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ペロブスカイト太陽電池:新世代の太陽電池は何が画期的なのか

更新 2024-2-29

ペロブスカイト太陽電池(Perovskite Solar Cell、PSC)

ペロブスカイト太陽電池」という名をニュースで聞く機会が増えてきました.どうやら、今までにない特性を持つ新型の太陽電池のようです.

これまでに主流であった太陽電池は、主としてシリコンを用いるものです.半導体であるシリコンのp型とn型を接合して、その界面に光を照射することで電力が取り出されます.非常に高い太陽光変換効率を誇りますが、作成には高温が必要になります.

効率がシリコン太陽電池を超えることは難しくとも、安価・簡便に作製できる太陽電池には大きな価値があるはずです.低温で作成可能な太陽電池に関する研究は、特に1990年以降に活発化しており、有機薄膜太陽電池色素増感太陽電池が含まれます.

しかし、これまで低温で作成可能な太陽電池は変換効率がシリコン半導体ほど高くありませんでした.

ペロブスカイト太陽電池は2010年代から研究が活発化している、全く新しいタイプの太陽電池です.低温・塗布で作成可能にも関わらず変換効率が高く、新時代の太陽電池と目されています.

では、ペロブスカイト太陽電池の何がそれほど特別なのでしょうか.そもそもペロブスカイトとはどういう意味でしょうか.実用化されることはあるのでしょうか.

ペロブスカイト構造と太陽電池への歩み

ペロブスカイト構造について、詳しくは過去の記事で紹介しています.

ペロブスカイトは、共通して ABX_3の組成を持つ物質群で、ロシアの鉱物学者L.A. Perovskiにちなんで名づけられました.

 Aは大きなカチオンを表し、小さなカチオンである Bは6個の Xアニオンによって八面体型に配位されています.八面体が頂点を共有することで三次元的なネットワークを形成しています.

今日では、ペロブスカイトと言えば太陽電池というほどペロブスカイト太陽電池の名が広まっています.しかし、歴史的に有名なペロブスカイトはむしろ酸化物に多く見られます.

ペロブスカイト太陽電池に使用される材料は、ペロブスカイトの中ではどちらかと言えば異端の存在でした.その物質は \rm{(CH_3NH_3)PbI_3}の組成を持ちます.これまでの酸化物ペロブスカイトとは何やら雰囲気が違いますね.

 Xサイトには酸素ではなくハロゲンである \rm{I}が使用されます.太陽電池に使用されるペロブスカイトはいずれもハロゲンを含んだハライド化合物です.

酸化物で価数を考慮したとき、金属の価数は合わせて6価にする必要がありました.ハライドとなったことで価数の制限が厳しくなり、合わせて3価とする必要があります.

一般には Aサイトに1価、 Bサイトに2価の化学種が使用されます.実際、 \rm{(CH_3NH_3)PbI_3}では Bサイトに2価が安定な \rm{Pb}が使用されています.

そして、 Aサイトにあるのは、なんと金属ではなくメチルアンモニウムイオン( \rm{CH_3NH_3^+})という分子イオンです.

この、有機物と無機物を組み合わせた奇妙な材料は有機ハライドペロブスカイト有機無機ハイブリッドペロブスカイトなどと総称され、太陽電池以外の分野を含めた巨大な研究ブームが巻き起こるのですが、それはまた別の話.

 \rm{A}サイトには他にも多様な有機分子が占めることができ、その大きさと形に応じて結晶構造も大きく変わります.中にはペロブスカイトからあまりに逸脱した構造となる場合もありますが、それらも含めてペロブスカイトと呼ばれることが多いです.(なお、酸化物ペロブスカイト業界の人からは不評です)

ハライドペロブスカイトの発見

ハライドペロブスカイトの歴史は、1890年代の \rm{CsPbI_3}などの無機鉛塩の発見にまで遡ります.1978年には Aサイトに有機カチオンを含む \rm{CH_3NH_3PbX_3 (X = Cl, Br, I)}の合成が報告されましたが、当時はそれほど注目されていませんでした.

日本の宮坂力氏らが2009年に \rm{CH_3NH_3PbX_3 (X = Br, I)}を無機光増感剤として色素増感太陽電池を作成することに成功しました.次いで、Parkらは \rm{CH_3NH_3PbI_3}を用いて太陽電池を作成し、6.5%の電力変換効率を報告しました.

これらの報告は、ペロブスカイトが大きな太陽光吸収係数を示すことを示し、ペロブスカイトを太陽電池に応用可能なことを実証したものです.

当時のペロブスカイト太陽電池は、色素増感太陽電池の色素をペロブスカイトに置き換えたものでした.色素増感太陽電池では、色素は太陽光を効率的に吸収して半導体に受け渡す役割を担います.しかし、色素増感太陽電池は色素が液体電解質と接しており、有機ハライドペロブスカイトが溶解してしまうため、太陽電池の安定性に問題がありました.

この不安定性の問題は、液体電解質を固体の伝導体に代えることで解決されました.Parkらは、10%近い変換効率を実現し、ペロブスカイト太陽電池は新しい太陽電池として世界的に大きな注目を受けることになりました.

その後、一大ブームの中で変換効率が急速に向上し、現在では30%を超える効率が得られています.

ペロブスカイト太陽電池の構造と発電の仕組み

ペロブスカイトの研究が進み、太陽電池の構造も様々なものが考案されてきました.以下ではその一例を示します.

太陽電池では、半導体に光を照射して生成した電子と正孔を利用して発電を行います.電子を正孔が同じ方向に移動しては電流とならないので、両者を逆方向に輸送することが必要です.また、異符号の電子と正孔は互いに引き合うため、なんとかして両者を引き離す努力も必要になります.

ペロブスカイト太陽電池は、光吸収層であるペロブスカイト層をn型半導体とp型半導体で挟み込んだ構成をとります.各半導体が、それぞれ電子と正孔の輸送を担います.半導体は電極とつながり、電線を通じて回路に電力を供給します.

ペロブスカイト( \rm{(CH_3NH_3)PbI_3}) 結晶は原料の \rm{CH_3NH_3I} \rm{PbI_2} \rm{DMF}などの有機溶媒に溶かして塗布することで、低温かつ簡便に合成することが可能です.

十分な光がペロブスカイト層に当たらなくてはならないため、いずれかの電極には光を通す透明な伝導体が使用されます.n型伝導体としては \rm{TiO_2} \rm{ITO}などの酸化物、p型伝導体としては有機半導体がよく一般的です.

ペロブスカイトが吸収した電子がどのように発電に使用されるかを模式図に示しました.図の上側に行くほど電子のエネルギーが高い(下に行くほど正孔のエネルギーが高い)ことを表します.

 \rm{CH_3NH_3PbI_3}などのハライドペロブスカイトは、太陽光の吸収に適したバンドギャップを持ちます.エネルギーを吸収した電子は、n型酸化物の伝導バンドを通って電極に移動します.一方、ペロブスカイトの価電子バンドに残された正孔はp型半導体の価電子バンドを通じて外部回路に取り出されます.

これらの電子や正孔が意図しない方向に移動しないように、各物質のエネルギー準位を十分に考慮した上で太陽電池が設計されています.

なぜハライドペロブスカイトが使用されるのか

仕組みだけ見ると、別にペロブスカイトである必要はないのではと考えるかもしれません.確かに、ペロブスカイトのやっていることは太陽光を吸収して半導体に電荷を受け渡しているだけなので、可視光を吸収できる物質であれば何でも良いように見えます.

しかし、以下に示すように、ハライドペロブスカイトには太陽電池に極めて適した多くの性質を有するのです.

(1)可視光を吸収可能なバンドギャップ

太陽光は、一つの波長の光からなるわけではなく、可視光から紫外光に渡る多くの波長の光が連続的に分布しています.中でも可視光の割合が多く、可視光を吸収可能な半導体が太陽電池の材料として好まれます.

 \rm{CH_3NH_3PbI_3}などのハライドペロブスカイトは可視光吸収に適したバンドギャップを持っており、太陽光の多くを効率的に吸収可能です.また、光の吸収係数が大きいので、非常に薄い膜の状態でも入射した光を余すことなく吸収することができます.

(2)効率的な電荷の分離と移動

半導体が光を吸収すると、電子と正孔が生成します.太陽電池では、これらの電荷を逆方向に移動させることで発電を行います.電子と正孔は互いに引き合うため、何もしなければ両者は結合して元の状態に戻る(再結合)だけであり、なんとかして両者を引き離す必要があります.

物質によっては、電子と正孔の寿命が短く、電荷の分離が困難な場合があります.色素増感太陽電池で使用されていた色素は電荷の寿命が短いため、色素と半導体の距離を縮めるために色素を可能な限り薄く作成する必要がありました.

しかし、有機ハライドペロブスカイトでは、電子と正孔が非常に引き離しやすい状態にあることが分かっています.また、電子と正孔の移動に適した電子構造を有しており、生成した電荷を効率的に分離することが可能です.

(3)欠陥ができにくい性質

いくら電荷が移動しやすくても、物質の端までたどりつけるとは限りません.電荷が結晶内部に沿って移動するため、欠陥があるとそこでトラップされてしまい、反対符号の電荷がやってきて再結合するのを待つばかりとなります.

このため、いかに欠陥の少なく結晶性の良い材料を作製できるかが鍵となります.主流のシリコン太陽電池では、99.9999999以上の試料を作製することで欠陥の影響を最小限に抑えています.一方、これまで低温で作成可能な太陽電池は結晶性が低いと言われ、変換効率を上げることが困難でした.

ところが、ハライドペロブスカイトは低温で作製しても欠陥が少なく、非常に結晶性の良い試料が得られるます.また、欠陥ができた場合でも、電子や正孔の再結合の中心にはなりにくいことが分かってきました.

それゆえ、ハライドペロブスカイトにおける電荷の寿命は非常に長く、マイクロメートルレベルで電荷が移動するケースもあります.これは、 \rm{Pb} \rm{I}からなる特殊な電子構造に由来すると言われ、太陽光の照射によって生じた電荷を安定的に輸送することが可能となります.

欠点

以上のように、太陽電池として使用されるために生まれたような特性を持ちますが、弱点もあります.特に、湿度の高い雰囲気における安定性が低いことが分かっており、工業用に長期使用する上では安定性の課題の解決が必須となっています.

ペロブスカイト太陽電池に用いられる物質

ベースとなる物質は、 \rm{CH_3NH_3PbI_3}です.可視光に適したバンドギャップ、高い吸光係数、高い電荷移動度を併せ持ちます.これだけ聞くと理想の材料ですが、安定性に課題が残ります.また、鉛は有毒な元素であり、代替材料があるに越したことはありません.

ペロブスカイト構造のAサイトに入る化学種は大きすぎても小さすぎても化学的安定性が悪化するとされています. \rm{CH_3NH_3PbI_3}における \rm{CH_3NH_3}の大きさは「ちょうどいい」とされていますが、他のカチオンの選択肢もあります.

 \rm{Cs}は、入手可能な単体イオンとしては最大級の大きさを誇りますが、分子イオンと比べれば小さいです. \rm{Cs}を置換した \rm{CsPbI_3}は格子が縮むことで構造が歪み、反対に大きい \rm{HCOONH_3} (FA)を置換した物質では格子が膨張することで構造が歪みます.

 \rm{FAPbI_3}はバンドギャップが \rm{CH_3NH_3PbI_3} (MAPbI_3)よりも小さく、より可視光の吸収に適していますが、変換効率は \rm{MAPbI_3}のものに及びません.これは \rm{FAPbI_3}構造が不安定であることに由来するとされており、実際に \rm{FAPbI_3}は室温で徐々に光特性の低い相に変化します.一方、 \rm{FA} \rm{MA}を混ぜ合わせることで構造安定性が向上することが知られています.

 Bサイトの \rm{Pb}には毒性があるため、安全な元素を使用することが望ましいです.とはいえ、ハライドペロブスカイトの太陽電池に適した特性は鉛の電子軌道に由来しており、単純に置き換えることは難しいです.

周期表で \rm{Pb}の上にある \rm{Sn}を含んだ物質は有望ですが、安定性が低いとされています.また、 \rm{Pb} \rm{Bi} \rm{Ag}に置き換えた物質の検討も進んでいます.

 Xサイトにも選択肢があり、 \rm{I}の他にも \rm{Br} \rm{Cl}を含んだ物質が検討されています. \rm{SCN^-}などの分子アニオンを用いる場合もあるようです.

その他、 Aサイトに大きな分子イオンを用い、組成を変えることで多種多様なハライド物質が得られています.もはやペロブスカイトではない物質も含め、有機無機ペロブスカイトの一大ファミリーを形成しています.

概要を紹介するだけでも膨大なので、詳しくは別の記事で触れようと思います.

まとめ

毎日のように新物質・新材料に関する報告がされていますが、社会で応用されるような物質は一握りの一握りであり、ほとんど全ての材料は実用化にたどり着きません.一方で、ペロブスカイト太陽電池の発見は、ここ10年の物質科学の研究の中でも最大級のブレークスルーであり、実用化に向けた研究が最前線でなされています.

2010年代近辺に、既存物質を過去にする全く新しい材料の発見が相次ぎました.鉄系超伝導体、トポロジカル絶縁体、固体電解質などの発見は、物質科学の理論の見直しや応用に向けた展開の必要性を迫りました.ペロブスカイト太陽電池は、これらの発見に勝るとも劣らない画期的なものと言え、物質科学の新しい潮流をもたらしています.

とまあ、持ち上げるだけ持ち上げて実用化されなかったら虚しいだけですが、実用化は目前に迫っているとの予想も出ています.安定性や鉛の毒性といった課題が解決されるか、これからの展開にも期待が高まります.

参考文献

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