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【B・元素#5] ホウ素の科学と産業を見ていく

元素は実験室だけでなく、社会や産業の現場で日々使われています.本記事ではホウ素の基礎的な性質から、製造・輸送、用途、そして市場の動向までを一望します.研究室時代に実際に元素を扱った際の感想つき.

原子番号5番、ホウ素(B、Boron)

ホウ素(B、原子番号5)は金属とも非金属とも異なる「準金属(メタロイド)」の一種です.

産業的には、単体よりホウ酸/ホウ砂(boric acid / borax)や酸化ホウ素(B₂O₃)、ホウ化物(B₄C)など、化合物形態で使われることが圧倒的に多いです.用途の幅が広く、全需要の3割〜4割程度を占めるガラス・ファイバー系(ボロシリケートガラスやガラス繊維)を筆頭に、セラミックス・耐火材料、肥料、洗剤・界面活性、耐摩耗材(B₄C)、電子材料・半導体用途、原子力向け中性子吸収材などで使用されます.

ホウ素は資源と生産が地域的に偏在しています.トルコが巨大な埋蔵量と生産能力を持ち、世界の埋蔵量の大部分(おおむね70%程度)を保有します.生産面でもトルコが最大の供給国で、米国(カリフォルニアの大鉱山)や南米の生産がそれに続きます.

主な製法

ホウ素は鉱山由来の鉱物(ウレキサイト、コールマナイトなど)を原料にしています.

採掘と前処理:鉱石を露天掘り・採掘し、破砕・粉砕・選別で可溶性成分を濃縮.

溶出・抽出(鉱石→ホウ酸/ボラックス):酸処理(硫酸など)やアルカリ処理でホウ素成分を溶出し、濾過・中和・再結晶によりホウ酸(H₃BO₃)やボラックス(Na₂B₄O₇·10H₂O)を得る.コールマナイトからの硫酸溶出や、ボラックス鉱からの抽出など、鉱物に応じた化学処理ラインが使われます.

得られたホウ酸やボラックスは脱塩・不純物除去を行い、必要に応じて酸化ホウ素(B₂O₃)やホウ化カーバイド(B₄C)、窒化ホウ素(BN)などの高付加価値製品へ変換されます.

輸送・貯蔵

ホウ素化合物(ホウ酸、ボラックス、B₂O₃ など)は常温常圧で安定な固体として扱われることが多く、一般的には危険物として分類されないケースが多い一方で、粉末形状のため粉塵対策労働安全管理は必須です.

利用

ホウ素の産業利用は「少量で大きく材料特性を変える」点に依拠しています.

ガラス・ファイバー:ホウ酸やB₂O₃をガラス組成に添加すると、熱膨張係数が低下し耐熱性・耐熱衝撃性・化学耐性が向上します.ボロシリケートガラス(耐熱器具や実験器具)、光学ガラス、ガラス繊維(E-glass、特種ファイバー)などが代表例で、建材や自動車部品、電子機器の断熱材・補強材として広く使われます.

セラミックス・耐火材料・研磨材:B₄Cは非常に硬く耐摩耗性に優れるため、研磨材、耐摩耗部材、装甲材等で使われます.BNは高温耐性と潤滑性を持ち、電気絶縁性と熱伝導を両立する特殊セラミックスとしてパッケージ材料や高温潤滑剤に適用されます.

農業(微量栄養素):ホウ素は植物の細胞壁形成や生殖機能に重要な微量栄養素であり、土壌改良や肥料として利用されます.

化学工業・洗剤・防腐:ホウ酸塩は防腐剤・防カビ剤・洗剤原料・消火剤の添加剤として用いられることがあります.

電子・半導体用途:ホウ素はシリコン半導体のp型ドーピング剤として古くから用いられており、高純度ホウ素化合物(ホウ素源ガス、ドーパント材料)は電子産業で重要です.さらに光学・電子材料向けの高純度B₂O₃や特殊ボレート誘導体の需要もあります.

原子力・放射線利用:高い中性子吸収能を利用して、制御棒材や中性子遮蔽材、冷却水中の中性子吸収剤(ホウ酸)などに使われます。.

その他(素材開発領域):新規のB含有複合材料や超硬材料、光学・非線形光学材料(例:一部のホウ素含有結晶)など研究開発分野での用途が拡大しています。

ホウ素はガラスをどう変える?

ホウ素は、ほんの数%の添加でガラスの性質を大きく変えます.ボロシリケートガラスではB₂O₃がシリカのネットワークに入り込み、BO₃三角形やBO₄四面体を形成して構造を変化させます.その結果、熱膨張係数が低下し、耐熱衝撃性や化学耐性が飛躍的に改善します.

例えば通常のソーダ石灰ガラスの熱膨張係数が約9×10⁻⁶ /Kであるのに対し、ボロシリケートガラスは約3×10⁻⁶ /Kまで低下します.これは同じ温度変化でも寸法変化が3分の1程度に抑えられることを意味し、実験用フラスコやビーカーが急加熱や急冷に耐えられるのはホウ素のおかげです.歴史的にも19世紀から、経験的に「ホウ砂を加えると壊れにくくなる」ことが知られていました.

関連企業

ホウ素のサプライチェーンは「鉱山→精製→化学品・機能材料→最終製品」という流れで、世界的には鉱山を押さえる企業と精製・高付加価値化を行う化学メーカーに役割が分かれています.

  • Eti Maden(トルコ、国営):世界最大級のボレート(ホウ素鉱)保有・生産企業で、ホウ酸・ボラックスの主要サプライヤー.トルコ産が世界供給で大きな比重を占めるため、Eti Madenの動向は市場にとって重要です.

  • Rio Tinto / U.S. Borax(米国):カリフォルニアの大規模鉱山と精製設備を持ち、伝統的な主要サプライヤー.北米市場や特定の高付加価値製品の供給基盤を担います.

  • Quiborax / 南米の生産者:チリ・アルゼンチン等の生産業者が地域的な供給を担い、一部の用途向けに原料を供給します.

日本には大規模なホウ素鉱山はないため、原料は輸入依存です.実務的には輸入したホウ酸・ボラックスを原料にして国内で高純度化・機能化し、ガラス材料や電子材料、化学中間体などの形で供給することが中心になります.

日本電工などの素材系メーカーでは高純度のホウ素酸化物や特殊ボレートを製造し、電子材料や特殊ガラス向けの原料を供給します.関東化学等の化学メーカー/試薬ベンダーが各種ホウ素化合物や試薬、高純度材料を研究用途や産業用途向けに供給します.

固体科学的イメージ

ホウ化物とホウ酸はともに固体科学的にメジャーな分野です.

最も有名なホウ化物といえばホウ化マグネシウム(MgB₂)でしょうか.従来型の超伝導体の中でトップクラスの転移温度を示します.このほかにも、ホウ化物には超伝導体となるものが多いイメージです.

ホウ酸といえば思い浮かぶのはホウ酸団子ですが、個人的には非線形光学材料でよく見かける印象です.

実際に扱ってみた感想

使う人は大量に使うし、使わない人は全く縁のない元素.単体の粉末を使用しました.融点が高く、固相反応で通常用いる1000℃程度では反応性が悪いので、アーク溶融の実験で用いていました.

参考文献

U.S. Geological Survey (USGS)

テキストの一部にChat GPT-5を使用