本エネルギー学会機関誌えねるみくす 2018 年 97 巻 4 号 p. 335-343
化学と教育 2006 年 54 巻 3 号 p. 154-157
化学と教育 2019 年 67 巻 11 号 p. 534-537