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量子ドット:粒子を小さくすると起こる嬉しいこと

更新 2024-3-5

ナノ粒子と量子ドット

実用的によく使用される無機材料は多くは粉末で、粉一粒の大きさが数マイクロメートル(\rm{μm = 10^{-6} m})程度のミクロン粒子です.原子一つの大きさが\rm{1 Å = 10^{-10} m}程度であることを考えれば、一粒あたり(10^4)^3 = 10^{12}個ほどの原子が含まれていることになります.これほどの大きさを持つため、表面の効果がほぼ無視できるバルク結晶として扱うことができ、原子・分子とは大きく異なる性質を示します.

では、この一粒の大きさを小さくしていくと何が起こるでしょうか.

Nanocrystal

マイクロメートルからさらにスケールを落とすとナノメートル(\rm{nm = 10^{-9} m})の世界になり、数ナノメートル程度の大きさを持つ粒子はナノ粒子と呼ばれます.

依然として粒子ではあるものの、粒1つあたりの構成原子数が少なく、原子の大部分(粒径2 nmでは8割程度)が粒子の表面に位置します.ナノ粒子は原子・分子とバルク結晶の中間的な領域に位置し、そのいずれとも異なった性質を示します.

粒子の大きさ・形・表面状態を制御できる手法が発達したことで、ナノ粒子の研究は20世紀後半から活発化しました.例えば、半導体ナノ粒子の発光特性がサイズに強く依存し、バルク体のものよりも高波長の光を放つことが明らかにされました.ナノ結晶が特異な光学的性質を示す要因は粒子サイズの減少による量子サイズ効果であるとされ、このような物理学的性質に着目した時のナノ粒子を量子ドットと呼びます.

最近では、蛍光体、生体マーカー、レーザー、カラーテレビなどへの応用が盛んな量子ドット.今回は、中でも研究の盛んな半導体量子ドットについて見ていきます.

量子ドット(Quantum dot)

ナノ粒子には、バルク材料と比べて異なる点がいくつもあります.

ナノ粒子は一粒子あたり数百程度の原子しか含まず、それゆえ多くの原子が粒子の表面にあります.原子にとって表面とは居心地の悪い空間であり、なんとかして表面を無くそうとします.このため表面の割合が大きなナノ粒子は反応性が高く、これが触媒分野でナノ粒子が活用されている理由です.

さらにナノ粒子の特徴をつかむには、物質のバンド構造を考える必要があります.分子中の電子は連続的なエネルギーをとることができず、ある決まったエネルギーの準位にエネルギーの低い準位から順に電子が詰め込まれた状態をとります.

一方、バルク結晶中では原子数に応じて大量の準位が互いに混成し、実質的に連続的なエネルギーの帯(エネルギーバンド)が出現します.

Band diagram

分子とバルク結晶の中間に位置するナノ粒子は、双方の中間的な電子構造を持ちます.

ナノ粒子は、バルク結晶のような連続的な準位を持たず、むしろ分子のような離散的なエネルギー準位を持ちます.その上で、分子よりも細かく刻まれた、密度の高い準位を形成します.準位の混成が充分でないためバンド幅が小さくなり、量子ドットはバルク材料よりも大きなエネルギーギャップを持ちます.

また、ナノ粒子では、電子がごく狭い空間に閉じ込められているため、バルク結晶のように電子が自由に移動できません.これは量子閉じ込め効果量子サイズ効果と呼ばれます.

電子の移動が二次元に制限されている量子井戸などとの対比から、電子が点(ドット)に閉じ込められているという意味を込めて、量子ドットと呼ばれるようになりました.

以上の要因により、量子ドットはバルク材料と顕著に異なる性質を示します.特に進展の著しい量子ドット蛍光体の分野では、以下のようなメリットが活用されています.

(1)発光波長の制御

ナノ粒子もとい量子ドットの電子構造は、発光材料として用いる際に大きな意味を持ちます.発光材料は、エネルギーギャップ以上のエネルギーの光を照射することで電子が励起され、その後エネルギーギャップに相当するエネルギーの波長の光を放出します.

量子ドットはバルク結晶と比べてエネルギーギャップが大きくなるため、放出する光がバルク体よりも高エネルギー(短波長)となります.また、量子ドットのエネルギー準位は粒子数によって変わるため、粒径の調整によって色を制御することが可能です.

(2)特定の波長の発光

バルク体では連続的な分散を持つバンドの影響により様々な波長の光が発光に寄与し、いくつかの波長に「ぼやけた」発光を示します.一方で、特定の準位のみが発光に寄与する量子ドットでは発光波長が特定のものに集中しやすく、単一のエネルギーを持つ単色性の強い発光が可能です.

(3)高効率な発光

発光は、物質中の欠陥の影響を強く受け、僅かな欠陥によって発光効率が大きく落ちます.適切な方法で作成した量子ドットは欠陥ができにくく、高効率な発光が可能です.また、粒子のサイズ自体が小さいため物質中で電子とホールが出会う確率が高く、発光が起きる確率が大きくなります.

(4)簡便・安全な合成法

蛍光体では欠陥は邪魔なものです.従来の無機蛍光体材料では、欠陥のない結晶を作るために原料の粉体を1000℃以上もの高温で焼成し、数ミクロンから数十ミクロンの粒子を得ます.しかし、このようなミクロン粒子を粉砕してナノサイズにすると、物質中の欠陥が増大して蛍光強度が著しく低下します.

一方、量子ドットは300℃以下の溶液中で作成されます.高沸点の長鎖アルキル鎖をもつ表面修飾分子を含む溶媒中に原料を溶解した溶液を注入し、均一なサイズのナノ粒子を析出させます.表面修飾分子には、ナノ粒子表面へ吸着し、粒子の必要以上の成長を抑制する役割と、立体的な反発により溶媒中での粒子を引き離して凝集を抑制する役割があります.また、反応性の高い表面を分子が包むことで発光効率の低下を抑えることが可能です.

量子ドットへの歩み

半導体量子ドットの研究は、旧ソ連のAlexei EkimovらやアメリカのLouis Brusらによって拓かれました.それぞれの研究は冷戦中の鉄のカーテンによって互いに知られないまま発展しましたが、ソ連崩壊が近い頃になると情報交換が行えるようになりました.

ソ連のグループはガラス材料中で、アメリカのグループはコロイド分散液の中で生成する半導体ナノ粒子の研究を行っていました.ナノ粒子の析出プロセスを制御し、合成方法を確立すると同時に興味深い現象を見出しました.そして、量子サイズ効果に基づく特異な現象の起源を解き明かし、量子ドットという名前が与えられました.

数ある半導体量子ドットの中でも研究が盛んであるのがカドミウム(\rm{Cd})をベースにした半導体\rm{CdSe}\rm{CdS}です.\rm{Cd}の毒性への懸念が高まると、\rm{InP}など他の半導体材料を使用した量子ドットへの関心も高まりました.最近では、ペロブスカイト太陽電池で知られる\rm{CsPbX_3 (X = Cl, Br, I)}などのハライド材料や炭素系材料などの量子ドットも得られています.

量子ドットの応用

量子ドットの応用先は多岐にわたります.

特に光材料としての用途が顕著であり、蛍光体の他にも太陽電池やLED、レーザー光増幅素子、光メモリ材料などの開発が進んでいます.また、電子材料として単一電子トランジスタ、単一電子メモリ、電荷センサーなどへの用途もあります.生体材料としても注目され、バイオラベリングや光センシングなども重要な応用先です.この場合、生体との適応性を高めるための設計がより重要な課題となります.

さらに、量子ドットのエネルギー準位が離散的で緩和時間が長いことを利用し、量子コンピュータの素子としても期待されています.量子ドット中に電子を捕捉して、その電子が作る「原子」のようなエネルギー準位や電子スピンを量子ビットに用います.

まとめ

ただ粒径を小さくしただけと思うなかれ.ナノ粒子にとってのミクロン粒子の大きさは、ミクロン粒子にとってのサッカーボールのような大きさです.これだけスケールが違えば、物質の特性も起きる現象も違うはずです.実際、粒径を小さくしただけのはずのナノ粒子は、ミクロン粒子とは合成法も特性も何もかも異なります.特性が違うのであれば、そこに利用方法を見出すのが科学者というものです.

ここ数十年でナノ粒子・量子ドットの研究は大きく進展し、様々な応用分野が生まれています.MG Bawendiらによる量子ドットの報告は、既に1万以上の引用がなされています.基礎研究から電化製品まで研究の広がる量子ドットには、今後ますます世界的な研究が広がるものと思われます.

参考文献

常識が覆されたナノ蛍光材料「量子ドット蛍光体」 | 慶應義塾大学理工学部

化学と教育 2010 年 58 巻 12 号 p. 582-585

化学と教育 2008 年 56 巻 2 号 p. 84-87

日本結晶成長学会誌 2006 年 33 巻 2 号 p. 94-100

ACS nano 15.4 (2021): 6192-6210.

ACS applied nano materials 3.6 (2020): 4920-4924.

Journal of the American Chemical Society 115.19 (1993): 8706-8715.