酸素発生反応(Oxygen evolution reaction, OER)
人類の発展は地球の環境を大きく変え、人類の暮らしも昔と比べて大きく変わりました.豊かな生活を続けるにはエネルギーの消費が不可欠です.原始時代に戻りたくなければ、我々は進み続けるしかありません.しかし、このままでは地球の財産を使い果たし、人類の発展どころではなくなります.
目の前の技術をガンガン利用していた時代は過去となり、現在では環境を持続させながら産業を発展させる方法が課題となっています.特に地球温暖化の原因になるとされる二酸化炭素()の排出量を減らすことが求められ、石油を燃やして発電する既存のシステムの刷新が進められています.
燃やしてもを排出しないエネルギー源の代表例が水素です.水素を燃やしても水が排出されるのみで環境に優しく、有限の化石燃料を取って代わる存在として注目されています.
水素を手に入れるには
しかし、石油と異なり地中を掘っても水素は手に入りません.地球に存在する水素はごく僅かであり、手に入れるには人工的な製造が必要となります.
水素の入手方法として様々な手段が講じられていますが、特に有力なのが水の電気分解です.再生可能エネルギーから得られた電気で水に電圧をかけ、酸素とともに水素を生成するのです.
適切な電極を用意して水の電気分解(電解)を起こすと、以下のような反応が起こります.
このように、水の還元反応により水素分子が遊離します.詳しくは以前の記事で解説しています.
今回のテーマは、水の電気分解反応の片割れである酸素発生反応です.最終的に欲しいものは水素であり、酸素は空気中からいくらでも取ってこれます.しかし、酸化反応と還元反応は必ず同時に起こるため、水素発生反応の効率を高めるには酸素発生反応も効率よく進行させなければなりません.
困ったことに,酸素発生反応の方が水素発生反応よりも遥かに進行が遅いことが知られています.いくら水素発生を早めても酸素発生が遅いのであれば,全体のスピードは変わりません.このような「一番遅い反応」を律速過程と呼びます.本当に欲しいものは水素なのに,実際に反応速度を決めているのは酸素発生反応の方なんですね.
なんとかして酸素発生を早めるために、反応速度を早める触媒材料の開発が進行しています.しかし、触媒材料は高価な貴金属を使用するものばかりであり、新しいタイプの材料開発が望まれています.
以下では水分解のボトルネックとなっている酸素発生反応に立ち返り、現状と展望を見ていきます.
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酸素発生反応を早めるために
水の電気分解の際、電極では何が起こっているでしょうか.水溶液に電圧をかけると、水溶液中の分子またはイオンがアノード電極に電子を受け渡し、導線を伝ってカソード電極に電子が移動し、電子をまた分子またはイオンが受け取ります.電荷バランスを整えるためにイオンが水溶液中をわずかに移動して反応が完結します.
電子と反応速度
酸素発生反応(OER)はアノードで起こる酸化反応です.水酸化物イオンまたは水分子が電極に接触し、プロトンおよび電子が移動し、生成した酸素が水中から飛び出します.この反応は水溶液が酸性であるか塩基性であるかによって異なり、以下の反応式によって記述されます.
いずれの反応においても、酸素分子を一つ作るために4つの電子が関わります.また、実際にはこのようなシンプルな反応式だけでなく、いくつかの中間状態を経由して反応が進行するとされています.このため、酸素発生は複雑で、それゆえ低速な反応となります.
一方、水素発生反応は水素1分子あたりに関わる電子が2つで化学種も少ないため、より高速に進みます.
酸化物電極材料を用いた場合、例えば下図のようなサイクルで反応が進行すると考えられています.
過電圧
標準電極電位から考えれば、水の電気分解は1.23 Vの電圧をかければ起こります.しかし、実際にはもっと大きな電圧をかけなければ反応が進行しません.反応を起こすために必要な余分の電圧を過電圧と呼びます.
過電圧が生じる原因は様々ですが、一つには電極と酸素の結合しやすさが関係します.OERが起こるには、水分子または水酸化物イオンに含まれる酸素原子が電極と接触する必要があります.この際、酸素と電極が結合しやすいと、反応は進行しやすいですが反応後の酸素がなかなか出ていきません.
一方、結合しにくい場合は、酸素を追い出すことは容易でも反応に必要な酸素がなかなか集まりません.そのため、酸素との結合しやすさ(結合エネルギー)が「ちょうどいい」電極が好まれ、実際に実験的にそのような傾向が得られています.
一方で、酸素との結合エネルギーとOER活性に相関が現れない系も見つかっており、電極触媒に用いられる酸化物材料中に含まれる酸素イオンが反応にかかわる反応過程が提唱されています.
水溶液の酸性、塩基性
水溶液が酸性か塩基性かで起こる反応が異なるように、液性はOERの活性に大きく影響します.昔から工業的な利用ではほとんど全てにおいて塩基性の水溶液が用いられてきました.資源豊富なニッケルが主に電極材料として使用され、比較的安価に装置を運用することが可能です.
酸性溶液における水電解はどうでしょうか.プロトンは水酸化物イオンよりも軽くて小さいため、伝導度が高くなり反応に有利です.しかし酸性溶液中では、塩基性溶液では主流だった材料が溶解して使い物にならなくなるため、新しい電極材料を考えなくてはなりません.貴金属は有力な電極材料ですが、当然ながら割高になります.
なお、中性条件では反応に関与するイオン種が圧倒的に少ないので、そもそも反応がほとんど進行しません.中性条件では電極材料が劣化しにくいため安心ですが、まずは反応を活性化する手段を考える必要があります.
電極として用いられる材料
実用的な電極材料と認められるには、例えば以下のような厳しい要請をクリアする必要があります.
- 小さな過電圧
- 大きな(交換)電流密度
- 電流密度の増加に対する過電圧の増加が小さいこと(小さなTafel slope)
- 高い電気効率
- 大きな(活性)表面積
- 高い化学的安定性
高活性と化学的安定性を併せ持つ貴金属酸化物(特にや)が優れたOER用電極材料として知られています.
しかし、当然ながら非常に高価であるので、同程度の性能を示しながらより安価な材料が求められています.以下では、近年報告されている新しい電極材料について見ていきます.
金属材料
貴金属でない金属電極は、酸性あるいは塩基性の強い条件では腐食しやすい傾向にあり、通常は安定なホスト(炭素材料など)中に分散させて使用します.また、複数の金属元素を合金化させることで活性が向上することが知られています.合金は安価でありながら、低い過電圧と高い電流密度を示すことが報告されました.
酸化物材料
酸化物は安定性が高いため電極材料として有力ですが、概して電気伝導度が低いため運用には工夫が必要です.このため、ドーピングによる伝導度の向上や電気伝導体と組み合わせたハイブリッド材料を作成するなどして活性の向上が図られてきました.
これまでに様々な結晶構造を持つ酸化物材料が電極材料として報告されてきました.以下ではその例を示します.
やのようなスピネル酸化物は一般にの組成を持ち、四面体および八面体の金属サイトを持ちます.この八面体サイトに位置する金属イオンによる活性への影響が大きいとされています.
の組成を持つペロブスカイト酸化物は構造の柔軟性が非常に幅広く、多様な組成をとることが可能です.特に、八面体サイトを占めるB金属イオンの電子数と活性に強い相関があるとされます.八面体サイトしか持たない岩塩型やビクスビ鉱型の酸化物でも高活性な材料が報告されています.
その他、やなどの水酸化物、硫化物、リン化物でも有力な材料が知られています.
まとめ
水素が素晴らしいと叫んでも、地球上に水素はありません.水素を作り出し、保管し、運用してはじめて水素が使えると言うことができます.水は、水素原子が多量に含まれ至るところに存在していますが、分解して水素を取り出すには多量のエネルギーが必要となります.このため、効率的に水素を得るためにOER用の電極の開発が欠かせません.
なお、酸素発生反応の効率を高めることによるメリットは、水電解による水素の製造だけにとどまりません.亜鉛空気電池やリチウム空気電池をはじめとする空気電池は、充電・放電反応において酸素の酸化・還元反応が必要となります.OER用電極の発展は、リチウムイオン電池を超える電池の開発においても必要とされています.さらに、可逆的な燃料電池においてもOERは重要なプロセスを占めています.
OERは重要ですが、相方の水素発生反応(HER)の効率は高めなくても大丈夫なのでしょうか.HERはOERよりも反応が進行しやすいとはいえ、そちらも課題が山積みです.詳しくは、ページを改めてHERの項目で紹介します.
参考文献
Sustainable Energy & Fuels 4.11 (2020): 5417-5432.
Advanced Materials 33.20 (2021): 2006328.
Advanced Functional Materials 30.15 (2020): 1910274.
Materials Chemistry Frontiers 5.3 (2021): 1033-1059.
Chemical Society Reviews 49.7 (2020): 2196-2214.